レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission4 ダフネ
(2) ヘリオボーグ研究所総合開発棟14F倉庫(分史)
前書き
絆。居場所。距離。心。郷愁。拒絶。
ユティのパーティー内での立場は準戦闘員である。
基本的には後衛にいてエルとルルに不測の事態が起きないよう待機する。前衛でルドガーたちが苦戦すれば加勢する。よってルドガーたちにすれば想像もつかないタイミング、ポイントから攻めに舞い込むため、たびたび仰天させられた。
「ルドガー、無事?」
「おかげさまで。ありがとな」
今もユティは死角から銃撃してきたアルクノア兵をショートスピアで刺し貫き、ルドガーを難から逃がした。
「エルは」
「エリーゼに任せた」
ふり返れば、なるほど、エルとルルと仲良くなろうとあれこれ話しかけるエリーゼとティポの姿があった。
エリーゼ・ルタス。リーゼ・マクシアの親善使節団の一人として研究所を見学に来た学生。
大人顔負けの強力な精霊術を使う(といってもルドガーにそのすごさは分からないが)彼女は、その才を恃みに、同級生を避難させて自ら戦場に飛び込んだ。感嘆を禁じえない行動力だ。
「ところでルドガー、気づいてる? 今いる場所」
「分史世界、だよな。黒匣兵器がさっきより精巧というか、生物的になってる」
ちょうどエルが雷に驚いて悲鳴を上げた時だった。列車テロの時と同じように、気づけばルドガーたちは周りの全員を巻き込んで分史世界に侵入していた。
「今回は俺、変身してなかったのに、何で入ったんだ?」
「骸殻に変身することは、分史世界への進入において必ずしも条件じゃない。ユリウスの手紙からはそう読み取れた」
「……っ」
また、だ。ここ最近、ルドガーは兄の名を聞くたびにざらついた気分になる。
「読み取れなかった?」
「そこまで深く読み込んでない」
「不安にならない?」
「……大丈夫だろ、兄さんなら」
少しの間。ユティは「そう」とだけ呟いて黙り込んだ。
(何度も読み返したら、そのたびに『お前は要らない』って言われてる気分になるんだよ)
ユリウスは好意と愛情でルドガーを遠ざけようとしている。それくらい家族だから分かる。だが、ルドガーにすれば爪弾きにされるのと何ら変わらない。
(「大事に思う」が「一線を引く」とどう違う?)
「ルドガー、ユティ、ケガはありませんか?」『あったらぼくらが治したげるよー』
エリーゼとエルがルドガーたちの前にやって来た。雷パニックから時間が経ったのに、エルはまだふて腐れている。
「ワタシはケガしてない」
「俺も。気を遣ってくれてありがとうな、エリーゼ、ティポ」
『どーいたしましてっ』
ティポを抱いてエリーゼははにかんだ。
(エリーゼみたいな子でさえ、黒匣なしで高度な算譜術を操れる。すごいんだけど、何でできるんだ、って気持ちもある。これはエレンピオス人にしか理解できないだろうな。まあ、付き合いが続けば折り合いつくだろ。ジュードの時だってそうだったんだし)
自分の中で結論づけたルドガーは、続いてエルの前にしゃがんだ。
「まだふてくされてるのか?」
「エル、ふてくされてないし!」
「しかめっ面で言っても説得力ゼロだぞ」
ルドガーはエルの両頬を摘まんだ。エルは逃れようとじたじた暴れる。横でエリーゼが目を丸くし、ティポはケタケタ笑っている。
「別にいいじゃないか。雷が怖いくらい。そういう子供らしいとこ見せてくれると、俺も安心する」
「怖くないってば! 子ども扱いしないで!」
エルはルドガーの手を逃れると、ルルと一緒にジュードのほうへ行ってしまった。
「エルってばもったいなーい。子供でいられる間はいればいいのに」
「ユティはどんな子供だったんですか?」
「毎日戦う訓練。魔物退治はよく。犯罪者ハントはたまに。それ以外は、家におじさま方がいらした時に遊んで勉強して。おじさま方が一緒だったらとーさま付いてなくても山降りていいって、とーさま言ったから、カメラ持って出かけた」
明らかにエリーゼがコメントに窮している。ルドガーはフォローすべくコメント係を引き受けた。
「過保護なのかスパルタなのか分からない父親だな。よく母親が止めなかったもんだ」
「かーさま、わたしが5歳で家出てった」
地雷を踏んだ。今度はルドガーが喘ぐ番だった。
「平気だよ。捨てられたんじゃない。たまに会えた。愛されてたの、ちゃんと知ってる。ワタシとかーさまの絆は、距離じゃ壊せない」
はっきり、きっぱり、胸を張って、まっすぐな瞳で、笑って言われた。
ルドガーはエリーゼと顔を見合わせて苦笑し合った。自分たちの動揺――母のいない子への同情は的外れにも程があった。
「でも、全部の人がワタシじゃない。距離で絆も居場所も失くした人たち、たくさんたくさん。アルクノアはその最たるもの」
ユティはカメラを構えると、ついさっきルドガーたちが殺したアルクノア兵たちの死体を写した。裂傷も銃創も流れた血も苦悶も無念も、余す所なく、レンズを向けて切り取った。
「せっかく帰れた故郷なのに……最後に残ったものまで自分たちの手で壊しちゃうなんて……」
「気持ちは分からんでもないさ」
唐突に言ったアルヴィンを、エリーゼははっと見上げる。
「20年も経ちゃあ家も街も人も変わる。自分が知ってるまんまのものなんて1コだってない。そんな『知らない場所』に帰って、果たして本当に『帰った』と言えるのか、ってね。最後に残ったもんなんかじゃねえ。皮肉なことにエレンピオスへの帰還は、アルクノアの連中に『お前らのエレンピオスなんてとっくにない』って思い知らせたんだ」
実感を込めて語るのは、アルヴィン自身もその喪失感を体験したためか。俯いたアルヴィンと、悲しげなジュードとエリーゼの間には、彼らにしか共有できない過去が漂っていて――ルドガーを弾いていた。
(ジュードしかいなかった時には感じなかった。ジュードを昔から知ってるアルヴィンとエリーゼが来てから感じるようになった――疎外感。俺はこの人たちの過去にはいない。この人たちも俺の過去にはいない)
「旧アルクノアの人たち、エレンピオスで地に足付けてても、心はリーゼ・マクシアに置き去りのまま」
ユティの目がレンズ越しに遙か遠くを見やる。その先には、彼方のリーゼ・マクシアがあるのだろうか。
「そゆこと。俺は運がいいほうだ。少なくともバランは俺たち一家を20年も覚えてたんだからな。――今のアルクノアは、そんな燃え尽き症候群の奴らを神輿に担いで、現政権や社会に不満を持つ若者層を取り込んで再構成されてる。急造だから組織力は弱いが、やることなすことえげつないのは相変わらずだぜ」
「彼に一票。エリーゼくらいの歳の子供たちを人質にとって立て籠もった。それに今までの進撃。エリーゼやエルみたいなか弱い女の子を見ても、兵士は銃、ためらいなく撃った。外道の所業」
ユティはフォトデータを参照しながら戦況を分析している。今までの戦いをいつ撮った、というのは究極の愚問だとルドガーはここまでに悟っているので口を噤んだ。
「ここ、建物たくさんあるし、道、複雑。精霊研究所だから黒匣武器の補充もできる。テロ失敗してもデータ略奪すれば売って小銭くらいは稼げるし、色んな開発に一泡吹かせられる」
ユティはカメラの閲覧モードを終了して、やるせないため息をついた。
エレンピオスは行き詰った社会。それは産まれて20年育ってきたルドガーも肌で感じている焦燥だ。それでもエレンピオス人は目の前の奈落を見たくなくて、恐怖を怒りに変え、矛先を政府と新大陸に向けた。
「そんな相手ならなおさら、アルヴィンもユティも冷静に話してる場合ですか!」
「分かってる。このままほっとく気はねえって」
アルヴィンは一転して真剣さを呈した。
「みんなのおかげで帰れた故郷だ。壊されてたまるかってんだ」
「アルヴィン…」
――アルクノアにとってエレンピオスは故郷ではないと説きながらも、こうしてエレンピオスそのものを故郷とみなし、帰れたことに意義を見出す稀有な人間がいる。
ルドガーは双剣の鞘を強く掴んだ。
「アルヴィンみたいに感じてる人は、帰ってきた人の中でもきっとゼロじゃない。逆にエレンピオスに連行されたっていうリーゼ・マクシア人も、いつか帰った時にアルヴィンと同じ想いを懐ける日が来るかもしれない。そんな、形に成ってない希望を繋ぐためにも、アルクノアを止めないと」
「いいこと言うね、おたく。言っちまえばその通りだ。俺が今感じてる気持ちを、連中が今は無理でも未来で感じられるように――いっちょかつての裏切り者がお節介してやりますかね」
アルヴィンは腕の柔軟体操を終わらせると、あらためて大剣と銃を抜いた。
「もう最上階まで来た。残るは屋上だよ」
後書き
エリーゼ加入回です。実にあっさりになってしまって申し訳ありません。ひとえに全員を書ききる執筆力のない作者の力不足でございます。申し訳ありません。
それともう一つ謝らねばならないことが。
ここ一日で話の分割点を変えて話数を増やしました。単に一話の長さを調整するためです。告知が遅れて申し訳ありません。内容は変わっておりませんのでご安心ください。
そしてオリ主ちゃんの問題発言その……もういくつ目か分からない!orz
お母さんの話です。5歳で家を出て以来たまに会う。でも仲は悪くない、むしろいい。オリ主の母親ということはつまりユリウスの未来の奥さん。ルドガーの時みたくそのためのキャラを用意するか、はたまた既存キャラから宛がうか。
実は作者の中では母親が誰かは決めています。ただ決めているだけなので、本編には絡みません。
1/31 修正しました。
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