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岩と思ったら

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第一章

                岩と思ったら
 河内谷という場所での話である。
 時代は安土桃山時代だという、そこに茂平と太作という近所の百姓二人が釣りにきていた。糧を手に入れてかつ趣味を楽しみに来ていた。
 茂平は小柄で面長で色黒の男だ、太作も小柄であるが色白で丸顔だ。二人共外見は似ていないが気が合ってよく一緒に釣りを楽しんでいた。
 だが二人は今は釣りをしてもだった。
「駄目だな」
「ああ、今日は釣れないな」
 二人共釣りをしながらぼやた。
「どうもな」
「こんな日もあるな」
「ここは結構魚が多いんだがな」
「今日はさっぱりだな」
「場所変えるか」
「そうするか」
 二人はこう言ってだtった。
 上流に行ってみてそこで釣りをはじめたが。
「わしはそっちに行くな」
「そっちにか」
「ああ、そうするな」
 茂平は太作に三畳位の大きさの突起が多くある岩を指差して言った。
「あそこの上に座ってな」
「それでか」
「釣るな」
「じゃあわしはそっちに行くな」
 太作はその岩の向こう岸を指差して言った。
「そこでな」
「釣るか」
「そうするな、じゃあな」
「ああ、今からな」
「あらためて釣りをしような」
「それじゃあな」  
 二人でこう話してだった。
 あらためて釣りをはじめたがやはり釣れない、それで二人共眉を顰めさせたが。
 やがて太作は釣りを止めた、そして。
 釣り竿を収めて岩の上にいる茂平にだった。
 言わないまま手で帰るぞと言ってそそくさと去っていった。それを見てだった。
 茂平も相棒が言うならと思って何かと思いつつ釣り竿を収めて去った、そして。
 足早に川の傍を下っていく太作に追い付いて尋ねた。
「おい、どうしたんだ」
「釣りを急に止めてか」
「どうして逃げるんだ」
「もう二度とここには来ないぞ」
 太作はその茂平に真っ青になった顔で言った。
「わしは。それでお前もだ」
「わしもか」
「命が惜しかったらな」
 それならというのだ。
「もうな」
「ここにはか」
「二度と来るな」 
 こう言うのだった。
「いいな」
「尋常じゃないな、何かあったのか」
「お前が座っていた岩あっただろ」
「あの三畳位のでこぼこした岩か」
「あの岩が急にだ」
 太作は自分の横に来た茂平にさらに話した、今も足早である。
「両目を開き大きな口を開けて欠伸をしたんだ」
「岩がか」
「あれは岩じゃなかったんだ」 
 色白なので青くなると余計にわかる、その顔で言うのだった。
「蝦蟇だったんだ」
「蝦蟇っていうと大蝦蟇か」
「ああ、どうもな」
「じゃあ今日さっぱり釣れないのは」
「多分魚があの蝦蟇を怖がってな」
 それでというのだ。
「深いところに潜ってだ」
「釣り針にかからないか」
「そうだろうな、だからな」
「今日はもうか」
「帰るぞ、おかずは蟹でも拾ってな」
 沢蟹をというのだ。
「それでいいだろ」
「そうだな、しかし蝦蟇か」
「ああ、間違いない」
 こう言うのだった。 
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