SAO(シールドアート・オンライン)
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第九話 モテたい年頃のキリト君(キリット part1
前書き
「俺が二本目の剣を抜けば、立っていられる奴は……いない」(キリット
キリット「言ってないから! まじ言ってないからぁ!!」
グランット「俺が盾を掲げれば、立っていられる奴は……」
ハルキ「誰かどうにかしてくれ」
「……あの、キリト?」
「うーん、いや、そうだなぁ……」
そう、隣の全身真っ黒剣士に尋ねかけたのは、全身を水色を基調とした皮の服と青のブレストアーマーに包んだ少女だった。名前はサチ。「月夜の黒猫団」という中位のギルドに所属する槍使いである。
対してそんな純朴な疑問を投げかけられた全身真っ黒剣士……ご存じキリトはというと、これまたはっきりと返答する事が出来なかった。最近その「月夜の黒猫団」に加入した彼は、他のメンバーに自分のレベル、及び攻略組である事を伝えていない。その為、彼もまた自身の所属するギルドに合った中堅プレイヤーの振りをせねばならないのであり。
目の前で繰り広げられている、その意味不明不可解な戦闘を事細かに解説するなどという事は、まさにもっての外なのだ。
いやまあ意味不明すぎて解説なんてできないレベルなんだけど。
時を遡って、それから二日前。
どう見繕ってもとても攻略組入りは当分出来そうにない例のギルド、「グラント帝国」は、その現状を危惧した結果として、ギルメン全員でエクストラスキル「体術」……第二層にてとあるNPCから課せられるクエストをクリアする事で手に入るそのスキルを習得しに、もう見慣れてしまったテーブルマウンテンの連なるエリアへと足を運んでいた。
そして岩壁をよじ登り、小さな洞窟に潜り込み、ウオータースライダーじみた地下水流を滑り。目的地たる岩山の頂上に到着したのはかれこれ三十分の移動の後であった。
「なんか、ずいぶんとまた奥まったところに住んでらっしゃるんですねぇ……そのNPC」
『 (´Д`;)』
「ああ、アルゴさんの情報が正しければだけどな。何と言うか、酔拳だよなぁ」
「……スイケン⤴!? ニッポン、%※#&@%□×!!??」
「いや、酔拳は中国でしょ常考。……つーか、ワイはなんでここに」
「まーまー、一応自衛手段って事で」
上からグラント、トミィ、ハルキ、オルス、マソップ(ひらがなにしない、これ重要)……そして一週回って再びグラントである。分かるだろうか、この会話のスピードの圧倒的遅さ。のんびりしていると言えば聞こえはいいけど。
何はともあれそれから数分後には、そこにポツンと建っていた小屋の中に入り、目的のNPC……残念ながらミヤギィな感じではなく口に豊かな髭を蓄えたヒゲジィなNPCのもとに五人は辿り着いていた。当然のようにそのヒゲジィに話しかけ、入門希望の旨を伝える。
因みにだが、彼らはこのNPCがどのような、正確にはどんなに悪質なクエストを押し付けてくるかを事前に把握済みである。なかなか話したがらないアルゴになけなしのコルを積んで何とか吐かせたのは苦い思い出である。
「この岩を割るまで、山を下りることは許さん。汝には、その証を立ててもらうぞ」
だからこそ、グラント達はその内容「破壊不能オブジェクト一歩手前の強度を誇る岩を素手で割る」を説明されても、そして途中で逃げ出さないようにとヒゲジィに、それぞれのお顔に筆で落書きをされても、さほど驚かなかった。
いや、それどころか。
「んー、まあ確かに、事前に知らなきゃ避けられる速さじゃないよな」
「え……なにハルくん避けたのあれ!?」
「おお! この早業を避けるとは……試すまでもない、汝には我が技の全てを授けよう」
「え、いいの? ……ま、どうせ俺はソードスキル使わないんだけど」
ハルくん、まさかの落書き回避からの最速習得ルートである。アルゴやキリトが聞いたら泡食って倒れるぞこれ。しかもせっかく手に入れたそのエクストラスキルも彼女、どうせ使わずにお蔵入りである。
「もったいねー。まじもったいねー」
そしてその事実に熱でうなされているかのようにぼやくグラントの顔にもペイントが付着していて。
「パイセン、ペイントがまじグルトラマンでワロタ」
「それを言ったらお前さんはサイヤークだ。マソップだけにな」
皆それぞれ個性的なペイントである……フルフェイスメットを被っているトミィだけは外見に全く変化がないが。一応システム的な都合もあるし彼の素顔はやはり落書き状態なのだろうけど。因みにオルスはヘイジョージな感じである。
だけど、いち抜けたハルキ以外のメンツも、顔ぐっちゃぐちゃなのにやはりそれほど動転はしていない。事前に知っていたからというのもあるが、それでもそのペイントの解除条件が素手で岩を叩き割る事のみとあらば、少しは絶望してもいいのではないだろうか……?
「よーし、みんなじゃあ始めよっかー。じゃあまずオルス君。アイテムストレージから、メイス出して?」
……絶望しない理由がよく分かった。どうやらギルドリーダーこと落武者男グラントは、またまたシステムの抜け道を使った対策を考案済みのようである。
どういう事かと言うと、普通このクエストを受ける際、プレイヤーの武器による岩の破壊を防ぐために、このヒゲジィNPCは入門者の顔に落書きをすると同時に彼らの武器を一瞬にしてかっさらう手筈になっている。グラント達は知る由もないが、現に二層攻略の時点でこのクエストを受注していたキリトはそれによって片手直剣の使用が出来ずに、三日間泣き叫びながらがむしゃらに素手で岩を殴り続けたそうなのだが。
よく見るとグラント達、誰一人としてメインウェポンを実体化させていない。モンスターに襲われる確率は圏外である以上どこであろうと少なからず存在するので、武器を持たずにそこらをほっつき歩くなんて事は控えめに言って正気の沙汰ではない。
だがそれが幸いして……どうやら、ヒゲジィも実体化していない武器までは取り上げようとはしなかったようだった。グラントはそれを見越して、小屋に入る前に全員に武器のストレージへの格納を呼びかけていたのだ。
と、こう書いて見ればグラント、すごく頭のいい感じなのだが。
「%$&?※◎■○%□!!!」
子供が聞いたら泣き出しそうな野太い怒号と共にオルスが自分に割り当てられた岩にメイスを振り下ろしていて。「ちょっ、まてよ」と悲痛な声を上げた(ような気がした)岩は成すすべもなくポリゴンの欠片と化した。これで無事、オルスは体術スキルの習得は確定である。
だがちょーっと考えて欲しい。この五人の中で、まともに武器を持って戦うのって、誰だったっけ? 片手直剣を両手で使うハルキはもうクリア済みで、攻撃的メイス使いのオルスはたった今条件を達成して。
……で、他は?
「さて、ここからが本番ぜよ。次はトミィ氏!」
そう、あとはお察しの通り、盾しか持ってないグラントと、走るだけしか能のないトミィと、そもそも戦う気があんのかコイツなマソップである。お前ら武器を取り上げられる以前の問題じゃね? と、そう考えるのが妥当である。
しかしそんな中、グラントはトミィに一つの指示を出した。その主旨は単純にして極端。
「ぶ、つ、か、れ!!」
『(☉ε ⊙ノ)ノ エッ?』
……一応説明する。
圏外なので、ヒットポイント及び耐久値の設定されているオブジェクトは例外なく、意図ある攻撃だけでなく、物体同士の衝突によってもダメージを受ける。そしてその衝突によるダメージは、基本的にはぶつかるその物体の速度と重量によって変動するのである。
つまり、今トミィがグラントによって担がれ運ばれて無理矢理実践させられているように、全身フルアーマーなプレイヤーが、疾走スキル全開で遠くから岩に特攻すれば……ほーら、簡単に岩がぶっ壊れましたとさ。
『(´⊙o⊙`;)アー』
その代わりにトミィ氏、明後日の方向に思いっきり吹っ飛んでいったけど、まあ問題ない。うん、問題ない。
「さて、次は俺だなー。ハルくん、剣貸して」
「え? ……って、これって素手で岩を割らなきゃならないクエストなんじゃなかったのか?」
ハルキくん、まだズルをしているって事を把握出来ていない。その純粋さはある意味貴重だ、大事にしよう。
と言うわけで、全てを語らずにニコニコ笑みを浮かべながら戸惑うハルキから彼女の愛剣「スタウト・ブランド」を受け取ると、落武者男は躊躇なくその剣を振りかぶる。
片手直剣基本技「バーチカル」の垂直の剣筋に逆らえずに、岩はライトエフェクトと化して霧散した。
「さてと、残るは……またまた何してんのマソップ嬢」
自身のノルマを達成したことを確認して背後に振り返ったグラントが見た光景は、これまたぶっとんで……という訳でもなく。
話題の新入りメンバーは、自身のストレージから取り出したのだろう投剣用のピックをプスプスと岩に突き刺していた。
「ぐぶぐぶぐぶ、こうすれば貫通ダメージの継続でいずれはこの岩もぶっ壊れるでしょ常考」
「ここまで来てクッソ地味だなおい」
今やその岩は何十本ものピックが突き刺さってハリセンボンの様になっている。それでもなお空いたスペースに薄ら笑いを浮かべながら針を突きさしていくマソップを見ながら、ハルキは隣のグラントから剣を返してもらいながらも耳打ちをした。
「……最近まで牢屋にこもってた様な子だから目ぇつむってあげてハルくん」
「いや、まあ……この際それはまあいいんだけどさ。最近あのマソップさんがやって来てから、やたら鎖骨をどうこうって詰め寄ってくるんだけど、グラントどういう事か、分かる?」
「………………イヤ、シラナイナー」
まさか彼女との間に「ハルキの鎖骨prpr条約」を結んだなんてことはどう口が滑っても言う訳にはいかないグラント。バカモノである。そしてそんな棒読みな返答を素直に信じて、「むぅ……参ったなぁ」とか言ってるハルキもバカモノである。
因みにその後、結局マソップの岩が壊れるのに半日を費やす羽目になり、それまでの間他のメンツはどこかに飛んで行ってしまったトミィの捜索に出向いていた。そうしてクエストのクリア条件を達成した五人を、例のヒゲジィNPCは、どこか遠いところを見るような目をしながら自身の小屋で迎えたそう。
そして、それから二日後の事……つまり今現在である。
「こりゃまた……ずいぶんと個性的なメンバーを集めたもんだな、グラントさん」
「もっと直接的に言ったらどうだい全く、『変人ばっか』ってねキリトくん?」
「いい加減ひがむのやめないか、グラント?」
ここは第十八層。主街区から南東に三十分前後歩いた地点に存在する、地下迷宮型のダンジョンである。
よく考えたらこのギルド、ギルドらしくみんなでダンジョン探索とかしたことないじゃん! という変人ギルドリーダーの思い付きによって、グラント帝国のメンバーは半強制的にこの薄暗い、人気のないダンジョンを行軍しているのである。
因みに、半強制的と言うからにはもちろん例外がいる。
『外出、ダメ。ゼッタイ』
ただでさえSAOサービス開始日から今まで監獄で過ごしたもやしっ娘である。マソップ(ひらがなにしない、これ重要)は体術スキル習得の日にフィールドに出てからの二日間一切ギルドルームから外に出る事なく、まるで虐げられている子供のように部屋の一角で丸くなって自身のウィンドウを弄っていた。
別にいじめてもいないのに妙に罪悪感を覚えてしまう。良い迷惑である。チキンなグラントも結局は無理に連れてくることは出来ず。
「まあ……あれっす、サッちゃんに嬢を会わせるのはちょっと刺激が強すぎるだろうし、結果オーライで」
「ちょ、グラントさん」
「さりげなくサッちゃん呼ばわりするなこの落武者男」
今日もハルくんキレッキレである。格好良くサチを庇おうとしたキリトくん、君は残念だがお役御免だ。
ともあれキリトとサチ、そしてグラント帝国の皆さんと、二つのグループが巡り合ってしまったのだから仕方がない。グラント達はともかく、こんな辺鄙なエリアに何故キリトさん達がいるのかと言えば、どうやら近頃中層ゾーンで活動しているらしい彼らの所属するギルド、「月夜の黒猫団」の実力向上に伴いサチのレベリングをしなければという事で、キリトは度々それを手伝っているのだという。
「しっかし、さっすがキーリトくんだなぁ。ここはあんまり攻略組の方々にも認知されてないみたいだったのに、把握済みとは」
実はここ、踏破推奨レベルが十八層攻略時のプレイヤーの平均レベルを大きく上回っていて、当時は初見殺しの危険地帯という事で誰も寄り付かず……今は駄目でもいずれは、と後回しにされているうちに、いつの間にか忘れ去られてしまったドンマイなダンジョンだったりする。
「ま、まあな。俺は攻略組じゃないけど、こういう穴場はアインクラッド中にちらほらあるみたいだからな、探すのも一つの楽しみだよ。俺は攻略組じゃないけど」
「ん?何言ってるんだ? キリトはバリバリのこ……」
「ハルくんストーップ!」
バリバリの攻略組だろ? キリトの返答に疑問を感じたハルキが思わずそう問おうとしたその時、グラントがその言葉を無理やり遮った。当然怪訝に盾男を見やるハルキだったが、
「分かってないなぁ、あーいうのは素直に乗ってあげれば良いんだよ」
「素直にって……」
「良いかいハルくん、君は何というかあんまりそーゆーことに縁がなかったと思うから説明するけど、アレくらいの歳の男の子は、やたら自分をカッコ良く見せることに拘る傾向があるのだよ。俗にこれをチューニ病と呼ぶんだけど」
『(ಡωಡ)』
「チュー……ニ病? なんかの病気なのか?」
「んま、一種の生活習慣病みたいなヤツだね。
つまりだ、キリトの奴はあの可愛らしい少女サッちゃんに、普段はなんて事の無い中堅プレイヤーのフリをしておいて、実は攻略組の中でも一、二を誇るトッププレイヤーだった!! というシチュエーションをやりたくて今し方は嘘をついていると、まあこういう訳ですな」
「はぁ……? キリトが、そんな事考えてるって言うのか?」
「間違いないね。だってキリトってあれじゃん、どうやらビーターとか名乗って、自分は他のベータテスターとは一線を画した天才プレイヤーだって周りに言いふらしているらしいじゃん?」
うんグラント、そこになおれ。貴様はとても酷い勘違いをしている。そしてトミィ氏。変顔メッセヤメレ。
「……色々言いたいけど、まぁ確かにその理屈だと説明はつくな。なるほど……つまり彼の事を考えたら今は乗ってあげた方がいいと」
「そういう訳ですな、うん」
キリトさん聞こえていたのか、とっても切なそうな表情でこちらを見ております。ごもっとも、グラント鬼畜かよ。ハルくんに何教えてやがる。
「ほ、ほら! そこ曲がったらもうボス部屋なんだから、みんな準備しないとな!」
何とも居た堪れない雰囲気になってしまったその場を必死に切り替えようとキリトが声を張り上げる。それに、一連の流れに全くついて行けていなかったサチが応じ、手にしていた槍を構えた。
「うん、緊張するけど……私、頑張るね」
「サチ、大丈夫か? 怖かったら、無理して戦わなくても良いからな?」
「……本当はね、やっぱり怖い。いつもは月夜の黒猫団のみんながいてくれるけど、今はグラントさん達とキリトしかいなくて……。
でも、私は信じてるから。君は言ってくれたよね、私は絶対に死なないって」
「……ああ、保証する。君は絶対に死なない……俺が、死なせない。
グラントさん達も、サチの事を守ってやってくれよな。みんなでボスを倒すぞ……!」
「ねえ、キリト。言いにくいんだけど……。
グラントさん達、もうボス部屋に入って戦ってるよ?」
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぁぉぉぉ!!」
やってしまったキリトくん。誰もいないのに一人かっこいい掛け声である。というかオンエアしちゃダメな声出ちゃってるぞ。
(part2へつづく)
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