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SAO(シールドアート・オンライン)

作者:ニモ船長
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第七話 「燕返」対「虎切」

 
前書き
 
 「…………冷めたピッツアなんてネバらない納豆以下だぜ…………」






グラント「ネバらない納豆って、食べたことある?」
トミィ『(^^;;』
 

 
 


 「……どーするよ、これ」


 何かが、おかしかった。
 というのも、大真面目にこの浮遊城アインクラッドを攻略しているキリト達とは違って、奴らはここ数ヶ月はギルメン集めという体で色々と大暴れをしている訳であって。
 そんな毎日の中で半分呆れた様な、情けない声が聞こえることなんてそう珍しいことではない。そしてその中身は大体……いきなり突拍子もない事を口走り始めるグラントに対する、ハルキの呆れ文句なのだが。
 確かに今回も、ある事案に対する呆れ文句、あるいは困り文句である事は間違いなかった。現にハルキは今、また面倒なことに巻き込まれたなと物憂げな顔をしている。
 ……では、一体何が違うのかというと。


 「俺に聞くなよ、グラント」


 そう、初めのぼやきはハルキではなく、トラブルメーカー側である筈のグラントが発したものだったのである。






 順を追って話そう。
 時は2023年。年明けから時が流れ、攻略組がいよいよ今日中に第二十八層迷宮区を制圧すべく画策している一方でグラントは、しかし上記の通り未だにギルメン集めに奔走する憂き目に遭っていた。
 というのも、トミィを見出すのにも使ったアルゴのリストには、まだまだ多くのはみ出し者プレイヤーの情報がてんこ盛りなのである。流石アインクラッド一の情報屋が書くだけはあり、その主な活動地点や外見の特徴など事細かく記載されていて、これを最大限に活用するほかないと考えたギルドマスターは、益々トッププレイヤーとの差が開いていくのをひしひしと感じながらもひとまずはこっちに集中しようと決めたのである。
 だが、それではその活動が成功したかというと、笑ってしまうほどに上手くはいかなかったようだった。まずギルド名を口にするだけで相手は眉をひそめ、そして目の前の落武者男が武器を持たないガードホリッカーであると判明した途端に、何かしら理由をつけて話を無かったことにされてしまうのだ。


 『だから言ったろ。せめてギルド名は頭文字を取ってEOTJTKUDUGってことにしろって』

 『いやそのE……も大概じゃね? 絶対覚えられないやつじゃん』


 そんな会話も一度はなされたのだが、そもそも自分の付けたギルド名に誇りを持っちゃってるグラントにはまるで意味がない。マジで裸の王様である。可哀想に。そしてハルくんも何と言うか絶妙に才能がない。
 でも、今度のは当たるかもしれないヨ。第三層ズルムトの街にて再度遭遇したアルゴは、そう告げた。因みに彼女はこの層から始まる一大キャンペーンクエスト、通称エルフクエストの情報を初めてこの街を訪れる初心者プレイヤーに広めるべくやってきているのだという。


 『当たるってどういう事? 遂に俺のネーミングセンスを理解できる人材が現れたって事かな?』

 『ンー、それはどうか分からないけどナー……ま、会いに行けば分かると思うゾ。何で異端扱いされてるのかもナ』


 と、言われてしまったらこれはもう行くしかない。という訳でグラント達は、丁度良く先程エルフクエストを受注すべくここ第三層の「迷い霧の森」と呼ばれるエリアへと足を運んだらしい、そのプレイヤーを追う事にした。
 暫定的拠点であるズムフトの街から数十分歩き、そして前にハルキとグラントが二人で訪れた時とほぼ同じ、剣戟の音を頼りに二人のNPC……フォレストエルフとダークエルフの戦っている現場へと辿り着いたのだが。
 そこで繰り広げられていた光景は、二人の予想を大きく裏切るものだったのだ。


 『……どうなってるのこれ』


 それは大柄な体躯の片手棍使いだった。見る限りでは盾を持っていなく、全身アーマー装備という訳ではないのだが、体装備のあちこちには重厚そうな金属が施されている。金髪を(グラントほどではないにしろ)風になびかせていて、何とも外国の神話に出てきそうな、いわゆるグラディエーターの様な風貌である。オリオンとかヘラクレスとか、そんな感じだと思ってくれれば間違いないか。


 『こ、これは、流石の俺もたまげたなぁ……』

 『(°д°)』


 で、だ。何がたまげたのかというと、その勇猛な戦士様、どうやらもともと対決していたエルフNPC達両方に喧嘩を売っているようなのである。
 ハルキは以前、何とかこの二人のNPCの争いを止めるべく巻き起こる剣戟を捌きながら説得を続け、グラントを大いに悩ませた過去を持っていたりするのだが……そのプレイヤーはむしろ逆に二人とも倒すつもり満々の様である。みんなあれですか、普通のプレイングは嫌いですか?
 加えて目当てのソイツは、かなり強いようだ。片手棍のソードスキルはどちらかと言えばタンクの使う支援系のものが多く、一般的にはアタッカーの持つ武器としてはあまり好んで採用はされないものなのだが、この男……どうやら数少ない攻撃系のスキルに特化して戦闘を行っている。
 こんなにアグレッシブなメイス使いなんて初めて見たぞーと、グラントは内心舌を巻いていた。


 『……あの男、やりおる』


 エルフ剣士達に剣の連撃をさせる隙すら与えず、重量のありそうなメイスで大きくノックバックさせて戦いの主導権を握っているそのグラディエーターを眺めて、グラントはつぶやく。いや、単にプレイヤースキルの度合いに留まらない、あの動きは相手の、言うなればNPCの動くアルゴリズムを正確に把握した上で成り立つものだ。
 欲しい。メッチャほしい。あいつが加われば、今後のグラント帝国も安泰というものだ。


 『とはいえ、だ。あの調子だと、どっちも敵に回したところでクエストは進行しそうにもないなぁ。
 とゆーわけで。トミィ氏、ハルくん、行こっか』

 『∠(・_・)ラジャ』


 『え? ……ああ、うん』


 もう少し見ていたかったとかハルくん、決して考えてない。きっと。
 ちなみに前回二人が結局どうしたかというと、どちらかに味方すれば問題なくクエストが進行するというのにハルくんが中立派のまま一歩も譲らなかったので、結局そのまま撤退せざるをえず……エルフクエストは全く進んでいないまま現在に至る。
 だが今のハルキはグラントの涙ぐましい努力により、ゲームの摂理というものを一応理解している。キリトとアスナによってもたらされた「ダークエルフ生存ルート」という、ベータ時代には恐らく存在しなかったシナリオ分岐の情報もあり、もし自分達の介入が必要そうなら森エルフ、金髪の男性NPCを倒そうと事前にグラントと打ち合わせていたのだ。
 抵抗がないわけではないのだが、この際仕方がない。彼女は一息つくと、剣を鞘から抜き放って……。






 そして、冒頭に至る。
 申し訳ない。まるでどういうことか分からないと思うのだが、本当にそうなのだから仕方がない。


 「……どーするよ、これ」


 まずはグラントが一言。
 もう一度言う。グラントが一言。普段ハルキに言わせているようなセリフを、グラントが一言。大事な事なので三回言った。
 もちろん横にはハルキとトミィが並んでいる。そこは先ほどと変わらずNPC同士が戦闘をしていた空き地であったし、グラント達は見事その場に参戦して、森エルフのお兄さんをコテンパンにやっつける事には成功した。そして、目の前には例の強靭なメイス使いが立っている。
 だがエルフクエストの始まる前に軽く、とグラントが挨拶を口にした、その直後。
 その男は振り向き、おもむろに口を開けると。




 「$☆♭○%×※#▲!」




 「……俺に聞かないでくれよ、グラント」


 今度のは本当にハルキの声である。ちなみにトミィ氏は驚いているのか、先程から微動だにしない。
 ちなみに、情報源たるアルゴが後に言ったところによると、


 『にゃハハハハハ! グー坊言ったじゃないカ、癖のあるプレイヤーを探してくれっテ!
 ソイツの話してる言語は、オイラのツテを探ってもいまいち判別がつかなかったんだよなー。お陰で苦労してるみたいだゾ、パーティにもレイドにも、あれじゃーとても入れないもんナー』


 ……だそう。いやそういうことは早く言ってよ。
 もうお分かりだとは思うが、何が問題ってこの男性プレイヤー、言葉が通じないのである。盲点だった、一万人ものプレイヤーがサービス開始直後にこのアインクラッドに閉じ込められたのだから、一人くらいその中に外国人がいてもおかしくはない筈なのだ。そして検索エンジンの恩恵に与れない今となってしまっては、その母国語も特定困難であり。


 「はろぉ? はうあーゆーどぅーいん? あいねーむいず……」

 「やめてグラント、俺今すっごく悲しい気持ちになってる」

 『(´·ω·`)』


 せっかく辛うじてなけなしのイングリッシュをスピーキングしたというのにグラント、身内から総スカンである。「まいねーむいず」だろとか言わないであげて。


 「……これでひとまず聖堂は守られる……」

 「とにかく、情報が必要だな。こう何一つ言ってることが分からないんじゃどうしようもないからな」

 『(´Д`)』

 「情報、ねぇ。取り敢えずアルゴをしょっ引くのは手だと思うけどねぇ……お財布がどんどん軽くなってて、もうあんまり気軽に買えないんだよねぇ」

 「○%$☆♭■□:*&??」


 緊急事態である。確かにそうなのだが……君たち、助けてあげたダークエルフの女騎士さんの事忘れないであげて。四人が四人とも聞いてくれてないから、ほっとした表情で振り返ったままエルフさん……名を「キズメル」さん、固まってます。


 「礼を言わねばなるまいな。そなたらのお陰で第一の秘鍵は守られた。助力に感謝する。我らが司令からも褒賞があろう。
 野営地まで私に同行するがいい」

 「あ、いや結構です」


 せっかくキズメルの頭上にクエストの進展を知らせるクエスチョンマークが発生したというのにグラント、完全無視である。だがさすがに今回は、事態が事態だったか。


 「そ、そうか。ならいつでも我らの野営地を訪れるがいい。その時は手厚く迎えるよう、私が司令に進言しておこう」


 そう言ったキズメルの口調が若干残念そうだったのはきっと気のせいだろう。ハルキは耳に引っかかったその言葉を聞いて思った。






 さて、場面は変わってズムフトの街。心休まる筈の拠点に帰ってきたグラント達一行だったが、残念ながらその心中はちっとも穏やかではない。


 「とりあえず、色々と接待をして敵意がない事を示そっか」


 とはグラントの発言。いつになくまともな意見であるが、この予想斜め上の事態においては誰もそれを揶揄する程の余裕は持ち合わせていなかった。


 「とはいえ、ここってそんなに美味いレストランあったか? ズムフトは景観は独特で綺麗だけど、食事に関しては二層のウルバスの方が……」


 とはハルキの発言。身も心も男になり切っている彼女だが、どうやらウルバスのレストランで食べた高額ショートケーキ、「トレンブル・ショートケーキ」の味が忘れられない辺り、一応はスイーツ好きな女の子の様である。


 『(T ^ T)』


 とはトミィ氏の発言(?)。彼は疾走スキルを巡る事情から結局ろくに主街区に入れたことがないので話についていけない、という事をその絵文字で表したのだが……んなのわかるわけないだろ。
 だが彼らの思惑に反して例の外人プレイヤー、名を「Orth」ことオルスといったソイツは、グラント達の会話を聞くや否や途端に目を輝かせ出していた。


 「%@?%□◎&△#!!!」

 「ん、んんん??」


 話が伝わったのか? と首を傾げるハルキに、


 「ふむ、どうやら街の名前とかレストランとかそれくらいは分かるようじゃの。そりゃそうか、どんな言語でもゲーム内の名称設定は統一されてる筈だよのぅ」


 ある程度の推測と共に納得するグラント。確かに、言語が違うからといって街の名前等の名称が変わってしまっては、プレイヤー間の情報伝達がまるで出来なくなってしまうというものだ。


 「……そうだよ、絶対何かしらの方法があるに決まってるんだ」


 このSAOがデスゲームと化す前、一体どのようなゲームジャンルに属していたか。その答えは「VRMMORPG」という、今までにない「世界初」のものではなかったか。
 当然、その注目度は国内に留まらず世界規模の高さであったはずである。そしてその時点で、運営側としてはこのタイトルによる海外進出だって考えていた筈であり、そこまでのポテンシャルを秘めたこのSAOが……しかし実は外国語非対応でした、なんて事があり得るだろうか。


 「でも、ウィンドウの設定画面にも言語設定っぽいものはないぞ?」

 『(・へ・)ンー』


 ハルキとトミィはそれぞれ自分のウィンドウを開いて何かしら解決の糸口を探してみるが、残念ながら収穫は望めなさそうである。


 「あれはどうだ? 通訳スキルみたいなのはないのか?」

 「ふーむ、少なくともベータ時代には聞いたことがなかったと思うよ」


 このご時世においては珍しく、SAOはいわゆるチュートリアルがまるでないゲームである。その辺りの注意事項はプレイヤーが自力で見つけ出さねばならない仕様になっているのだ。少なくとも、ハルキやグラントがこの仮想世界に始めて降り立つ時……つまりキャラメイクの時点では、UIや他様々な名称の多言語化設定はなかったはずである。
 そんな状態でデスゲームとか、茅場鬼かよ。いや鬼なんだけれども。色々とフェアだって噂はどこいったんだい。
 そうして、ハルキとグラント、そしてきっとトミィもこのデスゲームの諸悪の根源に対して、心の中で愚痴をこぼした、その時。


 「…………!!??」


 渦中の男、オルスが突然、予期せぬ方向に走り出したのだ。直前の驚いた表情から察するにグラント達を悪人と疑った訳ではなさそうなのだが。


 「あ、こら! どこ行くんだよ!?」


 咄嗟にハルキが後を追い始める為に駆け出そうとしたが、それをグラントが手で制する。何でだよ、と訝しげにその落武者男を見やったが、やがて彼が大声で叫んだのを聞いて、徐ろにその声の向かい先に振り返った。


 「クライィィン!! その人、捕まえてちょ!!!」


 そう、グラントの目の先には、攻略組に参加するべく精力的にレベリングをして実力を蓄えつつある中堅ギルドの星、「風林火山」のギルドリーダー……赤いバンダナがトレードマークの男、クラインが街路を歩いていたのだった。
 ここズムフトの街はギルド結成クエストの受注ポイントな事もあり、何かしらギルドに利益のあるアイテムが報酬になっているクエストが比較的多かったりする。現に例の二大攻略組ギルドやその他色々なギルメンがしばしば、それを目的にこの低層区に足を運ぶ事があるのだが。
 今回のクラインもその類だろうか。未だギルメンを一人も死なせずに見事ギルドを機能させているその男は、しかし実際は気さくでナンパな野武士面男である。
 え? じゃあ落武者のグラントと同類じゃないかって? 分かってないなぁ、あっちはマジもんの武者然なのだよ? 落武者とは格が違うのだよ?


 「んぁ? よう、グラントじゃねーか!! ちょうど半月ぶりってか……って、おわわわわっっ!!」


 補足。クラインとグラントは、お互いほぼ同時期にギルドを結成した同期ということで、約ひと月前から度々交流を重ねている。
 最も、クライン率いる「風林火山」が順調に攻略組への道を邁進しているのに対して、グラント率いる「グラント帝国」は全く進歩のそぶりは見せていないのだが。
 それはともかくだ。そのバンダナ侍ことクラインは突然眼前に詰め寄ってきた金髪外人男に驚いて、両手を目の前に突き出した。だが一向に激突する気配はなく、恐る恐る彼が目を開けると。


 「……あり?」


 クラインだけではない、逃亡を計ったオルスに追いついたグラント達も、その光景に唖然としている。何かってグラディエーターのオルスさん、クラインの前に立ったまま、彼に何とも言えない……敢えて言うならば「なかまになりたそうな」視線を向けていたのだ。
 そして、極め付けには、次の言葉である。


 「……ニッポン!! サム↑ライ↓!!! カ、タ〜ナ!!!!」



 「……カタナ!?」


 他のメンツがそのカタコト日本語にドン引きしていたのに対して、ハルくん一人だけ違うところに反応してる。流石剣術バカ。
 だが実際、唐突な仲間イベントに面食らっているクラインは、今まで彼女が一度もお目にかかったことのない……正真正銘の「刀」を腰に帯びていたのだ。


 「……クライン、その武器、まさか、あの!?」

 「んあ? ああ、これか? へへ、すげーだろ、刀だぜ刀!
 カタナスキルって言ってな、曲刀スキルを極めたオトコのみが習得できるエクストラスキルなんだぜ! オレみたいな、な!!」


 正直調子の良さだけならグラントといい勝負であるクラインのその得意げな台詞を聞きながら、ハルキはその習得条件を反芻していた。まあ十中八九、「オトコ」と言うのは彼の誇張表現だろう、問題はその前である。


 「……曲刀スキルって、俺武器スキル何にも持ってないんだぞ……」


 残念ハルくんの図である。今から鍛えるにしても遅すぎるもんなぁ。ねぇ今どんな気持ち?


 「あ……わりぃわりぃ、そういやハル公はソードスキル、使わない主義だったんだもんな。でもちょっとは見てみたくないか? カタナソードスキル」

 「……むむ」


 調子者のクラインだが、基本的には人の良い兄貴分である。それ故彼にも決して悪気はなかったのだろうが……気遣う目的で使われたその言葉は、しかしハルキには挑発と受け取られてしまったようで。


 「……じゃあ、デュエルで」

 「は?」


 次の瞬間、ハルキのメラメラと燃えた瞳を見て、クラインはまたもや面食らう事になったのである。勿論これにはグラント達もお口あーんぐりである……一人を除いて。


 「ハタシ↑アイ↓!? ニッポン、&@%※#□×▲!!!」


 流石にどうにかしないとまずいぞこれ。もはや火星語じゃね?






 「おかしいぞ……俺がツッコミ役なんて、なんかちがう……」


 ぼやくグラントの周りには、そこそこの人数の人だかりが出来ている。
 それもそのはず、ゲームでの死が実際の死に直結しているこの世界において、犯罪者プレイヤーでもない一般人同士のデュエルは極めて珍しいのだ。しかもその決闘者の一人が、中堅ギルド筆頭の風林火山のリーダーであるならば尚更である。


 「良いかハル公! ルールは初撃決着モードだ!
 一回でも相手の攻撃に当たったらその場で終了だからな!!」

 「りょーかい。でも心配はご無用だぜ。
 本当の武芸の達人は、武器を選ばないって事を証明してやるよ」


 勿論、その人混みの真ん中では、ハルキとクラインの二人が向かい合っている。ハルくんだいぶ根に持ってます、キリトにひがむグラントの事からかってたけど、人のこと言えねーじゃん。


 「はは、そうかい。 ……ならオレは、本当の武士道がどういうものかを教えてやるぜ!!」


 デュエル開始までのカウントダウンの迫る中、二人は軽口を交わす。
 とはいえこのハルキとクライン、剣を交えるのはこれが初めてではない。実はこの野武士男、片手直剣を両手で持ち、ソードスキルを完全に無視して柔軟性のある剣道スタイルで戦うハルキに、かなり惚れ込んでいるようなのである。
 曰く、『オレはハルキみたいに剣の達人って訳じゃねぇけど、いつか必ずソードスキルであいつの剣術を破ってみせらぁ!!』との事。
 そういう意味では、遂にハルキの知らない装備及びソードスキルを手に入れたクラインは、その目標を達成する絶好の機会を得ている事になるのだが、果たして。
 いよいよ残り十秒まで迫ったその時、二人はお互いの武器を腰に実体化させ、利き手をその柄にかける。その様はまるで本当の武士同士の果たし合いの様であり、周囲にもその緊迫感が伝わったのか、それまで沸き起こっていた喧騒が次第に止んでいった。
 ……そして。


 「で……りゃああああっっ!!」


 カウントダウンがゼロになり、デュエル開始の合図が宙空に表示されるや否や、クラインは自分の武器をソードスキルのライトエフェクトで光らせた。そして次の瞬間には、システムアシストの力を借りてあっという間にハルキとの距離を詰めると、左腰に構えていた刀を右斜め上へと、居合いの要領で振り抜く。
 カタナ単発突進技「辻風」である。その威力もさることながら突進速度に重きが置かれていて、その速さたるやトミィの疾走スキルに迫る程である。
 だが、ハルキもこの数か月間、何もしないで過ごしていたわけではない。


 「ふーん、便利な技だけど……どうってことはないな」

 「な、なにぃおおっ!?」


 驚くなかれ、ハルキは特に急ぐ様子もなく、剣を鞘から抜き放つ動作そのものを利用してクラインの刀を受け止めたのである。居合いを居合いで受けた、というと分かりやすいかもしれない。


 「く……そおうっ、これでも、食らいやがれぇ!」


 初見殺しのつもりで発動したのであろうそのソードスキルを、いとも簡単に防がれてしまったクラインは……しかしめげずにそのまま至近距離で、斬撃を雨のようにハルキに降らせた。攻撃だけではなく、先手を取って相手の攻撃を抑え込んでしまうという意味でも十分有効な策である。やはり伊達にゲームオタクをやっている訳ではないらしいクライン、他のゲームでもギルドリーダーやってたクライン、戦いの運び方が分かっている。
 だが、ハルキは思った。ソードスキルの威力が絶大だろうと、相手のステータスが高かろうと、それだけでは補いきれないバトルセンスというものは、残念ながら存在する。
 例えばソードスキル。その母数の多さから、本当に様々な立ち回りがそれの活用によって可能となっているが、その「ソードスキル」というシステムもいちゲームの仕様である以上、彼女に言わせれば純粋な戦闘技術ではないのだ……見栄えを良くするために付けられたであろうライトエフェクトがある為、不意打ち等の隠密行動時にはとても扱いづらい上、そもそもその動作自体、格好良すぎてあまりに無防備というものだ。
 また、プレイヤーはソードスキルを放つために、通常の剣の斬り合いの動作とは別個に、その開始モーションをどこに盛り込むかを考えなくてはならない。それが例え容易に確認できない程のわずかな思考だったとしても、刹那の判断で勝敗の決まる世界で戦ってきたハルキにとっては格好の隙でしかない。
 ……現にたった今、目の前で自分に向かって刀を振るっているクラインは、その攻撃をコンマ何秒か、唐突に止めた。これは正しく、何かしらの決め技を使おうとしているシグナルであり。


 「へへっ、驚くなよ、これで……っておいぃぃぃ!!??」


 だからこそ、どうやら彼が必殺の技として選んだらしいカタナスキル「浮舟」の軌道、大下段から大上段への斬り上げをほぼ正確に読み切ると、ハルキはその太刀筋を紙一重の所で避け、間髪入れずにいわゆる小手打ちをクラインに叩き込むことが出来たのだった。
 この「浮舟」という技、カタナスキルの中ではそこまで威力は高くないのだが、目の前の敵をガード関係なく上方に打ち上げるという凶悪な性質を持っている。クラインはそれを利用して隙のないハルキを強引に崩そうとした訳なのだが、今回はハルキに逆手に取られてしまった様だった。
 だが、そんな考えを持っていた彼女の常識を大きく覆す事態が、この直後に勃発したのである。


 「くっ、そおおっ!!」

 「……っ!?」


 苦しみ紛れの抵抗に見えるものの、完全にハルキに裏をかかれてしまった筈のクラインが……しかし、その腕から先に謎のライトエフェクトを纏わせる。明らかに怪しい、とハルキも察したのだが、その時には既に彼女の剣先はクラインの手首に接触していて。
 次の瞬間、デュエルの流れは一変した。突然クラインはハルキの剣から逃れる様に瞬きする間もない程の速さで一回転し、彼女の斬撃から見て真反対の方向から神速の斬撃を放ったのである。


 「ぐ、おぉっ……!?」


 ハルキはその予想外の攻撃に息を呑みながらも、身体を敢えて前に深く踏み込ませながら捻ってそれを回避する。自身の短髪がクラインの刀を擦ったのか、彼女の視界は切れた自分の黒い髪の毛で一杯になった。


 「今のはっ、なかなかきつかったぜ」


 何とかクラインの披露した奇術から逃れたものの、こちらの体勢は大きく崩れている。このままではヤツの二刀目を避ける事は出来ない、ハルキはその直感のままに身体を動かす。彼とすれ違う様にしてその刀の軌道から離れると、そのまま半ば地面を転がる様にして距離を取る。


 「……うわぁ、何かやーなモノを思い出しちまったナー」


 トミィと共にやたらめったら興奮しているオルスを見張りながら二人のデュエルを離れて観戦しているグラントは、その技をよーく知っていた。
 要はカウンター技であり、相手の攻撃を発動時のライトエフェクトに触れさせられれば、直後にソードスキルの中でもトップクラスの速度で、反撃の一刀を打つことが出来るという代物である。
 ベータテスト時代には、第十層後半に出現するオロチ型モンスターがよくそれを多用し、あと少しで倒せると息巻いて追撃をするプレイヤーを蹴散らしていたものだ。もちろんグラントもその被害者の一人である。


 「どーだハル公! これがオレの必殺奥義、『燕返』だぜ!!
 あのコジローの技の名前を冠した、絶対無敵のカウンターよ!」

 「……コジロー?」


 起き上がって再び剣を構えるハルキが、訝しげに聞き返す。
 何だかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け……ではない、真面目な方のコジローであろう。あの、ムサシさんに巌流島でやられちゃったらしいコジローである。


 「へへっ、まさかオレがかのコジローの技を習得できるなんてな……おっと、ハル公は覚えられないんだったか?」


 ピキッ。
 その時、グラントは聞いた。いや効果音としてその場で鳴った訳ではないのだが。
 だが今、あからさまにハルキの額に、青筋の立った音がしたのである。クラインさん今のはマズったな……落武者男がぼやく。
 そしてそんな彼の予感に応える様に、ハルキは再びクラインと切り結ぶ為に地を蹴った。


 「覚悟はできてんだろうなぁ……クラインよ……?」

 「おぅともさ! そうこなくっちゃあなハル公!!」


 ハルくん怖い。マジでクライン殺しにいってないかい。初撃決着モードだよ、知ってる?


 「……次の一手で、勝負が決まる!!」

 「うっせぇぞグラント。黙って見てな」

 「わりぃなグラント、オレも同意するぜ」

 「ハーイスイマセーン」

 『(*゚∀゚ノノ゙』


 せっかく場を和ませようと言ってみたのに、見事に返り討ちである。やめてオルスさんトミィさん、グラントの背中を叩かないであげて。それ逆効果だよ。


 「……■☆♭*△#?%◎&」


 しかもオルスの方は何言ってるのかさっぱり分からない。もうヒドイ。グラちゃん悲しい。ママー。
 さてさて、しかしグラントのそのネタ発言もあながち間違いではなく。ハルキもクラインも、あと数合打ち合えば決着がつくという暗黙の了解をひしひしと感じていた。なのでここからは一撃ごとに解説することにする。
 まず一撃目。これは何のひねりもない武器同士のぶつかり合いだった。ハルキが先程のクラインの「辻風」顔負けの速度で放った剣を、されどクラインも何とか受け止めてみせた。やはり伊達にカタナスキルを手に入れる程の戦闘を積んだだけはある。
 次に二撃目。暫くの鍔迫り合いの後、お互いに大きく相手を押し飛ばす様にしてバックステップを踏みながら、退き様に振った剣と刀が再び交錯する。だが今度のは初撃とは違い二つの武器はすぐにそれぞれの手元に戻ることになった。
 二メートル、ギリギリないであろうクラインとハルキの距離は、それでも中距離とさえ言えない程には接近していると言える。お互いの攻撃が必中距離にあるのだ、その予断を許さない状況の中……先に動いたのはハルキだった。


 「……はあっ!」


 三撃目。ハルキが持つ愛剣を構え直し、大きく右足を踏み込んで大上段から振り下ろした。その動きは普段の彼女と比べると些か大振りと言えるだろう。
 しかし、その時だった。クラインはこの正にピンポイントなタイミングで、再び腕から先をライトエフェクトで包ませたのだ。先程と同じカタナ反撃技「燕返」である。


 「これで……終わりだぜっ!!」


 そう、そのクラインの言葉通り、ここに勝負は決するかに思えた。ハルキのその一振りが彼の刀に振れた途端にカウンターがハルキに襲い掛かる。剣を強振してしまっている彼女は今度こそその一刀を避けることは出来ないだろう。
 だが。予想に反して、ハルキのその剣はクラインの鼻先を掠めるように彼の眼前を斬ると、そのまま地面へと剣先を下ろしていく……要は空振りである。ここにきてハルくん、大事な一撃を外してしまったのだ。
 しめた、とクラインは不発に終わった「燕返」から、とどめの一撃をハルキに与えるべく動作を切り替える。カウンター技を綺麗に決められなかったのは残念だったが、勝ちは勝ちである。そう、勝利を確信した野武士男は……その圧倒的有勢から、分かりやすくも油断してしまったのだった。
 そんな様子だったからもちろん、彼はハルキの、その悪魔の様な微笑みも見えていなかった。



 「コジロー、敗れたり」






 後にハルくんが解説したところによると、かの有名なコジローの必殺剣技「燕返し」の実態というのはどうもはっきりしていない様で、その中でも一番近い剣技と言われているものが、某古流の剣術「虎切」であるという事だそうだ。
 この「虎切」という剣術は、一度相手の目の前で刀を斬り下ろし、空振りをしたと相手が思い油断したところを、刀の刃を上に返して斬り上げるというフェイント技であるらしく……ってあれれ、これ時代小説だっけ?


 「んま、残念ながら所詮はニセもんの剣技ってことだね」


 ハルキはそう得意げに説明を終えると、数分前に彼女自身によって見事にその顎をかちあげられた哀れな敗北者、クラインをニヤニヤと見下ろす。
 こうして、カタナソードスキル「燕返」は、古流剣術「虎切」の前に敗れ去ったのである。


 「……んだよぉ……んだよその技ぁ……」


 先程までデュエルをしていたズムフトの街路のど真ん中で、しかし彼は人目もはばからず座り込んでいた。


 「ハルくんえげつねー。パンピー相手にマジになっちゃってどーすんの」

 『(゚o゚;』

 「うっせぇ、煽ってきたのはクラインの方だ」


 今回いいとこ一つもないグラントが、しかしおちょくりだけは絶好調とばかりに首を突っ込んできた。そしてちゃっかり便乗するトミィ。ハルキはいつものように呆れた表情でその盾男達に振り返り、そして彼の背後で先程以上に「なかまになりたそうなめでこちらをみている」金髪外人男オルスに苦笑いした。


 「まあ、日本好きの外人には、これ以上ない接待だったんじゃないか?」

 「おい……それじゃ、オレは当て馬じゃねえかよ……」


 ドンマイクライン。負けるなクライン。デュエルでは負けちゃったけど。でもハルくんのその言葉は別に間違ってはいない……というかオルスさん、もう興味津々である。


 「という訳で、うちのギルドに入りなさいな。いつでもこのプロソードマンの剣が見られるんだから、ね? ねー?」


 いっその事オルスに直接ギルド勧誘申請を送ってしまえば手っ取り早かったのかもしれないが、そこはちゃんと了承をとらないといけない気がしているあたり、やはりグラント小心者である……残念ながら、そんな気遣い当人には全く伝わってないけど。
 そんなグラント達を見て、クラインは思わず彼らの目の前に転がっている問題を一つ残らず、容赦なく投げかけた。


 「……なあ、オメェたち、結局ソイツとどう話すつもりなんだよ?
 オレ達のデュエルを見せて勧誘したまでは良いだろうけど、これから話も通じないんじゃどうしようもないぜ?」

 「ほう、人族は一対一の決闘の事を『デュエル』と呼ぶのか……やはり人族の言葉は、私が思っていた以上に複雑な様だ」

 「そういわれてもな、ウィンドウに手がかりがない以上俺達自身がどうこうできる問題じゃなさそうだし……おいグラント、やっぱりアルゴさんに情報売ってもらうしかないんじゃないか?」

 「まあ、買うにやぶさかではないけど。
 あれよ、夕食のデザートは当分没収よ? いいの?」

 『Σ(゚Д゚|||)』







 「……ちょっと待って。ハルくん、今変な声混ざってなかった?」

 「え?」

 「んあ?」

 『(゚Д゚≡゚Д゚)?』


 うん、確かに上と下で台詞の数が違う。話についていけてないだろうオルスを除く四人が慌てて周囲を見渡すが、その声の主を視認する事は出来なかっ……。


 「……まさか」


 グラントは聞いていた。にっくきキリト(と怖いアスナさん)によってもたらされたエルフクエストの情報によると、ベータテストには無かったルート分岐により生還した黒エルフの女騎士は、自らプレイヤーのたむろす主街区にまで足を運ぶことがあるくらいには、NPCにあるまじき思考、行動の柔軟性があると。
 加えて彼女の纏うマントには、「隠蔽スキル」を発動させる何かしらのオマジナイが付けられているとか……。



 「えーと、キズメルさん、だっけ?」


 「おや、ばれてしまったか」



 その場にいた人間は全員固まった。
 なにせ先程まで完全に何もない、誰もいなかったはず(否、実際はそこにずっといたという事になるのだが)の空間、トミィの真横の中空が文字通り裂けて、その隙間から一人の人間、いやダークエルフが姿を現したのだから。


 「人族の使う剣術とはどのようなものか、先刻助けてもらった時から少々気になっていてな。様子を見に来たのだが……いやはや、なかなかの戦いだった。無論、我がエンジュ騎士団の実力にはまだまだ及ばないがな」

 「あ……ああ。お褒めにあずかり光栄だよ……」


 周囲からの驚きの視線をものともせずに、キズメルはハルキにそう語りかける。だが極めつけはここからだった。
 その女騎士は問題の男、オルスに向き直ると、如何にも自然に話し始めたのだ。



 「※×○%☆♭#▲$、■♭&□%$○☆:?」



 推定、オルスの母国語で。






 結論から言えば、外国人プレイヤーとの会話の架け橋を担っていたのは「NPC」であった。
 彼らはどうやら、話しかけられた言語が世界中のどの言葉であるかを認識して、同じ言語で返答をするようにプログラミングをされているようなのだ。そしてそんなNPC―――NPCならばどこの誰でも良いようである、後に検証された―――の前に異なる言語の持ち主を複数人連れてきて「通訳」を要請すると、それ以降彼らのウィンドウの設定画面に「翻訳」と書かれた、相手の言った言葉を翻訳した文章をサブウィンドウに表示してくれる便利機能が追加される、というカラクリだったのだ。
 グラント達は思った、茅場は、間違いなく、鬼だ。クッソ鬼だ。そんなのわかるわけないだろ。
 とにかく、何はともあれグラント達は以上の経緯から、キズメルを通して金髪グラディエーターことオルスとの会話手段を得ることに成功し、無事彼をギルドに迎えることが出来たのだった。
 そしてこれは余談になるのだが、やっと理解できるようになったオルスの言葉、彼が翻訳機能を使って初めて放った言葉が、


 「ハルキ先輩パネェっス! マジ侍ってカンジっス、いやマジで」


 ……だったのは彼自身のせいなのか、それとも翻訳機能に癖があるからなのか。それはこのデスゲームが終わりリアルで会いでもしない限りは、分かる筈もないのであった……。


  
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