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SAO(シールドアート・オンライン)

作者:ニモ船長
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第五話 天上天下唯我独(以下略)

 
前書き
 
グラント「アルティメットが省略されてる。やり直し」
ハルキ「なんの話だよ」
グラント「読めばわかる」
  

 
 

 「ねえハルくん、そのズボン第一層からずっと履いてるみたいだけど、いい加減装備新調したらどうかね?」

 「ん? ズボン?」


 ここはアインクラッド第三層、ズムフトの街。北欧神話にでも存在するような巨大樹の幹をくり抜くようにして造られたその特徴的なマップの、その一角……いや、正確には一角に立っているNPCに話しかけることによって向かうことの出来るインスタントマップで、ハルキとグラントは朝食を食べながらくつろいでいた。そんな中での、他愛ない会話である。
 だがこの話、実はハルキにとってはなかなか問題要素をはらむものだった。


 「ああ、ズボン……まあほら、俺ソードスキルないし、金属装備とかにして体の重心を変えたくないんだよね、うん」

 「へーぇ……アスリート志向ですねぇ」


 実際の理由は全く違う所にある、もちろんハルキのその主張も一理はあるのだが……最大の原因は、もっと単純で。
 つまるところ、SAOに存在する、女性の下半身装備の過半数はスカートなのだ。そして第四層が解禁された今現在もズボン型の装備で最大の耐久値を誇るものは、第一層で購入できるこれしかなく。


 「まったく、スカートなんて何がいいのかわからねーっつーの。動きにくいったらありゃしないだろ」

 「えっと? ハルくん何か言った?」

 「あ……いや」


 あの日、三日前のフロアボス戦終了後に、ハルキの秘密は遂に自分以外の存在……アスナによって看破されてしまった。彼女曰く、ただでさえその総人口が少なく、他のプレイヤーに声を掛けられやすい女性プレイヤーなら誰しも、集団の中で目立たないようにする工夫をある程度身につけているものであり。ハルキのそれも簡単に見破ることが出来るのではないか、という事だそうだ。


 『でも、その雰囲気だと男性プレイヤーの事は上手く騙せているみたいね』


 そうして、くすりと笑いながら解説をしてくれた細剣使いを、ハルキはぼんやりと思い出す。


 『確かにハルキさん、どちらかというとボーイッシュな感じだものね。……あ、いい意味で言っているのよ?』


 そう、だから最初から一応言ってはいたのだ。外見はリアルの顔とは思えない程に整った美少年であり、声音は平均的な男性の声に比べれば高くソフトである、と。結果として本人曰く素の口調であるその男言葉も相まって、プロフィールでも覗かれない限りはギリギリ女性だとは判別しにくい風貌なのだ。

 ……とまあ、そんな感じなんで、そろそろ、許してくれやしませんかね?


 「で? 今日から、仲間集めするんだろ?」

 「ん、そうだったか。まあ、二人じゃあ寂しいもんねー」

 「いやお前が言い出したんだろ」


 さ、さて。話を戻そう。そんなこんなで二人は今、ズムフトの街のNPCに話しかけることで行けるインスタントマップ……え? そもそもそこってどこだよって?


 「いやだって、折角立ち上げたギルドのメンバーが二人って、あれじゃん、募集してみたけど全然集まらなかった残念なヤツだって思われるじゃん」


 一体全体何なのかというと。第三層フロアボス戦、加え攻略組リーダーとの戦いから無事に生還したグラント(ハルキもそうだけど今は敢えて除外)は、もはやトッププレイヤーなんぞ眼中になしという事で攻略組と袂を分かち。
 そして自らのギルドを作るべくここズムフトの街で受ける事の出来る「ギルド結成クエスト」をこなし……そしてその成功によって獲得したここ、「ギルドルーム」をこの数日の拠点にしている、といういきさつである。


 「まあ、だってその通りだしな。っていうかあのギルド名は無かったよなー」

 「全く理解できん。あの名前がダサいなんてセンスの欠片もない。そう思うヤツなんぞここに入る資格はない」

 「んじゃ、俺も出ていかないとな。短い付き合いだったよ、グラント」

 「待ってハルくん置いてかないでおねがいだよぅ」


 「天上天下唯我独尊アルティメットグラント帝国」。
 因みに、正式には「Empire of Tenjo Tenka Yuigadokuson Ultimate Grant」だそう。いやもう文法とか。それ以前に言葉のチョイスとか。
 文字数制限とかよく引っかからなかったね。因みに「天下」のところ、「てんげ」って読むんだよグラント君。「てんか」じゃないんだよ? というかこんなみっともないギルドに入ってあげてるハルくんって、もしかして天使なんじゃね?
 何はともあれ、今のところギルド名の変更手段がない以上、この名前でやっていくしかないのであり。そしてこんな名前のギルドなんぞに誰も進んで入ってくれるはずがないわけであり。仕方ないので晴れてギルドリーダーに就任したグラントは、今日からは自分から出向いてギルメンを募集する作戦に打って出ようとしているのであった。


 「だいたい、打って出るといったってさ。ギルメンになってくれそうな人の当てでもあるわけ?」

 「ふふん、よくぞ聞いてくれたな、ハルくん」


 数秒前と打って変わり、グラントはギルドリーダー用らしい大きな木椅子に偉そうにどっかり座ると、自分のアイテムストレージの中からあるものを取り出した。


 「一応ね、会ってみたら面白そうなプレイヤーをリストアップしてって頼んでおいたのだよ、うむ。
 今から三十分後に、調査結果を聞きに行く予定だよ……これ書いてる人にね」


 そしてグラントに手渡されたそれを見て、しかしそれが何か全く知らなかったハルキは、


 「……で、何これ?」

 「なっ!? ハルくん、読んだことないのこれ!?」


 その本の帯に書いてある文句を見て、ますます不信感を強めてしまったとさ。



 『大丈夫、アルゴの攻略本だよ。』








 『ハーちゃんひどいナー。オレっちはハーちゃんの事、第一層の頃から目をつけていたんだゼ?』

 『……え、こわ』


 そんなこんなでハルキとグラントは、「鼠」こと情報屋のアルゴの報告を聞いたのち、彼女に手渡されたリストの一番上に書かれていたプレイヤーを探すべくここ、草原と岩石のサバンナの様なフィールドの広がる第二層へやって来ていた。


 「ねぇ、一応聞いておくけどさ。会ってみたら面白そうなプレイヤーって、具体的にどんな人達をリストアップしてもらったんだよ?」

 「ふふーん、良い質問だねぇ、ハルくん」


 今日はやたらグラントさん、鼻を鳴らす様である。鼻に何か詰まってんのか。


 「アルゴにはね、一癖も二癖もあるせいで実質ソロ、あるいはギルドやパーティで問題児扱いされてる様なプレイヤーを調べてもらったわけだぜ! やっぱ普通の人呼んだってつまらないだロ?」


 あー。ハルキは悟った。やっちまったぞこいつ。最後アルゴの真似したって誤魔化されんぞ。自分で言ったでしょうに、『ギルドやパーティで問題児扱い』って……それそのままこのギルドでも当てはまるんじゃないのかな?


 『取り敢えず今日ハ、どうやら第二層の荒地エリアにいるらしいリストの一番上のソイツを当たる事をお勧めするかナ。
 何でも突然プレイヤーを襲うくせニ何かを要求してくるわけでもない変なヤツらしいけド、そんな感じだから出現場所が大体決まってて、直ぐに遭遇出来るんじゃないカ?』


 いや、まあ数分前のこのアルゴの情報を耳にした時から、何となーくハルキは嫌な予感がしていたのである。大体圏外でプレイヤーを襲うって、それ最早犯罪者プレイヤーじゃないのか。でもあのアルゴ……あれでどうやら初心者プレイヤー達の強化に尽力してくれているらしいそのアルゴが、ギルメンとしてそんな危ない人を推薦なんてするものだろうか。


 「あー、俺もう知らねー。ギルドが傾きだしたら俺逃げるからなー。あとはグラント一人でやってくれよー。俺はあんたみたいな変人プレイヤーじゃないからなー」

 「いや、ソードスキル使わないだけでも十分変人だから大丈夫だよハルくん」


 そう、ハルキも控えめに言って恐ろしく異端なプレイヤーなのだ。これ重要。そして今回はそんな彼……いや、彼女のヤヴァさが十二分に発揮される場面があるのだが……それは、ヤツがやって来てから話すとしよう。
 と言うわけで、そろそろヤツ、そのお目当てのプレイヤーの登場である。


 「……!? グラント、何か来るぞ!!」

 「はぃ? な、うおぉぉっ!!??」


 それは余りに一瞬だった。先程周囲のモンスターは一通り二人が狩ってしまったので、文字通りさら地と化しているそのフィールドに突然、何やら銀色の影を残す旋風が巻き起こった。


 「え、何今の。今のってプレイヤー!?」

 「分からない、俺も完全には目では追えなかった……!!」


 って事はちょっとは見えていたハルくん。再び静かになったその荒地フィールドで、二人はそれぞれの装備を手に持ち身構えていた。
 すると、またどこからか、二人の間を突っ切る様にしてその目視すらままならない何かが飛んで来た。そしてそれはそのまま、挑発する様にわざとグラントの持つ盾を掠めながら通り過ぎていく。


 「ぐおっ、あぶねーなおい!! おいハルくん、今度は見えた!?」

 「ああ。流石に二回見ればある程度は分かるさ。あれは……れっきとしたプレイヤーだ」


 いや、普通二回見たって分からんだろ。すごいぞハルくん。だがそんなプロソードマンも、確認出来たのは何やら人型の残影と、その上に存在するプレイヤーである事を示すカーソルのみである。
 だがそれよりもハルキが驚いていたのは、


 「でも……あいつ、グリーンだぞ!?」


 そう、もし圏外で人を襲う犯罪者プレイヤーなら、そのカーソルは当然オレンジになって然るべきである。だが今目の前を通り過ぎていった謎のプレイヤーは、どう言うわけかSAOのシステムにはオレンジプレイヤーと認識されていない様だった。


 (どういう事だ……!? まさか、他のプレイヤーを攻撃してもオレンジ化しない、システム上の抜け道でもあるのか……!?)


 もしそうであるならこれは一大事である、ハルキは焦った。
 なぜならそれは、何千人といるこのSAOの中に閉じ込められたプレイヤーの中に、どれほど犯罪者プレイヤーがいるのかをまるで特定できなくなる恐れがある事を意味するからである。そうなっては誰も信用する事が出来なくなってしまう。軽い気持ちでパーティを組み共に戦っているプレイヤーが、実はペナルティなしで自分に危害を加えようとしている、その可能性を否定できなくなってしまうのだ。


 「何にせよ、まずはあの動きを止めないとどうしようもないなぁ……どうしよっか」


 少し落ち込んだ声で、グラントがぼやく。流石に彼の愛用する盾、及びそれで発動できる盾スキルではとても相手の行動を止める事は難しそうだ。


 「……いや、出来ないことはないぞ、あの『はぐれきんぞ君』のやって来る軌道に割り込む事が出来れば、何とかなるかも知れないけど……ハルくん、何やってるの?」


 めっちゃ早い銀色の残影とかクイックなシルバーだったりはぐれたメタルだったりを連想させないではないが、取り敢えずそう呼ぶことにしたグラント。やっぱりネーミングセンスの無さを存分に発揮しております。
 しかしそんなグラントの前で、ハルキは目を瞑りながら、剣を両手で持ち上段に構え始めていた。


 「まあ見てなって。ちょっとだけ、そのはぐれきんぞ……君? をからかってやるよ」


 元ネタを知らないせいかハルくん、少し口調がたどたどしい。だが言い終わるや否や、その顔を引き締めると、右足を半歩ほど後ろに引き、その身体に乾坤一擲の勝負を仕掛けんとする凄まじい気迫を滾らせた。


 「……からかう? えっと、ハルくん?」


 だがそんな事にもお構いなしに話しかけようとするこのおバカ落武者男。完全に集中し切っているハルキにはその声は届いていないのだが、その時二人の物理的距離が若干縮まっていて。
 そしてその間に、二人を脅かそうとするかの様に割って入ろうと吹っ飛んできた銀色の風を……。


 「……ふっ!!」

 「んぎゃああぁぁぁっ!!??」


 あ、残念ながらその悲鳴、グラントのものである。
 それはそうだろう、突然自分とハルキの間を何かが通り過ぎてゆくのを感じたと思ったら、それを追う様にしてハルキが手にした剣を一閃させたのだから。それにしても、ヘタレである。
 だが、ハルキのその攻撃はどうやら狙い過たず、相手に命中した様だった。思わずどかっと後方に倒れ込んだグラントとハルキの間には、その謎のプレイヤーに幾らかのダメージを与えた証拠である、赤いライトエフェクトが飛び散っていたのだ。
 とんでもない反射神経である。実際のところキリトといい勝負である。彼とは違ってリアルで培ったその能力は、この仮想世界でも絶大な力を発揮していた。


 「……いや、攻撃しちゃったらオレンジになるでしょ」

 「あ、しまった……って、あれ?」


 ハルくん残念、彼女のカーソルはその瞬間からその色をオレンジに変えてしまった。その事にも驚いたというのに、悲劇はそれだけでは終わらなかった。


 「……剣は、どこいった?」


 ハルキの右手からは、先程まで握っていた片手直剣「スタント・ブランド」が綺麗さっぱり無くなっている。慌てて空を見上げると、それはどうやらプレイヤーとの接触時にハルキの手からすっぽ抜けてしまったようで……綺麗な円弧を描きながら、向かって東側の崖に落ちていってしまっていた。
 ちなみにその剣、流石に初期装備のスモール・ソードではこの先歯が立たないだろうというグラントの助言を受けて第三層の素材で作ったもので、ハルキはこの数日間、新しい剣の威力と切れ味の良さに感激し愛用していたのだった。よって、あまりにも突然、自分の予期せぬタイミングでその剣が無くなってしまった事がよほどショックだったのだろう。


 「け、剣が……え……なんで……?」


 ハルキはその場で二秒ほど、残心をとる様に固まっていたかと思うと、がっくりと膝をついて頭をふるふるし出した。その有様は見るからに可哀想だ。これには流石にグラントも掛ける言葉を見つけられず……いや実はそんな事はなかったのだが。


 「と、とにかくハルくん、今はあいつの動きを止める事を考えよう? ね? ね?」


 若干半ベソ気味のハルキの肩をがくがく揺すってそう諭すグラント。現状打開のためには仕方がないとはいえなかなか鬼である。だがそこはハルくん偉かった。暫く戦線離脱したっておかしくないくらいの衝撃だったというのに、


 「……あいつ、絶対許さねぇ……ちくしょう、何だってんだよっ!!」

 「はーいストップストップ。ハルくん今オレンジな事忘れないでね? カルマ回復クエストの難易度が上がっちゃうから」

 「かるま、回復クエスト?」


 説明しよう。このSAO内で犯罪を犯したプレイヤーはそのカーソルがオレンジに染まってしまう訳なのだが、このオレンジを再びグリーンに戻すにはプレイヤーにとって罰となるクエスト、通称「カルマ回復クエスト」を受けねばならなくなる。だが犯した罪が重ければ重いほど、あるいは罪を重ねれば重ねるほどそのクエストの難易度は跳ね上がっていく。
 と言うわけで、ただでさえ今オレンジプレイヤーになってしまっているハルキはこれ以上他のプレイヤーに攻撃を重ねると、この後受けるべきカルマ回復クエストの難度が上がってしまう。罰則用な事もありなかなか面倒な性質のクエストなので、出来るだけ難易度は上げない方が賢明である。


 「そんな、じゃあ、どうしろって言うんだよ……」

 「ハルくん、君にはあのプレイヤーの動きがある程度見えるんでしょ?」

 「……なんだよいきなり。まあ、ホントにある程度だけどな」

 「それで十分。よし、じゃあ相手が俺のどっち側にいるかとか、見えた瞬間に手早く教えてくれよ。
 俺なら、オレンジにならずに相手を止められるぜ、だって武器ねーし」


 まさかこんなところで、武器が無いことが良い方に働くとは。ハルキもそんな妙案を得意げに言ってのけてしまうグラントに半ば呆れたが、この際手段は選んでいる場合ではないことは彼女にも分かっていた。


 「くそっ、やるしかないか……絶対姿が見えたら取っちめてぶっ殺してやる」

 「だがらダメなんだって」


 作戦会議は終了である、二人はそれぞれ役目を全うすべく構えた。ハルキは相手の動きを把握できる様に精神を統一して。グラントはハルキの指示に直ぐに対応できるよう盾を前に掲げて。


 「……来た! グラント左に三歩半動け!!!」

 「ほいきた……ぐぇっ!?」


 ハルキの鋭い声、グラントの汚い悲鳴。
 ……何があったかというと、限界まで集中したハルキが、視界にその銀色の影を認めた瞬間にグラントに指示を飛ばし、そして彼がそれに応じて指定された場所に素早く移動して。
 かと思ったら、ちょうどその謎のプレイヤーに激突してしまい、あっという間に後方に吹っ飛んでいってしまったのだ。


 「お、おい、グラント!?」


 一瞬のその出来事に慌てて盾男の飛んで行った方向に振り返るハルキ。
 ……しかしそこは流石のおバカキモ盾男である。彼女の視界の先では、見るに堪えないむさ苦しい光景が広がっていた。


 「つ、捕まえたぞゴルァ……大人しくしなさいこのはぐれきんぞ君め」


 数秒前の激突によって派手に地面に倒れこんだグラントが、しかし一人のプレイヤーを四方固めでもするかの様に押さえつけていた。どうやらシステムはあの衝突を相手側の攻撃と判定した様で、グラントのカーソルは未だグリーンのままであった。
 一方、たった今オレンジ化したらしい相手のプレイヤーは予想通りというか、全身を金属系の鎧装備で包んだ推定男だった。いや流石にこれ以上性別詐欺は致しません。多分。盾以外は比較的軽装であるグラントとは対照的に、その男は頭までフルフェイスのヘルメットをしていて、まるで顔が分からないが、唯一自由な右手をぱたぱたと動かして、助けてくれとでも言いたそうな素振りを見せている。
 だが、ハルキの恨みはそんな事では晴らされなかった。怖いを通り越して禍々しいオーラを身体中から発しながら詰め寄るが、そんな彼女にグラントは自分の盾を投げてよこす。


 「……なんだよこれ」

 「キリトが言ってたろ?盾で相手殴ったってダメージ入らないって。
 胡散晴らし、したくない?」


 ヒイッ、とようやく、その兜の隙間から人間らしい声が聞こえる。それを耳にして、ハルキがニヤリと歪に微笑むと。盾を両手で持ち、おおきーく掲げて。


 「はー、食いしばれよ?」


 おお怖い。女の子怖い。


 「ちょっ!? 俺ごと殴るな!? おいぃぃ!?」








 「……はあ。それであんな事してたって訳ね」


 グラントはため息をつく。隣でまだご機嫌斜めのハルキが激情を持て余しているのをひしひしと感じながらも、彼は一応そのプレイヤー……「Tommy」ことトミィから事の動機を聞き出していた。
 簡単に要約すると、その男、トミィは壁戦士ことタンク志望だったらしいのだが、パラメーターをあまりにSTRのみに振り過ぎてしまい、更に身に纏った重装備の速度ペナルティを受けた結果、殆ど動くことさえままならない状態になってしまったのだという。
 これではクエストどころか移動すら出来ないと焦っている時に発見したのが、SAOに存在する無数のスキルのうちの一つ、「疾走」スキルだった。
 重量制限などに影響されずに一定距離を素早く走る事の出来るこのスキルは、トミィ氏にとっては救済同然のものであり。思わず衝動で全スキルポイントをそこに振り込んだ結果……あの、尋常ではない速さを手にいれることは出来たのだが。


 「まあ、あくまで『一定距離を速く走る』スキルだしねぇ。止まりたい時に止まれるわけじゃないし、移動には向かないよねぇ」


 そう、自分が止まりたい時に止まらなくなってしまったのである。その結果、スキルを使って動いたら超特急、使わなかったらカタツムリスピードという謎の両極端フットワークが完成してしまったというのだ。
 これまでも通りすがりの人々に助けを求めるため何度か接近しようと試したのだが、その度に距離感覚も掴めないままとんでもねぇ速度で詰め寄ってしまうが為に目を付けたプレイヤー全員に逃げられてしまい。


 「そりゃ、オレンジにならない訳だよ。そもそも襲う気すら無かったんだから。っていうか、そんなんじゃ武器系のスキルもろくに上がんないでしょ」


 さすが同類グラント様。よく分かってるー。
 確かに疾走スキルにも振り過ぎてしまったトミィ氏は、今に至るまでいわゆる「基本技」と呼ばれる初歩ソードスキル(片手直剣で言うところの「スラント」「バーチカル」「ホリゾンタル」)しかろくに使えないらしい。というかそもそも自分の速さに合わせて武器を振ることすら出来ないとか。
 訂正。それもうグラントより酷いんじゃね? というかSTRに振り過ぎたって言う時点でもう少しビルド慎重になりなさいよ。


 「ーー。ーーーー。」

 「……あと、その声の小ささはどうにかならないかなぁ……」


 実に変なプレイヤーである。これまで話して来た身の上話に加え、声が滅茶苦茶小さく会話が成立しない。グラントがそのヘルメットに顔を近づけて、漸く微かにひそひそ声が聞こえるというレベルだ。最もヘルメットを取って素顔を見せない時点で表情も見られず、ほぼほぼコミュニケーションは成立していないのだが。


 「ふぅ、何はともあれトミィよ、お前さんの評判はあんまり良くないみたいだからなぁ……このまま何事も無かったかのように街に戻って暮らすのは無理というものよ。
 そこで提案があるのじゃが、うちのギルドに……ねぇハルくん怖い顔しないで」

 とっても怒っています。それもそのはず、このデスゲームにおいて自分の命を守ってくれる装備に親友同然の愛着を持つプレイヤーは多く、そして特にハルキのような剣一本で頑張ってる人(他にはそんな人いないと思われるが)はその感情もひとしおだろう……と言うわけでハルキさんめっちゃ怖いです。さっきの盾ガンガンもあってトミィさん、再び装備をガチャガチャ言わせながら震えてます。


 「むぅ、分かったよ、種明かししたげるからそんなに怒らないでハルくん」

 「はい? 種明かし?」


 だが、そんな時。グラントがまさかのセリフをハルキに投げかけた。ハルキは訳がわからず、短く聞き返す。


 「俺、第三層ボス部屋で『全アイテムオブジェクト化』ってやったでしょ。あれ今すぐやってみ?」

 「へ? ああ、あのキバオウさんと戦った時のあれ? どうやるんだよ?」

 「えっとね、まずウィンドウ開いて? んで……」


 グラントの指示に従い、何も考えずに自身のアイテムストレージを弄るハルキ。やがて彼女のその表示に例のボタンが現れるのを確認すると、


 「このボタン、『自分の所有しているアイテム』が全部オブジェクト化するわけ。だからハルくんの所有物であるあの剣もここに呼び寄せることが出来るんだゾ」

 「おおお……それは嬉しいな! グラント、初めてお前を見直したよ!」


 先程は相手の正体も掴めておらずとてもそんな事を解説している暇もなかったので後回しにしたが、今となっては余計な心配だったようだった、そう考えながらグラントは、手放しに喜ぶ珍しいハルキの姿に得意になって踏ん反り返っていた。
 だが、である。そのまま目的のボタンをハルキが押した直後……そんな彼女から、一つだけ質問をされる事になる。


 「……あのさ、このボタンで実体化する対象の範囲って……?」

 「んー? そんなの全部に決まってるじゃん、回復ポーションからインナー装備まで、何から何までぐふぉぉぉっ!!??」


 その言葉は最後まで続かなかった。
 ハルキが無意識に放った至近距離からのショーリュー拳によって、グラントは次の瞬間意識を失って宙空を舞う事になったからである。この瞬間彼女のカルマ回復クエストの難度が若干、上昇したことは言うまでもない。


 「ふぅ。危なかった……今更バレるわけにはいかないからな……うん?」


 そして目の前に落ちて来た、ハルキの全アイテム―――他の女性プレイヤーに比べればその数も少ないと思われるがそれでも一部には初期装備のスカートや頭装備のリボンなど、更には先程グラントも述べたインナー装備など、彼女が女性である事を特定出来てしまうものがあった―――を見て、密かにため息をつきながら、手早くそれらを収納し、一番底にあった愛剣を拾い上げながら安堵の胸を撫で下ろし……そして。



 「何も、見て、ないよな?」



 一部始終を目撃していた、この場にいるもう一人の人間。
 鎧ずくめのトミィに向かって、凄みの帯びた笑みを浮かべるのだった。









 こうして、晴れて「グラント帝国」に、ハルキ以外で初のギルメンが加入する事になった。
 因みにこの後、ハルキとトミィのオレンジ表示を撤回するために、グラントは二人と散々アインクラッドを奔走する羽目になるのだが。


 「ほんとにいいのかよトミィ、『グラント帝国』だぞ? これでも略称だぞ?」

 「ーーー!!! ーーーー!!!」


 ……そんな話し声が、聞こえたとか聞こえなかったとか。


 
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