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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Saga32彼の今~Side Asgard~

魔道世界、またを原初世界アースガルド。6千年以上も前に起こった時空間の流れを大きく破壊した大災害、対時空間殲滅級攻性魔術“ラグナロク”の影響によって分断されたことで生まれた、上位次元世界の中心に位置する世界。
“アースガルド”は地表唯一の陸地、“聖域イザヴェル”以外がすべて海となっている世界だ。“イザヴェル”よりそびえ立つは、全高2万mという超が幾つも付く高層建築物、“支柱塔ユグドラシル”。その塔の半ば辺りには2つの大陸、およそ2000の島が浮遊している。

元々は4つの大陸で、“神聖なるものセインテスト王家”の治める“グラズヘイム”。“清廉なるものレアーナ王家”の治める“ヴィーズブラーイン”。“教誨なるものグローリス王家”の治める“アンドラング”。“絶対なるものクルセイド王家”の治める“ギムレー”からなっていたが、“ラグナロク”によって“ヴィーズブラーイン”と“アンドラング”は大海に沈んだ。
しかし千年の時を経て上位次元世界に神秘が戻ったことで、落ちた2つの大陸は大小さまざまな島となって再浮遊していた。

“ラグナロク”の影響を受けながらも沈まなかった“グラズヘイム”大陸。大陸と同じ名を冠するグラズヘイム城は、セインテスト王家の居城だ。6千年以上経過しようとも豪華絢爛の外観や内装は変わらず、その威容を見せつけていた。

「本当にルシリオン様は近い内に帰って来られるのか?」

「ヨルムンガンド、しつこい」

グラズヘイム城の長い廊下を早足で進む集団が向うのは、ルシリオンの肉体が封印されている玉座の間。白い髪、白い肌、灰色の瞳、白のタキシード姿の40代ほどの男ヨルムンガンドが、先頭を歩く黒い女性に問う。

「おそらくとしか言えないけど、確かに私は見たの」

ルシリオン(グローイ)がガーデンベルグを討ったという映像か?」

先頭を往くはフェンリル。ルシリオンの使い魔にして、彼の肉体を封印した神獣である。くるぶしまで伸びる黒髪、蒼い瞳、黒いホルターネックのプリンセスラインのロングドレス姿で、頭から生えた耳をピコピコ動かしながら「信じていいと思うよ、フレースヴェルグ」と答えた。

「マリアという少女の言葉と、その彼女から貰った例のモノ、そしてヨルムンガンドがアールヴヘイムで逢ったというグローイ。それらを考えれば真実と考えるべきだろうが、そんな奇跡のようなものが本当にあると?」

フェンリルにフレースヴェルグと呼ばれた20代後半ほどの女性。赤茶色の髪はシニヨンにし、金色の瞳は視力が良すぎることで常に閉じられたまぶたに隠れている。服装は白いマーメイドラインドレス。彼女の白い肩にはヴェズルフェルニルという名の鷹が1羽留まっている。
フェンリル、ヨルムンガンド、フレースヴェルグ、この場には居ないラタトスクは、アースガルドの守護神獣である。大戦が始まるずっと昔から今日までアースガルドを見守り、最後の王族であるルシリオン・セインテスト・アースガルドの復活を待ち続けていた。

「実際に界律は在られるし、我ら神獣の存在がすでに奇跡のようなものだがな」

「しかし神意の玉座やテスタメントというものなどは知らんぞ?」

「私たちにすら隠されるべき情報だったのかも。とにかくその玉座にマスターの精神やマリアっていう子がいて、向こうの時間で2万年近くテスタメントをしていて、こっちでは今時代まで下位次元世界のミッドガルド――じゃなかった、ミッドチルダで活動していたみたいってこと」

フェンリルが豊満な胸の間からピンポン玉サイズの球体を取り出した。愛おしそうに両手で掬うように持ち、「信じようよ。マスターは絶対に帰ってくるって・・・」と祈るように言った。

「待つ他なし、か」

「何年でも待とうではないか。我らに寿命はないのだから、幾年でも待ち続けることが出来る」

フレースヴェルグがフッと儚げに笑うと、フェンリルも「だね」と頷き、ヨルムンガンドも「ああ」と同意した。そんな3人は改めて玉座の間へと歩みを進め、入り口の両開き扉の前に立った。そして室内へ向けて開こうとフェンリルが扉に触れた瞬間・・・

「「「っ!?」」」

扉越しからでも伝わる強大な魔力反応に呆けるフェンリルに代わって、フレースヴェルグとヨルムンガンドが蹴破る勢いで扉を開けた。半径40mの円形ホールである玉座の間。出入口の扉の反対側の奥、本来は玉座が置かれている三段の檀上に、時間凍結封印されたルシリオンの肉体が収められている結晶体が安置されている。

「この魔力・・・! マスターの!」

「ほ、本当にルシリオン様がお戻りになるのか!」

「間違いない! 見よ! ガーデンベルグのユルソーンによって開けられた腹の穴が再生してゆくぞ!」

時間凍結封印とは名の通り結晶内の対象の時間を、封印時から1秒たりとも進ませないというもの。ルシリオンの場合は、ガーデベンルグの神器・“呪神剣ユルソーン”に貫かれて不死と不治の呪いを掛けられた後、瀕死のままに上級術式でガーデンベルグら“堕天使エグリゴリ”を撤退させ、フェンリルにここグラズヘイム城まで回収されてからだ。
本来の効果であれば封印を解除してから再生が始まるものだが、神意の玉座からの干渉ということで、解除されずともルシリオンの受けた損傷が逆再生されているかのように回復していく。

「タイミングを間違えるなよ、フェンリル」

「わ、判ってる! 傷が完全に修復されてから封印を解く!」

「そろそろではないか?」

「体表面だけが治ったように見えて内臓がまだだったりしたらまずいし、もうちょっと様子を見よう」

そうしてじっくりとルシリオンの体の修復を見届けたフェンリル達は、そろそろいいだろうと判断して封印解除に移る。封印解除は術者であるフェンリルが行い、万が一に備えてバイタルの安定を担うフレースヴェルグ、ルシリオンの体を支えるヨルムンガンドの2人が結晶体の側に着いた。

「いくよ!」

「「うむ!」」

フェンリルの周囲に魔力で出来た小さなルーン文字が何十個と出現し、風に舞う花弁のように彼女の周囲を浮遊する。檀上の台座に置かれている結晶体を取り囲むようにルーンで描かれた陣が四方に出現。

封印解放(リリース)

その一言で結晶体が砂の城のようにサラサラと崩れ始め、ルシリオンの体がフラリと倒れそうになったのをヨルムンガンドが抱き止め、フレースヴェルグがすぐに脈や呼吸を計り、問題ないことを知らせるためにフェンリルとヨルムンガンドに笑顔を向けた。彼女の笑顔に2人も安堵の笑みを浮かべ、眠っているかのようなルシリオンの顔を見た。

「顔色も悪くないし・・・」

「ルーンで体内を精査した結果、体内の臓器や神経、筋肉なども完璧に修復されているのを確認した。じきに目を覚ますだろう」

「そうか。・・・ルシリオン様がようやく原初世界(アースガルド)に戻られたのだな」

「うん。・・・さ、ほら。私がマスターを寝室に運ぶから退いてよヨルムンガンド」

「否。我が運ぶ」

「あなたとは違って私はマスターの正式な使い魔なの! 従者が主を運ぶのにおかしなことってある!?」

「・・・ない」

「でしょー? ほらほら、どいて、どいて」

心底残念そうに譲るヨルムンガンドとは対照的にフェンリルは幸せ一色の笑顔満面で、ルシリオンの体を横抱きで抱え上げ、彼が使用していた寝室へと歩き出そうとしたとき、それは起きた。

「・・・ん・・・ぅ・・・ぁ・・・」

ルシリオンが声を漏らし、身じろぎをしたのだ。ハッとしたフェンリルとヨルムンガンドとフレースヴェルグはルシリオンの顔を覗き込み、それぞれ彼を声を掛けていく。

「・・・フェンリル・・・ヨルムンガンド・・・フレースヴェルグ・・・?」

「マスター!」「ルシリオン様!」「グローイ!」

まぶたがゆっくりと開き、初めは合わなかった焦点が徐々に合っていってフェンリル達を認めると、ルシリオンが彼女たちの名前を呼んだ。6千年など彼女たちにとってはうたた寝のような時間だが、それでも久しぶりに名前を呼ばれた彼女たちは感極まって涙を流した。

「私はいったい・・・? 確か・・・私とシエルとシェフィとカノンの4人で、ガーデンベルグ達とヴィーグリーズで・・・」

“ユルソーン”で貫かれ瀕死になったことで記憶の混濁が起きているらしいルシリオンを、フェンリルは混乱による暴走を懸念して床に降ろす。胡坐をかいたルシリオンの頭の中の霞が徐々に晴れていき、そして自分に起きたことを完全に思い出した彼は目を見開き、顔を青褪めさせた。

「あ・・・あああ・・・・あああああああああああああああああああああああああ!!」

「マスター!」

シェフィリス、シエル、カノンの死を思い出したことでルシリオンが絶叫した。フェンリル達はもちろん知らないが、彼にはもう“界律の守護神テスタメント”時代の記憶が無い。ゆえに自身がガーデンベルグに負けて、上級術式で苦し紛れの反撃をしたところで記憶と意識が途切れており、再開はたった今。錯乱するのもおかしくはなかった。

「マスター! お願い! 落ち着いて!」

「守れなかった! 救えなかった! あまつさえ自分自身さえも! シエル達は私の目の前で殺され、ガーデンベルグ達の行方も判らない!」

「ルシリオン様! どうか冷静に!」

「グローイ! 貴方はすでにガーデベンルグ、リアンシェルト、グランフェリア、バンヘルド、レーゼフェア、フィヨルツェン、シュヴァリエルのエグリゴリ残党を破壊したぞ!」

フレースヴェルグはフェンリルから聞いていた“堕天使戦争”の結末を簡潔に伝えたのだが、ルシリオンは「何を馬鹿なことを!」と一蹴した。ヨルムンガンドも「信じられぬかもしれませんが事実なのです!」と伝えた。

「そんなわけがないだろう! ガーデンベルグのユルソーンで、私は腹を貫かれたのだ! そんな体でどうやってあの子たちを!・・・あの子たちを・・・ん?」

ルシリオンは自身の腹をペタペタと触り、さらには戦闘甲冑と同じデザインのアースガルド軍服の前を勢いよく開け、素肌をしっかりと確認した。これまでの人生の中で追ってきた古傷は多数あるものの“ユルソーン”によって付けられたはずの刺し傷は無かった。

「治って・・・? いや、え?」

混乱は続いているが覚醒直後よりは冷静さを取り戻したルシリオンは、「ユルソーンを破壊した覚えはないぞ」と、フェンリル達を見た。その言葉を聞いてフェンリルは疑問符を浮かべ、「ねえ、マスター。ひょっとして、テスタメントだったことを忘れてたりする・・・?」と問う。

「テスタメント? 遺言や契約という意味の言葉だが・・・。それが私と何の関係があるというのだ?」

その返答でフェンリル達は顔を見合わせ、約2万年の“テスタメント”時代の記憶を失っているのだと判断。フェンリルは、マリアという“テスタメント”から聞いていた、奴隷のような時間のことを話していいのか迷いはしたが、せめて堕天使戦争決戦が行われた世界のことを伝えようと考えた。

「マスター。八神はやてという女の子について、何か憶えてる?」

「ヤガミハヤテ? どこの世界人の名だ? これまで生きてきた中で、そのような変わった名前の女性と知り合いになった覚えはないぞ」

「そう・・・。聞いて、マスター」

フェンリルは“ユルソーン”で貫かれた後、“テスタメント”となったこと、“堕天使戦争”決戦が行われた世界にて、八神はやてを始めとした女性たちと過ごした時間を、懇切丁寧にルシリオンに伝えた。しかしルシリオンは聞かされた話を「あり得ない」と一蹴した。

「神意の玉座? テスタメント? 2万年、6千年? 私がシェフィ以外の女性を好きになる? フェンリルよ。それはおかしい。お前たちが私の代わりにガーデンベルグ達を救ってくれたのだろう? そんな変な作り話なんて考えなくていい」

そう言ってルシリオンは、自分の顔を覗き込んでいたフェンリルの頭を優しく撫でてから、「しまった!」と勢いよく立ち上がって、玉座の間の出入り口に向かって駆け出した。その行動にフェンリル達は呆けたがすぐに「どこへ!?」と行き先を尋ねた。

「決まっている! 堕天使戦争が終結したのなら、私の創世結界に囚われているシエル、シェフィ、カノンの遺体と魂を解放しなければ!」

ヴィーグリーズでの戦いでリアンシェルトに殺害されたシエル、ガーデンベルグに殺害されたシェフィリス、シュヴァリエルに殺害されたカノン、3人の肉体と魂は、ルシリオンと“エグリゴリ”の戦闘に巻き込まれないようにという配慮の下、彼の創世結界に封印されていた。

「ということは、行き先は霊廟か。あ、マスター。霊廟なんだけど、この数千年でちょっと変わって――」

「まだ言っているのか。どれだけ時間が掛かっても数年程度だろう?」

フェンリルの話を聞こうともせずにルシリオンはグラズヘイム城のメインエントランスホールを目指して一気に駆け抜けた。その間、城内で誰ひとりとして会わないことを怪訝に思ったルシリオンは、後ろを付いて来るフェンリル達に「他の民はどうした?」と尋ねた。

「ラグナロクの影響でアースガルド民の犠牲者はおよそ500万人にも達した。だが全滅したわけではない。俺とシエルとシェフィとカノンがヴィーグリーズに出撃した時、280万もの民が居た。グラズヘイム城にも避難民がたくさん過ごしていたはずだ。そんな彼らはどこに居る?」

「グローイ。先ほども言ったが、貴方が封印されてから6千――正確には、6千と8百と24の年月が経過している。無論その間にアースガルドは復興を遂げたのだ。城外に出て、今のアースガルドを見るといい」

「・・・」

フレースヴェルグにそう言われたルシリオンはゴクッと唾を飲み、巨大な両開き扉を外に向かって押し開いた。
セインテスト王領グラズヘイム大陸。その南部に王都グラズヘイムはある。31,200㎞²という広大なドロースヴァーガル湖内の島にグラズヘイム城と、王都である城下町が建てられており、湖を囲うように湖岸都市がある。
“ラグナロク”直後からルシリオン封印までの10年の間、他大陸墜落時に起きた地震などによって城下町も湖岸都市も被害はあったが、復興は順調に進んでいたため万全とは言えないが綺麗なものだった。その当時の景色を思い浮かべながらルシリオンは庭へと出た。

「あー! ルシリオン様だー!」

「おはよーございまーす!」

「お寝坊さんですねー!」

妖精(エルフ)・・・!」

玄関から城塞正門へと続く石畳の路の両側にある花壇や果樹の世話をしていたのは、手の平サイズや子ども・大人サイズと様々な体格を持つ妖精エルフ、またをアールヴ。光煌世界アールヴヘイムにて最も生まれやすいためにそう呼ばれる種族。手の平サイズは小エルフ、人間の子ども・大人サイズは大エルフと呼ばれる。実体はあるが霊的存在でもあるため不老不死ということもあり、ルシリオンと面識のあるエルフも多数いた。

「6千? 7千年くらいぶりですか? 長き眠りからの目覚め、お待ちしておりました」

執事服を着用した老齢男性姿のエルフがルシリオンの元へと駆け寄り、彼の前で片膝立ちになって一礼した。ルシリオンは「スマル。お前までそう言うのか?」と嘆息した。スマルと呼ばれた老人エルフがフェンリル達をチラリと見、フェンリル達は肩を竦めて首を横に振った。

「なるほど。それではルシリオン陛下。言葉で足りぬのであれば是非ご覧ください。生まれ変わったグラズヘイムを、アースガルドを」

スマルらエルフと共に正門へと近づくルシリオン一行。そしてスマルと、別の大人サイズの女性エルフが門扉の両端に立ち、壁から突き出ているレバーを握った。重く背の高い門扉の向こう側からがやがやと人の声が聞こえることで、ルシリオンは早く外に出たいとそわそわしだす。

「マスター。ちょっと失礼するね~」

「む? ローブを着せてどうするんだ?」

フード付きのローブをルシリオンに羽織らせ、フードを目深に被らせたフェンリル。ヨルムンガンドが彼女に代わり「ルシリオン様の復活は、民を混乱させますので」と答えた。彼が言うにはルシリオンの存在はアースガルドのみならず今なお関係が続く同盟世界でも伝説・神話となっている。人間でありながら再誕戦争や“ラグナロク”の体験者。いずれ覚醒する神話の王として、その復活は待ち望まれている、とのことだった。

「グローイの復活は、アースガルド民および各世界へ連絡をした後、公式に復活を称える儀を行うつもりだ。それほどまでに今の貴方は有名人なのだ。これが冗談で言っていることではないと、我の目を見てくれれば判ろう?」

「っ・・・本当に何千年も経過しているのか・・・?」

「やっと解ってくれた?って言っても、普通は信じられないよね。・・・あ、そうだ。スマル、スヴァリ。やっぱり門は開けなくていい。フレースヴェルグ、ちょっと元の姿に戻って」

「なに?」

「今のアースガルドなら空から見てもらった方が早いし、ユグドラシルの霊廟に行くにもその方が早い」

フェンリルの提案にルシリオンは少し残念そうな表情を浮かべたが、「今はシエル達の解放が先だ。それでいこう」と、彼女の提案を飲んだ。それでフレースヴェルグも「仕方あるまい。乗るがよい」と小さく嘆息して、その姿を人が10人乗ってもまだ余裕のある大きな鷲へと変化させた。
本来の姿に戻ったフレースヴェルグは、10mはあろうグラズヘイム城の城塞の高さより身長があるため、門扉の向こう側が騒然となる。その騒ぎを治めるためにヨルムンガンドはこの場に残ることとなり、ルシリオンとフェンリルの2人だけがフレースヴェルグの背に乗った。

「いってらっしゃいませ、ルシリオン様」

「ああ、行ってくる」

『往くぞ。落ちぬようしっかりと掴まっていてくれ』

口頭ではなく念話でそう伝えてきたフレースヴェルグに、ルシリオンとフェンリルは頷きながら体毛とギュッと掴んだ。羽ばたきを2回行い、3回目で空へと上がったフレースヴェルグは一気に高度を上げ、“ユグドラシル”へ向けて飛ぶ。

「どう? マスター。マスターの記憶の中のアースガルドとは違うでしょ?」

「あ、ああ・・・全然違う。この光景を見せられたら信じるしかないだろう」

2つの大陸はそのままに、墜落した残り2つの大陸が幾多の島となって“ユグドラシル”の周辺に浮いている様は、ルシリオンの記憶の中にはないものだった。さらに当時には無かった、レトロなデザインの自動車や路面電車が専用レーンを走っていた。さらには大陸・島間を繋ぐ鉄道も走っている。

「あれ? マスター、鉄道などを見て驚かないの? テスタメントの頃の記憶を失ってるみたいなのに」

「幼少の頃に両親の指示で、転移門を使っていろいろな世界に飛ばされていたからな。転送先の異世界でああいった移動道具を見たことがある。まぁこのアースガルドで見ることになったのは驚いたが・・・」

「あー、そうだったっけ・・・。アノルとイシルも、悪い子じゃなかったんだけどね・・・。マスターにしたことを考えれば、親としては失格だと思う」

「父様と母様も、千年と続く大戦を終結させようと必死だったんだろう。アースガルド四王族として、その責を果たそうとしたんだと思う。ま、フェンリルの言うように親失格で、今でも嫌いだがな」

グラズヘイム大陸を一通り空から見て回ったルシリオン達は、いよいよ本命の“ユグドラシル”へ。100m間隔に設けられている公園のように広いバルコニーに降り立った。その場で羽ばたき続けて浮遊しているフレースヴェルグは『ラタトスクにグローイが目覚めたことを伝えておく。帰る際は呼んでくれ』と伝え、飛び去って行った。

「まずは棺を取りに行かなければいけないんだが・・・。霊廟のある階層にバルコニーが無いのは問題だな。ここまで運んでこなければならない」

己の創世結界に封印されているシエル、シェフィリス、カノンの魂を解放するには屋外で彼女たちの肉体を出す必要がある。そして数千年も創世結界に封印し、ようやく外に出られた彼女たちを再び閉じ込めるわけにはいかないと考えていたルシリオンは、どうしてもこの広く青い空の下で彼女たちを棺に納めたかった。

「あ、待ってマスター。実はね、この6千年の間に霊廟の勝手がちょっと変わったんだ」

「というと?」

「改築したの。ほら、いくらユグドラシルが広いからと言って霊廟ばかり増築するわけにもいかないでしょ? だから空間干渉能力を持って生まれた子に、霊廟階層をいじってもらったわけ。まぁ見てもらった方が早いから、霊廟の管理者を呼ぶね。・・・シグルリン! 棺を3つ持って、私のところにちょっと来て!」

フェンリルが塔内に向けて声を掛けると、「はい。ただいま!」と女性の声でそう返ってきた。ルシリオンとフェンリルの側に現れた揺らめく空間より歩き出てきたのは、大人びた声に対して外見が10歳ほどの少女。美しい金色の髪はボブカット、翡翠色の瞳、黒を基調としたエプロンドレス姿。彼女の背後には3つの棺が浮遊している。

「マスター。この子が現在の霊廟の一括管理者、シグルリン。シグルリン。見て判ると思うけど、彼が私のマスター、そしてセインテスト王家の王、ルシリオンよ。ご挨拶を」

「はい。フェンリル様。お会い出来て光栄です、ルシリオン陛下。わたくし、エルフのシグルリンと申します。どうぞ以後お見知りおきを」

恭しく礼をするシグルリンにルシリオンは「こちらこそ」と右手を差し出して握手を求め、彼女は嬉しそうにその手を取って応えた。

「早速だがシグルリン。棺を開けてもらえるか。シエル達を早くゆっくり眠らせてやりたい」

「かしこまりました」

シグルリンが軽く手を振るうと3つの棺は芝生の上にそっと置かれ、さらに振るうと分厚い蓋がフワリと浮き上がった。ルシリオンはそれを確認すると棺の側に近寄り、「我が手に携えしは確かなる幻想」と、創世結界起動の呪文を詠唱。

「長く待たせてしまってすまなかった。・・・シエル、シェフィ、カノン」

ルシリオンが名前を告げると、彼の胸からアメジスト色、アイスグリーン色、黄金色の魔力流が溢れ出てそれぞれの棺に収まっていく。そして魔力は人の形へと変化していき、セインテスト王家第2王女シエル、ニヴルヘイム王家第2王女シェフィリス、アールヴヘイム第8王女カノンの肉体となった。

「シエル、カノン、シェフィリス・・・」

3人の遺体を見たフェンリルは声を震わせて名前を呼び、冷たくなっている頬を順に撫でて行った。3人の遺体は創世結界に封印されている間に、ルシリオンやシエルの姉ゼフィランサスの“異界英雄エインヘリヤル”によって完全修復され、封印された当時とは違って綺麗なものだ。

「人の身では魂は知覚できないが、きっと天に昇ってくれているのだと思う」

そう言って涙する目を拭うことなくルシリオンは「どうか安らかに」と3人の遺体から空へと視線を移した。もし魂が見えていれば、棺に納められた瞬間に遺体から3人の魂が浮かび上がり、ルシリオンに感謝を示すかのように、彼の手にそっと触れたのが判ったかもしれない。

――兄様――

――ルシル――

――ルシル様――

そうしてシエル、シェフィリス、カノンの魂は、次の人生を歩むために昇天を果たした。それからルシリオンとフェンリルは、シグルリンが“ユグドラシル”内で常時展開している無限の広さを持つ天空廟、“ユグドラシル・マウソレウム”へと移動。雲ひとつとして無い青空の中に無数の柩が螺旋状に列を成して並んでいる空間で、特定の柩を参るための浮島があり、そこが外の空間との出入口となる。

「マスター。シェフィリスとカノンの柩なんだけど、ニヴルヘイムとアールヴヘイムの現政権が引き取りたいと言ったら・・・」

「その際は引き渡そう。・・・なあ、フェンリル。先ほどフレースヴェルグが同盟世界云々と言っていたが、当時の各同盟世界も復興を果たしているんだな?」

「もちろん。ムスペルヘイムとニダヴェリールは星そのものが崩壊したからダメだったけど、アールヴヘイム、ニヴルヘイムは復興を果たしたよ」

「スヴァルトアールヴヘイムはどうなった?」

「一度は魔族によって滅亡させられはしたけど世界は残っていたからね。アースガルドに避難していたスヴァルト民は、ラグナロクの影響が収まった後で帰ったよ。ちなみに柩はアースガルドに残していったね。アンスールのメンバーと共に在った方がいい手はなしで」

「そうか。なら、シェフィとカノンの遺体も、ひょっとしたらここに安置したままでいいかもしれないということか」

「その辺りは現政権に確認してみないと判らないけど、たぶんね」

「政権・・・。そう言えばアースガルドの政権はどうなっている?」

「アースガルドが王政を廃止してもう5千年近くなるかな。セインテスト王家の国王だったマスターは封印、クルセイド王家とレアーナ王家はフノスとイヴィリシリアの死で滅亡。生まれたばかりの幼子ということで大戦や堕天使戦争に参加できなかったグローリス王家のルドー殿下とその子孫が、マスター封印後1000年はアースガルドを支えてくれてたけど、世継ぎを生む前に当時のミリア女王が急逝したことで滅亡。そこからは私が全権を握って、今は元首が私、民間から選出した首相を始めとした政府で運営って感じ」

アースガルド四王族の一角たるグローリス王家の結末を聞き、ルシリオンは寂しそうに「そうか」と頷いた。そんな彼にフェンリルは「グラズヘイムだけでも王政に戻す?」と尋ねる。

「・・・いや。王政廃止から5千年なのだろ? 今さら戻す必要は無いだろう。それに、私に政治家の才能があるとは思えない。大戦時は政務官たちに任せきりだったからな」

「じゃあ、そう伝えとく。あ、でも頼まれたら?」

「断るよ。現代のアースガルドと、私の知るアースガルドではいろいろと考え方も違うだろうし、その差を埋める時間で政治を疎かにするわけにいかない」

シグルリンが手振りでシエル達の遺体が収められた柩を操り、王侯貴族の柩が並ぶ最上列へと移動させた。柩が空高くにまで運ばれていくのを見届けた後、フェンリルは「次はどうする?」と問うた。

「シエル達の魂を解放し、遺体も霊廟に安置できた。なら残るは・・・ノルニル・システムと戦天使(ヴァルキリー)を再起動させるだけだ」

「うん、まぁそうだよね。・・・でも、それもちょっと待ってくれるかな? ヴァルキリーって軍事力に当たるんだよね。そういうわけで、同盟世界の協議が必要なの」

「・・・・・・。本当に時代が変わったんだな。判った。その辺りは任せる」

「んっ! じゃあさ、食事を用意するから少し休もうよ。時間凍結と言っても長時間の封印には変わらないから」

「そうさせてもらおうか。シグルリン、ありがとう。今後も霊廟の管理を任せる」

「かしこまりました。全身全霊を以て任を果たしましょう」

最後にルシリオンは「また来るよ」と空に並ぶ柩に告げ、フェンリル達と共に“ユグドラシル・マウソレウム”を後にした。先ほどのバルコニーからグラズヘイム城に戻るために呼び戻したフレースヴェルグの背に乗ったところで、フェンリルは自分の胸の間に右手を突っ込み入れた。

「そうそう。マスターに渡さないといけない物があるんだった」

「フェンリルよ。以前から言っているが、胸の間に物をしまう癖は直せ」

「えー。便利なのに・・・って、そんなことより、はいどうぞ!」

フェンリルが胸元から取り出したのは、ルシリオンが目覚める前にも触れていた小さな球体。それを彼に向かって差し出した。ソレを受け取ったルシリオンは「なんだコレは・・・? ん? 待て、おい! コレ、眼球じゃないのか!?」と驚愕の声を上げた。

「テスタメントのマリアって子が私に預けた物なのね。・・・ちなみにソレ、テスタメントだった頃のマスターの眼球、その魔力体って話」

「私の眼球!? 確かに光彩は私の左目と同じルビーレッド色だが・・・」

怖ず怖ずと自分の眼球だと聞かされたソレを眺めるルシリオンの目と、眼球の黒目がパチッと合った。その瞬間、眼球は光粒子となって彼の左目に吸い込まれ、頭の中に見知らぬ青年や女性の姿が順々に浮かび上がっていく。

――とても残念だよ、ルシル。もう二度と逢えないなんて――

――寂しいよ、ルシル――

――良い旅を、ルシル――

――ルシル君。今日までありがとう。ルシル君と一緒に過ごせたことは、私の誇りだよ――

――ルシルには何度も助けられた! だから、その! いろいろとありがとう!の気持ち!――

――私もね、ルシルに目一杯のお礼を言いたいんだよ!――

――あたしも、アンタにいろいろとお礼を言いたいのよ――

――私も、〇〇〇ちゃんとおんなじだよ、ルシル君――

――こんなに人を好きになったことないし、これからもずっと、わたしはあなたを想い続けるから――

――ルシルさん。お疲れさまでした。良い旅路を――

――体温が無くてもルシル君の大きな手や。こうして触れられることが出来て、私は嬉しいよ――

(なんだこれは・・・? 記憶? だが、こんな連中、私は知らないぞ・・・)

――ルシル君と離れたくない! 明日からホンマにルシル君が居らん世界なんて・・・悲しい、寂しい・・・!――

――俺も○○〇達と一緒に居られなくなるのは悲しいし寂しいよ――

ルシリオンはある1人の女性の感情に特に引き摺られ、彼自身も涙をボロボロと流し始めた。フェンリルがその様子に驚き、心配する声を掛けているようだが、ルシリオンは頭の中に浮かび上がる女性の顔、声に集中していて気付いていない。

――ルシル君と過ごした十数年はあまりにも濃くて、大切で愛おしい時間やった――

――ごめんな。困らせて・・・。私ばかり我がまま言うてごめんな・・・――

――我儘なものか。困ってもいない。再確認できたよ。君たちのことを忘れるものか、とね――

――・・・〇〇〇。これまでありがとう。どうか幸せに、元気で――

――ルシル君も、これまでホンマにおおきにな。ルシル君と出会えて、恋をして、好きになって良かったって心から思う。・・・どうかお元気で――

(お前の・・・君の・・・名前は・・・!?)

――俺もはやてに出会えて幸せだったよ。ありがとう――

「ハヤテ・・・? はやて!!」

その瞬間、八神はやて達と過ごした時間だけだが、ルシリオンは“テスタメント”時代の記憶を思い出した。
ゼスト・グランガイツの隊と共にプライソンの秘密研究所へと乗り込み、“エグリゴリ”のレーゼフェアとフィヨルツェンに敗れた際、ルシリオンは左目の視力を失った。その理由がこれだった。
マリアは予想していたのだ。人間に戻る際、もしかすると記憶が消されるのかもしれないと。そのためにルシリオンから独立しながらも彼の記憶を録り、なおかつ貯めておく器として眼球型の精神体を用意した。それはフェンリルに託した後もしっかりと機能し続けていた。
万が一に備えてマリアは、この策を考え実行したことについて自身の記憶から消している。神意の玉座から解放される際、感付かれる危険を排除するためだ。そんなマリアの覚悟のおかげで、ルシリオンの記憶は一部とはいえ戻ったのだ。

「マスター? 大丈夫?」

「・・・・・・大丈夫だ。・・・俺、いや私は・・・あぁ、問題ないよ・・・」

ルシリオンにとって大切な思い出だが、思い出したら思い出したで寂寥感に苛まれてしまった。それでも彼は、その記憶と共に生きていくことを改めて心に決め、真っ直ぐに前を見据えて歩き出した。 
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