魔法少女リリカルなのはStrikerS 前衛の守護者
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第六十話 衝突する魔導師
機動六課の司令室で、アルトはアスカが行方不明になった現象のデータを繰り返し洗い直していた。
「重力特異点が発生して、その直後に次元震が発生……でも、その反応はごく僅か」
誰もいない司令室で独りデータをまとめているアルト。
「次元震の規模が小さすぎる。ルキノはよくこれを見つけたよね」
疲れた表情でアルトは呟いた。
極小規模の次元震が10とするならば、今回発生した次元震動は0.01くらいの規模だった。
だが次元漂流する場合に、次元震の大きさは関係ない。
次元の亀裂、その隙間に潜り込んでしまえば次元漂流してしまう。
「……重力特異点が発生する程の魔力に対して、空間湾曲と次元震が小さい」
さっきから、そこで行き詰まってしまうアルト。
ジュエルシードから出た魔力の激流は重力特異点を発生させた。にも関わらず、被害規模が小さすぎるのだ。
(……アスカが次元漂流するのは、これで2回目。子供の頃の漂流と今回の漂流で唯一同じ事は、次元震が殆ど無いと言う事。これは何を意味しているの?)
ここまでのデータでは、結局何も分からなかった。
キィ……
アルトはイスに身体を預ける。そして、ポツリと呟いた。
「……何で急にいなくなっちゃうんだよ……」
事故である事はアルトにも分かっている。だが、アルトの中にできた喪失感が、そんな愚痴をこぼさせた。
当たり前のようにいた仲間。
問題があった時に相談してくれて、ちょっとこじれた時に八つ当たりをしても許してくれて。
いつも信頼してくれて、信頼していた仲間。
この時、アルトは自分の中にある喪失感の原因を理解した。
「…………そうか………私は……アスカの事を……」
魔法少女リリカルなのは 前衛の守護者、始まります。
outside
深夜0時近く。フェイトは途方に暮れていた。
ジュエルシードの反応を感知して捜索を始めようとしたのだが、あまりにも弱々しい反応はすぐに消えてしまったのだ。
「困った……」
反応があった地域を調べていて、ジュエルシードがありそうな施設を見つけたまでは良かった。
「困った……」
その施設にジュエルシードがあるかどうかは分からないが、間違いなくその周辺で反応があったのだ。
「困った……」
闇夜の中、フェイトはどうしようかと、その綺麗な眉を八の字にしていた。
「……困った……」
眼下に写るその施設が何であるか、フェイトはそれを知っている。
忍び込むにも、まだ明かりがある所をみると人が働いている可能性もある。
そんな時に子供のフェイトがみつかればどうなるか、それは充分わかっているつもりだ。
「困った……」
フェイトは困っていた。
アスカside。
フェイトさんとアルフさんがジュエルシードを探しに行っている間、オレは掃除に洗濯、食事の用意などをして時間を潰す。
まあ、大体は昼間の内に済ませてしまうので、暇な時間ができる。
じゃあ余った時間は何をしているのかと言うと、オレはマンションの屋上に出ていた。
夜も遅いので、屋上には誰もいない。まあ、はっきり言ってこのマンション、人の気配がない。
今のオレにとっては好都合だ。
で、屋上で何をやっているのかと言うと……
「……難しいっス、飛ぶの」
昼間、フェイトさんが教えてくれた飛行魔法の自主練をしていたりする。
けど、上手くいかない。
何とかフワフワと浮かび上がる事はできるようになったが、危なっかしくバランスを取るのが精一杯で、ゆっくり低空飛行するものの、
「あうっ!」
数メートル程進んで地面に足をつけてしまう。
「こりゃ、自力じゃ結構な時間が掛かりそうだ。って事で、制御よろしくな、ラピ」
『了解です。マスターは出力制御に意識を向けてください』
全てのコントロールが難しいなら、ラピにバランス制御を任せて、オレは出力制御のみに意識を向ける事にした。
「そらよっと!」
再び低空で浮かび上がる。
今度はさっきと違ってフワフワ感が無く、安定した飛行ができた。まだ低いけど……
「ふう、しばらくはラピの補助付きだな」
オレは着地して、飛行魔法の感触を確かめた。
短期間にしちゃ、良くできている方だと思う。
『思考シミュレーションを組みますので、時間がある時に復習しておいてください』
ラピの言う思考シミュレーションとは、早い話が頭の中でイメージしての訓練すると言う事だ。
イメージトレーニングのスペシャル版だと思ってくれればいい。
「時間なら腐るほどあるさ。じゃあ次な」
飛行訓練に区切りをつけたオレは、別の魔法の訓練に入る。
両手を前に突き出して、そこに意識を集中させる。
力まず、だからと言って緊張を保ったまま。
オレの魔力がそこに集まりだして、ぼんやりとした影が浮かび上がる。
ック!まだダメか!
「ラピ、フォロー!」
オレの合図でラピが演算の補佐をする。すると、それまでぼんやりとした影の輪郭がハッキリとし出して、一人のイケメンがそこに現れる。
言わずもながら、それはオレの幻影だ。
ただ、その幻影は悲しくなるくらい薄くて、向こうが透けて見える。
「補助有りでまだこれかよ。お化け屋敷のバイトぐらいしか役に立たねぇな」
精一杯やってこれ。ティアナの幻影には遠く及ばない。
メンドクサそうにしながら、あいつは分かりやすく丁寧に教えてくれたっけか。
会得したとは、恥ずかしくても言えないよね。
『それでもレベルが上がっています。私のフォローがあったとは言え、シグナム副隊長との試合の時は影だったのが、ここまで精度が上がっているのですから』
「まあな。少しずつでも上手くなっていればいいか。じゃあ、次な」
サッと手を振ると、幻影はアッサリと消えた。
オレは、今度は地面に意識を集中させる。
「……」
次は、ハッキリ言って自信がない!難しすぎるからだ。
だけど……
「正確に……魔法陣を……」
頭の中にイメージした図形を、オレは魔力で地面に描こうとする。
オレを中心に白い魔力光が広がり、地面に円を描く。
その中に三角やら四角やらと、複雑な図形を描いていたが……
「………くっ!」
複雑な図形に、膨大に消費される魔力。
飛びそうになる意識を必死につなぎ止めて、オレは辛うじて魔法陣を完成させた。が、そこまでだった。
1秒にも満たない時間で、魔法陣は消え去ってしまった。
「くっそ~!!」
バタリと後ろにオレは倒れる。
「アルケミックチェーンはまだ遠いな!」
キャロから教わったアルケミックチェーンの術式。
正直、今のオレに扱えるような代物じゃない。
「すげぇよ、キャロ。あんな召喚魔法をポンポン使ってたんだからな」
レアスキルってのは知っていたけど、今更ながらキャロの凄さをオレは知った。
この世界に来て、毎日行っている訓練。
フェイトさんとアルフさんがジュエルシードの探索に出たら、オレは必ずこうやって訓練をしていた。
ティアナの幻術、キャロのアルケミックチェーン。
エリオから教わったソニックムーブは完成間近だけど、精度って言う意味じゃまだまだだ。
そして、フェイトさんから教えてもらっている飛行魔法。
もし、この未完成の魔法が完成すれば、どんな状況があっても対処できる筈だ。
他にやる事がないとは言え、ここまで訓練に没頭するのは……
不安だから。
過去の世界。子供の頃の隊長達。何もできないオレ。
この先、困難しかないのは分かり切っている。だから訓練する。
何かをできるようになる為に。不安から逃れる為に。
「……なーんてな。結局なるようにしかならねーんだ」
オレは起きあがって、もう一度初めから魔法の練習を始めた。
今日も、フェイトさんは遅いんだろうなと思いながら……
「はい?温泉??」
いつものように深夜に帰ってきたフェイトさんの言葉に、オレは思わず聞き返してしまった。
帰ってくるなり、温泉に行こうとか言い出したからだ。
「うん。ジュエルシードの反応があった周辺に温泉施設があって、私が忍び込むのも難しそうだから、アルフとナナシで中を調べてきて欲しいの」
なるほどね。
客のフリして建物の中を調べてきてくれって事か。
確かに、フェイトさんとアルフさんじゃ男湯なんかは入れないしな。
「温泉ってあれだろ?地下から熱湯がドバーッて吹き出てくるヤツ」
温泉の知識がないのか、アルフさんはバーン!と大きく手を振り上げてそれを表現している。
「いや、それは間欠泉じゃ……広い意味じゃ間違ってないけど」
ちょっと苦笑しちゃったよ。
「手伝ってくれる?」
フェイトさんに言われちゃ断れないな。
「はい、協力します。でも、明日だと……もう今日か。世間は連休だから混むかもしれませんね」
オレはカレンダーを確認しながら呟く。
「封印そのものは深夜にやるよ。私も、この世界の人達に迷惑はかけたくないから」
そう言って、オレを安心させるようにフェイトさんは微笑む。
「分かりました。じゃあ、もう寝ましょうか。じゃないと、朝起きられませんよ。オレが」
最後にちょっとオチを入れると、フェイトさんはおかしそうに笑った。
うん、年相応の反応だな。
妙に大人びた感じのフェイトさんだが、ここ数日でオレに慣れたのか、こうやってたまにだが良い笑顔を見せてくれるようになった。
それぞれ寝床に戻って、明かりを落とす。
オレはソファーに横になって、次の展開を考えた。
どうなる?
オレが一番嫌がる展開は、高町隊長が出てくる事だ。
あの二人が、ガチで戦う所なんて見たくない……けど、ぶつかるんだろうな……多分
不安にかられながらも、オレはいつの間にか眠りに落ちていった。
outside
翌朝、アスカはフェイトとアルフに文字通り引っ張ってもらって目的地の海鳴温泉まで来ていた。
「じゃあ、後はよろしくね」
別の場所を探すからと、アスカを置いてフェイトはすぐに飛び去った。
「ナナシ、こういう所は泊まらないと入れないんじゃないのかい?」
物珍しそうにアルフはキョロキョロと辺りを見回している。
「ここは日帰りもOKだから大丈夫ですよ」
そんな話をしながら、アスカは入館手続きを終わらせて、アルフにロッカーの鍵を手渡す。
「ここの使い方はさっき教えた通りですから『オレは庭の方を調べてみます。アルフさんは建物の中をお願いします』」
「あいよ。今日はノンビリとしようじゃないか『分かった。お風呂とトイレはそれぞれで調べるとしようか』」
何気ない会話に念話を紛れ込ませて、二人は行動を確認しあった。
そして、二手に分かれる。
アスカは浴衣に着替えて、温泉施設にある中庭に出た。
あくまで、一般の客を装っての行動だ。
周辺を注意深く見回しながら、ゆっくりと歩くアスカ。
「いい天気だね。緑もいっぱいで気持ちいいや。これで彼女でもいりゃ言う事なしだね」
芝居なのか本音なのか。アスカはそんな独り言を呟く。
『全然反応がないな。軽く魔力でも放出してみっか?』
ノホホンとしているようで、しっかり周囲に気を張っているアスカが物騒な事を言う。
『やめてください。ジュエルシードが覚醒状態になったらどうするんですか』
『冗談だよ。しかし、残留魔力も無いとなると、見つけるのが難しい……ん?』
小川の近くに差し掛かった時、アスカは反対側にいる一組のカップルを目にした。
仲むつまじく、幸せそうに肩を寄せている。
「羨ましいね、恋人同士でシッポリ温泉かよ……いっ?!」
思わずボヤいたアスカが息を飲む。そのカップルに見覚えがあったからだ。
(し、士郎さんと、桃子さん!!)
若いカップルかと思ったら、そこにいたのは派遣任務の時に顔を合わせたなのはの父と母だったのだ。
(ちょっと待て。10年前って事は……隊長が小学生。美由希さんが高校生。そんで、大学生の兄貴がいたって話だった筈。どんだけ若々しいんだよ!)
いまだ新婚並みにラブラブな二人に、心の中で突っ込みを入れるアスカ。
(ま、まあ、今は過去の世界にいる訳だからな。向こうはオレの事を知らないし、このまま知らん顔してやり過ごそう)
呑気な顔で二人の前を横切るが……
「ん?」
小川の対面にいる士郎が、なぜかアスカに目を向けた。
(ギクッ!)
視線を合わさずに、そのまま通り過ぎるアスカだったが、内心冷や汗をかいた。
「……」
特に何をする訳でもなかったが、士郎はジッとアスカを目で追っていた。
その視線を、アスカは強烈に感じ取っていた。
(な、何だよ!オレ、何かしたか?コエーよ!)
ビクビクしながら、アスカはその場を足早に去っていった。
士郎は少年の姿が見えなくなるまで、その背中を見つめていた。
「あなた。あの子がどうかしたの?」
少年に視線を送り続けていた士郎に、桃子が尋ねる。
「……いや。今時珍しいなと思ってね」
「え?」
「あぁ、何でもないんだ。気にしないでくれ」
士郎は言葉を濁す。桃子も、それ以上は何も聞かずに、また肩を寄せてきた。
(全身に力みが無く、でも周囲に気を張っている。そして、正中線を崩さずに歩いていた。武術をしているようには見えないが……何者なんだ?)
士郎は、アスカの歩く姿勢を見ただけで、彼がただ者ではない事を見抜いていた。
そのころ……
「な、何なんだよ~、あの人は~!」
アスカは、なぜ自分が士郎に目を付けられたのか分からずにガクブルしていた。
『マスターの何かが、士郎様の気を引いたのでしょう。もう少し、慎重に行動する事を進言します』
「ごもっとも……何者なんだ、あの人は?絶対にトーシローじゃねぇぞ」
予想外のプレッシャーに、アスカは身震いした。
結局、ジュエルシードの手がかりはなく、アスカは館内に戻った。
途中、士郎がいるのではないかとビクビクしていたのは内緒だ。
「アルフさんは……いないな。風呂にでも行ったか?」
アスカはアルフを探して館内をウロウロする。
すると、女湯につながる渡り廊下で彼女の背中を発見した。
「あ、やっぱり風呂に行くのか。ん?誰かと話しを……オフゥッ!!」
アスカの視線の先には、アルフの背中と、どう見ても彼女に絡まれている少女3人がいた。
しかも、絡んでいる少女達の一人は……
(高町隊長!!!!!何やってんの、アルフさん!!!!)
アルフは施設内を隈なく歩き回った。だが、ジュエルシードの反応は無い。
「こりゃ参ったねぇ。トイレにも無いとなると、いよいよ温泉とやらを探ってみるしかないね。ん?あれは……」
温泉につながる渡り廊下に差し掛かった時、アルフの目に3人の少女が写った。
それまで温泉に入っていたのだろう、少女達の頬はほのかに赤くなっている。
それだけなら、アルフも特には気に留めなかっただろう。
だがその中に、先日フェイトと敵対した白い魔導師がいたのなら話は別だ。
(これ以上フェイトの邪魔をさせない為にも、チョイと脅かしておくかねぇ)
ニヤリと笑みを浮かべ、アルフは3人に近づいた。
「はぁい、おチビちゃん達」
突然、知らない女性に声を掛けられて、なのは達は戸惑う。
そんな事には気にせずに、アルフはなのはの顔をのぞき込んだ。
「フンフン、キミかね。ウチの子をアレしてくれちゃってるのは?」
ふざけているような口調で、アルフはなのはをねめ回す。
当のなのはは、何の事だか分からずに、少し怯えていた。、
それもその筈。
なのはと初めて対峙した時はのアルフはビーストモード。狼の姿をしていたのだ。
だから、なのはは目の前の女性があの時の狼だとは気づいてなかった。
「え?え……」
「あんまり賢そうでも強そうでもないし、ただのガキンチョにみえるんだけどなぁ」
アルフがそう言った時、なのはの友達、アリサが二人の間に割り込んできた。
アルフを睨むようにみるアリサ。
「なのは、お知り合い?」
「う、ううん」
アリサはなのはを守るようにアルフの前に立つ。それまで大人しくなのはの肩に乗っていたフェレットも、アルフを威嚇するかのように首を上げた。
妙な緊張感が走った、その時、
「すぅぅぅいませぇぇぇぇぇん!!」「ギャン!」
突如現れた少年が謝りながらアルフをヘッドロックに捕らえて、なのはに向かってペコペコと頭を下げた。
「いやー、すみません!この人酔っぱらっちゃってて!ご迷惑をおかけしました!失礼します!」
アスカがリズミカルにペコペコして、ヘッドロックのままアルフを引きずって行こうとした。が、
「コラッ!離せ!」
アルフが激しく抵抗する。
「はーい、暴れないでくださいねぇ」
キュッ!
「イダダダダダッ!」
アスカはヘッドロックの角度をちょっとだけ変えると、
「痛い痛い!ギブギブ!」
堪らずタップするアルフであった。アスカはそのままアルフを引きずって渡り廊下から姿を消した。
その場に取り残された少女達は、何が起きたのか分からずにポカーンとしていた。
真っ先に我に返ったのはアリサだった。
「な、なーに、アレ!」
プンプンとかなりご立腹のようだ。
「その、変わった人だったね?」
なのはどう言っていいのか、戸惑ったままだ。
「昼間っから酔っぱらっちゃって!気分ワルッ!」
なのはに宥められても、アリサの機嫌は直らない。
「まあまあ、くつろぎ空間だし。色んな人がいるよ」
「だからと言って、節度ってもんがあるでしょ!節度ってもんが!」
収まらないアリサの怒りの矛先は、アルフを止めに入った少年、アスカにも及んだ。
「だいたい何なのよ!あの男も!変にペコペコしてみっともないったらありゃしないわ!」
「で、でも、あの女の人を連れていってくれたよ」
すずかがフォローを入れるように言うが、
「男だったらもっとドーン!と構えていればいいのよ!なのはのパパとお兄さんを見習いなさいってーの!」
「いや、あの二人を引き合いに出されても……」
それはちょっと酷じゃない?と思うすずかだった。
すずかとアリサが話している隙に、なのははフェレット、ユーノと念話する。
『ユーノ君、あの人……』
『うん。前回の魔導師の仲間かと思ったけど……』
『『ただの酔っぱらいの人みたいだね』』
一方、なのはとユーノに酔っぱらい認定を受けたアルフは……
「はい、これでも飲んで酔いを醒ましてください『何を考えて子供に絡んでいたんですか!』」
「はいはい、わーかったっつーの『あの栗毛色の髪の子が、前回フェイトと揉めた魔導師だったんだよ!だからチョイと脅しをかけておこうと思っただけさ』」
一般会話をしながら念話をする二人。
アルフはミネラルウォーターのペットボトルを受け取る。
『そうでしょうね、そうでしょうとも!アルフさんが何の考えもなく絡んでいるとは思ってませんよ。でもね、いま変に騒ぎを起こせばジュエルシード探しができなくなる可能性もあるんですよ!』
強い口調でアスカはアルフを責める。
『アタシはただ、あの魔導師に首を突っ込んで欲しくなかっただけさ』
『だからと言って下手にちょっかいをだせば、この国の司法機関が黙ってませんよ。いや、魔法の存在が明るみになれば、軍隊に準する組織だって動くかもしれない。その時、アルフさんは戦争ができるんですか、この国を相手に!』
いつもと違い、少年の言葉には力があった。
少年の言う通り、ここは魔法の無い世界。そして、自分たちは異物だ。
仮にこの世界の人々と敵対する事になった場合、どうなるだろうか?
自分は主の為に戦える。それこそ、命がけで相手の命を奪いにいけるだろう。
だがフェイトはどうだろうか?
そうなった場合、フェイトは人を傷つける事ができるだろうか?できたとしても、それはきっとフェイトの心の傷になるだろう。
『……悪かったよ』
さすがに軽はずみな事をしたと思ったのか、アルフはアスカに謝る。
『分かってくれればいいです。オレも言い過ぎました。すみません』
アスカもそれ以上は責めなかった。アルフがフェイトの為を思って行動した事は分かっていたからだ。
『じゃあ、また捜索開始です。あと調べてない場所は?』
『あとは温泉の中だけだよ。そっちは?』
『同じくです。じゃあ、また分かれて探しましょう』
アスカとアルフは、また二手に分かれてジュエルシードの探索に戻った。
『寿命が縮むかと思ったぜ。』
脱衣所で服を脱ぎながら、アスカはラピッドガーディアン相手に愚痴をこぼす。
『この世界の情報と常識が乏しいのでしょう。そこを責めるのは可哀想ですよ』
『それはそうだけどさ……ところで、反応はあるか?』
デバイスに宥められながらも、アスカはジュエルシードの気配を探る。だが、
『反応はありません。建物の中には無いのかもしれませんね』
探せど探せど、ジュエルシードは見つからない。
衣服を脱いで浴場へと向かう。そして、
『反応0。アルフさん、こちら側にジュエルシードはありませんでした』
無駄足に終わった事をアルフに報告するアスカだったが、どこかホッとしていた。
同じ建物の中には、なのはがいる。このまま封印する事になれば、戦闘に発展するかもしれないと懸念していたのだ。
『こっちにもないねぇ~、ちょっとフェイトに言っておくよ。あー、もしもしフェイト?』
一通りの捜索も終わり、このまま出るのもおかしな事なので、アスカは温泉を堪能する事にした。
「あ~、生き返るわ~~」
湯船に身を沈め、大きく仰け反るアスカ。
ここ数日、と言うか、過去の世界に来てからの疲れが一気に吹き飛ぶような感じだ。
(っと、のんびりくつろいでいる場合じゃない。この先どうする?今ジュエルシードが見つからなかったってだけで、根本的な問題は解決してないいんだぜ?)
ジュエルシードを追う限り、なのはとの衝突は避けられない。それだけではない。時空管理局もそのうち出てくる事になるだろう。
それらを相手にして、どう立ち回ればいい?
(結局、出たとこ勝負なんだけど……)
対立は避けられない。その事実がアスカを悩ませていた。
『こっちも少し進展があったよ。次のジュエルシードの場所がだいぶ特定できてきた。今夜にも捕獲できそう』
アスカが悩んでいる時に、フェイトから念話がきた。どうやら、本当に施設内部には無いというこらしい。
『なら合流しますか?』
なぜか士郎に目を付けられているアスカは、サッサと退散したい思いでそう言ったが、
『ううん。ここはノンビリする所なんでしょう?そんなに早く出てくるのも変だよ。今夜落ち合おう』
フェイトにやんわりと却下されてしまった。
フェイトに他意はない。ただ単に、アルフと二人でノンビリして欲しいと言う気遣いだ。
ただ、今のアスカにとっては、あまり有り難くない事ではあった。
『……分かりました。では、今夜に』
アスカは念話を切って、天井を見上げた。
(ノンビリねぇ……できないんだよねぇ)
先ほど、中庭での士郎の視線を思い出すアスカ。
(士郎さんと鉢合わせにならないように気をつけるしかないか……ん?誰か入ってきた)
時間帯が良かったのか、それまではアスカ一人の貸し切り状態だったのだが、別の客が二人浴室に入ってきた。
その人物達は……
(!)
今、アスカが最も恐れている人物、高町士郎とその息子、恭也だった。
一瞬緊張したアスカだが、気に掛けないようにとそのまま天井に目を向け続けた。
「ん?」
そのアスカに、士郎が反応する。
(ギクギクッ!何なんだよ、あの人は!)
一見、何の変哲のないアスカをジッと見る士郎。
目は合わせていないが、士郎の視線を感じてしまって身動きがとれなくなるアスカ。
まるで蛇に睨まれたカエルである。
「父さん、どうかしたのか?」
「……いや、何でもない」
恭也に話しかけられ、士郎はアスカから目を逸らした。
(こえーよ、マジで!何なのよ、あの人!)
アスカは温泉に浸かっていたにも関わらず、寒気を覚えた。
二人が洗い場に腰を下ろしたのを確認して、そそくさと浴室から出て行った。
「……父さん。あいつがどうかしたのか?」
さりげなくアスカを目で追っていた恭也が、隣に座る父に話しかけた。
「恭也はどう思った。あの子の事を」
「どうって……特には何も?」
何を言われているのか分からない恭也は首を捻る。
「そうか。いや、何でもないんだ」
士郎はそこで話を終わらせて身体を洗い始めた。
(リラックスしているようで、足はしっかり床に付けていた。何があってもすぐに動き出せる体勢をとっていた……あの子はいったい何者なんだ?)
僅かな時間しか目撃していない少年が、決して油断していない事に士郎は気づいていた。
まるで現職軍人のように構えている少年に、士郎は只ならぬ気配を感じていた。
一方のアスカはと言うと……
「無理無理無理無理無理無理!あの人の近くにいたらいつか殺られる!」
士郎に思いっきりビビっていた。
夜になるまでの間、アスカは士郎に見つからないようにと自販機の影に隠れ、ベンチの下に潜り、ダンボール箱を被って姿を消していた。
さすがに、呆れたアルフに引っ叩かれてはいたが……
その甲斐あってか、何とか無事に夜を迎える事ができた。
深夜になり、アスカとアルフはフェイトと合流した。
「んでフェイト。ジュエルシードはどこら変にあるんだい?」
合流してすぐに、アルフが尋ねる。
「うん。この温泉の裏にあるため池みたいな所から反応があったよ」
「うん?ため池って……ナナシ。あんた昼間に見て回ってたろう?気づかなかったのかい」
フェイトの話を聞いたアルフがジト目でアスカを見る。
「無茶言わないでくださいよ。反応って言ったって、別にいつも出ている訳じゃないんですから。オレがブラついていた時には反応なんてなかったですよ」
アルフの避難の目を、アスカはシレッと受け流す。
「まったく、ダンボール被って遊んでるくらいなら、ちゃんと探しなよ」
「別に遊んでいた訳じゃ……!?」
不意にアスカは大きな魔力反応を感じ取る。
アスカだけではない。フェイトもアルフもそれに気づいた。
ジュエルシード。それが池の中から青い光の柱となり輝いていた。
3人はそれがよく見える橋まで移動する。
美しい輝きを放つ青き宝石。
「ジュエルシード……」
その青い光を見つめるアスカ。
(オレはこの青い光に飲まれて過去の世界に来た。仲間を置いてここに……)
青い光の向こうに、アスカは機動六課での事を思い出す。
僅かな間だったが、その目に寂しさの色が宿る。
(ナナシ?)
フェイトがアスカの目に気づく。
出会った時からとぼけていて、笑ったり困ったりした顔は見たことはあったが、その寂しげな表情は見た事がなかった。
(なんで、そんなに寂しそうな目をするんだろう……)
今のフェイトには、彼がなぜそのような目をするのかが分からなかった。
「うっは~!凄いね、こりゃ。これがロストロギアのパワーってやつ?」
アルフの声でフェイトが我に返る。
「ずいぶん不完全で不安定な状態だけどね」
水中から光を放つ青い宝石にフェイトは目をやる。
「アンタのお母さんは、何であんな物を欲しがるんだろうね」
アスカが側にいるにも関わらず口を滑らせるアルフだが、彼女はそれに気づいてないようだ。
(お母さん?プレシア・テスタロッサの事か……プレシアがジュエルシードを必要としている?)
耳に入ってきた情報をすぐに頭に入れて思考するアスカ。
(ロストロギアを一つと言うのなら分かるけど、複数必要としているだと?何を企んでいるんだ、プレシア・テスタロッサ)
情報が少なすぎるので、まだ答えは出せない。ただ、フェイトがプレシアの命を受けてジュエルシードを集めていると言う事は分かった。
「さあ。分からないけど、理由は関係ないよ。母さんが欲しがってるんだから手に入れないと」
フェイトは右手をゆっくりと前に突き出した。
「バルディッシュ、起きて」
《Yes Sir》
フェイトの命令で、待機状態のバルディッシュが天高く舞い上がる。
そして、一本の杖になり彼女の手に収まった。
《シーリングモード、セットアップ》
稲妻のような魔力を放ち、バルディッシュは封印形態になる。
「封印するよ。アルフ、サポートして」
「へいへい」
フェイトとアルフがジュエルシードに向かった時、別方面からの強力な魔力をアスカは感じた。
「この魔力……いよいよか!」
アスカは迫りくる魔力を知っている。それは……
(高町隊長!)
気づいた時には叫んでいた。
「フェイトさん、急いで!」
アスカの言葉の意味にフェイトは気づいた。
(またあの子が来る)
それを察したフェイトの目が鋭くなる。
「ジュエルシード、封印!」
激しく魔力が放電し、周囲に突風が吹き荒れる。
だが、それもすぐに収まり、封印されたジュエルシードがフェイトの手に握られた。
「二つ目……!!」
大きな魔力反応の接近を感じ、フェイト、アルフ、そしてアスカがそちらに目を向ける。
足音と共に、フェイトと同じ年頃の少女が現れた。
白いバリアジャケットにミッド式高性能デバイス。肩には使い魔らしきフェレットを乗せた少女、高町なのはがそこにいた。
急いで来たのだろう、息を切らしてフェイトを見る
(来ちまったか……)
少女を見て、アスカはため息をつく。
(分かっていたよ……でもさ、どうすりゃいいんだよ)
次にどう動けばいいのか決めかねているアスカは、戸惑っているなのはを見ている事しかできない。
「ア~ラ、アラアラアラアラ」
なのはを挑発するように、アルフはワザとらしく声を上げた。
「ナナシに邪魔されなければ、ちゃんと優しく警告できたのにねぇ」
その言葉に、なのははアルフが昼間見た女性だと気づく。
「あ……あなたは!」「あの時の!」
なのはとフェレットが同時に驚きの声を上げた。
「フフ……大人しく帰れば良し。さもないと、ガブッと……」
言い掛けたアルフを遮るなのはとフェレット」
「「酔っぱらいの人!!」」
ズテッ!
大きくコケるアルフ。
「ホラッ!間違って覚えちゃっただろ!ナナシ!」
アルフはすぐに起きあがってアスカに詰め寄った。
「べ~つにいいじゃないですかー。昼間っから子供に絡むなんて、酔っぱらいと変わらないですよ~」
ジト目でアルフを見ながら、アスカは間の抜けた声で言い返す。
「アルフ……」
「ち、違うよ!アタシはお酒なんか飲まないから!」
主の視線にアルフは慌てて首を振る。
このショートコントを、なのはとフェレットがポカーンとして見ている。
何とも言えない微妙な空気。
(よし。いい感じで空気が緩んだ。あとは帰るのを促せば)
なのはとの接触を避けようと画策するアスカ。
「今日の所は引き上げましょう。これ以上の長居は無用です」
アスカは一歩下がり、退却の姿勢を見せる。が、
「待って!そのジュエルシードは危険な物なんだ!それをどうするつもりだ!」
フェレットの強い声にアスカの足が止まる。
(どこかで聞いた事のある声??)
どこでだ?と考えているアスカを余所に、アルフがなのは達と対峙する。
「さあね、答える理由が見当たらないね。この際だから忠告しておくよ。よい子は帰って寝てな。さもないと……ガブッと行くよ!」
次の瞬間、アルフの身体は大きく膨張し、体毛が流れ出て全身を覆う。
「アルフさん!?何を!」
アスカが止める間もなくアルフはビーストモードになり、狼の姿をなのはに晒した。
「やっぱり……あいつ、あの子の使い魔だ!」
フェレットが確信して叫ぶ。
「使い魔?」
なのはには、それが何なのか分からないようだ。
「そうさ。アタシはこの子に作ってもらった魔法生命。制作者の魔力で生きる代わり、命と能力の全てをかけて護ってあげるんだ」
覚悟を決めているアルフの言葉に、なのはは飲み込まれたように動けなくなる。
「ナナシを連れて先に帰ってて。すぐに追いつくから」
フェイトに向けられた声は、なのは達に向けていたのとは違い優しい声だった。
「うん。ムチャしないでね」
「OK!」
月を背に飛び上がったアルフは、なのはに襲いかかる!
それを許すまじと、肩に乗っていたフェレットが地面に飛び降り、襲いかかるアルフの爪をバリアで防いだ。
アルフとフェレットの魔力が衝突し合う。
(あのフェレット、すげぇな。見かけによらず、強力な使い魔だな)
アルフの攻撃を受け止めたバリアをみて、アスカはそう思った。
「なのは、あの子をお願い!」
どうやら、フェレットはアルフを引きつけるつもりのようだ。
「させるとでも……思っているの!」
アルフはバリアを破壊しようと爪を立てる。
「させて見せるさ!」
激しく両者の魔力が弾ける中、フェレットとアルフの真下に魔法陣が描かれた。
「移動魔法?マズイッ!」「フンッ!」
緑色の魔力光が迸り、オオカミとフェレットはその場から忽然と消えた。
「え?えぇ??」
何が起きたのか理解できないなのはは、キョロキョロと辺りを見回す。
「結界を張ってからの強制転移魔法です。この場所から別の場所に移動しただけですから、心配はいりませんよ」
戸惑っているなのはに、アスカはそう説明した。
(この反応……やっぱりまだ魔法に慣れてない。魔法に目覚めて、そんなに時間は経ってないな)
魔法に目覚めてから、時を置かずして戦った。
以前、シグナムから聞いた言葉がアスカの耳に蘇った。
アスカは、この先に待ち受ける少女の過酷な運命を知っている。そして、それを教える事ができない事実に歯噛みした。
「いい使い魔を持っている」
それまで黙っていたフェイトが口を開く。なのはがフェイトを見た。
「ユーノ君は使い魔ってヤツじゃないよ。私の大切な友達!」
「ファッ?!」
それを聞いたアスカは変な声を出してしまった。緊迫のシーンが台無しになる。
「ナ、ナナシ?」
「いえ!何でもありません!ただのシャックリです!」
慌てて口を押さえるアスカ。
(あのフェレットがユーノ先生?どういう事だ!?!?)
混乱しかけているアスカに、ラピッドガーディアンが話しかけた。
『スクライア一族には、深刻なダメージを受けた場合、一時的に小動物に変身して回復を早めると言う裏技あるとデータにあります。恐らく、事故で負った傷を癒す為にあの姿になったのではないでしょうか?』
『その事故って、もしかして……』
『ジュエルシード、でしょう』
(まったく……この世代の魔導師は何でこうムチャをしたがるかな!)
なのはにしてもフェイトにしてもユーノにしても、まだ子供だ。
その子供が、大人でも負担の大きいロストロギア事件に関わっている。
その現実がアスカを苛立たせる。
(この大事な時に何もできないなんて……クソッ!)
内心穏やかではないアスカを余所に、フェイトがなのはを見下ろす。
「で、どうするの?」
口調こそ静かだが、フェイトには引く気はない。
「話し合いでどうにかできるって事、ない?」
なのはは、争いを避ける道はないかと模索しているようだ。
「私は……ロストロギアの欠片を、ジュエルシードを集めないといけない。そして、あなたも同じ目的なら、私達はジュエルシードを賭けて戦う敵同士って事になる」
フェイトは、なのはの言葉を拒否する。例え相手を傷つけても、目的を達成させるつもりだ。
「だから!そういう事を簡単に決めつけない為に、話し合いって必要なんだと思う!」
弾けるように訴えるなのは。
自分の言葉を聞いてくれない少女に、悲しみすら感じている。
(うん。話し合いは必要です。いきなりデバインバスターは勘弁してください)
未来のなのはの手の内を知っているアスカは、そう思わずにはいられなかった。
099部隊時代、1時間の教導の中で放たれたデバインバスター。
とっさに凌いだものの、滝のような汗が出た事を覚えている。
一人ガクブルのアスカだったが、状況はそれに関係なく進んで行く。
フェイトは静かに頭を振った。
「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃきっと何も変わらない……伝わらない!」
「あっ!」
フッとフェイトの姿が消えたと同時に、なのははしゃがんで攻撃を避けた。
「速い!」
フェイトの移動速度もそうだが、なのはの反応速度にアスカは声を上げて驚く。
(ただの反応速度じゃない。空間認識能力の驚異的な高さがあるからこそ、あんなギリギリで避けられたんだ)
幼い身体に詰められた才能の一端を見たアスカ。
これが模擬戦というのであれば魅入っていただろう。
だが……
《フライアーフィン》
フェイトの攻撃から逃れる為に、レイジングハートは飛行魔法を発動させる。
足下に魔法の翼が生え、なのはは夜の空に舞い上がる
それを追うフェイト。
「でも、だからって!」
「賭けて。それぞれのジュエルシードを一つずつ」
なのはの言葉をフェイトは強引に断ち切った。
《フォトンランサー ゲットセット》
バルディッシュが戦闘態勢に入る。
「あっ!」
なのはが気づいた時には、フェイトは頭上に回り込んでいた。月を背にバルディッシュを振り下ろす。
「アクセル!」
それに対抗すべく、なのははアクセルシューターを発生させて応戦した。
アスカはその空中戦を、地上から見上げる事しかできない。
「……」
言葉は無かった。ただ、拳を握り締め、己の感情を押さえ込んでいる。
目の前で繰り広げられる魔導戦。とても9歳の少女達が戦っているとは思えない魔力がぶつかり合う。
終始押しているのはフェイト。
なのははやっとの事でフェイトの攻撃を防いでいるように見える。
だが、アスカには別の面が見えていた。
(フィジカルが強い。高町隊長は攻撃を喰らっても、身体の芯を崩していない。逆に、フェイトさんは所々で当たり負けをしている)
何回か、デバイスを直接ぶつけ合う展開があった。
その時、なのははしっかりと攻撃を受け止めているのに対し、フェイトは若干だがバランスを崩すシーンがあった。
(才能は五分……二人の差は当たり負けしない身体面の強さ、つーか、よく食べてよく寝てる差だな、こりゃ)
フェイトは強い。
魔力の大きさは勿論の事、何より体幹が強い。体幹強い事が、ソニックムーブでの急制動を可能にしている。
それを持ってしてもなのはを崩す事ができないのは、身体面の強さ。
小食で睡眠をあまりとらないフェイトには、なのは程の身体の強さは無かった。
攻めきれないフェイトが焦れて、大出力魔法の術式を使う。
《サンダースマッシャー》
雷を纏ったレーザーのような砲撃がなのはを襲う。
《ディバインバスター》
なのはは、同じく大出力魔法でそれを正面から打ち返す。
金色とピンク色の砲撃が激しく衝突する。
互角のように見える砲撃戦。だが、
「レイジングハート、お願い!」
《ALL light》
なのははディバインバスターの出力を上げる。
次の瞬間、ディバインバスターはサンダースマッシャーを押し返してフェイトに迫った。
「すげぇ……」
砲撃を砲撃で返す。
未来のなのはなら分かるが、その大技を少女時代に使うことができるというのは、アスカの理解の範疇を越えていた。
ピンクの砲撃の余波が周囲に霧散する。
「強い、確かに強い。下手な上級魔導師なんかよりも、ずっと……」
ディバインバスターを打ち終わった体勢のなのはを見上げるアスカ。
「……だからと言って、この程度で終わるフェイトさんじゃない」
アスカはポツリと呟き、月に目を向ける。
そこには、人影があった。
フェイトは、砲撃を押し返されると判断するや否や、ソニックムーブでデバインバスターを躱し、遙か上空で反撃体勢を整えていた。
《サイズスラッシュ》
「フェイトさん!ダメだ!」
アスカの叫び声がフェイトに届く。
なのはが敗北に気がついたのは、バルディッシュの魔法刃が自分の喉元に突きつけられてからだった。
「うぅっ!」
身動きの取れないなのは。
フェイトの冷たい瞳がなのはを押さえつける。
《Get Out》
勝負が決し、レイジングハートは確保していたジュエルシードを一つ吐き出した。
「レイジングハート?何を!」
命令した訳でもないのに、ジュエルシードを相手に差し出したレイジングハートになのはが驚く。
「きっと、主人想いの良い子なんだ」
「え?」
フェイトはジュエルシードを手中に収めてつぶやく。
そして、用は済んだとばかりになのはに背を向けた。
「帰ろう、アルフ」
いつの間にいたのか、ユーノと戦っていたアルフが人間形態に戻ってそこにいた。
「ふふん♪さっすがアタシのご主人様。んじゃね、おチビちゃん」
軽やかな足取りでアルフはフェイトの後ろに続く。
そこでやっとなのはは我に返った。
「待って!」
なのはの声にフェイトは立ち止まったが、振り返りはしなかった。
「できるなら、私達の前にもう現れないで。もし次があったら、今度は止められないかもしれない」
脅しとも、警告ともいえるような言葉をフェイトは口にする。
だが、なのははフェイトに予想外の言葉を投げかけた。
「名前!あなたの名前は!?」
なぜこのような場面で名前を尋ねるのか、理解に苦しむフェイトだったが、
「フェイト。フェイト・テスタロッサ」
「あの、私は……」
これ以上は必要ない。
はっきりとした拒絶の態度でフェイトは地面を蹴って空に飛び上がった。
「バイバーイ」
それを追うアルフは、最後にニヤリと笑みを浮かべてフェイトと共に消え去った。
「……」「……」
残されたなのは、フェレット形態のユーノ。そして……
「え?え?あれ??」
取り残されたアスカだった。
状況の急展開についていけず、置いてきぼりを喰らってしまったのだ。
「「……???」」
なのはとユーノが”この人、いったい何なんだろう?”と言うような目でアスカを見ている。
「え、えーと……」
ダラダラと汗をかいて、アスカを二人に背を向けた。
「だからオレはまだ上手く飛べないんだってばさーーーー!!!」
ズダダダダ!
けたたましく足音を響かせ、アスカは駆け足でその場から逃げ出した。
ポツンと残されるなのはとユーノ。
「……あの男の人、何しにきたんだろう?」
なのはの呟きに、
「さ、さあ?」
としか答えようのないユーノであった。
そして……
「ひどいやひどいや。置いてきぼりにするなんて」
「ご、ごめんね、ナナシ。わざとじゃないんだよ?」
「まったく、ドンクサい奴だねぇ……」
二人に追いついたアスカは拗ねていた。
ひた謝りのフェイトに、少年に文句を言うアルフ。
一通り拗ね終わったアスカは、とりあえず立ち直る。
「あの子が、フェイトさんの言っていた魔導師ですね?」
つい先ほどまで戦っていたなのはの事を、アスカは話題に出す。
「うん、そうだよ。強い子だとは思うけど、私は絶対に負けないから」
二連勝しているせいか、フェイトは強気に言い放つ。
「あ、そうだ。ナナシ、さっきは止めてくれてありがとう。ナナシの声が無かったら、私は止められなかったかもしれない」
フェイトは感謝するが、アスカは背筋に冷たい物が走った。
(やっぱり、今のフェイトさんは不安定だ。たぶん、誰も傷つけたくないという本来の優しさと、母親の命令を遂行する為に冷徹になろうとする心がぶつかり合っている。この矛盾を上手く処理しないと、フェイトさんが砕けることになる)
かつて、自分が両親を亡くした時に起きた心の崩壊。アスカはそれをフェイトから感じていた。
(怖いな……乗り切れるのか?このオレに)
この先、なのはとの戦闘は避けられないだろう。そして、フェイトは望まない戦いを強いられる事になる。
(どうすればいいんだよ、どうすれば……)
言いようのない不安が、アスカを包み込んでいた。
後書き
何とか投稿できました。いかがでしょうか?
冒頭、アルトが自分の想いに気づいたようですが、なんで貴女が真っ先に気づいちゃうんですか?
ヒロインレース一歩先んじた感じでしょうか?
いよいよ、なのはさんも参戦でアスカの心労が増していきます。
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