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江戸腫れ

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第三章

「そしてだるさもな」
「なくなってきたな」
「そうなってきたな」
「今では」
「この通りだ、どういう訳かな」
 江戸を離れると、というのだ。
「よくなってきた」
「そうであるな」
「ではこのまま秋田まで行くとな」
「すっかり治っておるか」
「そうかもな」 
 こう同僚達に話した、そしてだった。
 江戸腫れは日が経つにつれてよくなっていきどんどん普通に歩ける様になった。そして。
 富松は秋田に戻る頃には秋田を出た時の様にすっかり元気になっていた、剣術の稽古にも身が入りよく食った。
 それで来栖は兄を家に呼んで共に茶を飲みぼた餅を食いながら問うた。
「江戸からの便りを聞いて心配したが」
「江戸腫れのことで、であるな」
「そうだ、死ぬかもとも思った」
「事実江戸腫れは命を落とす者もおるからのう」
「大坂でもあるそうだな」
「大坂では大坂腫れというな」
「それであちらでも苦しんでいるという」
 江戸だけでなくというのだ。
「どうもな」
「そうだな。江戸にいればなるか」
 富松はぼた餅を食いつつ弟に応えた。
「これが江戸を離れるとな」
「治るな」
「江戸や大坂だけの流行り病か」
 首を傾げさせてだ、富松は言った。
「奇怪なことであるな」
「江戸や大坂の空気か水に何かあるのかのう」
「わからぬな、白米は美味かったが」
「それでもだな」
「江戸腫れには参った」
 これにはというのだ。
「全く以てな」
「そうか、では拙者が行くことになれば」
「その時は江戸腫れには気をつけよ」
「うむ、白米を常にたらふく食えるのは拙者も楽しみだが」
「その病にはな」
「拙者も気をつける」
 来栖もぼた餅を食べている、そうしつつだった。 
 彼もまた江戸腫れには気をつけようと思った、そうした話をしながら茶も飲んだ。とりあえずは富松の江戸腫れが治ってよかったと喜んだ。
 江戸腫れ、大坂では大坂腫れと呼ばれたこの病は今では脚気と呼ばれどうしてなってしまうのかわかっておりしっかりとした予防法もなってしまった時の治療方法もわかっている。ビタミンB1不足でなってしまう病気であるとわかっている。
 ビタミンB1は麦や豚肉、鳥肝に含まれている。その為パンや麦飯を食べればならないしなってしまっても治る、だが江戸時代はそんな知識もなく。
 多くの者がなってしまい命も落とした、それは明治の終わり日露戦争まで続いた。今では何でもない病気だが当時は多くのものがかかり命を落とした。これもまた歴史にあることである。


江戸腫れ   完


                2021・5・5 
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