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犬がいると

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第一章

                犬がいると
 明治から昭和にかけて活躍した文豪泉鏡花は犬が嫌いであった、だが令和の大阪に住む滝川明之は違っていた。職業は作家で七十五歳になる。髪の毛はかなりなくなっていて顔も皺だらけになっているが一八〇近い身体はまだしっかりしている。
 よく周りにだ、こう言っていた。
「犬を飼うんや」
「何でや」
「可愛いし癒してくれて番もしてくれるからや」
 小学生四年生の年の離れた友人の松田孝雄、明るい顔立ちで癖のある黒髪で普通の体格の彼に対して語った。
「そやからや」
「それでなん」
「猫もええが」 
 それよりもというのだ。
「犬が一番や」
「うち猫おるけどええで」
「しかし犬には負ける」
 自宅で膝の上に白いシーズーを置きつつ話した、雌で名前はアンという。
「ほんまに犬は番もしてくれるしな」
「留守番やな」
「若し家に変なの来てもや」
「泥棒とかやな」
「追っ払ってくれるからな」 
「犬がええねんな」
「そや、犬を飼うとええ」 
 こう言うのだった、そして七十五になっても仕事に励みかつ大阪の美味い店を食べ歩いていた。兎角元気な老人であるが。
 妻も息子も孫達もご近所もだった。
 何かというと犬を話に出す彼に辟易していた、それで妻の真理、夫より五つ下で小柄で白髪で眼鏡をかけた彼女が尋ねた。
「どうしていつも」
「犬飼えって言うかやな」
「結婚する前から言ってるけれど」
 かれこれ四十年前からだというのだ。
「どうしてまた」
「それが一番ええからや」
「一番?」
「そや、犬が家におることがな」
 まさにというのだ。
「一番ええからな」
「癒してくれて可愛くて番にもなって」
「しかも家におると毎日散歩に連れてくやろ」
 犬を飼っているなら絶対のことだ、犬の運動と社会学習の為に必ずしなければならないことの一つである。
「運動も出来るし気分転換にもなるし」
「ええんやね」
「しかもわしは作家やが」
 今度は自分の職業の話をした。
「小説のネタにもなるしな」
「そのこともあって」
「犬はええんや、そやからな」
「いつも言うてるの」
「そや」
 妻に強い声で話した。
「わしはな」
「そやけど小説家になる前から言うてるやん」
 妻は夫に彼のそのことを話した。
「それはどうしてなん?」
「そのことは」
「それ言うてくれん?」
「言うてへんか」
「これまで一度も言うてへんで」
 結婚してからとだ、妻はシーズーだけでなく雄の黒と白の柴犬の佐助のブラッシングをしている夫に問うた、見れば他には雌の白のマルチーズのナナもいる、庭には雌のゴールデンレッドリバーのマリーと雄のシェパードのハウザーがいる。彼等は滝川を見ている。 
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