物語の交差点
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とっておきの夏(スケッチブック×のんのんびより)
お泊まり会@越谷家編(空、なっちゃん、葉月)
‐越谷家‐
小鞠「ただいまー!」
なっつん「あー、楽しかった!」
葉月「お邪魔します」
なっちゃん「こんばんはー!」
空「」ペコリ
越谷雪子「いらっしゃい。何もないけどゆっくりしていってね」
花火を終えて戻ってきた空、なっちゃん、葉月の3人を越谷兄妹の母・雪子が出迎えた。
彼女たちは越谷家に泊まることになっている。
なっちゃん「いやいや、庭に立派な池があるやなかですかー!」
なっつん「あの池にはね、“ヌシ”がいるんだよ」
なっちゃん「ヌシ?」
雪子「前に夏海がどこからか大きな鯉を捕まえてきてね。いまその池で飼ってるのよ」
なっちゃん「へえ、すごかあ!」
雪子「……そういえば、夏海?」
なっつん「は、はい?」ドキッ
なっつんは自分の名を呼ぶ母の声のイントネーションが普段と微妙に違っていることを察知した。こういうときの雪子は説教するか小言を言ってくると相場が決まっている。
雪子「あのとき、あんた私の腕時計を壊して『弁償します!弁償しますんで許して下さい!』とか言ってたわねー。母さんまだ弁償してもらってないんだけど?」
なっつん「その話しはまたあとで!さーさー皆さん、ウチの部屋にどーぞ!」グイグイ
小鞠「ちょっと夏海!? 押さないでよ!」
葉月(いいのかしら…。)
雪子「夏海!? あんたねえ、巫山戯るのも大概にしんさいよ!」
なっつん「きーこーえーまーせーん!」
空(夏海ちゃんが子どもみたいなのだ。) フッ
雪子との会話を強制的に終了し、なっつんは一行を強引に自室へ押しやった。
ー
ーー
ーーー
なっちゃん「夏海ちゃん、よかったと?」
なっつん「んー?何がー?」
なっつんの部屋に入ってすぐ、なっちゃんが声をかけた。
なっちゃん「腕時計壊したとやろ?お母さん怒っとったやん」
なっつん「いいのいいの!だってあの時計、1万円ぐらいしたんだってよー?中学1年生の夏海ちゃんに弁償できるわけないじゃん。出世払いってことでお願いしておけば万事解決だよ」
なっちゃん「それならそうと早めに言っとったほうが…」
なっつん「うーん、確かにそうだね。ちょっと母ちゃんとこ行ってくるよ」
なっつんは立ち上がると部屋を出ていった。
小鞠「夏海さんすみません、こんなアホな妹で…」
なっちゃん「いやいや、素直に聴くぶん可愛げがあるってもんばい」
やがてなっつんが戻ってきた。
なっつん「母ちゃんから了承をもらったよ。『できるだけ早めにお願いね』って言われたけどそれ以外には何も言われなかった」
小鞠「それってまだ怒ってるんじゃない?」
なっつん「笑ってたから怒ってないと思う。なっちゃん、アドバイスありがと」
なっちゃん「よかよか(いいよいいよ)!これで一件落着やね」
ひとまず問題が解決したのでなっちゃんもホッとしたようだ。
葉月「それにしてもお許しがもらえて良かったわね」
なっちゃん「うん、もし誰からも許可がもらえんやったときは野宿するしかなかったけんね」
小鞠「の、野宿ですか!?」
『野宿』という言葉に小鞠が驚いて言った。
なっちゃん「あ、野宿といってもテント泊やけどね。さすがにテントもなしに野宿やらしきらん(できない)ばい」
小鞠「ですよね…あーびっくりした!」
なっつん「あー、それでみんなザックを担いでいたんだね」
なっちゃん「そうそう。まあ登山するわけやないけんテントの他には寝袋にマット、着替え、あと飲み物と非常食ぐらいしか入れとらんとやけどね」
小鞠「ふーん。そっちには何が入ってるんですか?」
小鞠がザックの横に置かれた各人のショルダーバッグを指さした。
葉月「これ?宿題を入れているの」
空:あとコレも…。
そう言って空が自分のショルダーバッグからスケッチブックを取り出した。
なっちゃん「出ました、空のマストアイテム!」
葉月「梶原さんはいつもそれ(スケッチブック)を持ち歩いているものね」
なっつん「そういえば空ちゃんすごく絵が上手かったね!他に何描いてんの?もしよかったらウチらに見せてよ!」
空:え……うぅ………。 ワタワタ
空は困ったように手をワタワタさせている。
小鞠「あ、いや!別に嫌だったら無理に見せなくてもーーー」
空:は、はい…。 スッ
『いいですよ』と言おうとした小鞠の前にスケッチブックが差し出された。
小鞠「え、み…見てもいいんですか?」
空「」ウン
空は力強くうなずいた。
小鞠「そ…それでは失礼します……」ペラッ
小鞠はスケッチブックをまるで卒業証書を受け取るかのように恭しく受け取り、恐る恐るといった感じで表紙をめくった。
すると要塞のような建物の絵が現れた。
なっつん「おー、なんだこれ!かっこいいじゃん!」
小鞠「これは何ですか?」
空:近所にある建物。炭鉱で使ってたエレベーターの跡なんだって。
なっつん「空ちゃんの地元には炭鉱があったの?」
なっちゃん「昔はあったげな(らしい)よ」
なっつん「へー!」ペラペラ
なっつん「……ん、これは?」
しばらくペラペラとページをめくっていたなっつんの手がある集合画で止まった。
それまでの空の絵は鉛筆画だったがこの絵には色がついている。水彩画のようだ。
葉月「ああ、それは美術部のみんなを描いたものじゃないかしら」
なっつん「空ちゃんたちの学校の?」
葉月「ええ。一番上の左から順に顧問の春日野日和先生。おっちょこちょいで子どもっぽいところもあるけど、いざというときにはしっかり頼れるいい先生よ」
なっつん「へー!」
葉月「春日野先生の隣は須堯雨情部長。いつも冷静沈着で何でもできる美術部きっての秀才なの。その隣がーーー」
絵を指で示しながら一人ずつ丁寧に美術部のメンバーを紹介する葉月を見ながら小鞠は『“デキる大人”ってこういう人のことをいうのかな』と思った。
葉月「ーーーそして一番下の左が私でその隣がケイト、右端は麻生さんね」
なっつん「へー!美術部ってなかなか面白そうな人たちの集まりなんだね」
葉月のメンバー紹介になっつんは感心しきりだ。
葉月
「そうね。“気心知れた仲間”って感じかしら?変に気を遣わなくていいし、なにより主な活動場所である美術室自体居心地がすごくいいから私はこの部に入って正解だったと思っているわ」
空「」ウンウン
小鞠「そういえば皆さんは美術部で知りあったんですよね?」
なっちゃん「うん」
小鞠「出会ったころの空さんってどんな感じだったんですか?」
空:そ、それは…。
なっちゃん「空はものすごい人見知りやったねー!」
葉月「そうそう、最初は自己紹介もできないくらいだったものね」
なっつん「えっ、そうなの!?」
なっちゃん
「そうなんよ。あたしが空と初めて会ったのは美術部に入部届けを出しに行くときやったんやけど、空ってばあたしの呼びかけにも気づかんやったし自己紹介のときも緊張しすぎて言葉が出らんやったみたいでさ…ふふふ……」
ここでなっちゃんはおかしそうに笑った。
なっちゃん
「しばらく時間が経ってからやっと空が自分の通学カバンの名前を指し示したけんようやく名前が判明したんやけど、もしあれが無かったら永遠に“名無しさん”のままやったかもしれんね」
空:あ、麻生さん…それ、言わない約束……。
なっちゃん「よかやん、もう時効やろ?」
空:うぅ…はうぅ……。プシュ‐
再び空が赤面した。
葉月「でも梶原さんもあのころからしたらずいぶん成長したわよね。今は言うべきときにはハッキリ自分の意見を言えるようになったし」
なっちゃん「あれは空が信号のところであたしらの名前を大声で呼んだあの日がきっかけやったと思うんよね」
葉月「それって美術部のみんなでお花見をした日のこと?」
なっちゃん「そうそう。それまでの空は本当に“人見知り”ってイメージやったんやけど、あの日を境に少しずつそのイメージが変わってきたもんね」
なっつん「そうなんだ…。ウチを諭してくれたときの空ちゃんも堂々としててカッコよかったよ」
空:ちょっと……勇気、出してみた。 フフ
空が照れ笑いをした。
小鞠「なるほど、なんか分かる気がします」
なっちゃん「小鞠ちゃんも人見知りなの?」
小鞠
「いえ、人見知りってわけじゃないんですけど。ただ、私は料理が苦手でファッションとかにも疎いからそれで夏海にからかわれたことがあって…そのとき『このままじゃダメだ』って思ったんです」
なっちゃん「ああ、なるほどね」
小鞠
「それから少しづつお母さんに料理を習ったりファッションに明るいこのみちゃんや蛍に教えてもらったりして。今ではお味噌汁ぐらいなら自分で作れるようになったし、ご飯も自分で炊けるようになりました」
空:おお…。
小鞠
「ファッションのほうも2人に手取り足取り教えてもらいながら勉強中です。このみちゃんはともかく年下の蛍に教えてもらうのは今でもちょっと恥ずかしいんですけど恥を捨てないと何も身につかないなと思って…。そういうことを“勇気”っていうんだなあって最近やっと分かってきましたよ」
なっつん「すげー!姉ちゃんがそこまで考えてるとはウチも思わなかったよ!」
空:小鞠ちゃんもワタシと同じなのだ。 ウンウン
小鞠「え?」
空:ワタシも人と話すとき、緊張してなかなか最初の言葉が出なくて…。
小鞠「あー、分かります。なんて言えばいいのか分からなくなるんですよね」
空:でも…勇気を出したら意外とカンタンだった。
なっつん「ウチ、そーいうのなんて言うか知ってるー。“杏より梅が安い”だよね!」
小鞠「“案ずるより産むが易し”ね」
空:小鞠ちゃんも年下の子に意見をもらうのはなかなか勇気がいると思うけど…。大丈夫、ワタシが応援してあげる。 スゥー…
ここで空は大きく息を吸い込み、しっかり小鞠を見据えた。
空「だからどうか負けないで。私と一緒に頑張ろうね!」
小鞠「……はい、頑張りましょう!」
苦手なことを克服するために。自分に打ち勝つために。
ーーー2人は固い握手を交わした。
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