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物語の交差点

作者:福岡市民
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とっておきの夏(スケッチブック×のんのんびより)
  2人の夏海と空の説諭

-越谷(こしがや)邸-




越谷(こしがや)小鞠(こまり)は驚愕していた。
視線の先にいるのは対面上に座って本を読んでいる妹の夏海(なつみ)。だが小鞠が驚愕しているのは夏海本人ではなく、彼女が飲んでいるものに起因していた。


夏海「……え、なになに?なんですのん?」


ふと顔を上げた夏海は小鞠が驚きの表情でこちらを見ていることに気づいた。


小鞠「夏海…。それ、なに飲んでるの……?」

夏海「は?コーヒーだけど…」


『何が言いたいん?』という顔で夏海は答えた。


小鞠「そ、そっか…コーヒーかあ。そのコーヒーのことなんだけどね?」

夏海「うん」

小鞠「ミルクが入ってなさそうな真っ黒なコーヒーってことはもしかしてブ、ブブ、ブラーーー」

夏海「ブラックコーヒーだけど?」

小鞠「やっぱりだー!!」

夏海「」ビクッ


小鞠の絶叫に夏海は驚いた。


夏海「えっ、どしたの姉ちゃん!?」

小鞠「なんで夏海まで飲めるようになってるのー!ブラックなんてまだ飲まなくていいのー!!」

夏海「あー、よく分からんから順を追って説明してくんない?」

小鞠「私はブラックコーヒー飲めないのに年下の(ほたる)は飲めるの!! そのうえ夏海まで飲めるようになったら私さらに子ども扱いされちゃうじゃん!」


ここへきてようやく夏海は話しの流れを理解した。


夏海「なんだ、そんなことかー!」アハハ

小鞠「笑わないでよー!私にとっては重大な問題なの!」ウウ…。

夏海「たかがコーヒーだよ?そんなんで誰も子ども扱いしないって」

小鞠「だってこのままじゃそのうちれんげも飲めるようになって、きっと私だけ飲めないまま置いてけぼりに…」


やれやれ。
ふう、と夏海は息を吐いた。


夏海「大丈夫だって姉ちゃん!味覚なんて人それぞれ。子どもでも飲める人もいれば大人でも飲めない人もいる」

小鞠(夏海…。もしかして私を庇ってくれてるの……?)

夏海「ーーーてのはどうでもよくて、ブラックが飲めるウチは大人で飲めない姉ちゃんは子ども。それだけじゃん?」ニッコリ


清々しいほどの笑顔で夏海が言った。


小鞠「やっぱ子ども扱いするんじゃん!! もういいもん、夏海なんて知らない!」


小鞠が立ち上がった。


夏海「あっ、姉ちゃん!どこ行くの!?」

小鞠「このみちゃんに何とかしてもらう!」


言うが早いか小鞠は足早に居間を出ていってしまった。


夏海(何とかしてもらうって…むしろ逆にどうしろっていうんだよ……。)



ーー
ーーー


ピンポーン♪


小鞠が出ていっておよそ20分後、家のインターホンが鳴った。


夏海「ほーい、いま行きまーす」


夏海が玄関の引き戸を開けると大勢の人がいた。


夏海「おわっ!?」ビクッ


まさか玄関口に人が大勢立っていると思っていなかった夏海は思わず()()ってしまった。


れんげ「にゃんぱすー!なっつん、遊びに来たーん!!」


その先頭にはれんげが立っていた。
ちなみに『にゃんぱす』とは「こんにちは」みたいなノリのれんげ独自の挨拶である。


夏海「れんちょん(れんげ)!? ……って、あれ?」


夏海は初めて見る人がたくさんいることに気がついた。


葉月「は、初めまして…」

れんげ「詳しくは奥で話すん!まず家に上がりたいん!」ズイッ

夏海「あ、ああ…どうぞ」


食い気味のれんげに押し切られるような形で夏海はれんげ達を家に上げた。



ーー
ーーー


夏海「えーと、それで?」


居間の座布団に腰を落ち着けた夏海は来訪者一行を見渡した。
来訪者は全部で11人。れんげとひかげ、そして2人の姉にして担任の一穂(かずほ)はいつも一緒にいるメンバーだが、加えて今回はスペシャルゲストがいた。


れんげ「この人たち、福岡から来た高校生なのん!」

夏海「福岡!?」

ケイト「Hello!! ワタシたちは福岡カラ来た旅ノ者デース!ヨロシクお頼み申し上げソーロー!略してヨーソロー!!」


ケイトが皆を代表して挨拶した。


夏海「は、はあ…。かず(ねえ)も一緒なんて珍しいね」


返答に窮した夏海は一穂に水を向けた。


一穂「いやー、ウチはたまたま駄菓子屋の前でれんちょんたちと会ったんだけどね?」

夏海「あっ、そうなんだ」

ひかげ「なかなか面白い人たちだよ。みんな同じ学校の美術部員なんだって」

夏海「ふーん」

一穂「まあ人数も多いし、みんな自己紹介しようか」

れんげ((ねえ)ねぇが珍しく教師らしい振る舞いをしてるん…お客さんってすごいのんなー。)

一穂「よーし、じゃあまず鳥ちゃん(葉月)からいってみよう!」

葉月「私からですか!?」


いきなり指名された葉月は驚いた。
ちなみに一穂はすでに美術部メンバー全員のニックネームを把握している。


葉月「え、ええと……。初めまして、鳥飼葉月です。趣味はーーー」



ーー
ーーー


(※ここから越谷夏海は“なっつん”、麻生夏海は“なっちゃん”表記)


それから1時間が経過した。
初めは緊張していた美術部メンバーだったが、自己紹介が終わって話しをしていくうちにいくらか打ち解けてきたようだ。


なっつん(越谷夏海)
「へー、なっちゃんもウチと同じ“夏海”っていうんだね!」

なっちゃん(麻生夏海)
「そうなんよ。10月生まれなのになぜか漢字は“夏の海”って書くっちゃん。おかしかろう?」

なっつん「そんなことないよ、ウチだって1月生まれなんだし。それになっちゃん明るいから『夏生まれです』って言われたらみんな本当に信じちゃうと思うな」

空「」ウンウン

なっちゃん「そげん(そう)!? ありがとう!ばり(とても)嬉しかー!」


なっちゃんの頬がほんのり赤く染まった。
褒められることに慣れていないのか、彼女は少し照れているようだった。


朝霞「同じ名前でともに赤毛ですし、なんだか二人が本当の姉妹のように思えてきましたよー。……そういえばさっきからずっと思っていたんですけど、一穂さんとささっさん(樹々)ってどこか似てると思いません?」


一穂と樹々は思わず顔を見合わせた。


木陰「言われてみれば目つきや雰囲気が似ているかもしれないわね。まさか生き別れた姉妹だったりして」

れんげ「姉ねぇ、生き別れたのん!?」

一穂「そんなわけないっての。でも確かに似てるよねー、ささっさんも糸目だし」

渚「生物学では系統的に近い関係にある種や、外見は違えど実態的に同じであると見なされている種のことを“近縁種(きんえんしゅ)”というんです。例えばタイワンウチヤンマとウチヤンマは同じヤンマ科に属するトンボで近縁種なんですが腹部にある“ウチワ”と呼ばれる器官の形状が微妙に違っている。それはきっと人間でいったら他人の空似ということになるんでしょうけど、そういう意味では一穂さんと樹々君もひとつの近縁種なんでしょうね」

なっつん「栗ちゃんの口からまるでマシンガンのように難しい言葉がスラスラと…!?」

ひかげ「驚いただろー?私たちより遥かに昆虫に詳しいみたいなんだ」

なっつん「ウチらが一番の虫博士だと思っていたのに!上には上があるってことか……」ガーン


なっつんはガクッと膝をついた。


なっつん「そういや、れんちょんたちは美術部のみんなとどうやって知り合ったん?」

れんげ「ウチ、ひか姉と虫取りしてたん!」

一穂「へー、どこで?」

ひかげ「うちの田んぼ。そこで知り合った」

なっつん「なるほど」

れんげ「そして珍しい虫も見つけたのん!ひか姉!!」

ひかげ「あー、ケータイね。はいはい」


ひかげはポケットからケータイを取り出すとタガメの写真を表示し、そのまま机の上に置いた。


なっつん「こ、これはタガメ…!?」

れんげ「そうなん!ひか姉とっておきのひみつの場所で取ったん!ひか姉もの知りなんなー。ウチも知らないようなところをいっぱい知ってるん」

一穂「ん、ここってもしかしてウチの田んぼの用水路?」

れんげ「その通りなん!」

一穂「あー、そこ珍しい虫いるよね」

なっつん「ウチもそこ知ってるー」

れんげ「全然ひみつじゃないん!!」ガーン

ひかげ「まあ…ドンマイ?」ナデナデ


ひかげはれんげの頭を撫でてやった。


一穂「あれ?こまちゃん(小鞠)は今日どうしたのん?」


小鞠がいないことに気づいた一穂がなっつんに尋ねた。


なっつん「ああ、実はさーーー」



ーー
ーーー


れんげ「なっつん、それは大人気ないと思うん」


事の顛末を聞いたれんげがなっつんに言った。


なっつん「で、でもさ!ブラックが飲めない姉ちゃんが悪いんであって夏海ちゃん悪くなくない!?」

なっちゃん「うーん、それはそうなんやけど…」


ーーーそのとき。


空:あの、ちょっといい?


それまで一言も喋っていなかった空が初めて口を開いた。


なっちゃん「空!?」

葉月「梶原さん!?」


驚く美術部員一同。しかし空はそれをものともせず言葉を続ける。


空:確かに夏海ちゃんの言うとおり、お姉さんがブラックコーヒーが飲めないのが悪いっていうのも一理あるかもしれない。だけど夏海ちゃん言ったんだよね?『味覚なんて人それぞれ』だって。

なっつん「うん、言ったよ」

空:だったらもう少しお姉さんの気持ちを考えてあげないと。夏海ちゃんだってブラックコーヒーが苦手なのにそれを茶化されたら嫌な気持ちになるでしょ?

なっつん「うーん、そうかもしれないなあ…」

空:それにね…。


すぅ、と大きく空は息を吸った。


空「きょうだいというのはこの世界にたった一人しかいないんだから、夏海ちゃんもお姉さんと仲良くしなきゃだめだよ」


空の声は全員にはっきりと聴こえた。


一同「」ポカーン


なっつんをはじめ、皆一様にポカンとしている。しばらく辺りを静寂が支配した。


なっつん「…………うん、たしかに空ちゃんの言うとおりだね。姉ちゃんが帰ってきたら謝るよ。気づかせてくれてありがとう」


どれほど時間が経っただろうか。なっつんがようやく口を開いた。


なっちゃん「……そ、空すごいやん!」

葉月「梶原さん、よく頑張ったわね!」

ケイト「Good Job!! ワタシには今の空が輝いて見エマース!」

渚「空君も成長したねえ」

朝霞「そうですねえ。根岸君におどおどしていたのが同じ人とは思えませんよ」

木陰「この勇姿、根岸ちゃんや部長さんにも見せてあげたかったわね」

樹々「春日野(かすがの)先生と朝倉(あさくら)先生にもね。きっと驚いたと思うわあ」

空:う…うぅ……はぅぅ…/// プシュー


皆から口々に褒めそやされ、ついに空が赤面した。


なっちゃん「あはっ、赤くなった!こうして見るとやっぱりいつもの空やねえ」

葉月「そうね、いつもの梶原さんに戻ったわね」


なっちゃんと葉月は顔を見合わせて笑った。




『“いつも”の通学スタイルを止めたあのときのように、たまには“いつも”を止めてもいいかもしれない。』
ーーーそう思った空であった。 
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