| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔術QBしろう☆マギカ~異界の極東でなんでさを叫んだつるぎ~

作者:ラック
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第1話 約束は果たすとしよう

――体は白く出来ている
――耳毛は長くて瞳は(くれない)
――幾らかの年月を超えて不老
――ただの一度も希望を与えず
――ただの一度も絶望させない
――彼の獣は常に独り
――(わざわい)の巣で、呪いを狩る
――故に、生涯を知る者はなく
――その体は、きっと獣で出来ていた



 山々の稜線を、光が走っていく。円蔵山(えんぞうざん)の山頂で朝日を浴びながら、英霊エミヤ(アーチャー)は最後の瞬間を待っていた。その体は、既に消滅の間際だ。それにも関わらず、胸の内を満たすのは安らかな満足感だ。
 その理由は、眼前に立つ自分を召還した己が元マスターである少女、遠坂(とおさか)(りん)と、そして自分たちは別人だと叫び、無様で尊い戦いの果てに自分に勝利したかつての自分(えみやしろう)のおかげだろう。

――まったく、つくづく甘い
 心底からそう思う。初心である自分殺しは達成できず、逆にその相手を救っていながらこうも心穏やかでいられる自分が。そして、二度も裏切った自分のことを今尚気に掛けてくれる凛が。これこそ、彼女曰く“心の贅肉(ぜいにく)”に他ならないだろう。
 もっとも、それがあるからこそ、自分は彼女に憧れたのだと思う。心根の甘さと、圧倒的な才能と、多大なうっかりを持つ、この赤い魔術師に。

「凛。私を頼む。知っての通り、頼りない奴だからな。君が支えてやってくれ」
 だからこそ、この時代の衛宮(えみや)士郎(しろう)を彼女に託す。彼女がいてくれるならば、彼は自分と同じ道など歩むまい。その道へ足を踏み入れても、凛がガンド1発で別方向に連れ出してくれる。
 そんなアーチャーの言葉を、凛はどう受け止めたのだろうか。暫しの間視線を外すと、涙の浮かんだ瞳のまま笑顔を作ってみせた。

「うん、わかってる。わたし、頑張るから。アンタみたいに捻くれたヤツにならないよう頑張るから。きっと、あいつが自分を好きになれるように頑張るから……!」
 自分を鼓舞するかの様な泣き笑いで、真摯な想いが口にされていく。その姿を、アーチャーは素直に美しいと感じた。誰かのために、誰かを救うために浮かべる笑顔。改めて思い出す。自分は、誰かを救う姿が綺麗だったから、この笑顔を浮かべたかったから、“正義の味方”に憧れたのだということを。

「だから、アンタも……」
 昂った感情が声を詰まらせたのか、そこで凛の言葉は途切れた。それでも、構わない。彼女の想いは、言葉を超えて伝わっている。
「答は得た」
 だからアーチャーは、その想いに応える。
「大丈夫だよ遠坂。俺も、これから頑張っていくから」
 その1つの約束とともに、アーチャーは現世を去った。その時に浮かべた笑顔が、自分の望んだ笑顔であることを願いながら。

 そして、アーチャーの殻を捨てて現界を止めたエミヤの精神は、英霊の座へと引き戻されていた。きっと、座に戻ればこの聖杯戦争での出来事は、記憶でなく記録となるのだろう。自分が得た答も、感情を伴わないただの知識と化してしまうのだろう。
 それでも、大丈夫だと思った。例え今の自分が感じているものが一時のものであるとしても、その記録が座にいる本体に刻まれるのであれば、きっと自分は頑張っていける。その未熟だったころの自分の様な楽観的な考えに、不思議とエミヤは確信を持っていた。

「……?」
 しかし、その途中で怪訝に思う。確かに座へと向かっていたはずの自分の精神が、いつの間にか現世へと逆戻りしているのだ。しかも、どうやら聖杯戦争のサーヴァントとしてでも、守護者としてでもないらしい。
<貴方に、お願いがあります>
「っ!?」
 突然、声が聞こえてきた。そのことに、心底から驚愕する。その声が、何処から聞こえてきたのかはわからない。声の調子からして、少女のものらしいことがわかる程度だ。しかし、現世と英霊の座を繋ぐこの場は座と同様に現世の空間や時間から隔絶されている。そんな場所に、一体何が声を届けられるというのだろうか。

<お願いしてもいいですか?>
「何者だ?」
 質問に答えず、逆に問い返す。未熟だったころならばまだしも、正体不明の相手からの問い掛けに答える義理はない。姿の見えない相手を探りながら、返答を待った。
<ごめんなさい>
 一拍おいて、声の主が言葉を返してくる。
<今はまだ、貴方に私のことを詳しく話せないんです>
 心底申し訳なく思っているのだろう、その声音は何処か沈んでいた。

 そこで、ふと気が付く。今聞いているこの声の気配に、覚えがあることを。
――そうだ、この声、音自体や雰囲気はまるで違うが……
 それは、摩耗した記憶の果て、遥か遠き生前の日。世界からの契約を求められた時、“アラヤの抑止力”からの呼び掛けと気配がよく似ていた。しかし、似ているだけで完全に同じではない。即ち、この声の主はアラヤの抑止力と似て非なる存在。それに該当するものは、エミヤの知る限り1つだけだ。
「お前は、“ガイアの抑止力”なのか?」
<いいえ>
 しかし、エミヤの推論はあっさりと否定された。

<でも、あえて言うんでしたら、“マギカの抑止力”っていうところでしょうか?>
「マギカ?」
 聞いたことがなかった。怪訝に思っていると、弱腰気味に言葉が続けられる。
<その、私、抑止力としては新人で……>
「いや、抑止力に新人もクソもあるのか?」
 思わず突っ込む。抑止力とは、世界を存続させるための安全装置だ。エミヤが知っているのは人類の破滅回避のためのアラヤと星自体の生命延長のためのガイアの2つであるが、それに新しく加わった抑止力ということだろうか。
<その辺りは、色々複雑な事情があるんです>
 その言葉には、かなりの重みを感じた。軽々しく話せることではないということか、それとも先程言った様に自分のことを詳しく話せない事情があるためか。

<……その、私の方の質問にも答えてもらっていいですか?>
「む、それは構わないが」
 そう答えた後で、疑問に思ったことを続ける。
「願いがあるといわれても、そもそもそれがなんなのか知らなければ答えられないんだが?」
<あっ>
 今気付いたとばかりの声に、エミヤは溜息をついた。抑止力という割には、威厳も貫録もまるでない。何よりも、やたらと人間臭い。新人だからといえばそれまでだが、どうにも調子が狂う。
<じゃあ、言いますね>
「とりあえず、聞くだけは聞こう。言ってみたまえ」
 では、と、マギカの抑止力は願いを口にした。

<助けてほしい人たちがいるんです>
「何?」
 意外な言葉に、思わず聞き返す。
「抑止力ともあろう者が、特定の人間の救済に手を出すのかね?」
<特定といえば、確かに特定なんですけど……その人たちを助けることで色んな時代の色んな人たちを救えるかもしれないんです>
「くっ、それはまた壮大だな」
 苦笑が漏れる。抑止力が絡むだけに、それなりにスケールの大きい話の様だ。鵜呑みにできる話ではないが、無視もできない。

<信じられないかもしれませんけど、本当のことなんです>
「……ふむ」
 声の調子に、少し力が入れられた。その声音に、何かが引っ掛かっる。
「その人物たちに、何か思い入れでもあるのかね?」
<っ……>
 息を呑むような気配が伝わる。抑止力に呼吸という概念があることにも驚きだが、そもそもここまで感情表現豊かな抑止力というのもどうなのだろう。
<……はい>
 益体のないことを考えていると、肯定の答えが返された。それについて、ふと考えてみる。

「それで、そもそも何故私に頼むのかね?」
 そこがよくわからない。ガイアやアラヤに比肩し得る、少なくとも抑止力を名乗れる存在である以上、手駒くらいはあるだろう。何故別種の抑止力、霊長の守護者である自分に助力を乞うのだろうか。
<その、ですね……>
 何処かばつの悪そうな声で、マギカの抑止力は答える。
<私、部下みたいな人がいないんです>
「……は?」
 思わず、間の抜けた声が出た。耳を疑い、次の言葉を待つ。
<えーと、私、さっきも言いましたけどガイアさんやアラヤさんに比べるとずっと新人で、精霊種とか守護者とか、そういう直接的に行動してくれるタイプの部下の人がいないんです。役目がある時は、自分でやりに行ってますから>
 その告白には、開いた口が塞がらなかった。つまり、マギカの抑止力というカウンターガーディアンは、この声の主以外に存在しないらしい。分身を送り出すことくらいはできると思うが、抑止力とは単体で成り立つものなのだろうか。そして、ガイアやアラヤはさん付けするものなのだろうか。

<私、抑止力としての仕事がすごく限定的で、その分世界への干渉もすごく限られているんです>
「だから、別の抑止力の力を借りたい、と?」
<それだけじゃないんです>
 言って、マギカの抑止力が少しの間を置いた。
<何よりも、貴方が自分でない自分の可能性を信じた人だったから>
 その言葉に、眉が反応する。
<自分とは違う生き方を、もう1人の自分に示してあげられた人だから>
「それは、他にも自分でない自分を持つ人物に心当たりがあるということかね?」
<……はい>
 弱々しく返された肯定の声に、なんとなく察しがついた。
「それが、君が救ってほしい相手の中にいるわけか」
<……すっかり、お見通しみたいですね>
「これだけ聞けば、見通すなという方が無理だと思うがね」
<そうですね>
 マギカの抑止力が苦笑したように言った。

<これは、私のわがままなのかもしれません>
 自嘲気味の声で、新人の抑止力は語る。
<その人が出した決断は、間違ったものじゃないって、そう思ってます>
 けど、とマギカの抑止力は続けた。
<その人が別の選択をしたら、他の形で皆を救う選択ができたら、そんな世界も見てみたいなって、そう思ってしまったんです>
 そこまで語られると、そこで声の調子が少し変わった。
<そんな時、貴方のことを知りました。自分の過去と対峙して、過去の自分がこれから歩いていく道に希望を見出した貴方なら、きっとその人たちの新しい希望になってくれると思うんです>
 僅かに熱を感じさせる声の調子に、苦笑を漏らす。
「抑止力ともあろう存在にそう買われるとは、私も捨てたものではないな」

 言って、聞くべきことを確かめる。
「君に力を貸したとして、私は私として行動できるのかね?」
 それだけは確認しなければいけなかった。霊長の守護者の様に、己の意思もなく動く触覚などは願い下げだ。
<それは大丈夫です。皆には、貴方自身に会ってほしいですから>
 つまり、守護者の様に意思を剥奪されはしないらしい。そのことに、思わず安堵の息をつく。
「魔術の方はどうなる? 別種の抑止力として派遣されるとなると、力の行使に影響は出ないのか?」
<そうですね。貴方に行ってもらいたい世界に魔術は存在しませんが、使うだけなら問題ないようにできます。ただ、固有結界、でしたっけ? あれを展開すると、どうしても修正力が働いてしまうと思います>
「そうか」
 仕方がないといえば、仕方がないだろう。通常、固有結界の展開には世界からの修正力が常に働く。英霊であるエミヤは世界の一部となっているためにそれを免れているが、本来とは別の抑止力によって人間性を与えられるというイレギュラーの中ではそうはいかないらしい。

「救えというが、具体的には何をどうしろというのだ?」
<ある女の子たちに、手を貸してあげてほしいんです。どうすればいいかは、きっと自然にわかっていくと思います>
「それはまた、アバウトだな」
 曖昧な説明に軽く呆れると、<ごめんなさい>と謝られた。
「では、最後の質問だが」
 一息おいて、尋ねる。
「私で力になれるというのかね? 正義の味方になりそこなった掃除屋に?」
 皮肉を利かせて尋ねてみれば、優しい声で返答を受けた。
<貴方だからこそですよ。掃除屋になっても、正義の味方を頑張っていくって笑うことのできた貴方だから>
「くっ、了解した」
 そこまで言われれば、自分の答えは1つだ。

「わかった。私に何ができるか知らんが、力を貸すとしよう」
<本当ですか!?>
 気色に満ちた声に、何度目かの苦笑いが浮かぶ。
「そこまで期待されたのなら、その期待に応えるのも悪くはなかろう」
 それに、と付け加えて言葉を続ける。こんな時に、あの未熟者ならばこう言っただろう。
「救える者がいるのであれば、救うのが当然ではないかね?」
 そう皮肉気に笑って見せた。少しの沈黙が流れ、やがて穏やかな声が返ってくる。
<やっぱり、貴方に頼んでよかった>
 その言葉が終わるが早いか、強い引力を覚える。どうやら、現世へと送られるらしい。マギカの抑止力が救済を望む人々のいる世界へ。

<今からあなたを送る世界は、貴方が生きてきた世界と似ているようで全く異なる世界です>
 頷く。そもそも、魔術が存在しないという時点で別物だろう。
<そして、その世界では私は全く干渉できません。というか、私が干渉しないからこそあり得る世界ともいえるんですけど>
 さもありなん。言っていることは完全には理解できないが、そもそも自身で干渉できるのならばわざわざ自分に助力を乞わないだろう。
 そうして話している間にも、自分が現世へ近づいていることを実感していく。

<あ、それから言い忘れてました>
 今にも現界しようというその時に、マギカの抑止力が言った。その声音に、何やら嫌な予感がする。どうにも、そこから感じられるのはあかいあくまのうっかりと同質のものに思えてならない。
<向こうへ行くと、貴方は人間の姿じゃなくなっていると思います>
「……なに?」
 そして、あっさりととんでもない事実が告げられた。
<詳しいことは、解析の魔術というものを使ってもらえばわかると思いますから>
「いや、ちょっと待て! 人間の姿ではなくなるって、一体何になるというんだ!?」
<大丈夫ですよ、見た目はとっても可愛いですから>
「ちょっと自信あり気に言うな! 余計不安になるわ!」
 本人に悪気はなさそうだが、それがかえって始末が悪く思える。
<えーと、説明しにくいですから、詳しくは着いてからのお楽しみということで>
 可愛い声に似合わず無慈悲な宣告に、愕然とせずにいられるだろうか。そうこうする間にも、とうとう現界の時間が来てしまう。
<それでは、皆のことをお願いします。いってらっしゃい>
「な、なんでさー!」
 そして、マギカの抑止力の言葉を背に、かつての口癖を叫びながら、エミヤは新たな世界へと旅立った。この上なくシュールな旅立ちだった。



「むっ」
 小さく呻きながら、眼を開く。最初に目に入ったのは、コンクリートの床だった。次に視界に移るのは、鉄の柵と何棟かのビル、そして空。そこで、どうやら何処かのビルの屋上にいるらしいことと、そういえば聞いていなかったがこの世界が以前の世界とそう変わらない時代であることを確認する。
 しかし、今はそれよりも気に掛かることがあった。
「何故こんなに目線が低いんだ?」
 呟いてみると、口から出た声は女性の様な高い声だった。更に言うならば、自分が今4本足でしゃがんでいることも気になる。しかも、その体制にまるで違和感がない。ついでにいうのならば、耳のあたりから生えているらしき手のような感覚で動かせる毛の様なものはなんなのだろうか。

 嫌な汗が体に浮かぶのを感じる。それを必死に堪えていれば、視界の隅に昇降口と、銀に光る窓が映った。それは半ばマジックミラーの様になっているらしく、ほとんど鏡の様に周囲の光景を映している。恐る恐るそこに近づき、意を決してそれを覗き込む。
「……な、ななな」
 すると、ガラスの向こうから、白い猫に似た、ぬいぐるみの様な生き物がこちらを見返してくるのだった。
「なんでさああああぁぁぁぁ……!」
 本日2度目の英霊の叫びは、天をも揺るがす程だったかもしれない。

「――解析、開始(トレース・オン)
 落ち着いた後、エミヤは自分の体を解析した。そして、自分がインキュベーターという地球外生命体になっていることを知る。本来ならこの生物に存在しないはずの魔術回路があること、それも本来の自分と同じ27本あることは、恐らくマギカの抑止力によるものなのだろう。
「それにしても……」
 解析を進める中で、このインキュベーターという生物の役割を知っていく。いや、その在り方は生物というよりも機械に近いだろう。

 この体の最大目的は、宇宙の寿命を延ばすことだ。時を追うごとに目減りしていく宇宙全体のエネルギー量を賄うために開発された、感情をエネルギーに変えるシステム。生物単体から、その生存に必要なエネルギーよりも膨大なエネルギーを抽出することができる画期的な仕組み。希望が絶望へと変わる、その時に感情が起こす変動をエネルギーに変える無慈悲な技術。それを用い、インキュベーターの属する星の者たちは宇宙のエネルギー危機を救おうとした。
 しかし、そこで問題が生じる。それは、開発した彼ら自身に感情というものがなかったためだ。そのため、彼らはこの地球の人類に注目した。その中でも、特にエネルギー収集に効率がいいとされたのは、第二次性徴期の少女たちだ。

 インキュベーターは、彼女たちの願いを叶えるという奇跡と引き換えに、彼女たちを“魔法少女”と呼ばれる存在へと変える契約を交わす。魔法少女となった彼女たちはその魂を“ソウルジェム”と呼ばれる宝石へと変えられ、そこに詰まった希望をエネルギー源に魔法という力を行使する。そして、ソウルジェムは魔法を使う毎に、あるいは魔法少女たちが負の感情をため込む程に黒く濁っていく。その濁りが限界に達した時、ソウルジェムの希望は絶望へと変わり、ソウルジェム自体も“グリーフシード”と呼ばれる呪いの塊と化す。グリーフシードとなった魂は人間としての記憶も感情もなくし、“魔女”と呼ばれる怪物へと変貌してしまう。それこそが魔法少女の行きつく先であり、そこへ導くのがインキュベーターの役目。
 願いを叶えるという甘言を用いて年端もいかない少女たちを誘惑し、宇宙を延命させるためのエネルギー資源として利用する命ある機械。個体ごとに意思を持つのではなく、全体で1つの意識を共有して行動する生体端末。それがインキュベーターだ。

「えげつないな」
 宇宙という大いなる存在を、そのスケールから見れば(ちり)にも等しい犠牲で延命させる。それは1を捨て9を救ってきたエミヤの人生に似ているかもしれない。しかし、今のエミヤは、それにはっきりと嫌悪感を抱いていた。
 そのことに気が付き、思わず笑いがこぼれる。これも、あの聖杯戦争で答を得た影響だろうか。
「しかし、魔法少女か」
 何やら、異常に不吉に感じるフレーズだ。生前に何かあった様な気がするが、恐らく気にしない方がいいことだろう。「あはー」という独特な笑い声の幻聴がするが、即刻忘れるべきに違いない。とりあえず、誰かにその名の役目を押し付ける存在にろくな者はいないということの様だ。

 不意に、背後に気配を感じる。
「急に精神共有(リンク)が途切れたけど、一体どうしたんだい?」
 今の自分の声と、全く同質の声が聞こえた。振り向けば、先程窓に映した自分と寸分違わない姿の生物がそこにいる。
「インキュベーターか」
「? 君もそうだろう」
 首を傾げながら聞き返されるが、その声にはまるで感情というものが感じられなかった。それでいて、確かに疑問に思っているだろうことはわかる。ここまで感情を伴わずに思考できる存在を前に、エミヤは妙な感心を抱いた。

「ああ、なるほど」
 益体のないことを考えていると、何やら目の前の相手は勝手に自己完結をする。
「つまり、君は精神疾患に(かか)ったんだね」
 精神疾患――インキュベーターたちの間では感情はそう扱われていることは、解析により知っていた。それに思い至ると同時に、エミヤは改めて今の状態に気付く。どうやら、自分はインキュベーターになったというよりも、インキュベーターの内の1つの活動機能を乗っ取っている状態にあるらしい。いや、魔術回路まで搭載されているのだから、むしろ改造というべきか。
 相手に自意識があるのなら罪悪感の1つも覚えたかもしれないが、この種族の場合種族全体で1つの体の様なものなのであまりそういう気にならない。

「やれやれ、それじゃあ君は処分しないといけないね」
 実際には何も思っていないだろうに、面倒そうな声を上げてインキュベーターがこちらに耳毛を伸ばしてくる。
「くっ、感情を持ったと判断すれば、いきなりそれかね?」
「当然だろう? 僕たちは魔法少女と契約し、エネルギーを採取しなければならないんだから」
 別の方向から、目の前の相手と同じ声が掛けられる。
「精神疾患を持つ個体なんて不安定な存在を放置するリスクは、冒す意味がないと思うな」
 見回せば、何処から現れたのか新たに2体のインキュベーターがこちらに耳毛を伸ばしていた。なるほど、インキュベーターはそれぞれ全くの無個性な存在。その力が全く同一である以上、その処分には多数が集まる必要があるわけだ。そして、それには3体もいれば十分と判断したのだろう。
 普通ならば、その考えは間違いではない。ただ、今回はその“普通”ではなかった。

投影開始(トレース・オン)
 舌に馴染んだ呪文を詠む。次いで、体内の魔術回路に魔力が巡り、蠕動(ぜんどう)する。悪寒を伴う苦痛に耐えながらも、心は静かに思考を重ねていく。
――基本骨子、解明
――構成材質、解明
全工程完了(トレース・オフ)
 その言葉を告げた時には、耳毛に二振りの中華剣を握っていた。もはや自身の一部の様に身体に馴染んだ、白と黒の夫婦剣、“干将(かんしょう)莫耶(ばくや)”だ。
 突然武器が出現したことにインキュベーターたちが驚いた様子を見せるが、それに構わず行動を起こす。

 最も近くにいた最初のインキュベーターを干将の一撃で唐竹割りにし、莫耶を最も遠い位置に立つインキュベーターへ投擲した。白刃が獲物を貫く瞬間を見るより先に、残ったインキュベーターが自身と莫耶を繋ぐ直線上になる位置まで駆ける。
 そして、互いに引き合う夫婦剣の性質が発揮され、莫耶が宙を舞って干将の許へ、即ちエミヤの許へと飛んでくる。当然、それは途中にいるインキュベーターを貫くコースだ。
 最後のインキュベーターは間一髪で莫耶の刃をかわすが、それは想定内のこと。よけた方へと干将の一太刀が閃き、インキュベーターの首を飛ばした。

「ふむ、どうやら投影も宝具も問題なく使えるようだな」
 口に出し、確認する。もはや投影のための詠唱すらいらない程に手慣れた陰陽剣だったが、今の自分は本来の身体ではない。念のために呪文を詠唱し、制作プロセスを踏んでじっくり投影したが、剣製自体はサーヴァントだった頃と特に変わらないようだ。干将・莫耶の能力も変化は見られない。他の宝具がどうかは未知数だが、それは後で試していけばいいだろう。
「しかし、やはり身体が変わってしまっているのは痛いな」
 苦々しい思いで言葉を吐く。この貧弱な肉体では、強化したところで高が知れている。何よりも、構造自体が全く変わってしまったことが厄介だ。自分の戦闘経験は、当たり前だが2本足の人間の身体であることを前提としている。4本足の小動物では、とても十全には活かせないだろう。腕代わりになっている耳毛については、自由関節な上にかなり長く伸びることが魅力といえば魅力だが、使いこなせるまでに時間を要するだろう。

「全く、問題だらけだな」
 溜息を吐く。自身の経験が当てはめにくいひ弱な身体な上に、救うべき対象が何処の誰かもわからない現状。正直に言って、アクションに困る。
 少しこの状況の一因だろうマギカの抑止力に恨みを向けそうになるが、苦笑とともにそれを引っ込めた。想定外にも程がある事態なのは確かだが、どの道あのまま座へと帰還したところでただの記録になるしかなかった身だ。それならば、多少の苦労はあっても人格を持っている現状はそう文句を言えたものでもない。答を得た、その時のままの気持ちで再び歩いているのだから。
「それに、約束はしてしまったからな」
 自分の主だった赤い少女には、これからは頑張っていくと。自分をこの場へ導いた抑止力には、彼女の救いたい者たちを救うと。
「ならば、約束は果たすとしよう」

 そこで、おもむろに空を仰ぎ、宣言する。
「悪いがね、インキュベーターたちよ。君たちの計画は邪魔させてもらおう」
 このインキュベーターという生物の役割を考える限り、マギカの抑止力の言っていた少女たちとは魔法少女のことに間違いないだろう。問題はそれが誰かということだが、自然とわかると言っていた以上現在地から遠い場所にいることはないと見ていい。
 そして、魔法少女を救うのならば、インキュベーターたちの思い通りにさせていいはずがない。
「貴様らのやり方は、ああ、確かにいつかは宇宙の多くの者を救うのだろうさ。だが、その過程でどれだけの命が理不尽に奪われる? どれだけの者が絶望に沈む?」
 知らず知らずの内に、声に怒りがこもっていた。そのことを自覚し、エミヤは不思議なものだと思う。聖杯戦争前の自分なら当然だと思っただろうに、まるであの未熟者の様ではないか。何よりも、それを悪くないと思ってしまうのだから、我がことながらつくづく理解しがたい。

「だから、私は貴様らに弓を引くことにしよう」
 言いながら、聖骸布の外套を投影する。体自体がサイズも形状もかなり変わっているため、投影品も以前のコートタイプではなく完全なマントタイプに形状を構成しなおした。
「何故なら、私の名は“孵卵器(インキュベーター)”などではなく」
 それを羽織りながら、英霊エミヤの意思と能力を持つインキュベーターは最後の言葉を言い放つ。
「“正義の味方(えみやしろう)”なのだから」

 この時、裏切り者にして最強の孵卵器、“しろう”が誕生した。

~続く~ 
 

 
後書き
 以上、今回はここまでです。

 アーチャーと正体ばればれでしょうがマギカの抑止力の口調、再現にすごい苦労しました。似てないと思った方はごめんなさい。

 まどマギの方はともかく、型月の設定は把握しにくいものが多いので、おかしいと思う所がございましたらどしどし指摘いただければ幸いです。

2013/01/08 一部修正
2013/04/13 一部修正

 それでは、また次回。 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧