| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

福岩

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第三章

 彼は官舎に戻りそこで休んだ、次の日老人に昨夜のことを話すと老人は彼に驚いた顔でこう言った。
「いや、まさかです」
「その石が実際にあってですか」
「そしてです」
「私がすぐにその石の声を聞いたことが」
「信じらせません、閣下は何処まで運のいい方なのか」 
 驚きを隠せない声で言うのだった。
「全く以て」
「運がいいからこそ石の声をすぐに聞けて」
「そしてです」
「その授かった運がですか」
「果たしてどうなるか」
「ご老人もですか」
「わかりません、ですがその運をです」
 老人は東郷にあらためて言った。
「日本の為にお使い下さい」
「そうさせて頂きます」
 東郷も約束した、このことから歳月が経ち。
 露西亜との戦争において連合艦隊司令長官を決めるにあたって海軍を取り仕切る山本権兵衛は東郷を明治天皇に推挙した、陛下は山本に言われて何故彼なのか尋ねられた。
「どうして東郷なのか」
「はい、あの者が運がいいので」
「だからか」
「戦争には運も必要です」
 こう陛下に言うのだった。
「ですから運がいい者をです」
「連合艦隊司令長官にするか」
「そう思いまして」
「そうか、そなたがそう言うのならな」
 陛下はそのお顔を真剣なものにされて言われた。
「東郷にしよう」
「それでは」
「そなたの言う通り戦いは時として理屈ではない」
「そうです、どうしてもです」
「運が必要な時がある」
「そしてあの者にはそれがあるので」
 その運がというのだ。
「ですから」
「ではな」
「はい、あの者の運も使いましょう」 
 露西亜との戦争にというのだ、こうして東郷は連合艦隊司令長官になり。
 戦った、するとだった。
「何てことだ」
「敵艦隊の先頭の艦にたまたま砲弾が当たるとは」
「それも艦橋に」
「艦橋にいた者は全て倒れたそうだな」
「しかも舵手は横に倒れた」
「それで舵が動き」
「艦隊の中に突っ込んで陣形を乱した」
 黄海海戦のことを話すのだった。
「そこでもう勝敗が決した」
「たまたまあたった一撃が勝敗を決めるとは」
「こんなことがあるのか」
「何と運がいいことだ」
「東郷提督は運がいいと聞いていたが」
「恐ろしい運だ」
「こんな幸運があるのか」
 日本だけでなく世界中の者が驚いた。
「その幸運で日本は海戦に勝った」
「もう露西亜の太平洋艦隊は動けなくなった」
「これは戦局に大きく影響するぞ」
「日本に勝利を手繰り寄せた」
「とんでもない幸運がな」
 こう口々に言う、誰もが東郷のその幸運に驚愕した、だがその幸運がどうしてもたらされたかまでは殆どの者が知らなかった。
 舞鶴のこの石は福岩という、舞鶴にあるというが果たして舞鶴の何処にあるかはわかっていない。東郷自身その石が何処にあったかは忘れてしまった。運がいい者が出敢えて更なる幸運を授かるというが若し舞鶴に夜に鶴の声を聞けたならその人は運がいいのかも知れない。舞鶴に伝わる古い不思議な話である。


福岩   完


                     2020・10・18 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧