MOONDREAMER:第二章~
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第三章 リベン珠
第24話 報告終了と一休み
地上から八雲紫がスキマを経由して勇美に送って来た手紙、そこには見事に幻想郷の勢力が月の探査車の殲滅を完了した旨が書かれていたのだった。サグメが勇美達を状況打破のキーパーソンになると見込んで探査車の幻想郷からの撤退を指示しようとした矢先の事である。
当然、この事にはサグメは驚愕を隠せないでいた。
『まさか、あの月の英知を結集した四体の探査車が攻略されるとは……』
そして、こうも思うのだった。
『あれ、高かったんですよね……』
経費の問題であった。当然だろう。あのような損傷を瞬時に自己再生して、妨害が入っても任務を滞りなく行える程のスペックを持った高性能兵器には相応のコストが掛かっていて然るべきなのだから。
暫し落胆していたサグメであったが、ここで気持ちを再び持ち直す事にした。自由に言葉を発せられるようになった今の彼女には、物事を引きずるという選択肢は存在していなかったのだ。
『仕方ありませんね。元々こちらが招いた不祥事でですから、こちらで対処しましょう』
「サグメさん……」
そう思い切って言うサグメに、勇美はどこかいたたまれない気持ちで返すのだった。
確かにサグメは幻想郷を脅かす作戦の指導者であった事には変わりはないのである。しかし、そこには彼女にも苦悩があったのだ。故にただ彼女を責めるだけでは物事は解決には向かわないだろう。
『勇美が気にする事はありませんよ。こちらの不手際なのですから』
「でも、サグメさんも思い悩んでいたのでしょう?」
『優しい考え方をするのですね』
サグメはそう本心から勇美の事を評価するのだった。そこにはお世辞や偽りは一切なかったのである。
「はい、今のこの自分が幻想郷や依姫さんから得られた一番の掛け替えのないものだと思っていますから」
『勇美は強いのですね』
「強い……ですか……?」
サグメにそう言われて、勇美は意外な事を言われたなと思うのであった。自分は果たして『強い』と言えるのだろうかと。
だが、その答えの出ない話題にも、勇美は一つの真実は知っているのだった。
「もし、サグメさんが今の私を強いと感じるなら、それはここまで一緒に来てくれて戦ってくれた鈴仙さんの事は忘れてはいけないでしょう」
「勇美さん……」
突然話題に挙げられて、鈴仙は驚きながらもこそばゆい心持ちとなるのだった。勇美がここまで来れたのは自分がいたからだと言われて、鈴仙も満更ではなく感じたのである。
「後、依姫さんの事は絶対に欠かす事は出来ませんね。今の私がここにいるのは、彼女がずっと私の事を面倒見てくれたからなんですよね」
『成る程……』
勇美のその主張に、サグメは相槌を打つのだった。彼女がここまで成長したのは、やはり依姫の存在抜きにしては有り得ない事だったのだろうと再認識する。
そこで、サグメはこの質問をしようと思い至ったのである。
『勇美、あなたは依姫をどういう存在だと思っていますか?』
その事が今、サグメが一番気になる話題であるのだった。こうも地上に住まう者に影響を与えた依姫は、その当事者からどう思われているのか、今後の参考になると思っての事であった。
「どういう存在……ですか?」
そう言われて勇美は一瞬考え込んでしまった。その質問は余りにも漠然としていたからである。
う~むと腕を組んで考え込む勇美。だが、暫くして彼女なりの答えがここに出たようであった。
「はい、何と言いましょうか……。私が思うに、まず依姫さんは『みんなに愛されている人』とはちょっと違うと感じるんですよね」
それが、まず勇美が出した答えの一つであった。確かに勇美にとっては掛け替えのない存在である事に変わりはないのだが、皆が皆自分のように思ってはいないだろうと勇美にも分かっていたのだった。そして、勇美は続ける。
「みんなにとっては、心の拠り所とは少し違って……一言で言えば『自分の力で立ち上がる事を後押しする』存在だと言えるんじゃないかな、と私は思いますね」
それが勇美の答えであった。依姫の周りの者は彼女に寄り添うよりも、彼女の存在によって奮い立たされ上に上に目指す心を強くさせられていって自身の向上を促されていった傾向が強いのではと。
霊夢には周りの者を引き付ける力が強いが、依姫の場合はそれとは、言ってしまえば逆の効能があるのではという事である。
勿論、それは反発ではないのである。言うなれば依姫は皆にとっての『高み』そのものとなって多くの者の成長を助長していったのだろうと、勇美はそう一つの仮説を考えるのだった。
そこまで聞いてサグメは、真摯に受け止めてじっくりと相槌を打ちながら考えていた。そして、彼女は一つの考えに行き着く。
『成る程、今回の幻想郷の勢力による探査車の殲滅にも一役買う事になったと言えそうですね』
それがサグメの見解であった。探査車の殲滅に向かった者達は依姫の鍛錬を受けていたり、依姫に対抗意識を持った者達が多かった事からも、その読みは的を得ているかも知れないのだ。
「確かに、皆依姫さんから刺激を受けた人達でしたからねぇ……」
勇美もその事に納得するのだった。良い意味でプライドが高い人達である。そんな者達が依姫に負けてばかりではありはしないのであろうと。
その事も、紫が彼女達を依姫にけしかけるに至った一因だろうと勇美は改めて紫のしたたかさを実感して噛み締めた。
うんうんと一人勇美は納得していると、ここでサグメから思わぬ事を言われる事となる。
『後、依姫の元で育っていった『あなた自身』も幻想郷の周りの成長に繋げている……そう思うわね』
「はい? 私自身……ですか?」
ここで思わぬ指摘をされて、勇美は狐につままれるかのような感覚に陥ってしまうのだった。依姫が幻想郷の住人の成長を促したという所までは分かる。だが、この自分もまでと言われるのは意外であったのだ。
『ええ、あなたもよ勇美。自分では気付いていないかも知れないけれど、確実にあなたは幻想郷に住まう者達に良い影響を与えているわね』
「ええ~、私がですかぁ~……」
その事実を噛み締めていくと、勇美はどんどん胸の内が熱くなり、耳の先まで血流が熱く回っていくのが嫌という程感じられるのだった。
全くを以って長湯をした後のようにのぼせ上がりそうな話の流れになってきたものである。興奮冷めあがらぬ勇美は、ここで提案をするのだった。
「話が何だかとってもこっ恥ずかしい方向になって来ましたので、ここでパンツ脱いでリラックスしていいですか?」
「や・め・な・さ・い・っ・て!」
そう言って勇美の側にいた鈴仙は勇美の頬をぎゅうぅっと引っ張ったのである。
「そんな事したら余計興奮するんじゃないんですか? あ……、噂に聞いた通り、勇美さんのほっぺたって柔らかいですねぇ……」
「ごめんなさい鈴仙さん、6割型は冗談ですから。それに人のほっぺで遊ぶのは止めて下さい」
勇美に抗議されて、鈴仙は「4割はマジだったのか」と思いながらも彼女を解放するのだった。
それを見ながらサグメはクスクス笑っていた。
『いやあ、お二人とも仲が良くて何よりですね』
「いえ、サグメさん笑い事じゃないですよ。この子は本気でパンツ脱ごうとした事だってあるんですからね!」
『え゛……』
さすがにその事実はサグメを引かせるには十分だったようだ。冗談でやる分にはネタとして面白いが、それを本気でやろうとするのはどうかとサグメでも思う所があった。
……話がおかしい方向に進んでいる。そう思ったサグメは流れの軌道を元に戻すべく言葉を発するのだった。
『あなた方がそのように興奮しきっているのは、今日幾度となく弾幕ごっこを繰り広げたからでしょう。どうですか、これからお風呂にでも入って一汗ながしてリフレッシュするというのは?』
「あ、いいですねぇ……」
そのサグメの提案に真っ先に乗って来たのは勇美であった。彼女はその話に乗り気で承諾したのである。
何せ、実際に今日は弾幕ごっこをサグメとの戦いを合わせて三回も行っているのである。故にここでクールダウンをしておくのが懸命だろうと勇美は思うのだった。
勇美の中で話はほぼ決まったようなものであった。後は『相方』がどう言うかだけである。
「それで、鈴仙さんはどうしますか?」
「ええ、私もそれには賛成ですね。ここいらで勇美さんをクールダウンしておかないと、いつ熱暴走してもおかしくはないですからね」
この鈴仙の言い分は勇美にとって心外であったようだ。
「鈴仙さん、何を言うか~!」
「だってそうでしょう? あなたの頭は一旦冷やしておかないとどうなる事やらですからね、このノーパン愛好家が」
「あ、それもそうか」
と、ここで勇美は鈴仙の言い分に納得してしまうのであった。対して、『何故そうなる?』と鈴仙は訝る。
「いえ、だってね。ノーパン愛好家ってのは私にとって誉め言葉ですからね。これだけは譲れませんよ」
「……」
これには鈴仙は絶句してしまった。そのような烙印のような呼び方で喜んでしまうものなのかと、勇美の思考について改めなければならないと思うのであった。
その二人の様子を見ながらサグメは『やはりこの二人は仲が良い』と再認識するのであった。それと同時に二人を約束の場所まで案内せねばと考える。
『それでは二人とも、入浴場まで案内しましょう。私に着いて来て下さい』
そうサグメに言われて、勇美はここでふと思った。
「あれ、今のこの状態でお風呂に入れるのですか?」
それが勇美が懸念する事であった。月の都を全面凍結させている今、風呂場等を使う事が出来るのかと。
だが、その疑問に対してサグメはいかにも『心配ご無用』といった立ち振舞いであった。
『その点は安心なさい。この建物は他の月の都の場所とは違って凍結させてはいませんから、入浴場も問題なく使用する事が出来ますよ』
「……何だかご都合主義ですねえ」
『それ以上踏み込むのはお止めなさい。些かメタ染みた論点になっていますから』
「あ、それもそうですね♪」
サグメにこの先は一線を越えてしまう事を指摘されて、勇美は大人しく身を引くのだった。彼女とて、この話を『戦闘メカ』化させるような意図は持ち合わせていないからであった。
『よろしい。では入浴場に案内しましょう』
そう言うサグメに案内されて、勇美と鈴仙の二人は湯の滴る憩いの場へと歩を進めていったのだった。
◇ ◇ ◇
『さあ、ここですよ』
そして、二人を先導したサグメは彼女らにその場所を示すのだった。
「うわあ、ここが月の官邸の入浴場ですかぁ……」
思わず勇美は感嘆の声を漏らしてしまうのだった。今彼女の目の前に存在する脱衣場からして、その規模は計り知れないと感じられるのである。
確かに永遠亭の入浴場も大きなものである。だが、14年間外の世界の平々凡々な風呂場に慣れ親しみ、それが当然だと思って過ごしてきた彼女にとっては大浴場というのは何度見ても飽きないものがあるのだった。
『それでは、ごゆっくり』
そう言ってサグメは微笑むと『向こうで待っていますから』と言ってこの場から離れていくのだった。
「それじゃあ、脱ぎましょうか? 鈴仙さん」
「うん、確かにお風呂場でまずする事はそれだけどね……勇美さんが言うと、とても如何わしく聞こえますからね」
その鈴仙の言い分には勇美は心底不服だったようで、こう抗議する。
「何を~鈴仙さん。私がいつもそういう事ばっかり考えているような口ぶりですね。私とてこういう時位はわきまえますよ」
その言葉に続けて勇美は「まず私から脱ぎますから問題ないでしょう」と言って、自身の脱衣に手を掛けていった。
だが、その手際は極めて効率が良いのだった。ほんの数回の動作で勇美は全裸となってしまったのだから。
まず、パンツを脱ぐ。そして、慣れた手つきで帯を外す。後は支えの失った着物を脱げばそれで完了なのであった。
「ううむ……」
それを見て鈴仙は「色々ツッコミ所がある」と思って唸ってしまった。
まず脱ぎ方である。パンツを脱いでノーパンになる→帯を外す→後は素肌に纏った着物を脱いですっぽんぽん……。
やたらとエロい脱ぎ方であったからだ。普通にパンツは最後でいいのではと鈴仙は頭を抱えるのだった。
加えて、こうして見て勇美の普段の出で立ちが何気に際どいものだと思い知らされる事となったのだ。
何せ、ミニの着物の他には帯とパンツしか身に付けていないのだから。幻想郷でも中々お目に掛かれないような大胆な試みだろう。確かに腋を出したりしている者もいるが、基本的にガードが固い服装をしている者が多いのだから。
だが、まあそれは本人が良いと思っているのだからと鈴仙は咎めないようにした。他人への過度の干渉は幻想郷ではご法度であるからだ。
ともあれ、まずは勇美に脱いでもらったのだ。このままずっと彼女だけを裸にしておくのは野暮というものだろう。
「それじゃあ、先に脱いだ勇美に悪いから、私も脱ぐわね」
そう言いながら、鈴仙は心の中で自嘲するのだった。彼女は今まで基本的に一匹狼であったが故に、入浴の際にも一人で入る事が当たり前だったのだ。
それが、こうして掛け替えのない仲間の前で肌を無防備にさらけ出そうとしている。これは彼女の中で大きな変化と言えよう。
だが、些か彼女はこの時無防備になりすぎていたようだ。その事を次の瞬間に思い知らされる事となる。
「ま、待ってましたぁ~~~☆」
そう吠え猛り興奮する勇美の姿がそこにはあったのだ。しかも、彼女は今全裸。故にその光景は凄まじくいかがしかった。
鈴仙は失念していたようだ。勇美の前で肌をさらけ出すなどという行為は、自ら肉体を肉食獣の前に差し出すのと同義である事を。
だが、鈴仙は至って落ち着いてその野獣と化しそうな者をたしなめるのだった。
「勇美さん、落ち着いて下さい。そう興奮されると脱げるものも脱げませんから。あなたもずっと裸ではいたくないでしょう?」
「うん、それもそうだね」
そう言って勇美はここで落ち着きを取り戻したようであった。その後は鈴仙に干渉してくる様子はない。
これでやりやすくなったと、鈴仙はまずはブラウスのボタンを外していった。そして、それをはだけるとその中にはブラジャーに包まれた胸が存在していた。
それは胸が控えめであるが故の勇美とは違って、確実に鈴仙には必要な代物であったのだ。それ故に白い下着に包まれた彼女の乳房は確かな大きさを保っていたのだった。
(また勇美さんに何か言われるかな……?)
鈴仙も勇美が自分の胸が控えめな事にコンプレックスを抱いているのは知っていた。だから、今回もその事で愚痴られるのは多少覚悟していた。
だが、今回勇美は予想に反して何も言って来なかったのだった。
(?)
その意外な事実に鈴仙は首を傾げつつも、まあ事がやりやすくなって良かったと楽観視しながら、はだけたブラウスとその中のブラジャーも脱いでいった。
そして鈴仙は、ここで見事に上半身のトップレス状態となっていたのだった。
(早い所下も脱がないとね……)
鈴仙はそう思うのであった。何せ上は裸なのに下は残っているというアンバランスな格好は、見ようによっては全裸よりも恥ずかしいからである。
いざ、まずはスカートからと、そのホックに鈴仙は手を掛けようとした時に声が掛かって来たのだった。──言うまでもなく、出来るなら掛かって来て欲しくなかった声なのであるが。
「……まずパンツから脱げ……」
命令形? しかもその要求事態マニアックであり、とても鈴仙が飲めるような内容ではなかったのだ。
故に鈴仙の答えはすぐに決まったのである。彼女はニッコリと微笑むと、ポンと勇美の小さな肩に手を置きながら言った。
「お願いね勇美さん、そういう事言ってると一緒にお風呂に入れなくなっちゃうからね……?」
「うん……」
その得も言わせぬ鈴仙の静かな威圧感に、勇美は素直に首を縦に振るしかなかったのである。
今の鈴仙はどこか永琳を彷彿とさせるのだった。さすがは永琳の現役の弟子であろうか、心なしかその貫禄も譲り受けているかのようである。
「分かればよろしいですよ♪」
そう言うと鈴仙は、残りの衣服を脱いでいったのだった。無論最初はスカートで、次にパンツという極めて真っ当な脱ぎ方であった。
こうして無事に二人は脱衣場で生まれたままの姿となったのである。後は湯が生み出す極楽浄土へと足を踏み入れるだけだ。
そして、いよいよ二人は大浴場への扉を開き、中へと進んで行った。
「すごい……」
勇美はそう呟きながら呆気に取られてしまっていた。
まず、浴場の床は綺麗に磨き上げられた大理石が余す事なく敷き詰められていたのだった。それだけで贅沢な気分となれるだろう。
更には浴槽は質感の豊かな檜製であった。これにより湯船の質も向上しているだろう。
極め付きはその規模であろう。ざっと百人は一度に収容しても余裕が出そうな程であったのだ。
これだけの大きさの大浴場を今は勇美と鈴仙の二人で使えるのだ。その気分はまるで貸し切り状態と言っていいだろう。
だが、それに加えて勇美には嬉しい事があったのである。
「それじゃあ鈴仙さん、一緒に堪能しましょうね♪」
そう、これだけの豪華絢爛の浴場を掛け替えない仲間である鈴仙と一緒に利用出来るのだった。故にその喜びは一入というものだろう。
勿論鈴仙の方も勇美に誘われて嫌な顔をせずに「ええ、そうしましょう」と快く言葉を返すのだった。
そうと決まった勇美は、この機会にやっておきたい事があるのだった。
「鈴仙さん、せっかくですから体の流しっこをしましょう♪」
「えっ、それは……」
勇美のその提案に鈴仙は少し引け目を感じてしまった。確かに自分達は今までの経験から絆の生まれた仲間ではある。しかし、そこまで踏み込むのはどうかと彼女は思うのであった。
だが、次に鈴仙はその躊躇いを捨てるのだった。まず今の勇美にはふざけた様子はなく真剣に望んでいる事、それに加えて鈴仙自身がその提案を心の中で望んでもいる事があるからであった。
今まで彼女は一人でやっていく方が気楽だと思っていた。それは半分は間違いではなかったのだが、もう半分はそれだけだと物寂しいものだと鈴仙は感じるようにもなっていたのである。
だから、こういう今の機会に思い切った事をしておくのも悪くない、そう思い鈴仙は勇美の望みに応えていくのだった。
そして、二人は互いに相手の体を洗い流していく、肌と肌の触れ合いをしていった。それは意外にも勇美の悪ノリは余り介入しなかったのだった。
しかし、全くなかった訳ではなく、「鈴仙さん、おっぱい揉んでいいですか?」の暴挙に対しては鈴仙は勿論やんわりと断ったのである。
互いの体を清め合った二人は、後のお楽しみの浴槽へとその身を浸したのである。今までで見たどの浴槽よりも大規模なそれに心の中で舌づつみを打つ勇美は勿論、このような普段は月の重役しか使えないような施設にありつけた事に鈴仙も感謝した。
湯船の質は申し分ない、と言うか自分はこれに対して分不相応とすら思えてくるのだった。
それは、従来の生真面目な性格の鈴仙では仕方のない事だろう。そして、その性分はそうそう変えられるものではなかったのである。
勿論鈴仙はその事も受け入れるのだった。それが自分らしさだと。
だが、一方でその事をあからさまに表に出して、喜ぶ勇美に対して水を指そうとも思わなかったのである。ここまで自分に着いて来てくれている仲間に対して、何より純粋な心の持ち主である勇美の事を大切に思うが故であった。
なので、鈴仙自身腹を括って今のこの自分には不釣合いとも言えるような待遇を甘んじて受ける心意気となっていたのだった。遠慮せずにこの状況を楽しむ姿勢を見せる事で、勇美の為にも、自分の為にもなると思っての事であった。
そのような心境の下、勇美と同じく鈴仙もこの憩いの一時を十分に満喫して旅と戦いの疲れを癒すのだった。
◇ ◇ ◇
その後、二人は心地よい湯上り気分を堪能しながらサグメの下へと戻って来たのである。その際、鈴仙は勇美の着物の着付けの早さに驚いてしまう事となっていた。
そして、改めてこの黒銀勇美という少女の底力を感じ取る事となっていたのだった。この子は自分が好きな事はどこまでもこなしてしまうものだと。それが依姫の特訓に根を上げずに着いていった事にも繋がったのだろうと。
『湯加減はどうでしたか?』
「はい、最高でした」
「私もとても良かったです」
サグメに対して、二人は共に喜びの意を示したのだった。それは本心からの事であるのに加えて、否定する意味合いが全くなかったからである。
そんな二人を前にして、サグメも気を良くするのだった。
『それは良かったです。それで、今後の事ですが……』
そう言ってサグメは一呼吸置いた。別に今彼女は肉声にて話していないが故に喉が疲れるという事はないのだが、これは気持ちの問題と言えるだろう。
『取り敢えず、今日はこの屋敷で泊まっていくといいでしょう』
「えっ?」
サグメのその提案に、勇美は思わず疑問符を浮かべてしまった。
その要因は色々あった。まず、自分達がこのような重役が使う場所に泊まってもいいのかと。昼食と浴場の使用だけで自分達は十分に贅沢したと言えるのだから。
そして、今のこの状況が一刻も争う時だったからである。月の都は『ある者』の侵略を受けて、月の民を夢の世界に移転させている事、無論それは付け焼刃の対処で、長くは持たないという事。
それらの事を勇美達はサグメに告げると、彼女は事もなげに話すのだった。
『その事は二つとも問題はありません。私はあなた達にこの状況を打破する為に手を尽くすまでです。そして、一日時間を掛けた所で一気に状況が悪くなる訳でもありませんから、寧ろあなた達に万全になってもらいたいのですよ』
「成る程、分かりました」
そう勇美は言葉を返すも、些かプレッシャー染みたものを感じてしまうのだった。これだと、私達は状況打破の為に使える存在だからだと、恩を売られているようなものだと。
勇美のその気持ちを察してくれたのか、サグメはここで付け加える。
『ごめんなさいね、こういう言い方だと押し付けがましいわよね。でも、この事も分かって欲しいのです。これは私達の都合で幻想郷を巻き込んでしまった事のお詫びの気持ちもあるって事を……』
「あ……」
その時勇美は思ったのだった。確かにサグメら月の民は幻想郷に異変をもたらした。しかし、サグメ自身もその事に対して苦悩していたのだと。故にサグメも被害者なのだと。
そう思ったら、勇美の気持ちは決まるのだった。
「鈴仙さん、ここはサグメさんのご好意を受ける事にしましょう」
「ええ、それが良さそうですからね」
鈴仙もそんな勇美の気持ちを汲み取って、二つ返事で返した。
そして、二人は最後の決戦の舞台へ備えて、今日はこの屋敷で羽根を休めて英気を養うのだった。
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