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MOONDREAMER:第二章~

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第三章 リベン珠
  第15話 THE LUST 4/4

【「障壁波動(イビルアンジュレーション)」】
 それが窮地で発した鈴仙のスペルであった。そして、そのスペルの影響は瞬く間に周りに広まっていったのだ。
 みるみる内に鈴仙と勇美の周囲に不可視の障壁となる高密度なエネルギーの波動が発生して辺りを包んでいった。
 それにより、ショートを起こして暴走状態にあった無数の歯車は圧力に押される形で鎮圧されて動きを止めて大人しくなったのである。これでもう、電流の奔流に巻き込まれる心配はないだろう。
 当然それだけではない。鈴仙が起こした波動の壁は暴走電流を巻き起こした張本人たるドレミー本人をも飲み込んでいく。
「くぅっ……!」
 その圧倒的な圧力に堪らずに呻き声を起こすものの、さすがは夢の世界の支配者といった所か。彼女はあの時勇美の斬撃を防いだスライム状の夢のエネルギーの塊を自分の周囲に展開したのである。
 それにより、彼女は不可視の障壁に押し飛ばされる事なくその場に留まるのに成功するのだった。
「くっ!」
 だが、鈴仙の放った障壁の威力は凄まじいかったのである。辛うじて防御体勢と取る事が出来たドレミーであったが、それは完全に攻撃を封じるには至らなかったのだ。
 そして、辺りを包んだ障壁はやがて掻き消える事となる。それを見計らってドレミーはスライムの防壁を解除する。
「っ……」
 攻撃が止んだ事によりホッと一息吐きたいドレミーであったが、そうは問屋が卸さなかったようである。確実に先程の障壁のダメージは彼女の体を蝕んでいたのだった。
 それを見届けながら鈴仙はスペル発動の体勢をここで解除したのである。彼女の瞳は元に戻っていった。
 漸く嵐のような力の流動が治まり、勇美も落ち着きを取り戻していった。そして、冷静になった所で彼女は口を開いたのである。
「鈴仙さん、今の凄かったです!」
「ええ、とっておきですからね。こういう時に使わないとね」
 再び興奮する勇美に、鈴仙はおどけながらそう言ってのけた。
「でも、私は格好悪い所を見せてしまいましたね鈴仙さん。頼りにされていながら相手に翻弄されてしまって」
「いえ、あの者の実力は規格外ですから勇美さんが気にする事はありませんよ。それに……こういう時の『仲間』でしょう?」
「はい! そうですよね」
 鈴仙に諭されて、勇美は胸の内がすくような心地よい気持ちとなるのだった。正に仲間とはこういう時に必要不可欠なのだ。
「改めて、鈴仙さんのお陰で助かりました。ありがとうございます。でも、ここから先は私にも少し格好つけさせては貰えませんか?」
「ええ、構いませんよ。勇美さんの思うように戦って下さいね」
「そう言ってくれると助かりますね」
 勇美は鈴仙の気遣いに嬉しくなりながら、懐からある物を取り出したのだ。
 そう、その玉のような物体は『アバドンズジェネレーター』。勇美と良き好敵手となった妖怪から見初められて譲り受けた、掛け替えのないアイテムなのであった。
 その玉を勇美は自分の半身であるマックスへと与えたのである。
「勇美さん、それは?」
「あ、そういえば鈴仙さんにはまだ見せた事がなかったですね」
 言って勇美はこのアイテムの出所やどういう効果があるのかを事細やかに説明していった。
「……色々な事が凄いですね」
 それが勇美の話を聞いた鈴仙の感想であった。様々な要素が驚くべき事ばかりで、どれに重点を絞って話題にするかは迷う程なのであった。
 そして、勇美が説明している内に『それ』は完成していたのである。
「お出ましですね。【黒皇「ブラックカイザー」】の♪」
 彼女がそう言うように、そこには幾度となく主を助けてきた鋼鉄の騎士が現出していたのだ。
 これは、勇美が好敵手から譲り受けた、彼女の妖力が込められたアイテムを取り込む事で勇美の半身たるマックスがその力を一時的に増大させ、屈強な人型の姿を取る事が出来るというものなのである。
 ここに準備の第一段階は整った。後はこの騎士に更に神降ろしの力を加えるのみなのだ。
 だが、それを易々と許すドレミーではなかった。
「何やら大それた芸当をやってのけたみたいですけど、これ異常やらせるとお思いですか? もう一度アクアブレスを喰らいなさい!」
 言うとドレミーは再び大きく息を吸い込んだのだ。それも先程よりも深く。
 先には泡の吐息は辺りの歯車のフィールドを暴走させて電流の奔流を巻き起こすのが狙いであったが、先程の鈴仙の障壁によりもうその手は使えなくなっているのだ。
 ならば、もう真っ向勝負に出るしかドレミーに選択肢は残っていなかったという事だ。故に彼女は小細工なしで敵を討つために全力でブレスの準備に取り掛かったという事だ。
 そして、ドレミーの口から再び泡のブレスが吹き出されたのである。勿論その威力は上がっていた。まるで大雨の時の河の濁流を彷彿とさせんばかりの代物であった。
 だが……。
「残念。もう準備は整っている訳なんですよね♪」
 それを迎え撃つ勇美の様子には余裕が見られていた。それがハッタリではない事を彼女はこれから証明する。
「『愛宕様』に『祇園様』。お願いします」
 そう、これがブラックカイザーの強みであった。その屈強な鋼の肉体により単体でも戦える状態にある中で、更にそこに神降ろしの力を追加する事が出来る、正に鬼に金棒の性能なのだ。
 そして、ブラックカイザーに炎の神と英雄神の力が同時に備わっていき、彼の様相は一気に変化したのだった。
 それは、全身に炎を纏った姿であった。鋼の肉体にも関わらず炎で溶けないのは、それが神の炎である為や、ブラックカイザー自身の特異性に起因している。そして、勇美はその姿となった彼に指令を送る。
「さあ、ブラックカイザー、やっちゃって。【衣鳳「疾火の剛腕」】!」
 その指令を聞くや否や、彼は全身炎に包まれた状態のその腕を一気に眼前へと突き出したのだ。
 たった、これだけの動作であった。だというのに、この後に起こった事は計り知れなかった。
 ブラックカイザーのその腕の一振りにより、そこから凄まじい炎と熱と衝撃の奔流が迸ったのである。それが向かった先は他でもない、濁流の吐息である。
「何をするかと思えば……。水には炎は」
 相性が悪い。その言葉を紡ぐ猶予はドレミーには与えられなかったようだ。
 何故なら、その炎の波動は濁流に突き進んだと思ったら──それを一気に蒸発させてしまったのだから。
 激しい水の流れをこのように呆気なく無力化してしまう辺り、今勇美が放ったスペルの威力の凄まじさが垣間見えるというものだろう。
 そして、濁流を飲み込んで消滅させた高熱のエネルギーの行き着く場所は一つしかないだろう。
「う……うわぁ……!!」
 そう、今し方驚愕の声を上げたドレミー本人なのであった。そして、彼女を炎は容赦なく包み込んでいった。
 だが、彼女もこのような大それた攻撃を許しはしないのだ。二度に渡って彼女を護って来たスライムのシールドをドレミーは再度展開する。
「くっ!」
 そこを炎がすっぽりと包み込み、激しい爆炎が周辺に迸った。
 そして、炎が止むと視界が晴れてくる。そこにあったのは。
「はあ……はあ……」
 この炎に包まれてもドレミーは倒れずにいたのだった。その事からも彼女の実力というものが窺えるだろう。
 だが、彼女の姿は痛々しかった。自慢のネグリジェは所々が焼けただれてボロボロになっており、彼女自身も疲弊している事実は隠せないだろう。
 加えて、周りの光景も豹変していた。先程の炎の波動の熱により、無数の歯車はほとんどが半解してグニャリと歪な形となってしまっていたのである。
 もう、このフィールドは使い物にならない。そうドレミーは判断し、この『紺色の狂夢』の解除を行った。たちどころに辺りは元の見えない足場で構成される空間へと戻る。
「ふう……やっと元の場所に戻って来ましたね」
「ええ、あの空間での戦闘は私達にとって不利でしたからね」
 二人は口々にそう言い合う。そして、その不利な状況から脱せた今がチャンスではないかと勇美は言う。
「でも、敵の手負いの獣状態です。ですから油断はしない事ですね」
「そうですね。それと私のこの力ももう限界みたいですよ」
 そう勇美が言うと、炎の機械騎士となっていたブラックカイザーは淡い光に包まれたかと思うと、その光を辺りに振りまいてその姿を解除したのだった。
「ごめんなさいね鈴仙さん。ブラックカイザーの力は強大ですから、長い間継続させておく事が出来ないのですよ」
「いいえ、あなたとその相棒は良くやってくれましたよ」
 それが、厄介な『紺色の狂夢』の解除にまでこぎつけてくれたのだと、寧ろ鈴仙は勇美に感謝する程であった。
 その二人のやり取りを遠巻きに見ていたドレミーは、その間に入る形で口を開く。
「おや、先程の騎士さんも私の狂夢同様に保てなくなりましたか。──これで皆さん、私も含めて後がなくなったという事ですよね」
 このドレミーの言葉には誰も否定しないのだった。勇美は言わずもがな、そして鈴仙もとっておきのスペルを使い、暫くは再び使う事は出来ないだろう。
「つまり、互いに次が最後という事になりますね」
「ええ」
「そういう事ですね」
 ドレミーのその提案には鈴仙も勇美も賛同するのだった。泣いても笑っても次が最後になるだろうと。
 殊更ドレミーに関しては、この二人との戦いで想定していないスペルの使用までしているのだった。それだけ彼女はこの勝負に置いて些か無理をしているのだ。
 それだけこの二人には何か言葉に出来ないものを感じるからであった。『夢』の管理者であるドレミーはその事を大切にしたいと思うが故に気まぐれでもあるのだった。
 どこか自分らしくもないなと感じつつも、ドレミーは最後の決戦の為に二人にある提案をする。
「ところでお二人さん。私の服は見ての通り先程の攻撃でボロボロになってしまいました。なので、ここで着替えをして構いませんか?」
「つまり、生着替えという事ですね!!」
「「それは違う」」
 勇美の勘違い暴走っぷりに二人は敵同士でありながら息の合ったツッコミを入れた。そんな事したら完全にネチョだろうと二人は勇美の発言を許しはしなかった。
「勇美、あの時のカウガールと同じ事になると思いますよ」
「的確なフォローをありがとう鈴仙さん」
 そう答えたのは勇美ではなくドレミーであった。一方で勇美はどうなっていたかは想像に難くないだろう。
「ちっ……、そんなつまらぬ物を私に見せるか」
「露骨に嫌そうな口っぷり? しかも武士?」
「何を~、武士は依姫さん以外には私は認めませんよ!」
「……」
 論点がずれてきた。このままでは話が泥沼に引きずり込まれてしまうと思った鈴仙は流れを元に戻すべく奮闘する。
「簡潔に言っておきますね。ドレミーさんはさっきのあなたの攻撃で服がボロボロ。だから代わりの服に着替える。そしてそれは彼女の能力で一瞬。それ以上でも以下でもない。それ以外の論点はない訳、いい?」
「はい、分かりました」
 鈴仙のその無駄のない流れるような滑舌に勇美は呆気に取られて、頷く以外の選択肢がなかったのだった。
「で、早い所着替えていい? このままだと落ち着かないので」
「ええ、手間取らせて悪かったですね」
 ドレミーのその物言いに答えたのは鈴仙であった。勇美には四の五の言わせる算段はないようである。
「それでは、失礼!」
 そう言うとドレミーは目を閉じて念じると、彼女の周りが眩い光に包まれたのだ。それを勇美は何度も見た映画のようにさぞかし面白くなさそうに傍観していた。
 そんな勇美の心境を余所に、ドレミーの神掛かった着替えはここに終了したのだった。
「まあ、どんなお召し物になったか、見るだけ見させてもらいますか?」
「「何その上から目線!?」」
 勇美のそのふてぶてしい物言いに他の二人は引き気味になりながらツッコミをいれる。だが、その時に勇美は『気付く』のであった。
「あ……」
 言葉にならない声を勇美は喉の奥から絞り出した。そして、暫しの沈黙が走り……。
「さ、最高ですドレミーさぁ~んんん!!」
 勇美の様子はここに豹変したのだった。当然鈴仙は彼女のその異様な振る舞いに何事かと目を見張り、続いてドレミーの方へと視線を送り──「ああ、成る程」全て合点がいったようであった。
 鈴仙がそのように達観した心持ちとなるのも無理はなかったのだ。何故なら、それは勇美の趣味にクリーンヒットしていたからである。
 まず、ドレミーの今の格好は薄黄色の浴衣であったのだ。夢の世界の住人たる彼女は、衣装変更しても寝間着に近くなるのはもしかしたら自然の摂理なのかも知れない。
 だが、問題なのはその浴衣の構造であった。それは、丈がミニスカート位の代物となっていたのである。
「最高ですドレミーさぁん♪ ミニの着物やふー♪」
 その事に、やはり勇美の興奮は隠し切れないようだ。その異様な相方の振る舞いに、鈴仙は釘を刺すような心持ちで言う。
「勇美さん、何で興奮するのですか? あなたも今してる普段の格好そのものじゃないですか?」
 その言葉を聞いて勇美は「ちっちっち」とふてぶてしい態度で指を振る。
「分かっていませんねぇ~鈴仙さん。あれは『私以外の人が着てくれたから』こそ価値があるってものなんですよぉ~♪」
 曰く、『自分でその格好をしても自分自身には萌えられない』だそうだ。そして、例を挙げると荒木飛呂彦先生が『自分の作品は読めない』と発言した事と同じニュアンスだと。
 ──取り敢えず話が長くなりそうなので、鈴仙はここでこの話題を打ち止める事にした。某奇妙な冒険の作者の事まで話題にされるとか、ディープな内容にも程があるからであった。
「まあ、そういう訳ですドレミーさん。余り内の相方に変な刺激を与える事は控えて下さいませんか?」
「これは失礼しました」
 そう言ってドレミーは右腕を前に出して紳士的に深々をお辞儀をする。その動作だけで今の彼女の浴衣から覗く脚線がそそられるのであった。ミニの着物の魅力とはこういう所にあるのだというのは勇美の弁である。
「ですが、少しばかり多めに見て欲しいですね。私の最後のスペル発動にはこの格好でなくてはならないのですから」
 そう言ってドレミーは自分の特性について説明していく。
「私は『夢』の中でも特に力の強い『色欲』から反映される所が多いのですよ。なので、その力を発揮させる為にこのように少々はしたない格好になる必要があるって事ですね」
「?」
 ドレミーの説明を聞きながら勇美は疑問符を頭に浮かべた。聞き慣れない言葉が含まれていたからである。
「鈴仙さん、『色欲』って何ですか?」
「そうね、分かりやすく言うと、男女関係や……エッチな内容を好むような欲って所ですね」
 そう説明しながら鈴仙は「やってしまった」と思うしかなかったのだ。だが、時既に遅しであった。
「ドレミーさん、あなたを『師匠』と呼ばさせて下さい!」
「……やっぱりこうなりますよね」
 鈴仙は頭を抱えながら、先程の自分の浅はかさを呪った。
「いいですよ、ただし私に勝ったらですけどね」
「あなたもあなたで同意するのはやめて下さい!」
 相方が相方なら、敵も敵だったかと鈴仙は項垂れるのだった。そして、それもそうだったのだろうと思い直す事にした。でなければ胸の谷間の開いたネグリジェを、夢の中とはいえ普段着になどしないだろうと。
 そのような『色』に染め上げられた思考となっているドレミーであったが、ここは締めるべきだと心機一転して二人に言う。
「では、私の方としても準備は整ったので、ここは攻めさせてもらいますよ」
 そう言うとドレミーはその場から足を踏み込むと宙へと浮き、そのまま遙か上空で固定されたのである。これはここが夢の世界で、ドレミーが夢の支配者だから出来る芸当であろう。
 率直に言うと目を引く光景。だが、ここに別の意味で目が釘付けになっている者がいた。
「飛び上がるドレミーさんの生足最高でしたぁ♪ でも、中身が見えなくて残念です、くっ!」
「分かります、ミニの浴衣の中身がどうなっているかなんて気になりますよね。でもここは戦いに集中して下さい」
「……はい」
 この勇美とのやり取りをしながら鈴仙は、自分は堕ちたなと思った。勇美のピンク色に濁った脳味噌から生まれる発想に『分かります』等と言ってしまったのだから。
「では、何やら残念な思いをさせてしまったみたいですが、勝負は非情ですから行かせてもらいますよ。【守護者「檸檬色のラストハリケーン」】!!」
 ドレミーはその宣言の元、宙に浮いた状態で両手を前方に翳して眼下の二人へと向けると、それはすぐに起こったのである。彼女の掲げた両手から、黄金色に輝く旋風が放出されたのである。
 その煌めきながら全身する嵐は非常に綺麗で芸術的であったが、それに見とれている余裕というものはないだろう。何故なら、それはハリケーンの名に恥じない暴風であったのだから。この力量に飲み込まれたらひとたまりもないだろう。
 だが、それは容赦なく二人をすっぽりと包み込んでしまったのだ。無理もないだろう。風の速さで迫る攻撃に、目で見ながらそう易々と対処出来るものではないからだ。
 黄金の暴風が二人のいた場所を完全に飲み込むと、それでも物足りないと言わんばかりに床を容赦なく抉り始めていったのである。見えないが屈強な造りの筈の床にはみるみるうちにしてヒビが入ってしまった。
 ドレミーがミニの浴衣という開放的な出で立ちとなり、それにより増幅される色欲の力を最大出力で放出する『檸檬色のラストハリケーン』。
 それにより大惨事を巻き起こした暴風であったが、それも漸く収まったようだ。そして、嵐が過ぎ去った場所をドレミーが見据え──違和感に気付いた。
 その抉られた辺りの地面には、人一人の姿すら確認出来なかったのだ。もしかしたら、今の一撃で二人は跡形もなく消し飛んでしまったという事だろうか?
「いや、それはマズい」
 ドレミーはそこで誰にともなくツッコミを入れておいた。何故なら弾幕ごっこは命の奪い合いではないからだ。ましてやドレミーはその事を踏まえて出力は調整していたのだから。
 しかし、加減を間違ってしまったが故の事故であろうか。弾幕ごっこは殺し合いではないとはいえ、全く死者が出ない訳ではないのだから。
 だが、その答えはNOである事はすぐに判明するのだった。おもむろにドレミーは後ろを振り返っていた。
「まさか、背後を取られるなんてね」
 ドレミーは頬に脂汗を一滴垂らしつつも、平静を装って言う。それに対して、五体満足の状態で彼女のバックを取っていた者の内の一人である鈴仙は口を開いた。
「ええ、間一髪でしたが『私達の軌道を変える』事で対処出来ましたよ」
「……さすがは狂気の瞳と言った所ですか」
 感心と焦燥の入り交じった心持ちで呟くドレミーの指摘する通り、鈴仙の狂気の瞳の力で自身と勇美を瞬時に移動させて暴風から回避して事なきを得たという事なのである。
「ですが、二度は同じ手は通用しませんよ! 檸檬色の……」
「そんな危ない攻撃は二度もさせませんって!」
 売り言葉に買い言葉。ドレミーが勇美達を窘めようと放とうとした言葉は勇美の言葉により遮られてしまった。
「『金山彦命』に『セベク』様に『ナーガ』様、この勝負を決める最後の仕上げを任されて下さい」
 勇美はここで勝負を決めるべく、新たに三柱の神々に呼び掛けたのである。
「……」
 その神々の名を聞きながら鈴仙は嫌な予感がしていた。今朝方鈴瑚と戦った時のような、理不尽な存在が再誕するのではと思うのだった。
 そして、三柱の神々が勇美の半身のマックスへと取り込まれて光を放つ。その最中鈴仙は思った──どうか自分の予想は当たりませんようにと。
 やがて収まる光。──だが、現実は非情なようであった。
「やっぱりそのワニが出てくる訳ですか?」
 その真実に、やるせない心持ちとなりながら項垂れる鈴仙。そう、二人の目の前にあったのは。
「はい、ご察しの通り、『メタル・クロコ』。再度お出ましですよ♪」
 そう、鈴瑚戦で散々シュールな光景を繰り広げた鋼鉄の鰐、メタル・クロコはここに見参したのであった。
 対して、鈴瑚の時の事を当然知らないドレミーは何事もなく対応していた。
「何をする気かは知りませんけど、さっきの攻撃をもう一度受けて無事にはいられないでしょう」
「だから、させませんって。お願い、メタル・クロコ!」
 勇美がそう指示を送ると、鋼鉄の鰐はおもむろに動き出し、自分の片方の鼻の部分を押さえたのである。
「一体何を……」
「いきますよ! 【剣符「クロコ・伸ばす毛」】!!」
 その宣言の次の瞬間、鰐の片方の鼻から──鞭のようにしなる鋼鉄の鼻毛のような何かが一気に打ち出されたのだった。
「何か色々マズいですよそれ!?」
 そのドレミーのツッコミ通り、スペル名から行動まで色々問題があるのだった。はっきり言って異様な空気が辺りを支配していたが、ドレミーは冷静に事に対処しようとしていた。
「でも、攻撃事態は単調な鋼鉄の鞭ではないですか。それをかわせない私だと思っていますか?」
「その事も折り込み済みですよ。では鈴仙さん、お願いします」
 その勇美の言葉に鈴仙は同意するのだった。いくらツッコんでも足りない存在であるが、それでも協力する気概は彼女にはあったのである。
 鈴仙は狂気の瞳の力を込めると、一気に鞭の軌道が変わったのだった。それにドレミーは驚愕する。
「!?」
 そして、その軌道の変化は一度や二度ではなかったのだった。再三に渡り鞭の軌道は変わりながらドレミーへと迫っていったのだ。
「しまっ……」
 これにはさすがのドレミーも対処出来なかったようだ。そしてとうとう彼女は鋼鉄の鞭の連打にその身を刻まれてしまった。
「ぎゃああああ!!」
 その猛攻を受け、ドレミーは取り敢えずそう叫んでおいた。鰐という事で『ぐわああぁぁ』しようか迷った所だが、鼻毛にやられるという事でこの叫びにしておいたのだった。
 そして、ドレミーは倒れゆく中でこう思った。──強力な攻撃だけど支離滅裂だと。相方である筈の鈴仙が引いている訳がよく分かった……と。
 そうやるせない心持ちのまま倒されたドレミーは、そのまま宙からその身を地面に伏すのであった。 
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