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歪んだ世界の中で

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第七話 洋館の中でその五

「蒲公英あるじゃない」
「ああ、あの春のお花だよね」
「蒲公英はお花から種になるけれど」
 その種の話だった。今千春が話すのは。
「種はお空を飛べるから」
「あの白いふわふわとしたやつだね」
「あれを使ってるから」
「蒲公英のその種を?」
「そう。使ってるんだよ」
「蒲公英の種をって」
「歩くより飛ぶ方がずっと速いんだよ」
 希望は千春の言葉の意味がよくわからなかった。確かに蒲公英の種が飛ぶことは知っている。だがそれでも千春が今どうしてここでそのことを話すからはだ。どうしてもわからなかった。
 それでだ。首を傾げさせながら千春に尋ねたのだった。
「飛ぶ?蒲公英の種を使って?」
「そうだよ。木の葉も場合もあるけれど」
「木の葉もって」
「行こう。目を閉じればすぐにだよ」
「すぐに僕の家に着くんだ」
「あの時みたいにね」
 まさにそうだというのだ。その時にこそだとだ。
 その話をしてだった。千春はまた希望に言った。
「じゃあ目を閉じてね」
「そうしてなんだね」
「希望の家まですぐに戻ろう」
 こう言うのだった。
「それでまた明日ね」
「僕は目を閉じれば」
「それだけでいいから」
「わかったよ。じゃあね」
 希望は今では千春の言葉を素直に信じられる様になっていた。彼女を知ってそのうえで彼女自身を信じられるようになっていたからだ。それでだ。
 目を閉じた。そしてすぐにだった。千春の声が彼を呼んできた。
「いいよ」
「あっ、着いたんだ」
「そうだよ。希望のお家の前だよ」
 千春のその声に従い目を開ける。するとだ。
 そこは確かに希望の家の前だった。見慣れたという表現では済まないだけの親しみを感じるその家を見てだ。希望はこう千春に対して言ったのである。
「うん、確かにね」
「希望の家だよね」
「そうだよ。前にも来たけれどね」
「そうだよね。ここがね」
「まあ僕の家はね」
 そうかとだ。希望は先程までいた千春の家のことを思い出しながら彼女に話した。
「いても面白くないけれどね」
「そうなの?」
「あんなに立派じゃないし」
 やはりだ。千春の家と比較しながら言う。
「それに家族だってね」
「希望のお父さんとお母さんよね」
「口煩いし同じことしか言わないし」
「そうなの?」
「前に話したけれどね」
 こう前置きしながらだ。希望は苦い顔で話した。
「僕の親って僕には勉強しろとか愚図とかね」
「そうしたことしか言わないの」
「そうなんだ。だから千春ちゃんがうちに来ても」
 それでもだとだ。希望は話していく。
「何にもならないよ」
「じゃあ千春はこのお家には」
「できたら来ないで欲しいんだ」
 これが希望の願いだった。
「本当にね」
「そうなんだ。それじゃあ」
「うん。玄関まではいいけれどね」
「お家の中にはなのね」
「家にいても僕も楽しくないし」
 家族である自分がそうならばだというのだ。 
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