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歪んだ世界の中で

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第六話 明らかな変化その八

「きっとね」。その努力がね」
「生きるから」
「今だって。登れるって思って」
 それでだとだ。麓を見ながら言う。千春に対して。
「そう思ってきたから」
「ここに辿り着けたのよ」
「そうだね。それで頑張ったから」
「まずは頑張ること。出来るって思って」
「最初から諦めたら何にもならないけれど」
 少し俯いて言う希望だった。今は。
 しかしすぐにだ。顔を見上げてこうも言うのだった。
「けれど諦めなかったら」
「そう。例えそのことが適わなくても」
「その努力が他のことで生きるからね」
「やることって大事だよ。希望もそう思えてきたのね」
「少しだけれどね。けれどその少しだったものが」
 どうだったかというのだ。それがだ。
「大きくなってきたよ」
「今はどれ位なの?」
「少しだけれどそれでも」
「前よりはなのね」
「うん。大きいよ」
 そうした前向きの考え。それがだというのだ。
「大きくなってきてるよ」
「だよね。それじゃあね」
「うん。この大きくなってきてるものをね」
「今よりももっと大きくして」
「それでやっていくよ」
 千春とこう話しながらだ。そのうえでだった。
 希望はその千春と共に神戸の街並と海に空、とりわけ走っている電車を見ていた。青い電車は走り続けている。そこに多くの人生を乗せながら。
 その電車を見ながらだ。千春は。
 微笑みだ。そして希望に言ってきたのだった。
「それでね」
「うん。頂上に登って景色も見たし」
「それじゃあ次はね」
「千春ちゃんのお家にね」
「そう。来て」
 自分からだ。千春は誘って来た。
「一杯おもてなしするから」
「お言葉に甘えて」
「千春のお家いいお家だよ」
 純粋な、何の淀みもない笑みだった。
 その笑みでだ。希望を誘い彼もそれを受けてだ。
 そうして彼は千春と共に頂上から下りてだ。そのうえで。
 歩いた。だがそれは一瞬に感じられた。
 彼が今まで知らなかった山道を歩いてそれで来た家は。あの洋館だった。
 紅い三角の、ゴシック建築を思わせる屋根に白い壁、その大きな洋館が緑の庭に囲まれている。
 鉄の柵の向こうのその洋館を見ながらだ。希望は共にいる千春に言った。
「ここに来たのは二回目だけれど」
「中に入るのははじめてだよね」
「うん、そうだよ」
 その通りだとだ。希望も答える。
「だから中は知らないけれど」
「とても奇麗だよ」
「奇麗でそれで」
「凄くいいから」
 それでだというのだ。
「楽しもうね。二人で」
「うん。それでだけれど」
「それで?」
「御家族の人は確か」
「いるよ」
「いるの?」
「うん。中に入ればわかるから」
 その時にだというのだ。
「今は皆いるよ」
「皆さんがなんだ」
「そう。いるから」
 こう言ってだった。千春は希望にこうも話した。 
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