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MOONDREAMER:第二章~

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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
  第82話 明日への挑戦2/4

 とうとう始まった勇美と依姫の弾幕ごっこ。勝負の最中金山彦命の力を行使する依姫に対して、勇美もその力に更に別の神の力を加えて新たなる機体を精製していた。
「【防符「プリヴェントビット」】」
 その名前を宣言した勇美は、早速指令を送る。
 その内容は、その身で以て弾丸を受け止める事であった。
 勇美の命を受けたビットは向かって来た弾丸をその身で受け止めたのである。甲高い音と共に弾丸は弾かれる。
「やるわね、でもそれ一つで私の放った弾丸を全て防ぐのは困難よ」
 依姫はその勇美の奮闘を見ながら、感心と忠告の言葉を投げ掛けるのだった。
「もちろん、『これ一つ』で終わらせるつもりはありませんよ!」
 言うと勇美は目をつぶって新たに念じたのである。
 すると、更に先程の物と同じ球状の偵察機が出現したのであった。
 その偵察機も勇美の命を受けて彼女を護る任務を果たしに行く。そして、見事に彼も弾丸を弾き返したのである。
 そう、この機体は一つだけでなく、何体も出現させる事が出来るようだ。
 後は、その数を増やしていけばいいだけである。勇美は念を送り続け、その偵察機をありったけ生成していったのだ。
 この特性が勇美の操る機械の強みだったのだ。彼女の内蔵エネルギーを注ぎ込めば、質量保存の法則を無視して次々に機械を生成出来るのである。
 これは依姫の放つ弾丸が質量法則に縛られている事を見抜いた勇美の発想の勝利だった。
 こうして依姫の仕掛けた誘導弾攻撃は物理法則を無視した勇美の作戦によって全て弾き落とされたのである。
 攻略したのを確認した勇美は、神々の力を送還して無数に造り出したビットの解除をした。後に残っているのは、はたき落とされて地面に転がっている金属の弾丸の群れであった。その光景はまるで戦場の敗残兵のようだ。
 その哀愁溢れる光景を目の当たりにしながら、依姫は呟く。
「……『金山彦命』よ、最後の後始末をお願いします」
 依姫の言葉を受けた金山彦命の力により、地面に散らばった弾丸は一瞬にして砂のように散ったのである。
 そして、依姫が柄だけになっていた物を差し向けると先程の金属の粒が集まり再び刀身の姿を取った。
「金山彦命の力までも退けるなんて、凄いわよ勇美」
「そういう私も金山彦命の力を使ったんですけどねー♪」
「……確かに」
 そう言い合うと、二人は互いに苦笑いを浮かべ合うのだった。
 その二人を見ながら豊姫は呟いた。
「いいわね~、二人とも楽しんで弾幕ごっこに打ち込んでるわね~」
「ええ、それが理想の弾幕ごっこというものですわ」
 それには紫も同意の念を示す。そして、その事が彼女達がすっかり幻想郷の一員になっているのだと感慨に耽るであった。
 そう紫が思っている中で、当事者たる勇美と依姫はその楽しそうな振る舞いを一転させ、真剣な表情となって向かい合っていた。
 確かに楽しいと思える事は大事なのである。だが、世の中そればかりでは成り立たないのだ。だから二人はここで気を引き締める事とするのだった。

◇ ◇ ◇

 取り敢えず勇美は依姫が月での咲夜戦で使った神降ろしは攻略したのである。
 取り敢えず一区切りの所まではいった。だが、まだ三分の一までという言い方の方が適切であろう。
「……勝負はここからという事ですね」
「そういう事ね」
 そう二人は静かに語り合った。ここからは新たな幕開けとなるからだ。
 そして、依姫は魔理沙戦の始めに使用した神に呼び掛ける。
「『天津甕星』よ、その星の光を我に!」
 言いながら依姫は手に持った刀を眼前に翳す。それは先程鉄の誘導弾へと変貌させて使用していた得物である。
 すると、その刀はみるみるうちに眩い光に包まれていく。ここに光の剣が作られようとしていた。
 だが、今までとは様子が違っていた。光を浴びた刀はその姿を、剣の構造はそのままでありながら微妙に変化させていったのだ。
「?」
 その様子を勇美は訝りながら見ていた。今までとは違う、それならば一体どうなるのかと。
 そして、気付けば光は止んでいたのである。そこにあったのは……。
「格好いい……」
 そう勇美が呟く先にあったのは、形状自体は同じ剣でありながらも、その構造は今までの日本刀ではなく、謂わば西洋剣のものとなっていたのだった。
 柄は角張ったものとなり、何より刀身が両刃となっていたのである。そして、その刀身は元の日本刀の時よりも屈強な様相となっていた。
「依姫さん、これは……?」
「名付けて【十字剣「スターフラガラッハ」】よ。驚いたかしら?」
「ええ、依姫さんが西洋剣を使うなんて以外です」
 そう勇美は思った事を素直に言った。それに対して依姫は諭すように言う。
「幻想郷に住まう者として、固定の概念に囚われてはなりませんよ。覚えておきなさい」
「はい、でも何で西洋剣を使おうと思ったのですか?」
「それは、天津甕星の力を刀身に込めるには、刀では些か収まり辛いのよ。だから、より扱いやすいように西洋剣の形状に変えたという事ね」
「分かるような、分からないような……ですね」
 勇美はう~んと頭を抱えながら考え込んでしまった。紫と豊姫はその仕草が可愛らしいと思ったので、後で勇美を撫でたい衝動に駆られてしまうのだった。
 閑話休題。一つ目の理由を述べた依姫であったが、他にも理由が存在したのだ。それを彼女は言っていく。
「それだけではないわ。勇美、貴方とは一度剣と剣で打ち合ってみたかったのよ」
「ほえ、私と打ち合いですか?」
 その言葉を聞いて勇美は呆けてしまった。どういう意図で依姫はそのような事を思ったのだろうかと。
 その真意を依姫は語る。
「勇美、貴方は確かに私とは違う成長の仕方を選んでいったわ。勿論それは素晴らしい事よ」
「はい……」
「でも、剣を扱う者として、貴方とは一度剣と剣で交えたかったのよ。……分かってもらえると嬉しいわ」
「……」
 その依姫の言葉を聞いて勇美は暫し無言で考えた。
 確かに依姫は勇美が進みたい道を進ませてくれた。だが、それでも自分と同じ物で渡り合う事も、決して望まなかった訳ではないだろう。
 そう思いを馳せた勇美の答えは決まったようだ。
「分かりました。依姫さんの気持ちに、受けて立ちます!」
 そこまで言って勇美は腹を括ったようである。そして彼女はそれを行動に移すのだった。
 彼女が選んだ神は、今依姫がその力を行使している天照大神であった。その力を勇美は自身の分身の機械へと注ぎ込んでいく。
 そして、出来上がった攻撃手段がこれであった。
「【機符「一年戦争の光の剣」】」
 その言葉を掲げながら勇美は手に持った剣を構えていた。
 だが、剣とは言っても今依姫が顕現させている実体を持つ物とは異なり、勇美が持つそれは刃が光で構成されたエネルギー体なのだった。
 そう、これはかつてレミリアとの勝負で繰り出した代物である。
 刃が実体ではないが、剣は剣。依姫が愛弟子の勇美が自分に対して剣を構えてくれている今この時を喜ばしく思うのだった。
「勇美……貴方の得物はそれでいいかしら?」
「ええ、二言はありません。私はこれに決めました」
 そう言い合うと二人は互いに感慨深そうに見つめ合ったのである。方や自分の我がままに付き合ってくれる愛弟子に対し愛しい気持ちを抱き、方や自分の尊敬する師の得意分野に足を踏み入れる高揚感を覚えていたのだ。
 暫しの間、見つめ合っていた二人だが、ここで口を開いたのは依姫であった。
「では、参るわよ!」
 互いに相手の攻撃を切り返すのが得意な二人であるが故に、依姫は勇美に分が出来るように敢えて自らが先に攻撃を仕掛けたのだ。ましてや勇美は自分と違って、断じて剣の達人ではないのだ、その意味でも勇美に優位な状況を作ったという事である。
 だが、飽くまでもそれは状況のみの話に過ぎなかったのだ。依姫が今仕掛けた剣戟自体は決して手加減等はしていなかった。
「くぅっ!」
 依姫の隙のない剣捌きを勇美は間一髪でそのエネルギーの剣で受け止めたのである。
 その瞬間に金属音と火花が派手に撒き散らされる事となった。火花はともかく、片方はエネルギーの剣でありながらまるで実物の剣と剣のぶつかり合いのような、そんな不思議な感触がそこには生まれていた。
「今の一撃を防ぐとはやるわね」
「ええ、伊達に妖夢さんや天子さんとはやり合っていませんからね」
 勇美はこの緊迫した状況下にありながら、そのように軽口を叩いて見せたのだった。そう、勇美はただ単に妖夢や天子といった剣使いとは戦っていないのだ。その経験は抜かりなく彼女の糧となっていたのである。
「じゃあ、次は私が攻めますよ!」
 言って勇美は剣になけなしの力を込めると、その反動で依姫との距離を取ったのだ。
 剣で攻撃するには当然距離を詰めなくてはいけない。なのに彼女が敢えて距離を開けたのか、その理由はすぐに分かる事となる。
「この『一年戦争の光の剣』って、こういう事も出来るんですよね」
 言いながら勇美は手に持った光の剣を、依姫から距離を置いたまま振り翳したのだ。するとその刃は鞭のようにしなりながら長く伸びて依姫に肉薄しようとしていた。
「面白い事するわね」
 普通の剣では起こり得ないそのような状況にも依姫は動じずに、その攻撃に合わせて的確に剣を構えたのだ。
 それにより、勇美の奇襲とも言えるような攻撃はいとも簡単に弾かれてしまったのだ。だが、勇美はそれで諦めなかったのだ。
 このような剣を使う身として言語道断な手段を用いたのだ。それでいながら、全く歯が立たなかったでは格好がつかないというものである。
 ましてや、依姫はこんな戦法に出た自分を容認してくれているのだ。だからこそ勇美はその心意気に応えなくてはいけないというものなのだ。
「はあっ!」
 そう気合い一声を入れると、勇美は最早剣戟とは言えない攻撃を次々と打ち出していった。
「甘いわね」
 だが、それを依姫は軽々と全て剣で切り払っていった。その動きには一切の無駄が無かったのだ。
 そして、その依姫の剣の一振り一振りの度に刃から次々と光の粒が飛び散り宙を舞ったのである。その光景は正にプラネタリウムであった。
 相手の攻撃をいなしつつも、美しく戦う事を依姫は忘れていなかったのだ。
 それは、依姫が『弾幕使い』としての成長をした事の証であった。純粋な戦闘能力では既にほぼ限りなく洗練されていた依姫であったが、芸術的な戦いでの成長の余地はまだまだあったという事だ。
 そして、その成長を行っていけたのは勇美がいてこそなのであった。故に依姫は心の中で密かに勇美に感謝の念を述べていた。
 そのように思いながらも、彼女は勇美の攻撃を一切の抜かりもなくいなし続けていった。その様はまるで隙がなかったのだった。
「う~ん……」
 そして当然勇美はこれには困ってしまった。相手にはない変則的な動きをする剣を使ってもまるで押していける雰囲気というものが出てこないのだ。
 これこそが堅実な依姫の魅力であり、一方で決して敵に回したくない要素でもあったのである。
 そこまで勇美は認識して、そして口に出す。
「依姫さん、ごめんなさい。やっぱり私に『これ』は向いていないようです」
「ええ、構わないわ。寧ろ私の我がままに今まで付き合ってくれてありがとう♪」
 そう言うと依姫は普段の彼女はしないだろう『ウィンク』なるものを勇美に向けて投げ掛けたのであった。
「ほへぇ~……」
 当の勇美はその唐突に放たれた大人の魅力により骨抜きにされて、一気に茹でだこのように呆けてしまった。
 そんな勇美に依姫は注意を促す。
「ほら、戦いに集中しなさい。まだ中盤戦よ♪」
「はい、すびばせん……」
 対して勇美はまだ蕩けるような快楽に脳を浸されながらも、言われた事で何とか意識を這い上がらせる。
 それを見ていた依姫は『やはり自分は甘いのかな』と自嘲してしまう。勇美ならば相手が呆けて隙が出来ている時などは絶好の攻める好機と捉えて食らい付くだろう。
 だが、それはあくまで勇美のやり方なのである。それががむしゃらな彼女らしい、勝負への向き合い方なのだから。
 だが、自分には心に余裕を持つ術が備わっているのだ。それは依姫を大切に導いてくれた姉や師の存在なしには有り得ない事だろう。その意味でも、この勝負は抜かりなく豊姫に見せておきたい訳である。
 だが、自分は自分、勇美は勇美のやり方を見出だしていったのだ。だから、お互いに自らの信じるようにこの勝負は行えばいい、そう依姫は思うのだった。
 だから、彼女は勇美にこう言うのであった。
「勇美、ここからは貴方らしく行きなさい」
「はい!」
 依姫に諭されて勇美は澄み渡るような良い返事をしたのだった。最早彼女には先程までの気の緩みは存在していないようだ。
 そして、彼女は一呼吸入れると手に握った機械の柄から光の剣を引っ込めた。
 続いて勇美が取る行動も『あの時』と同じであった。
「【乱符「拡散レーザー」】!」
 勇美が言うや否や、彼女が持つ柄だけの代物になっていた産物から、次々に雨あられと鮮やかなレーザー光線が放出された。
 だが、依姫は当然それを自慢の刀捌きで切り払っていった。かつて魔理沙のマスタースパークすら切った彼女には造作もない事である。
 そして、依姫に向かって行ったレーザーはその儚い命を終える事となるのだった。
「この程度何て事はないわ」
 そう言う依姫の言葉通り、彼女は正に余裕という風体である。だが、依姫は彼女らしくなくこの時点で判断ミスをしていたのだ。
「さて、それはどうですか? 次行きますよ♪」
 そう意味ありげな事を言いながら、勇美は攻撃を続けていった。そして、再度ばら蒔かれるレーザーの群れ。
「何度やっても同じ事よ」
 依姫はそのナンセンスに見える勇美の攻撃に的確に対処していった。その動作に一切の無駄はなかった。
 だが、依姫は徐々に違和感に気付いていく事になる。それは彼女の護りが正確故に分かる事であった。
 それは、依姫の剣を握る力が鈍ってきたという事実である。これだけのレーザーに対処していった結果である。
 だが、無論普段の依姫ならその状況にも対応出来ていただろう。しかし、今は……。
(私はこの勝負において一度に一柱の神からしか力を借りれない、そういう事ね)
 そう、普段の依姫であったなら天津甕星以外の神の力を借りて打破していただろう。だが、今は月で用いた神々を一柱ずつ借りるという流れを組んでいるのだ。
 故に依姫はこの『天津甕星』使用形態に置いて『詰み』の状態となってしまったのだった。
(ここまで利用してくるとはね……)
 そう依姫は勇美の勝負への執念を心の中で称賛するのであった。例えせせこましいと言われかねない、勇美の勝負の条件を利用する様に依姫は素直に感服するのだった。
「この場は勇美に華を持たせるとするわ」
 言うと依姫は自ら刀を手離すべく、地面へとその刃を突き立てたのである。すると豪勢で煌びやかな形態を取っていた西洋剣は、元の刀の姿へと戻っていたのだ。
「依姫さん?」
 刀は侍の魂である。それを自ら手離すとは武士の恥であると勇美も分かっているからこそ、その依姫の行動には驚愕したのである。
 だが、同時に好機だとも思った。依姫の屈強な護りの要である刀が彼女の手から離れた今なら、絶好の攻める機会ではないか。
 そう意気込んだ勇美は、そのまま先程までの光線乱射の猛攻を続けるのだった。
「よし、このまま依姫さんにダイレクトアタック!」
 まるでカードゲームの如くのたまう勇美であった。依姫とは真剣勝負ではあるが、遊び心も決して忘れてはいなかったのだった。
 その事を依姫は微笑ましく思いながらクスリと笑ったのである。だが、その雅やかな笑みは一瞬であり、すぐにその性質を不敵なものへと変貌させる。
「好機を逃さないその姿勢は見事ですが、焦ってはいけませんよ。私が終えたのはあくまで『天津甕星』の加護なのですから」
「!!」
 その言葉の意味を理解出来ない今の勇美ではなかった。彼女はそれを理解すると、高揚していた気持ちが一気に冷却されたかのようにハッとなっとしまった。
「しまっ……」
 そう勇美が言おうとした時には既に遅かったのである。そう、依姫は次なる神の力を行使しようとしていたのだった。しかも、それは……。
「『石凝姥命』よ!」
 その神の名を呼ぶ依姫の側に、ゆったりとした衣服を身に纏う賢そうな女性の姿が顕現した。それを確認した依姫は更なる呼び掛けを施していくのだった。
「手に持つ『やたの鏡』を更なる姿を我の前に示したまえ!」
 両手を広げながらそう依姫は威風堂々と言い切った。そんな依姫に応えるべく、石凝姥命は手に持ったやたの鏡を高々と天に掲げたのである。
 その様子は完全に魔理沙との勝負にピリオドを打った時のものとは逸脱していた。何が起こるのかと気が気でなくなった勇美であったが、今の彼女の攻撃はすぐには止められなかったのである。
 やむなく依姫の思うつぼになるような攻撃を続けていってしまう勇美。そんな彼女にも依姫は容赦する事はなかった。
「【魔鏡「磨き抜かれた防衛の陣」】!」
 そのスペル宣言により、依姫の周りに無数の鏡状の防壁が形成されたのである。そして、勇美にはその展開を覆す事は出来なかったのである。
 勇美の放った数多の光線は全てその防壁へと飲み込まれていった。そして、予想通りの事態が起こる。
 光線を飲み込んだ防壁は無論といったようにそれを反射させて弾き返したのである。
 当然それだけでは終わる筈もなく、弾き返された光線は別の鏡へと受け止められ……後はご察しの通り乱反射をしていったのだった。『乱符』の名を関した攻撃が相手に乱反射の反撃を許してしまったのは皮肉であろう。
 しかも、勇美が放った光線は当然一本ではなかったのだ。それが何を意味するか分からない程勇美は愚者ではなかった。
「あきゃああああっ!!」
 つんざくような悲鳴をあげる勇美。無理もないだろう、何といっても自分の放った無数のレーザーにその身を撃ち抜かれたのだから。
「くうっ……」
 その元は自分のものだった猛攻を浴びた勇美は、呻きながら弾かれて地面に倒れ込んだのだった。
 あどけない少女をこんな目に遭わせるのは些か酷かとも依姫は思うが、彼女は敢えて心を鬼にする。何故ならこれは勇美と依姫が真剣勝負出来るまたとない機会だからだ。
 そう、依姫には思う所があるのだった。元々彼女は月に住まう者、それもそこの守護者なのだ。──いつまでも地上にいて勇美の傍にいられる訳ではないのだ。
 だから、これが勇美と本気と本気のぶつけ合いの数少ないチャンスとなるだろう。だから依姫は妥協しなかったのだった。
 それに……この子には下手に情けを掛ける事はナンセンスだという事実を、すぐに依姫は実感する流れとなる。
 尚も倒れている勇美。だが、どこかその様相には違和感があったのだ。まるで投げ出された事で強調されている短い和服から覗く生足をどこかアピールしている、そんな感じがした。
 そして、依姫はそれが断じて気のせいではないと確信するのだった。何故なら勇美はその短い和服の裾に今正に手を……。
「言っとくけど……パンツ脱ぐのは断じて禁止よ!」
 そう依姫は元々鋭い切れ長の瞳に一層重みを増しながら、ドスを聞かせた声で勇美に忠告したのだった。
「はうっ……」
 その圧倒的な戦慄に勇美は完全に気押されてそれ以上の事をするのを止めたのである。
「全くもう……」
 辛うじて一大事に至るのを事前に阻止した依姫は、安堵の溜め息を吐いた。
 これだから勇美に気を許してはいけないのだ。その事を依姫は再度頭に焼き付けるのだった。 
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