リリなのinボクらの太陽サーガ
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夜闇クライシス
前書き
あの稲作ゲームをスネーク達がプレイしたら、どんな反応するんでしょうね。
太陽が完全に沈み、夜が訪れた。この時間帯はヴァンパイアの力が増す……正確には元の力を発揮できると表すべきだろうが、だからと言って戦う時間を選べる状況でもない。
この黒薔薇の剣は刺突剣だから現在の私は突き技を主軸にし、攻撃時に魔法を交える戦闘スタイルで挑んでいる。この剣を与えた存在が魔法にエナジーを送ってくれるおかげで、フェイト・テスタロッサと同じく魔法のダメージもちゃんと通るようになったのだ。
「剣追ッ!」
体勢を低く瞬発力を損なわせず、相手の柔軟な動きから繰り出される攻撃を紙一重でかわすのと同時に、連続突きを放つ。夜天の魔導書の立場からすると、剣を交えるというのは烈火の将シグナムが主だったが、管制人格たる私も剣士の真似事ならできる。流石に剣の技量は本職である彼女の方が上だろうがな……。
「一応警戒していましたが、やはり壊れた人形風情ではこの程度なんですねぇ」
私の連続突きを全ていなしつつ、傲慢な笑みを崩さず挑発してくるポリドリだが、それが私の冷静さを奪う策であることは察している。少しでも冷静さを失えば、奴は即座に動きを変えて追い込んでくるに違いない。だから今までの攻防では、辛うじて隙を突けるカウンターしか当てられていない。しかもこの数分の戦闘中にその隙も塞がれてカウンターも対応されてしまい、今ではこちらの一方的な防戦となっている。
そもそもポリドリの動きについてだが、例えばこちらの攻撃に対してワイヤーで引っ張られるように体を月状に曲げたり、あり得ないタイミングでスライド移動をしたり、軟体生物のように上半身を伸ばして反撃してきたりと、人体の動きを超越したあまりに柔軟過ぎる戦術を披露してくるため、見ていて気持ち悪くなってくる。ヒトの動きを見慣れていれば見慣れているほど、やりにくい相手であった。
「―――飽きました」
「何だと!? うわっ!」
見下げる目でポリドリがこちらに手を向けてきたその直後、全身を鷲づかみにされるような圧迫感と共に足が勝手に床から離れる。この感覚……奴のサイコキネシスか!
「く、負けるか!!」
こちらも負けじと飛行魔法を展開、サイコキネシスの拘束から逃れようと魔力を注ぎ込む。網の中を無理やり進もうとする感覚に襲われるが、サイコキネシスに抗えているのは確かだ。しかし本来、屋内での飛行魔法を用いた高速移動はあまり推奨されないものだ。なぜなら、
「愚かな。ワタクシのサイコキネシスにそんな浅知恵で対抗しようとは……」
そう言ってポリドリはサイコキネシスのベクトルを逆方向に切り替えた。私の飛行魔法を抑えていた力が急に逆方向……即ち、飛行魔法と同じ方向に同じだけ力がかかることになれば何が起こるか、物理を多少嗜んでいればすぐに察せるだろう。
「あ、しまっ―――ぶはっ!?」
スリングショットを撃つように私の体は凄まじい速度で一直線にぶっ飛んで壁に激突、全身をびたんと打ち付けてしまう。衝撃で飛行魔法の制御ができず床に転がるが、それで敵の攻勢が終わった訳じゃない。すぐさまサイコキネシスで再び拘束された私は身動きが取れないまま、何度も壁と天井に叩きつけられる。
「ぐ、うぅ……! まだ……倒れる訳には……!」
「これだけ痛めつけて、まだ意識を保ちますか。そのタフさだけは認めてあげますよ。しかし……」
「ガッ!?」
ポリドリはサイコキネシスで私の首を絞めてきた。そのせいで呼吸ができないどころか、首の骨格もミシミシ悲鳴を上げ、酸欠と痛みで意識が遠のいていく。
「このまま首をへし折ってしまえば、例えあなたであろうと確実に―――」
その時だった。ポリドリの周囲に計8本の青白い光の矢が出現し、奴に向かって次々と降り注いだ。どうやらダメージを与える攻撃では無かったため、ポリドリは不可解な表情を浮かべつつ、今の光の矢を放った下手人に視線を向ける。
「おやおや……月詠幻歌の歌姫さんは、意味のない演出が好きなようですね」
「ハールートの紋章で覚えた“天よりふり注ぐもの”……これをただの演出だと思うなら、そう思えばいいよ」
「しゃ、シャロン……! 逃げろ……!」
「フフフ、私のサイコキネシスの前から二度も逃げられるとは……む!?」
ポリドリが急に驚愕の表情を浮かべ、ゆらりと立ち上がったシャロンに向けて「一体何をした!?」と問いかける。この時、私も自分が呼吸を取り戻して、かつ言葉を発することが出来ている現状に気づき、ポリドリに生じた異変に……いや、シャロンが放った“天よりふり注ぐもの”が与えた効果を理解した。
「今のあなたにはパワーロス、力を弱体化させる効果が働いている。お得意のサイコキネシスも、今じゃ小石一つ動かせない」
「な……! おのれ、人間風情が小癪な真似を!!」
サイコキネシスが駄目ということでポリドリは直接レーザーブレードで斬りかかる。対するシャロンは民主刀を鞘から抜くと……、
「(水鏡の構え……!)」
ポリドリから繰り出される斬撃を次々とさばいては反撃の一太刀を入れていく。それはシールドのように攻撃を止める鉄壁の防御ではなく、どれだけ攻撃されても当たらないようにする技法の防御。戦闘中に不謹慎かもしれないが、その剣舞から放たれる様々な音は川のせせらぎの如き心地良ささえ感じられた。
“回避盾”という言葉がある。元はMMORPGで生まれたらしい用語なのだが、そもそも盾役ないしタンク役というのは敵の攻撃を一手に引き受けることで、味方に攻撃を向かわせないようにする役目がある。故に盾役は重装備で防御力を上げることで長時間耐えるのが一般的だが、回避盾の防御はある意味それと対極だ。
防御を堅くするのは確かに有効だが、いくら堅くしても無限に耐えられる防御は無い。絶え間なく攻撃を受け続ければいつか崩壊し、本体も倒れる。だが、初めから攻撃に当たらなければ本体が倒れることはない。そのために防御が柔らかいというリスクを背負う代わりに、堅い盾役を上回る活躍が可能になるのが回避盾というものだ。シャロンの戦法は、そういう回避盾に似た傾向が見られる。
「クッ、なんて面倒な戦い方を!」
「面倒なのはお互い様。さっき、あなたはサイコキネシスで自分自身を動かしていた。だからあんな訳の分からない動きができたんだ」
そうか、つまりゴーレム使いが自分の体を操ることで肉体の限界を超えて動けるようになるのと理屈は同じか。そしてその技法は体を壊すので現代では推奨されていないが、古代ベルカの時代では頻繁に使われていたし、イモータルは体を壊すとか関係ないので普通に使うのも納得できた。
「でもそれを封じた今、あなたの動きは人間のそれからあまり逸脱しなくなった。そんな訳で手品のタネが無いのに舞台に引きずり出された気分はどう、ペテン師さん?」
「このワタクシを相手にそんな思い上がりが許されるとお思いですか、この人間風情がぁ!!」
と、彼女の防御を強引に打ち砕こうとしたポリドリに対し、シャロンは水面に映る月のように姿が揺らいだかと思うと次の瞬間、ポリドリの膝に一閃を入れた。渾身の攻撃を容易く回避された上に崩しを入れられ、その直後転倒を促す攻撃を続けて喰らい、ポリドリは反撃を想定していなかったこともあって為すすべなく転倒する。
「こ、このワタクシにこんな惨めな恰好をさせるとは……!」
屈辱のあまり怒り心頭の表情を見せるポリドリだが、残念なことに今のシャロンのコンボだけでは大したダメージにはなっていなかった。だが、シャロンに視線を向けるということは、後方にいる私を見ていないということでもあった。
『不本意でも彼女は戦いに身を置いている。だというのに、あなたはいつまでそうしてるの?』
「そうだな……こんなザマじゃあまりに情けない。少しはシャロンにいいところ見せないと、カッコ悪いな!」
先程痛めつけられた借りも込めて渾身の切り上げを放ち、同時展開した魔力弾で追撃してポリドリの体を長時間、宙に打ち上げる。私は切り上げた時の勢いのまま飛行魔法でポリドリより上に跳びあがると、弓を引くように右手の刺突剣を構え、矢の如く貫いた。とっくに倒したと思い込んでいた私からの怒涛の攻撃を受けて、相当のダメージと共に落下したポリドリは凄まじい疲弊と苛立ちを見せてゆっくりと立ち上がってくる。
「グァッ!? この……どいつもこいつも、大人しくやられていれば……苦しまずに逝けるものを……!」
「お生憎様、私はそう簡単に死ぬわけにはいかないんだ!」
「まぁ昔ならともかく、今ではあなた達に殺されるのが気に喰わないってのもある」
「そもそも訳が分かりません……! あなた達は闇の書における被害者と加害者、決して交われる間柄ではないはずなのに、なぜ手を組めるのです? なぜ共にいられるのです!?」
「貴様がそれを言うか、と怒りたいが……」
「報復心を生みだしてばかりのあなたにはわからないよ。報復心の先で見つけた夜明けの道は、あなたには見えやしない」
「減らず口を……!」
“夜明け”……闇を拭い去り、夜天の魔導書の管制人格に戻った私が“夜明けの道”を進むとは、シャロンも随分と面白い言い回しをするものだ。薄々思ってたけど、マキナが理系寄りの思考をしていたのに対し、シャロンは割と文系寄りなんだな。
しかしポリドリには私とシャロンの関係が新たな境地に達していることが理解できないらしく、何度も訳がわからないと繰り返す。さっきからシャロンが度々行う挑発や煽りのおかげもあり、相手の冷静さを完全に奪っている今、この状況は言ってみればポリドリの詰みとも言えた。なぜならシャロンは先程の“天よりふり注ぐもの”でデバフを次々与えられるから、ポリドリはその発動を阻止するために優先して彼女を狙わなくちゃいけない。しかし彼女の回避盾的防御はかなりのもので、その上カウンターも使えるから弱体化してる状態で倒すことは至難の業だ。とはいえ彼女が与えるダメージは少ないから、私がアタッカーを務めるのだが、私を先に倒そうとすればシャロンが散々弱体化させてくる。そうなれば奴は完全に打つ手を失う。
こうして共に戦うとよくわかるが、シャロンがいるとあらゆる面で戦闘が有利になる。彼女一人だと生き残るのはともかく相手を倒すのが大変だが、ケイオスのようにアタッカーを務める仲間がいれば勝率は一気に跳ね上がる。自分が一騎当千になるのではなく、味方が一騎当千できるように仕立て上げるタイプだ。ハッキリ言って、こういうタイプを敵に回した場合、戦術を崩せなければジリ貧で敗北が確定する。よって、ポリドリが追い込まれるのは戦術的に見れば必然であった。
ともかく、このまま事がうまく運べば敵の大将を討ち取れるかと思ったのがフラグだったのか、割れた窓から入ってきた冷気で頭が冷えたせいで追い込まれているという状況に気づいたポリドリは、私達の攻撃を逆に利用してわざと吹っ飛ばされることで扉を破壊し、外にいた大量のスケルトンを室内に招き入れてしまった。ついさっき戦術を崩せなければ~なんて言った私だが、大量の増援はこの戦術が崩れるのに十分な脅威であった。
「フフフ……ウフフフ! 形勢逆転ですね! 小癪な能力を持っていようが、アナタ達如きがこの数のアンデッドを相手にするのは不可能ですよ!」
「劣勢になれば味方を呼ぶ……極めて合理的だね。私も戦略的思考性はむしろそっち側だから、卑怯だ~なんて言ったりはしないよ」
「おや、まさかアナタからご理解をいただけるとは思いませんでしたよ」
「そりゃあ私も普段からそうしてるし。私は騎士連中や管理局員みたく、戦いに無駄なプライドや拘りを持ち込むつもりはない。第一、私の腕じゃそこまで……余裕ないって!」
そう言ってシャロンは近寄ってくるスケルトンフェンサーの剣を弾くなり、貫き胴で後方に通り抜ける。しかしその先は大群の真っただ中だから、それでは敵の中心に単身飛び込むことになる。彼女一人でその行動はいくら何でもマズいと思ったが……、
「うわぁぁあああ!? あ、アインスさん助けてくださぁ~い!?」
近くで隠れていたはずのマリエルが泣き顔で私の傍に駆け寄ってきた。彼女の後ろから迫るスケルトンアーチャーの矢を彼女をかばうようにプロテクションで防ぐと、すぐさま骸骨の顔に黒薔薇の剣を突き刺し、討ち取る。
ともあれマリエルがここに逃げてくるってことは、隠れ場所は完全に無くなったと見て良いだろう。そんな訳で彼女を背にかばいながら迎撃態勢に移った私は……、
「ん?」
こちらへ来る敵の数が妙に少ない……というか全然来ないことに疑問を抱いた。ポリドリもスケルトン達が狙い通りに動かないことに気づき、彼らの動向に注目した。相反する私達が同時に見たものは……
「ほらやっぱり来ちゃったよ、もう! 今回は自分からやったけど、サン・ミゲルの時からいっつもこんな役回りだ!」
シャロンがスケルトン達とマラソンしている光景だった。正確にはこの空間にいるスケルトン全員が彼女をゾロゾロと追いかけていて、シャロンは必死に走ってその攻撃から逃れているという……。
あ~、うん、確かにこの空間は結構広いから、体力さえ続けばあの大群を引き寄せ続けられるだろう。いやホント、彼女がいるとあらゆる面で戦闘が有利になるなぁ。大量の増援で圧倒的劣勢になるかと思いきや、走るだけでその一歩手前に押し戻すとは。彼女が何かのゲームキャラだとしたら、彼女を使わずにゲームクリアがやり込み動画に上げられるぐらいの便利っぷりだ。なお、当人の心的かつ体力的負担は度外視する。
「こら、スケルトン達! ワタクシの指示を聴きなさい!!」
「「「「カラカラカラ!!!!」」」」
「追いかけるのが楽しくなってきたって、いや楽しんでる場合ですか!」
意外とフリーダム思考な……いや、頭の中が文字通り空っぽだから能天気なのか? ともかくスケルトン達の我が儘に怒るポリドリだが、しかしあれだけの数が一部でもこちらに来ようものなら、流石の私もマリエルを守り切れない。だからシャロンが敵を全員引き付けているのは本当に好都合で、その間にこの護衛対象をどうにか安置に動かさないといけない。しかしこの状況で安置になりそうな場所は……あった!
「マリエル、エレベーターラインに飛び込むぞ!」
「あ、私邪魔なんですね、わかりまぁあああああ~!!??」
飛行魔法を展開した私はマリエルを小脇に抱え、フェイト程ではないが高速でぽっかり空いたエレベーターラインの入口に一直線に向かう。すると私達の後に続くようにシャロンもスケルトン達を引き連れたまま走ってきたが、それは互いの思惑がかみ合わなかった訳ではなかった。
「(借りるよ!)」
「(応じよう!)」
目配せで互いの意図を確認後、私達は一足先にエレベーターラインに突入する。真っ暗な空間ですぐさま振り返ると同時に、シャロンも入口で跳躍、私の差し出した右手を掴み取る。彼女の柔らかくて冷えた手の感触をちょっと堪能しながら、私はその勢いを殺さず回転に利用し、更に魔力を送り込む。私を軸に三回転している間にシャロンは爆弾のようにエナジーと魔力をため込んだ後、発光したまま入口に陣取ったスケルトンの大群の中心へ向かって流星の如く飛ぶ。
「え、ちょ……一人で飛び込んじゃいましたけど大丈夫なんですか彼女!? というかアインスさん、なぜ地下に降りてるんです!?」
「質問よりも今すぐ耳を塞げ、マリエル。デカいのが来るぞ!」
「え? デカいの???」
巻き込まれないようにプロテクションを張った直後、エントランスから凄まじい光が―――
「はじけろミッドチルダぁあああああああああああ!!!!!」
ちゅどぉぉおおおおおんッッ!!
この日、夜の空に閃光とキノコ雲が発生した。クラナガンにいる市民も管理局員も目の当たりにするほどの大爆発は、本棟どころかこの施設全部を木端微塵に吹っ飛ばし、先程まで彼女を追っていたスケルトンはその全てが灰と化した。
「ぐっ……! 力を貸し過ぎて臨界突破したか……!?」
『表現が妙に物々しいけど、あの子別に核爆発は起こしてないわ』
しかし私のプロテクションは爆発の攻撃を逸らしただけでヒビだらけになったし、周辺は文字通り焦土化したから、高ランク魔導師の広域殲滅魔法に匹敵する威力があるのは間違いないと思う。
何はともあれ地上に戻るべく、プロテクションの上に乗った瓦礫ごと上昇しながら、私はマリエルに問いかける。
「やっぱりシャロンはミッドチルダに鬱憤溜まってるのだろうか……?」
「台詞的に見ても殺意マシマシです」
「そのうち輻射波動が使えるようになるんじゃないか?」
「戦術的にはむしろ白カブトの方っぽいですけどね、彼女」
「精神面は真逆だけどね」
さて、火の手は多少残っているが綺麗に野ざらしになった元エントランスに戻ると、中央付近にフルパワーでぶっ放したせいでエナジーがガス欠になって体力も切れた結果ぶっ倒れているシャロンと、あの爆発のダメージで全身がどこぞのホラゲーの追跡者を彷彿とさせるケロイド状になったポリドリが、辛うじて立ち上がろうとしていた。
「おのれ……どこの神風特攻隊ですかアナタ……! なんの躊躇もなく自爆するとは……! まあ、力を使い果たしたことでアナタに打つ手は無くなったようですが……おかげで身を以って理解しました。アナタを自由にさせておくのはあまりに危険過ぎる! これ以上何かされる前に始末してあげましょう!」
ポリドリが倒れているシャロンに向けてレーザーブレードで突くのを、私は間に割り込む形で受け止め、鍔迫り合いで火花が飛ぶ。だが、ポリドリにだけは負ける訳にはいかない。私達を取り巻く悲劇の元凶であるコイツにだけは、決して……!
「だからしつこいですよ、人形風情が!」
「んん!?」
……怖い。むしろ、顔が怖い! 真正面から近くで見ると、ダメージ負い過ぎて死体より醜悪な顔になってるから、怒りより嫌悪感が勝ってる。
「うわ、その顔でニィッとしないでくれ!? き、気持ち悪い!」
「自分から戦いに来て、気持ち悪いとは何ですか!」
「ひゃあ!? 近寄らないで! いや、いやぁっ!?」
「あ、あのアインスさんが涙目で乙女のような悲鳴を上げるなんて……普段のクールな性格と違い過ぎでちょっと可愛いです」
マリエル、君も近くでこの顔を見たらそんな他人事のようなこと言ってられないよ!?
どうも変質者を相手する時のような反応をされてるせいか、ポリドリもかなり苛立っている。ただ、夜の冷気が彼の思考をすぐに落ち着かせてしまい、そして時間が経ったせいもあり……、
「サイコキネシス!」
「あ!?」
「アナタの自由はワタクシの手の中……悔い改めなさい!」
またしても空中で拘束された私は、念力で全身の関節が曲がらない方向に負荷をかけられ、このままでは複雑骨折をすると危機感を抱いた……その時。
「想いが伝わる……! 来て、ケイオォォォォォス!!!!」
ズドォォォォォンッ!!
「な、なにぃいいい!!! ぐはぁあああああ!!!」
シャロンの渾身の呼び声を聞いたケイオスが私の真下の地面からいきなり現れ、レンチメイスでポリドリの顔をぶっ叩いて吹き飛ばした。
「ん、間に合った」
「良いタイミングだよ、ありがとう」
「シャロンが呼べば、どこだって駆け付ける」
「うん、ケイオスなら来てくれるって信じられる」
そう言って信頼の伴った言葉を交わすドライバーとギア・バーラー。そして……、
「あのさ、助けてもらったのはありがたいけど、この格好は恥ずかしいから降ろしてくれないかな?」
ケイオスの肩の上……というか肩車で担がれている私は、ちょっと赤面しながらお願いする。私はプログラム体なので大人と言うには少々語弊はあるが、精神的な感覚は大体同じなので、正直に言ってこの格好は色んな意味ですごく恥ずかしい。
「ん、肩車がそんなに恥ずかしいのか? 戦術的にはむしろ有効じゃないか?」
「いやいや、大道芸やってるんじゃないからね? 相手が肩車してたら、真面目に戦えないよ」
「腕が四本使えて便利そうなんだがなぁ……じゃあ騎馬戦ってのにするか? 二ホンって国だとこれで戦うことがあるらしいが、どうなんだ?」
「確かに戦ってるけど、運動会とか体育祭という学校行事で競う形でだよ。ちなみに最近は危険だから廃止されてるんだって」
「ふ~ん」
「っていうか、今騎馬戦する意味は無いと思うんだ。別に地元最強形態って訳でもないんだし」
「弱いなら練習すればいい。味方との連携ってのはそういうものだろう?」
「だからって騎馬戦にする必要も無いと思うんだ……」
「整いました。金魚とかけまして、足とときます」
「ん、その心は?」
「どちらも、すくわれています。シャロンです」
「唐突になぞかけしてないで、いい加減早く降ろしてくれ……」
二度も言ったので流石に降ろしてもらえたが、それはそれとしてシャロンが私の前でジョークを披露する光景は初めて見た。今まで真面目にしている所しか見たことが無かったが、実は素の彼女ってお茶目な子なのか?
というか、アクーナに大破壊が起こる前の彼女はどういう性格だったんだ? マキナは不思議ちゃん系だったらしいが、シャロンに関しては何もわからない。記録はニダヴェリールが滅んでしまったので探りようが無いから、もはや昔の彼女に関することは彼女自身の記憶にしか無い。
ただ……今何となく思ったのだが、旅していた頃のマキナの明るさは、実は昔のシャロンを真似していたのではないか? 要はマキナが“ああなった”のではなく、シャロンが“ああだった”ということだ。今となっては本人に訊くしかないが、もし本当にシャロンの昔の性格がそうだった場合、私が壊してしまった事になるのでむしろ罪悪感が……。
「はぁ……いやはや、シャロンと再会してからはもう驚く出来事が多すぎて大抵のことじゃ驚かない自信すら湧いてきたよ……。ところでケイオス、君はどうやって来たんだ? はしごで登ってきたにしてはあまりに早すぎるだろう?」
「ん、跳んできた」
「は?」
「だから跳んできた、三角跳びを繰り返して。で、シャロンの呼び声で位置を把握した」
「あ、あはは……君はやっぱり規格外だな。ところで一緒に行った二人は?」
「後から昇ってきている。ディエチははしごで、セインは地面を潜ってだけど」
「なぜ別々なんだ?」
「割れ物注意の荷物を丁重に運ぶためだ」
「割れ物?」
色々訊きたいことはあるが、今はそれよりも目の前のイモータルだ。ケイオスからの痛恨の一撃をもらったポリドリは致命傷レベルのダメージを負ったからか、苦々しげな表情で立ち上がるとケイオスを睨みつける。
「クッ、今のは堪えましたよ……! さしものワタクシでもこの姿だと、ギア・バーラーが相手では力不足ですね。……いいでしょう、ここでの勝負はお預けとしま―――ぐばぁ!」
話している最中にも関わらず、容赦なく追撃にかかるケイオス。いや、うん、他人の話は最後まで聞いた方が良いような気もするけど、実際敵を倒すなら彼ぐらい徹底的な方が良いのかもしれない。
そして始まったのは、いつぞやのフレスベルグの時を彷彿とさせる一方的な暴力。ポリドリにサイコキネシスを使わせる暇を一切与えず、ケイオスはレンチメイスで爆撃機の絨毯爆撃の如く容赦なく叩き続ける。
ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ!
「げふっ! うぼっ! あばっ!」
ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ!
「…………」
ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ! ドグシャッ!
彼が叩くたびにミンチのようになっていくポリドリの返り血が床を赤く染めていき、気分を悪くしたマリエルが視界の隅で吐いた。確かにグロ耐性が無いとこの光景は少々キツイか……。
「ぐ……ぎ……!」
「ふぅ、さっぱりした」
まるで一仕事終えたような顔のケイオスと、二日酔いのOLみたく血の気の無いマリエルの顔が非常に対照的だ。まあ突然スプラッターを見る羽目になった彼女には気の毒だが……今回は敵のイモータル、それも首領クラスの奴を討ち取ったのだから、戦況から見ても凄い成果なのは間違いない。
『わかってると思うけど、パイルドライバーで浄化しないとイモータルは倒したとは言えないわ』
「確かにそうだが、無力化は出来たんだから半分は成功したようなものでは?」
『あぁ、これがフラグというものなのね……』
声の主が呆れたように言った直後、
「驚きましたね。まさか“ワタクシが倒される”とは……」
「は?」
ズタボロになって倒れているポリドリの近くに、全く同じ姿で無傷のポリドリが転移で現れた。容姿、雰囲気、能力、全てがコピーされたみたいに同じ個体がこの場に現れたことで、否が応でも私達に緊張を走らせた。
「ポリドリ!? 馬鹿な……なぜ貴様がもう一人いる!?」
「アナタ達が倒したのはワタクシがこの世界で活動するために構築した分身体。この身体も同じく偽りの肉体なので、いくら攻撃しようとそのダメージは本体には届かないのですよ」
「ん、じゃあ本体はどこにいる?」
「わざわざ教えると思いますか? まあ教えた所で、どうせアナタ達ではどうしようもありませんがね」
挑発的なことを言いつつ、ポリドリは倒れている方のポリドリに手を掲げ、暗黒物質などを吸収していく。すると倒れている方は輪郭が徐々に消えていき、吸収している方は力が増えていく気配がした。
「ん? あぁ……偽りの身体って言ったな。ポリドリ、その身体……分身体はどれだけ存在している?」
「それも教えはしませんよ。ま、分身体は本体の意識と力を伝達するための器官なので、本体が健在な限り、いくらでも産み出せるってことは教えてあげますけど」
「あ~、要は触覚ですか。戦闘も可能なレベルで自由自在に動かせるのが、何ともずるい話ですけど」
「だがリソースは無限ではないのだろう? もし無限であるなら、わざわざ倒された個体の回収には来ないはずだ」
「ウフフフ……! 甘い、見通しがあまりに甘いですね。たかが一体失った所で、ワタクシの勝利はゆるが―――!?」
ガチィンッ!!!!!!
「あれ、避けられた……でも……」
さっきから倒れたままだったシャロンがずっと使わずに背負っていた刀を弾丸のように射出したが、寸での所で彼女の動きに気付いたポリドリは反射的に全身を反ってかわした。せっかくの不意打ちが避けられたのだが、シャロンの目に敗北の色は浮かんでいなかった。
「これで、チェックメイト……!」
「貴様!?」
「ん、第二ラウンド開始」
シャロンが刀を射出したのとほぼ同時に、ケイオスも突撃していた。今の回避で咄嗟に身動きが取れないポリドリは、狙いを付ける間も無いまま反射的に炎を纏うレーザーブレードを放つ。何の狙いも付けてない振り払いはケイオスではなく彼の持つレンチメイスにヒット、幸運にも彼の武器を弾き飛ばすことに成功した。だが……、
「疑似・殲撃」
「ば、馬鹿なっ!!!!!」
ケイオスの右手が真っ黒に輝き、エレミアのイレイザーを模した消滅の一撃がポリドリの腹部にクリーンヒット。まるで内側から爆発が起きたかのようにポリドリの身体が細かい肉片になって千切れ飛んだ。まさかの一撃必殺に、流石の私達も驚きのあまり呆然としてしまった。
しかし、エレミアン・クラッツをケイオスが使えたとはなぁ……確かに冷静に考えれば彼はギア・バーラーだから、創造主たるエレミアの技を使えてもおかしくない。イモータルでさえ一撃で葬れたのは、シャロンというドライバーを得たことで全力を出せるようになったからだろう。にしてもこの技、人間相手に使ったらスプラッター間違いなしだな。
ところで、倒された方の分身体はシャロンをすぐ始末しようとするほど警戒していたのに、新たに来た方の分身体はシャロンの不意打ちに直前まで意識していなかった。もしかしてポリドリの分身体は記憶共有がされていないのか? だとすれば倒された分身体を別の分身体が回収しに来るのは、力のリソースだけでなく、記憶も回収するためなのか。
では分身体を本体に帰さなければ情報を得られずに済む上、倒せば少なからず本体の力も削げることになる。今後、倒せる機会があれば積極的に倒していくべきだろう。
「ふぅ、いい汗かいた。ま、ギア・バーラーは汗かかないけど」
「それはいいけど、誰かウーニウェルシタース回収して~」
「あ、私拾ってきま~す」
なぜかマリエルが嬉々としてシャロンの刀を拾いに行く。あの刀の経緯は知っているが、一応アウターヘブン社製のアームドデバイスとして見ても最新型だから、一技術者として少しでも近くで見ておきたいと思ったのだろうか?
「ぐ……こ、このワタクシが……こんな無様を晒すとは……!」
「あ、首だけになってもまだ生きてたんだ」
「う、ウフフフ……お忘れですか……。アナタ達は、外の世界に介入できません。もはや……手遅れなのです。真相を知ったその時に……アナタ達が絶望するのが実に愉しみです! ウフフフ……フッハッハッハッハッ!!」
高笑いを上げながら、首だけ残ってたポリドリは完全に消滅した。新しい分身体はある意味出オチだったが、遺した言葉のせいで分身体を二体倒せたにも拘わらず後味が悪かった。
「ミッドの外……次元世界の別の場所でポリドリは同時行動できるのだから、余計な手間をかけず時間差ゼロで謀略を進められる。元々同じ存在だから、こんな真似ができるのね。古代ベルカが戦乱初期の時点であれだけ荒れた理由がよ~くわかったよ」
「おやシャロン、君は古代ベルカについて調べてるのかい?」
「調べたっていうか、生き字引がいるだけ。それよりもミッドの外で暗躍されたら、確かに私達じゃどうしようもない。せいぜい外にいる味方に危機を伝えることしかできない……」
「確かに次元断層は世界間の行き来こそ封じるが、連絡を途絶させるわけではないからね」
「でも私達が今見ているポリドリは分身体だという点は今後のことを考える際、非常に有効な情報だ。それに……」
「本体の居場所も探る必要がある、と?」
「うん。次元世界を守るつもりなら、いつかは本体を倒さないといけないんだろうけど……今ぐらいは気にしなくていいと思うよ」
ウーニウェルシタースを受け取りつつ、寝転びながら天を仰ぐシャロンに続き、私も空を見上げる。最近は襲撃でずっと慌ただしかったから、いつしか夜はアンデッドの時間ということで常に気を張る時間帯になっていた。だから忘れていた。
「そうか……星空は、こんなに綺麗だったのだな」
「天体観測も良いものだよ。ここは良い感じに空気が透明だし、二つの月も表面の模様がよく見える」
「ああ、月が綺麗だ」
「その言葉は使いどころを考えて欲しい所だけど……でも星空は世紀末世界の方が好きだな。こっちじゃ星座が見られないし」
「い、一応ミッドにも星座はある……のか?」
「地球の星座はギリシャ神話が元だけど、ミッドの星座って何が元? そもそもミッドに今も伝わってる神話とか伝承とかあるの?」
「言われてみれば、そういうものはミッドだと全く見ないな。まるで過去に関係する記録が抹消されてるかのように」
「まあ……実際抹消されてそうだよね。ベルカとミッドで星の位置が同じだったら、真相に気付かれる可能性が残るわけだし。じゃあベルカになら神話や伝承って残ってた?」
「あ、そっちなら多少は知っているよ。興味あるかい?」
「今は無い」
「あれぇ!? そこは聞く流れじゃないかな!?」
「え? 確かに記録の有無は訊いたよ? でも今すぐ内容を聞きたい訳じゃないんだけど……」
「そんなぁ……君との話の種になるかと思ったのに……」
「それはまたの機会にして」
「あ、ああ……“また”か。だったらここは変にこだわらないで、大人しく退いておくよ」
シャロンが今は止めて欲しいと言ってるのは、話を聞く体力も残っていないからだろう。実際、全エネルギー使って自爆もしたから凄まじい脱力感に苛まれているだろうし、そんな状態で反撃まで行った。放っておいたら疲れのあまり、こんな所でも寝ちゃいそうだ。
私がため息を一つつくと、シャロンはウーニウェルシタースと民主刀の刃に、それぞれ二つの月の赤と青を映しながら納刀する。と、同時に私の手にあった黒薔薇の剣も粒子状になって消えてしまった。
『敵がいないのに、いつまでも顕現させておく必要は無いでしょう?』
「それもそうだね。ところで状況も落ち着いたし、そろそろ聞かせてくれないか。君は誰なんだい?」
『私は赤きドゥラスロール、サン・ミゲルの太陽樹の化身』
「ドゥラスロール……!? つまり君はかつての……あぁ、いや……恐らく私の知らない事情があるのだろう? それに君が力を貸してくれたおかげで、エナジーの無い私がポリドリと戦えた。だから、ありがとう」
『剣は必要な時にまた出してあげるわ。あと、シャロンの歌以外では日の当たる場所や植物の多い場所にいるとエナジーが回復できるから、出来るだけそうしてほしい』
「植物?」
『あなた達が知らないだけで、植物はエナジーをたくさん内包しているの。太陽の果実がある時点でわからなかった?』
「すまない、気付かなかった。それで、君は太陽の光をたくさん浴びた元気な植物からも力を借りることができるんだね。覚えておくよ」
それにしても……奇しくも私も主はやてとマキナの二人と同じように、エナジーを持つ者から力を借りて戦えるようになったという訳だ。主従そろって誰かに助けられてばかりだなぁ……。
「ふ~ようやく戻って来れ―――んほああああ!? 建物無くなってるゥー!?」
「うっひゃ~! さっきのすごい震動はこれかぁ! いや~ケイオスは言わずもがな、シャロンもシャロンでなかなか型破りなんだな。やっぱ主従なだけあって、似た者同士か~」
地下からディエチとセインが戻ってくるなり、驚いた反応を見せてくれる。会って間もないが、彼女達が無事だったのは喜ばしい。ただ……、
「ディエチ……君は一体いつの間に子持ちに……?」
「え? いや、違うよ! この子は―――」
「ん、確かに下で子供を作ったのは事実だな」
「待って、ケイオス!? そんな言い方じゃ誤解を招くだけだよ!? 内容自体は間違ってないけどさ!?」
「ああ、そういうことは私がとやかく言う事じゃないから、好きにすれば良いと思うよ?」
「だから違うってば!? 第一、子供はこんな短時間で作れないよ! そりゃあ次元世界はアレな技術が多いから、手段に拘らなければ作れはするけど……」
その言葉でこの金髪の赤子はあまり公に知られるのはよろしくない経緯で生まれたのだと察したが、少しパニクってるディエチは自身の潔白と赤子を非難しないような言葉を必死に選んで話を続ける。
「この子は私達の誰とも血は繋がってないし、見方を変えれば生まれた年代さえ違う。それこそ数世紀単位の孤児なんだけど、でも、途方もない長い年月を眠り続けて……それでも必死に生きていた。誰かに起こしてもらうのを待ってたんだ。そして今日この時、私達がこの子……ヴィヴィオを目覚めさせた。だから守ってあげたい、大きくなるまで見守っていたい。一足先に大人になろうとしてる者として、ただそうしようと思っただけで、べ、別に……子作り的な行為に、及んだ訳では……」
恥ずかしくなったからか、段々と声が小さくなっていって聞き取りづらかったが、彼女の気持ちはよくわかった。
「うん、それ以上はいいよ。誤解しちゃって悪かったね」
「な、なんでそんな微笑ましそうな目で見るの……?」
「自爆したからじゃない?」
「実際に敵の真っただ中で自爆したシャロンさんがそれを言いますか……自爆の意味は違いますけど」
「ん、自爆はシャロンの特技だ。管理局員にその浪漫はわからないだろう」
「聞き捨てなりませんね、ケイオスさん。私だって浪漫はわかります! 作ったデバイスにちょくちょく自爆機能仕込んでます!」
「いや、それこそ何してるんだマリエル!? 自爆機能仕込まれる側の身にもなってくれ!? デバイス達に罪は無いだろう!」
「マッドサイエンティストが自爆機能仕込むのは世界のお約束じゃないですか!」
「曲がりなりにも管理局員がそういうこと言うな! あと君は科学者じゃなくて技術者だ!」
「ねぇ、セイン。流石に私達ナンバーズに自爆機能があったりはしないよね……? いくらドクターでも、そんなことはしないよね……?」
「ど~だろ、ドクターならむしろ嬉々として仕込む気がするなぁ。ドクターこそ本物のマッドサイエンティストだし。あ、ヤバい、言っててガチで不安になってきた」
「戻ったらシャワーだけじゃなくて、身体検査もしよっか。シャロンのおかげで自分を取り戻せたけど、遅効性のウイルスが残ってる可能性だってあるもんね」
「これが人間ドックならぬナンバーズドック~、なんちゃって?」
「人と機械の両方の意味で適応できるね、それ」
「ねぇケイオス、私って特技と言われるほど自爆してた?」
「ん、管理局地上本部内でもぶっ放したじゃん」
「あ~一応加減はしてたよ? 動けなくなるほど力込める訳にはいかなかったし」
「つまり本気なら建物ごと吹っ飛ばしてた?」
「ヒトを爆弾魔みたいに言わないでほしいなぁ。次はやるかもだけど」
各々が好き勝手に会話していて騒がしいが、まるで主はやて達と一緒にいる時のように楽しかった。まあ、自爆がテーマなのは色々ツッコみたいところだが……にしても、シャロンに何をしたんだ管理局? 地上本部内で自爆したってそれ、彼女を相当怒らせてるぞ?
「ん、知りたいなら帰路の途中で教えるが? そもそもあんた達、あの箱から出てくるまでの間にミッドで何が起こっていたのか知らないだろう」
「まあ、ごく短期間コールドスリープしてたようなものだしね。むしろこちらからお願いしたかったところだよ」
「帰路……あ」
「シャロンさん? なんでそんな嫌そうな顔をするんですか? ここから帰るだけですよ?」
「だって帰路って、またあそこを通るんだよ? 真っ暗な地下道を赤い非常灯だけを頼りに通り抜けるという……しかも今は夜だから余計……ね」
「うわぁ、どこのホラゲーですか、それ。私もそこを歩くという恐怖は味わいたくないですね」
「それなら私が転移魔法を使おうか? ミッドチルダ北部、森林保護区に残っているパイルドライバーに転移座標を登録しているから、この場所なら管理局に許可申請の必要は無いよ」
「転移魔法……転移にはロクな記憶が無いけど、選択肢としては良い条件だよね……」
私が提案するとシャロンは考え込み始めた。多分、彼女の頭の中では地下道と転移魔法のどちらで帰るかの選択肢が出ているのだろう。まあ、私としてはどちらでも大丈夫なのだが……、
「……」
チラッとディエチが背負ってるヴィヴィオの方を見るシャロン。赤子がこんな所に長くいるのは好ましくない、そう思ったのか彼女はため息をついて「転移魔法で帰ろう」と告げた。
「でも帰る前に一つ、シオンに連絡していい? 一応、ミッションの報告をしておきたい」
「私達は元からそっちの都合に合わせるつもりだからね。良いよ」
という訳でウーニウェルシタースの鞘に搭載されている通信機能を使い、シェルターにいるシオンと通信を取るシャロン。空中に投影されたモニターにシオンの顔が映るが、見るからに慌てた様子だった。
『シャロン!? そっちは無事なのかい!?』
「え? 無事だけど、どうしたの? シオンが慌てるなんて珍しい」
『あんな大爆発が突然起きたのに、悠長に構えていられるか! 首都から肉眼でも観測できるほどだったんだから、市民どころか社員の間にも動揺が広がってる』
「こっちも色々あったんだからしょうがない。でもって、あの爆発で施設は丸ごと全部吹っ飛んだけど、ケイオス達は地下の調査を無事に終えたから、こっちのミッションは全て完了したよ」
『丸ごと……敵地を占領どころか、壊滅しちゃったのか。大金星っちゃ大金星だけど、ちょいとやり過ぎかな~と思うね。恐らく自爆装置か何かを発動させたんだろうけど、詳細は戻ってから報告してくれ。……とはいえ、ミッドにいる人間にとっちゃ久しぶりの朗報だ、このぐらい豪快な方がむしろ痛快で良いかもしれない』
「戦果も加えたら痛快どころじゃないと思うけど、まあいいや。これから私達は来た道を使わないで、リインフォース・アインスの転移魔法で戻るからよろしく」
『了解した。では帰還するにあたって知らせておくことが―――わぷっ』
『ねーちゃ! ねーちゃ!!』
何かを伝えようとしたシオンの隣から子供の手が伸びてきて、モニターの半分がその子の笑顔で覆われる。可愛らしいわんぱく少女だなぁ、とほっこりしつつ、シャロンは少しほっとした顔を浮かべた。
「フーちゃん、私がいない間元気だった?」
『にぱぁ!』
『ふ、フーカ! お話し中なんだから大人しく……って、シャロンさん!?』
「あ、アインハルトちゃん。急にフーちゃん押し付けちゃったけど、大丈夫?」
『本当に大丈夫だと思っていますか? いきなり子供の面倒を見て欲しいだなんて……友達も作れない私にはとんでもない無茶ぶりですよ……』
『え……あ、アインハルトさんにとって、ボクは友達じゃなかったんですか……?』
『ミウラさん!? い、今の言葉はそんなつもりで言ったのでは……そ、その……ミウラさんのことはと……とと……』
『と?』
『とと……ととととと……トード!?』
『ボクをカエルにする気ですか!?』
『あぁぁぁぁ違うんですそうじゃないんですごめんなさい!』
『確かにボクはどちらかと言うと暗いですし、普段もうじうじしてますし……はぁ、そう考えるとカエルになるのもお似合いかもしれません……』
『そ、そんなことはありません! ミウラさんは健気で努力家で優しくて……良き友達としてずっと近くにいて欲しいと思える人です! ですからもしカエルになっても、私が最後まで飼いますよ!』
『え……あ、あの……ありがとう、そこまで言ってくれるのはとても嬉しいです……』
なんだか小さくも興味深い友情が芽生えているようだが、カエルになっても……か。冷静に考えて、知り合いが生物的に全く別の存在になっても、元通り受け入れることは本当に可能なんだろうか? 私一人では、結論は出そうにないな。
『ふぅ、子供って意外とパワーあるんだよねぇ。そうそう、シャロンがいない間、フーカも何だか色々頑張ってたみたいでね。元々話せたのかは知らないけど、少し言葉を話すようになったよ』
そういえば次元世界の人間は、13歳か14歳辺りで急成長するタイミングがあるらしい。クロノもたった一年で本当に同一人物かと思うぐらい成長したからな。そういう急成長が赤子ぐらいの年代……2歳か3歳の頃に起きるのもそうおかしい話ではない。地球の人間とミッドチルダの人間では大まかな部分は似通っているが、細かい部分で成長過程は異なる。そういう意味ではシャロンの体つきは……、
「ん、リインフォース・アインス。なぜいやらしい目でシャロンを見てる?」
「い、いやらしいなんて人聞き悪いね!?」
邪な目を向けたせいか、すかさずケイオスに見咎められた。うん、彼のいる所でシャロンに変な意識を向けるのはやめておこう。
『さっき言い損ねたけど、改めて伝えるよ。もし聖王教会の近くに飛ぶのなら、教会に寄るのはやめておいた方が良い。敵に占領されたからね』
「占領……ってことは、持たなかったか。じゃあ今、聖王教会には“彼女”が?」
『そうだ。生き残りはほとんどいないし、後続のアンデッドもそこに駐留しちゃったから、教会はもはやイモータルダンジョンと化している。準備も無しに近づくのは自殺行為だ』
「こっちが一ヶ所壊滅したら、相手は一ヶ所占領……いたちごっこかな? ま、こっちも彼女相手に無策で挑むつもりは無いから、今日はこのまま大人しく帰還するよ」
『障壁の傍まで来たら教えてくれ。一時的に通れるようにするから』
「了解。それじゃ、通信を切るよ」
鞘の端末を止めたシャロンは、改めて私に転移魔法の使用を依頼してきた。役に立てる機会を得た私は転移魔法を展開、皆と共に本土へ転移する。急に寒冷地から普通の気候の場所に移動したため、普段クラナガンに来る時より空気が暖かく感じる。とはいえここは森林地帯だから草木のニオイが主だが、近くの聖王教会のニオイもある程度届き、その中にある……
「うぇ……気持ち悪い……」
「ん、転移酔いか……辛い体質だな、シャロン」
「今は体力切れてるから余計……うっ! ごめ、吐く!」
……吐しゃ物特有の酸っぱいニオイがした。それと、
「うわ!? 急に小さい虫が一斉に寄ってきたよ!?」
「そういや今のあたしら体臭ヤバイんだった!? あ~もう、クッサァ!! さいあく~!」
「びぇぇえええええん!!!」
「しかもあたしらの体臭でヴィヴィオが泣きだしちゃったよ!? ど~すんのコレ!?」
「こ、このままじゃ収拾がつかない……!」
「おろろろ……あ~そこの二人、体臭気になるならファブっとく?」
「なんでシャロンが消臭スプレーを持ってるのかは置いといて、お願いします……!」
シュッ、シュッ。
あ~……うん。さっき教会のニオイの中に血生臭いニオイもしたのだが、とてもそんな話が出来る状況ではなかった。あと、消臭スプレーは携帯しておくと結構便利らしいぞ、女性的に。
「ん、そうだ。アンタ達はこれからどうする? 管理局地上本部に戻るのか?」
「そうなるね。正直に言えばシャロンと一緒にいたいけど、私はマリエルを連れて管理局に戻るよ。闇の書の件があるから、私の一存では管理局を離れることはできないんだ」
「なるほど、確かにアンタが管理局を離れたら外野がまたうるさくなるだろうし、家族の身の安全のためには戻った方が良いのか」
「うっぷ……事情があるなら、無理に引き留めはしないよ。ただ……」
「大丈夫、私は君に危害を加えるような真似はしない。約束する」
「そうじゃな……うぇっぷ!? げろげろ!?」
「ん、よしよし。……という訳で代わりに訊くが、レジアスからシャロンを捕まえろという命令が来たらどうする?」
「そんな命令は断固拒否する。私にとって何が大事なのか、何を守るべきなのか、もう心で決めたからね。あ、でも命令拒否で私達の立場がマズい事になったら……すまないけど、その時は助けてくれるかい?」
「流石にその時にならないと状況がわからないから断言はしない。でもシャロンが助けろと言ったらあんたでも助けるよ」
「ありがとう。……二人とも聞いてくれ。私はいつか許してもらう、なんて甘いことは考えない。シャロンの心を少しでも軽くするために、出来る限りのことをし続ける。これが私の贖罪になると思う」
「そう……それが正しいと思ったなら、それを信じてやればいい。あんたの行為を見てどう判断するかは、こっちの話だから」
「ふふ、そう言ってくれるだけで、私達の関係は一歩前進しているように感じるよ。じゃあ……もう行くよ」
「けほっ……いや……まだ話終わってないんだけど……」
「え?」
「シャロン、大丈夫か?」
「おかげさまで少し落ち着いた。で……アインス、あなたには伝えておきたいことがある。色々あってアウターヘブン社と管理局はもう協力関係ではなくなってる。むしろ管理局が敵対行為を取ったことで、もはや対立状態にまで陥っている」
「つまりケイオスがさっき私に言った事はほぼ確実に起こりうると?」
「私達はそう見てる。そもそも管理局は今、敵の間者が入り込んでいる。クロノ・ハラオウンという局員に成り代わって」
「な、どういうことだ!? 彼に成り代わったって……それじゃあ本物のクロノはどこにいるんだ!?」
「わからない。ただ、今いるクロノ・ハラオウンは偽物だけど、周囲はそれに気付いてない。だから偽物がクロノ・ハラオウンの権限を使って、アインス達に何かしてくる可能性は十分ある」
「早めに偽クロノの正体を暴かないと、私達の立場が危うくなるのか……」
「そんな訳だから、今後の口実作りのためにD・FOXに入ってほしい」
「D・FOX?」
「私の部隊。一応、アウターヘブン社の特殊部隊として設立したけど、公に知られる部隊じゃないから誤魔化しも効くし、余計なしがらみを気にせずに動ける。あと、別に社員じゃなくても大丈夫。結局の所、信頼できる仲間だと思えるかどうかが重要なんだ」
「信頼できる仲間……」
「今のD・FOXは私、ケイオス、ナンバーズと規模は小さい。でも……信頼できる仲間はダイヤモンドのように貴重だ。私は……D・FOXをただの部隊じゃなくて、全ての組織や国家の歪みを乗り越えられる場所……現実的な言い方だと、緩衝地帯のような場所にしておきたい」
「緩衝地帯……まるで個人間で結ぶホットラインだな」
「だからアインス、あなたもここに入って。流石にアウターヘブン社にある名簿に記載はできないけど……私が認めるから」
「そうか……シャロン、君の気持ちはわかった。では……私をD・FOXの仲間に入れてくれるかい?」
「うん、これで……新しい関係が作れたね」
なるほど、シャロンが私にD・FOXに入るよう勧めてきたのは、単に口裏合わせのためだけではなく、闇の書を基に続いてきた関係を超えて新たな関係を結ぶ土台を用意するためでもあったのか。今後、アウターヘブン社と管理局の関係が更に悪化したとしても、D・FOXを口実に会う事ができるようになった、という訳だ。
「それじゃあ口裏合わせもできたし、そろそろ行くよ?」
「いや、だから終わってないって。勝手に会話閉めようとしないで」
「ご、ごめん。それで……何を話すんだい?」
「あなたとポリドリとの関係」
「あぁ~……それかぁ……私としたことが怒りで我を忘れるとは反省……ん? シャロン、君はあの時意識が無かったじゃないか?」
「待って、いきなり何? あなたが我を忘れるほど怒るって相当だよ?」
「え?」
「え?」
……。
どうやら、私の早とちりのようだ。私はポリドリの姿を見てキレた時のことを考えていたが、シャロンは戦闘途中の出来事のことを言っていたらしい。
「では、あの時の何を疑問に思ったんだ?」
「ポリドリが私達の関係に訳が分からないと喚き散らかしてた時、貴様がそれを言うかってあなた言ったじゃん」
「あぁ~……アレかぁ……」
「あの一言でポリドリとの間に何かあったのは察したけど、我を忘れるほど怒ったって聞いて確信した。……アインス、正直に答えて。夜天の魔導書を闇の書に変えたのは……ポリドリ?」
「……隠す必要も無いから言うが、その通りだ。私の目の前で、全ての蛮行が行われた。夜天の書を狂わせ、ナハトヴァールを怪物に変え、騎士達のオリジナルを殺した上に無理やりプログラム化して書に組み込み、破壊をまき散らす闇の書へと変貌させたのはポリドリだ。あの時、私は……何も出来なかった。止めることも抗うことも、自らを壊すことさえも何一つできなかった……!」
「アインス……」
「ただ、見ていることしかできなかった。それが私の罪の始まり……だからこそ、私はポリドリを倒したい。悲劇の芽を植え付けた存在を討ち、闇の書の因縁に完全な終止符を打ちたい」
「……なるほど、アインスにも報復心はあったんだ。しかもその対象は、闇の書に関わる全ての者にとって共通の敵だったと」
「情けない話だが、あの時の私は報復心の誘いに乗ってしまった。報復心に飲み込まれないように意思を保つのがどれだけ困難か、今回の件で身に染みたよ」
「私だってまだまだ未熟なんだけどなぁ……」
「だが君は報復心に誘われても自分を制御できた。報復心に身を任せなかった。この際だから正直に言うが、シャロンのその在り様は心から尊敬しているんだよ」
これは紛れもない本心だ。すぐ近くに報復心を刺激してくる存在がいる、という同じ状況になったからこそ、シャロンが常日頃から耐えているということがより深く理解できるようになったのだ。
「……ねぇ、アインス。あなたは“二度目”が訪れたらどうする?」
「二度目?」
「一度目は私にとってはアクーナの大破壊、アインスにとっては闇の書への変貌。どっちも私達の心に取り返しがつかない大きな傷と膨大な報復心を与えてきたけど、それに二度目があったとしたら……?」
「あんな最悪な悲劇が二度も起こるとは考えたくも無いな……」
「私にはあったよ……二度目」
「そ……そう、か」
シャロンの言う“二度目”に心当たりはある。一度目の方はこうして私と次に進めたけど、二度目の方は相手がな……。
「ふぅ、少し……話し過ぎた。何度も引き留めてごめんね」
「いや、謝らなくていい。話したければいつでも付き合うよ。今度はこんな殺伐とした事じゃなくて、もっと普通の事でおしゃべりしたいからね」
「じゃあ……いつか女子会でも開こうか?」
「ふふ、その時はぜひ誘ってくれ」
「承知したよ。あ、そうそう。“彼女”は当分あなたの所にいるつもりだから、ちゃんと話し相手になってあげてね」
『でも私の存在は管理局には内緒にしてほしい。知られるとお互い身動きが取れなくなりそうだから』
「わかってるよ、兄様の件で一度経験があるからね。ドゥラスロール、君の事は内緒にする。それと……これからよろしく」
『花の一咲き程度の間になると思うけど、よろしく』
それ、花の種類によって期間がかなり変わってくるんだが……。ただ、闇の書の呪いの象徴でもあったナハトヴァールがいなくなってから、私はずっと何か足りない感じがしていた。しかしナハトがいた領域に代わりにドゥラスロールが宿っているから、その空虚感が消えている。それに……太陽樹の化身だからか、彼女のいる場所が何だかポカポカして暖かい。
「ごめん、ケイオス……私、流石にもう限界……」
「ん、お疲れ様。ゆっくり寝てるといい」
これまでの会話でわずかに残ってた体力さえ完全に尽きたシャロンは、その身をケイオスに預けて眠りについた。しかし彼女の息苦しそうな寝顔を見るに、次元世界は彼女にとって安らかに眠れる場所ではない、ということか……。
「ん、すまない。帰路で色々話す予定だったが、こんな状態のシャロンを放っておくわけにもいかない。話はまた今度でいいか?」
「私への気遣いは無用だ、次に会った時に話してくれればいいからね。それよりシャロンだけど、身体をあまり冷やさないように注意してくれ。今のミッドは体調崩しても、ゆっくり治せる環境じゃないから」
「同感だ。それじゃ、まだ敵もうろついてるし、無事に帰還できることを祈っておこう」
「お互いにね。では、また会おう」
何はともあれ再会の約束をした私達は、ケイオス達と別れて管理局地上本部へ向かう。ただその道中、ディエチが連れてきた金髪の赤子の目が脳裏に色濃く残っていた。
「翡翠の右目に、紅玉の左目……あれは聖王家の……。つまりあの子は聖王の血を……」
「アインスさん? さっきからブツブツ言ってますけど、大丈夫ですか?」
「マリエル。君にはあの赤子がどう見えた?」
「え? 小っちゃくてかわいい子だと思いましたけど……それがどうしたんでしょうか?」
「いや……ちょっと……」
「あ! 今わかったんですが、もしかして!」
迂闊ッ! 話したせいで気付かれたか!?
「アインスさん、あの子に母性くすぐられたんですか?」
「はぁ?」
「いや~前から思ってたんですよ。アインスさんって、包容力あるな~って! それがあまり余って母性に発展したと思ったのですが……違います?」
「違うよ。私は……」
「まあ今のは冗談ですが、アインスさんのその心配は杞憂だと思いますよ。なにせあのアウターヘブン社に保護されたんですから、事情を知らない人が見た所で似てると思われるだけで済みますよ」
「え……気づいてたのかい?」
「容姿や特徴が一目瞭然なのは仕方ないかもしれませんが、DNA鑑定みたいなことをされない限り、正体がバレたりはしないですよ。まあ、前世の縁なんてオカルトチックなものが関わってきたら話は別ですが」
「前世の縁……?」
そういえばベルカでは子孫に記憶継承を行う術式が研究・開発されていた。もしかしたらあの赤子を視認した途端に連鎖反応が起きて、現代まで続いた子孫に対し、記憶が一気に浸食する可能性はある。その内容次第では、下手をすれば子孫の自我が飲まれる事故が起こりかねない……。
『勝手な大人の都合で子供が道具扱いされるのは、どこも同じなのね』
姿は見えないが、ドゥラスロールが心底呆れてる様子が伝わってきた。太陽樹の化身になったとはいえ、彼女は少女だ。人間だった頃に抱いた、周りに対する憤りも残っているはずだ。一度イモータルに変わり果てるほどの、大きな負の感情が……。
『私の過去の件はもう済んだことよ。黒兄さまのおかげで、私は生前の孤独から救われた。ジャンゴのおかげで、私は太陽の温かさを知ることができた。対極に位置する二人に、私は救われたの』
「そうか……余計なお節介はいらないって言いたいんだね」
『私の人生は私のものよ。家も無い、お金も無い、寝床も無い、病気になっても薬は手に入らない。食べ物にありつけない日もあったし、理不尽に乱暴されたこともあった、辛くて光も届かない暗闇の中で終わった人生だった。そんな日々には、運命を呪う余裕すらなかったわ』
「ドゥラスロール……」
『不幸ばかりの短い生涯だったけど、私は必死に生きた。理不尽な運命を相手に、身体も命も耐えられなかったけど、心だけは負けなかった。良い思い出が一つも無くても、救いも何もない人生だったけど、私にとっては唯一の人生よ』
「それでも受け入れるとは……強いのだな、君も……」
次元世界と同様に、世紀末世界にも多くの理不尽はある。ドゥラスロールの存在がその最たるものだろう。だが……彼女は生まれ持った理不尽に心が屈しなかった。だからその人生を……“理不尽に負けなかった自分”を象徴する人生を否定しないのだ。
「まったく……世紀末世界の者は少年少女に至るまで打たれ強いね」
『でも打たれることを正当化してはならないわ。私の心が耐えられたのも、ある意味奇跡なのだから』
奇跡……か。確かにずっと一人だった少女が死ぬまで心が折れなかったのは奇跡かもしれない。ただ……疑問がある。世紀末世界の人間はなぜ誰も彼も心が強いのか。まるで生き残るべき人間を選定しているのではないかと思う程だ。
『世界中で吸血変異が起きたのだから、加護や守護が無ければ例え大国の統治者でもアンデッド化は逃れられない。別の視点では、権力欲や支配欲の強い人に対する天罰に捉えられるのも致し方ないわね』
「つまり特権階級に対する天の裁きと考えられたのか。しかし銀河意思の目的は銀河の存続……そこに人間の都合は入らないのでは?」
『そうとは言い切れないかもしれない。銀河意思の今までの行いを思い返してみると、根本から違う存在であるが故に生命種へ容赦のない攻撃をしてるけど、一方で苦難に抗う意思を持つ生命種にはその意思の強さを試している節がある。そして試練を超えられたら、その生命種は存在する権利を得たことになるの』
「まるで全ての生命に対する審判だね」
『実際、世紀末世界でも吸血変異が起こる前までは次元世界同様、ヒトや国同士の争いや問題がずっと解決されずにいたわ。でも吸血変異を経て、生き残ったヒト達にそういった問題を蒸し返すようなことはもう起こらないと思う。確かに桁違いの犠牲は出てるけど、一方では世界中にはびこる問題を一掃したとも言えるの』
「俗人や悪人を皆殺しにしたから世界が平和になった、とはあまり考えたくないな……」
『けど一つの“真理”ではあるわ。そしてこの“真理”は目的に人間が介在している以上、銀河意思が抱くようなものじゃない。むしろ人間の方が抱くもの……だからもし、この“真理”が少しでも銀河意思の計画に入っているとするなら、銀河意思の隣にもう一つ、“この真理を信じる誰かの意思”が混じっていることになる……』
「銀河意思の隣……?」
『そもそもからして、銀河意思は物質などが介在する次元より上の位相にいる、高次元の存在。通常なら見ることも触れることも、それどころか存在さえも認知できない。ただ……もし、もしもよ? 何らかの方法で物質、肉体の檻を脱し、生死の境すらも超えて上の位相にたどり着けたとしたら、その人は銀河意思と直接対話できる……ってことにならない?』
「つまり高次元に行った何者かの意思が、銀河意思に影響を与えて、これまでの出来事を引き起こしたと?」
『高次元へ行く方法が発見されてないから、この発想はかなり飛躍しているけど、一考の余地はあると思うわ』
「そうだな。とりあえず記憶の隅には入れておくよ」
このようにドゥラスロールと会話しながら歩き、管理局地上本部の建物が見えてきた。すると警備に当たっていた地上本部所属の局員クイント・ナカジマがこちらを発見し、なぜか苦々しい表情で近寄ってくると……、
「八神リインフォース・アインスさん。あなたには機密情報守秘義務違反、及びスパイ疑惑がかけられています。無事に帰還されたのに申し訳ありませんが、身柄を拘束させていただきます」
「す、スパイだって!? なぜ私にそんな疑惑が……」
「待ってください、クイントさん! アインスさんはずっと私と一緒にいましたが、スパイ行為なんてしていません! 何かの間違いじゃないんですか!?」
「ごめんなさい、詳細は申し上げられません」
「ちょっとクイントさん! アインスさんも何か……」
「待て、マリエル。ここで変に抵抗したら主達どころか君にさえもスパイ疑惑を向けられかねない。かばってくれる気持ちは嬉しいが、今は彼女の指示に従うよ」
「本当にごめんなさい……私も出来る限りのことはしますから……」
そんな訳で突然のスパイ疑惑をかけられた私は、シャロンに教えられた敵の間者に何らかの手を回されたのだと察した。
『災難続きね、あなた。不吉な何かに憑りつかれてるんじゃないの?』
実際に憑りついてるのは君なんだが……。とはいえドゥラスロールはむしろ精霊的な何かだから、守護というか加護を与えてもらってると言うべきだろうか?
しかしまあ、シャロンの懸念は見事的中したって訳だ。最悪の状況になったら彼女に助けを求めるしかないだろうが……できれば自力で何とかしたい。そもそも私がスパイ疑惑を向けられるまでの経緯が不明なのだから、まずは冷静に状況把握に努めなければ……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第13独立世界フェンサリル
イザヴェル東地区 アウターヘブン社FOB
「はぁ……はぁ……! まだ……ボクの剣には、まだ先があるのに……!」
訓練場でボクはとある剣技の鍛錬を行っていた。“十六夜光剣”、かつてアルビオンに使用し、勝利をもたらした必殺技。一瞬の間に16回斬る絶技なんだけど、これは身体強化無しだと力のマテリアルとしてヒトより頑丈なボクですら、身体が壊れかけるぐらいヤバイ技なんだよね。だからあの時のような多重身体強化も無しで、かつノーリスクで使えるように鍛錬してるんだけど、これが中々難しい……。
あと、なんでこんな鍛錬してるかって言うと、虚数空間でもこの必殺技を使えるようにするためだよ。守護騎士達と同様にボク達マテリアルズも根本はプログラム体だから、いるだけで魔力が喪失していく虚数空間じゃ、存在維持に魔力が必要になってくる。そんな状況で身体強化魔法を使えば、虚数空間にいられる時間が減っちゃうから、できるだけ魔力を使わないで戦えるようになりたいんだ。
ちなみにシュテルんは虚数空間に散らばった自分の魔力を再度吸収して、小規模の循環系を作り出すことで対策してるよ。カートリッジの魔力もその中に混ぜられるから、いればいるほど使える魔力が多くなるって寸法。ただそのやり方は、魔力素の流れを掌握してなくちゃいけないから、シュテルんの頭の中はマルチタスクがフル稼働してて大変みたい。おまけに掌握できなかった魔力は水がこぼれ落ちるように消えちゃうから、周回世界の調査が主軸ではあるけどシュテルんは長時間虚数空間にいることでその辺りの経験値を増やそうとしてるんだ。
え、どうしてボクも虚数空間に行くことを考えてるのかって? そりゃあ決まってるじゃん。アレだよ、アレ、ヴァナルガンド。今度こそちゃんと封印できるように頑張ってるけど、もし封印が解けたら、戦いの規模は凄いことになる。そんな化け物を魔法が使えないからって戦いの場を現実世界に戻したら、それこそ被害がとんでもないことになっちゃう。だから虚数空間でも戦えるようになる必要があるんだ。
もちろんイモータル勢との戦いもちゃんとやるけど、ミッドにいるシャロン達の救出が完了すれば、ボク達はヴァナルガンド対策の方に集中したい。ハッキリ言ってフェイト達や管理局、オーギュスト連邦じゃ虚数空間でまともな戦闘は望めない。ラジエルはどうかわからないけど、虚数空間で戦う準備をしてるのはボク達マテリアルズのみ。
要するに、虚数空間とヴァナルガンドのことはボク達が引き受けるから、管理世界とイモータルのことはフェイト達に任せたかったんだよ。でも……はやてんも含めて堕ちちゃったんだよなぁ。だから次元世界の方の戦力を補填する必要があるんだけど、そういう意味じゃ世紀末世界から来たリタっちやザジさん、そしてシャロンはすごく丁度いい位置にいるんだよね……。ま、戦いたくないなら、それはそれで何とかするつもりだけど。
「ふぅ~……シャワー浴びよ」
バルニフィカスを待機モードにしたボクは汗を流しに戻っていく。あと、なんか時々視線を感じてたけど、敵意とかは無いのでボクは大して気にしなかった。
だが他に訓練してた人達は、基地内に戻っていくレヴィの背中に対し、
『(汗まみれのシャツ一枚で胸たゆんたゆんさせてるから、性欲を持て余して訓練に集中できなくなるけど……ありがとうございます!!)』
誰も指示していないのに敬礼していたことを、レヴィは知らない。
シャワーで汗を流した後、ボクははやてん達をFOBの待合室に呼び出した。呼んだって言っても場所は彼女達を泊めてる収容部屋の隣なんだけどね。
ちなみに話は変わるけど、ジャンゴさんとリタっちは色々あってサクラがブレイダブリクの借り部屋を返却していたこともあり、FOBの宿舎の部屋を用意して、そこに泊まってもらっている。宿舎ならサクラも別の部屋を借りてるから、あの子も傍にいられるわけだし。
ところで、リタっちがサクラのことをジャンゴさんの新しい妹として受け入れてくれたのは嬉しいけど、男女の関係にまで及んでも受け入れますって言った時は器デカいなぁ~と本気で思った。そりゃあ昼ドラ展開を希望する人もいるかもしれないけど、世紀末世界じゃ一夫一妻制どころか法律自体残ってるか怪しいものだし、あの人達なら多分なんかあっても大丈夫だね。
にしても、ずっと好きに想ってた人と長い時間離れ離れになって、やっとのことで再会できたら、ボクとしてはつい欲望に身を任せたくなると思う。もし今、サバタお兄さんが近くにいると想定したら……ボクは絶対我慢できない。王様やユーリ、シュテルんも普段は見せないだけで、本当はすっごくサバタお兄さんに会いたいと……愛されたいと思ってる。だってあの人の愛は、この上ない幸福感と安らぎを与えてくれるんだもん。その愛の証をこの身に刻んで欲しいって思うのは……別におかしいことじゃないよね?
「お~い、わざわざ呼び出しといてヒトの目の前で雌の顔すんなや、レヴィちゃん」
「ぶー! いいじゃん、年頃なんだし妄想の一つや二つしたってさ! はやてんだって妄想ぐらいするでしょ!」
「そりゃまぁ、否定はせんけどなぁ……」
「そういえば、我々やマテリアルズといった存在に年頃という概念は存在しているのか? シャマル、どうなんだ?」
「なんで私にそれを聞くの? そもそも誰かと体を重ねたくなるのは、生物の本能的に当然のことだと思うけど……」
「だからといってアタシやリインがそうなったらマズいんじゃないか? あ、いや、もしもの話だけどさ。ほら、倫理もそうだけど特に社会的にヤバくね?」
「え、ヴィータちゃん。わたしと体を重ねるのは社会的にヤバいんですか? わたし、ユニゾンで何度もはやてちゃんと体重ねちゃってますよ?」
「ふむ、家主が社会的に死ぬな」
「いやユニゾンは流石に関係ないやろ。まあ、社会的にギリギリなんは事実やけど……」
実際それでギア・バーラー、ゴエティアを目覚めさせられたからね。まともな反論が出来なくて、はやてんが目をそらすんだけど、実の所最近の下半身の状況をバラすだけで社会的立場と威厳は即死すると思う。
「ごめんごめん、つい意識がそっち行っちゃって。それで皆、怪我の具合はどう? 治療に関しては大分手を尽くしたはずだけど、今の所問題無さそう?」
「立場的にはアレやけど、おかげさんで久しぶりにゆっくり休めとるで。まあ、連日戦ってばかりいたせいで治す暇も無かった、っちゅうのもあるんやけどね」
「それに、俺の義手の手配までしてくれた。これ以上を望むのは贅沢というものだろう」
「流石にタダって訳にはいかねぇけど、前にサクラの義手を見たからザフィーラの義手もつい期待が高まっちまうな!」
「ふむ……義手か……」
「シグナム、貴女まだ戦場に未練が……?」
「あ~……こればかりはどうしても……な。あんなことがあったにも関わらず、将だったサガは簡単には抜けないものだな」
そういやブシドーって右腕と右足に不調が残ってるんだっけ。彼女のおかげで知ったが、暗黒物質の濃い場所で大ダメージを負うと、プログラム体に後遺症を残してしまうことがある。魔力で体を構築してるが故の弱点ってことかな。
「ま~とりあえず快方に向かってるようで良かったよ。さて、今日集まってもらったのは、はやてん達にも昨日起きたことはある程度知っておいて欲しいと思ったんだ。初めに言っとくけど別に何かしてほしい訳じゃないし、ここでの扱いが変わる訳でも無いからね」
「昨日のこと? 取り調べの件で何か抜けてたりマズいことがあったんか?」
「ううん、そっちは現状問題なく処理が進んでる。クラインも仕事はちゃんとすると思うから、大人しくしてくれれば手続きにそう時間はかからないよ。話を戻すけど、昨日のことってのは、ミッドチルダで大規模な戦闘が発生した件の方だよ」
「戦闘……!」
はやてん達がつい先日までいた戦場なので、否が応でも彼女達に緊張が走る。軽く咳払いして、まだ捕虜の彼女達にも教えられる範囲で説明を始める。
「まずはこれかな。一言で言うと、聖王教会が陥落した」
「な、陥落やて!? そんな、聖王教会にはカリムやシャッハもおるのにどうして……!」
「ぶっちゃけ相手が悪いね。なにせ攻め込んだのは高町なのは……ううん、リトルクイーンだもん。彼女はたった一人で教会にいた人達を皆殺しにした。ちょうどそこにいたフェイトも怪我を押して戦ったんだけど……」
「まさか、フェイトちゃんが死んだ、なんて言うつもりじゃあらへんよな……!?」
「ううん、彼女は辛うじて生き延びたよ。でもすごい重傷を負ったから、当分は意識が目覚めることも無いみたい。なんか治療ポッドが無ければ生命を維持できないほどのダメージだったみたいで、現地にいる元部下曰く、なんでこんなにまでダメージ受けて生きてるのって驚いてたもん」
「そう……一人でも頑張ったんやな、フェイトちゃん。私らが不甲斐ないせいで、ごめんな……」
「そんな訳で管理局も聖王教会に救援部隊を送ったんだけど、全員との連絡がつかなくなったようで、多分全滅したんだと思う。おまけに大量の離反者まで出たせいで、管理局の戦力はもうボロッボロのスッカスカ。ぶっちゃけ治安維持組織としてはオワタってレベルにまで弱体化してる」
「私らが言うのもなんやけど、もはや見る影もないって感じやな」
「まあこっちもそれなりに反撃してるんだけど、アウターヘブン社側の情報は守秘義務があるからはやてん達と言えど全部は教えられないんだよね。ただ、管理局側の情報ははやてん達も知っておくべきかなぁ、と思ってこうして話したわけ」
「なるほど……」
「ただ、次に話す件は今のはやてん達とも深い関わりがあるから、聞いた途端に取り乱したりしないでね?」
「な、なんや……? これ以上何かあるんか?」
「クロハネ……リインフォース・アインスがスパイ容疑で管理局に拘束された」
『ッ!!??』
それははやてん達にとって寝耳に水だった。はやてん達にとってはギジタイ化した本局にいたアインスの安否が不明だったから、生存が判明したのは間違いなく嬉しい情報のはずだ。しかしスパイ容疑で管理局に拘束された、ということは果たしてどういう意味を示すのか、はやてん達も少なからず察している。そう、このスパイ容疑の件は、アルビオン達との件を知っていれば色々と線が繋がるんだ。
「わ、わたしですか……!? わたしが情報を渡していたから、アインスお姉ちゃんが捕まったんですか……!?」
「否定はしないよ。そしてツヴァイにその機能があったのを知ってるのは取り調べの際に知ったクラインを除くと、アルビオン達とイモータル勢……そしてアルビオン達はもう除外できる。てなわけでやったのはイモータル勢になるけど……」
敵がやったのは要するに、ツヴァイのスパイ行為をアインスがしたことにして管理局にリークした。この件で特に厄介なのは、ツヴァイのスパイ行為が事実であることだ。そのためアインスの無実を立証したら、ツヴァイのスパイ行為を立証することになる。だから結果的にスパイ行為の責任をどちらかが背負う羽目になり、それに付随して八神家に裏切り者の目を向けられる。要はこのまま事が運べば、せっかく彼女達が培ってきた信用が完膚なきまでに失墜するどころか、後ろ指をさされて二度と表社会で暮らせなくなる。ハッキリ言って、八神家滅亡の危機は未だに続いてるってことだ。
「にしてもこの情報リークから確保までの動き、指示系統の違いなんかで鈍重な管理局にしては妙に早すぎる。多分、イモータルから流された情報を鵜呑みにしたんじゃなくて、別の思惑があった所にこの情報がちょうどいい引き金になったって線が妥当だね」
「別の思惑やて?」
「うん。ボクの勘だけど、これレジアス中将が絡んでるよ。皆も知ってるようにシャロンは闇の書の被害者だから、それを足掛けにした友好的アピールのつもりなんじゃないかな?」
「あ、アピールって……そんなことでアインスを陥れたんか?」
「駆け引きの世界じゃよくある手段だけど、レジアス中将は高ランク魔導師や犯罪者が嫌いな人としても有名だったよね。だから気に入らないって点も混じってるかもね」
「言われてみればあのオッサン、そういう潔癖な一面もあったっけか……味方から私怨を向けられたことはしょっちゅうあるけど、高い権力を持つ人の私怨ほど厄介なもんはないなぁ」
「わかるわかる、権力持ってる人ってとにかくめんどくさいよね。だからこそ公爵はこの一手を打ったんだ。ツヴァイを解放された後のことも想定し、レジアス中将の思惑を読んで、次の策に利用する。レジアス中将も本人は真剣にやってても、結局は公爵の掌の上で踊らされているだけ。どれだけ抗おうと想定の範囲から抜け出せない、都合の良い駒に過ぎないんだ」
「これが公爵のやり方なんか。現在進行形で味わってるからこそわかるけど、足掻けば足掻くほど雁字搦めになる気がするわぁ……」
うん、公爵に目を付けられると、見つからないようにしないと大体先回りされて利用されるか罠張られるもんね。何かしらの要素で想定を超えないと、むしろ行動する前より何かを失う羽目になる。
そういう意味では今のタイミングで世紀末世界から来た人達、シャロンやリタっち達は公爵の策にいなかったイレギュラーだから、今の状況下では最も動きやすい人達なのかもしれない。それとシュテルんみたいに、表向き死亡扱いになっている人も公爵に気づかれず動けると思う。
「なんにせよ、私らは家族や。家族の危機なら、罠だとわかっていても助けにいかな!」
アインスの危機に立ち上がろうとするはやてん。しかし……、
「あのさぁ、はやて……アタシ達まだ捕虜の身だろ? 今動いたら余計敵を増やすぞ」
「アインスを助けたい気持ちは私達だって同じよ。でも……ねぇ?」
ヴィータもシャマルも苦渋の表情ではやてんに静止を促す。シグナムとザフィーラも今動くのは得策ではないと判断しており、無言で二人に同意していた。
「はやてちゃん、私を含めて皆まだちゃんと動ける状態じゃないわ。はやてちゃんの怪我だって全然治ってないんだから、無理しないで」
「ぐ……シャマルの言いたいことはわかるけど、でも!」
「あのねぇはやてん、ボク最初に言ったじゃん、別に何かしてほしい訳じゃないって。それにさ、はやてん達が危惧してるようなことには多分ならないんじゃないかな」
「? どういう意味なん?」
散々状況のヤバさを言っておいて、ボクがあまり深刻そうにしてないから、はやてんは首を傾げた。まあ、こればかりは現地で起きた情報を知ってないと、理解は難しいか。
シオンの報告書によれば昨日の作戦時、シャロンとクロハネがポリドリ相手に共闘したとのこと。この文を見た時は驚いたけど、同時に嬉しくも思った。きっと二人の関係に雪解けがあったんだ。そこから推測するに、シャロンは闇の書への報復心を自力で克服した。はやてん達がアルビオンを介して受け取った闇の書にまつわる無数の報復心……それをシャロンとクロハネは自分達でケリをつけたんだ。
はやてんは“発散”させる道を選んだけど、シャロンは“昇華”させる道を選んだ。状況や時間などの違いはあるけど、シャロンとクロハネは報復心の先へ進み始めたんだ。ま~本来ならシャロンが八神家の境遇まで面倒を見る必要はどこにも無いし、なんだかんだでツヴァイに非があるのも事実だから、巻き込まれないために普通は手を出さないものだろう。けど……、
「まだ直接再会してないけど、ボクはシャロンの革新を信じてる。彼女は……ううん、彼女だからこそ、報復心を利用した策を超えることができるんだ」
「月詠幻歌の歌姫にして、計画を壊す者かぁ……そこまでシャロンさんを信頼しとるんやな、レヴィちゃんは」
「ま、あの子もサバタお兄さんの薫陶を受け取った一人だからね~」
「あ……確かにその通りや。レヴィちゃんが先に取り乱すなって言うたのも今ならよく理解できるわ」
「多分、今まで妨害ばかりされてたから、はやてんは闇の書の被害者をちょっと信じられないのかもよ? おまけに出撃が続いたせいで自分が何とかしなければ、っていつも考えて他人を頼らなくなった。でもシャロンは他の人が乗り超えられなかった報復心を乗り越えてるから、きっとクロハネの危機も何とかしちゃうよ。大丈夫、あの子は信じて大丈夫だから、はやてんも……ね?」
「せやな……まだ話したことあらへんけど、シャロンさんは一度その身を挺して私を助けてくれたことがある。アインスのこと、任せてもええかな……」
そう言ってはやてんは落ち着きを取り戻して、椅子に座り直した。そしてボクはアインスの件を伝えてから、ずっと俯いてるツヴァイに声をかけた。
「ツヴァイはどう? シャロンの事、信じてくれる?」
「……。わたしは……できたら信じたいです。でも、わたしにそんな資格はありません。だって、わたしの伝えた情報のせいで襲撃が起きて、多くの人が犠牲になったんですから」
「リイン……」
「はやてちゃん達がわたしを許してくれたのは本当にうれしいです。だけど他の人はそうはいきません。わたしが原因だったとわかれば、きっと皆わたしを恨みます。言ってしまえば、今まで襲撃があった世界全てが被害者になるんです。フェンサリルも、ミッドも……」
「ま、確かにそうかもね。君は多くの世界で、多くの人が死ぬ要因になった。既に起きた事を変えることはできない。闇の書とはまた別の報復心を、君は生み出したんだ」
「そんな言い方は……!」
「いえ、レヴィさんの言う通りです。人々が望むなら、わたしはいくらでも責めを受けます。そこまでしないと、わたしは自分を許すことができません。はやてちゃん達の傍にいられることは幸せなはずなのに、皆が許してくれれば許してくれるほど、わたしは逆に苦痛に思ってしまうんです……!」
「ふ~ん、罪の意識がこのまま許されることを受け入れられないんだね。贖罪をしないままでは、自分を許せないんだね」
「……はいです」
「よし! じゃあボクにいいアイデアがあるから、後でまた話をしよっか!」
「ふぇ!?」
「え、レヴィちゃん。リインに何かやらせる気なんか? 法に触れるようなことなら流石に止めるで?」
「いや、法には触れないと思うよ。ただ、相当危険な試みではあるね」
「もしかして……命がけ?」
「うん、命の保証はできない。でもこれは八神家にとって、一種の起死回生になるかもしれないアイデアだ。別にやりたくないなら断ってくれてもいいけど……」
「やります! わたしに出来ることがあるなら、何でもやらせてください!」
「いやいや、こういうのは内容聞いてからにしなよ。とりあえずこのアイデアに乗るかどうかは後で話す時に改めて訊くから、まず先に八神家の間で話をしておいて」
「は、はいです……」
流石に急ぎ過ぎたと思ったツヴァイがしゅんと大人しくなる。それにしてもさっきの言動から察するに、ツヴァイの精神にある種の強迫観念が発生していると思う。多くの人が死ぬ原因になった自分がこのまま生きていていいはずがないって感じで、救われることより罰せられることを望んでしまう。だからこの場合、あえて許されない方が本人の精神が安定したりする。いくら姉妹だからって、そういう所まで似る必要は無いのにねぇ。
「さて、こんな重大な話の後に、まだ一つだけ話があるんだけど、休憩いれる?」
「いや……あと一つなら休憩は挟まなくても大丈夫や。それで?」
「えっとね。今、地球とオーギュスト連邦の間で同盟が結ばれようとしてるんだけど、実は……」
そしてボクははやてん達に、地球の連邦加入による居住の選択のことを伝える。はやてん達の都合上、ヴィータ達の帰属先は管理世界になるから家族と共に在るには、はやてんの選ぶ帰属先も管理世界になるだろう。ただそうなると、八神家は地球に二度と帰れなくなる。サバタ兄さんと過ごした思い出のある海鳴にもう行けなくなるんだ。
ま~思い出にすがらない道を選ぶのなら、むしろ立派なんだけどね。とりあえず世界の行く末を鑑みるに、八神家は何かを守るために何かを捨てる道を選び続けるしかない。……よくわからないけど“正義の味方”とは、そういうものらしいし。
「それじゃ、今伝えられることは全部伝えたし、後でまた来るよ」
「地球か、管理局か……かぁ。まあ、世界の状況を教えてくれたのは事実やし、ありがと。それでレヴィちゃんはこれから何するん?」
「ん~、ナイショ♪」
人差し指を立てて口元に持っていく仕草をすると、はやてんはなぜか頬を赤らめて、「レヴィちゃんがそういう仕草するの、あざと可愛すぎて卑怯や」と呟いた。
やることも済んだので待合室を後にしたボクはエルザの艦長室の席に座ると、今朝の内にジャンゴさんにメールで送った昨日の報告について、彼なりの意見が書かれた返答メールを確認する。
「ふんふん……やっぱりジャンゴさんもそう考えたか~」
ポリドリには分身体が複数いる、という情報からボクとジャンゴさんはポリドリの動きについて一つの予想を立てていた。ポリドリはオーギュスト連邦の管理局に対する敵対感情を煽り、大戦……ううん、虐殺を起こそうと画策している。そのため連邦に加盟したか、これからしようとしてる世界に対し、管理世界に対する攻撃意思を扇動してくる可能性があった。
ネットワークが普及した今、ヘイトスピーチなどで民衆を扇動することは割と簡単になってしまっている。要は腐ったマスコミと同じく、情報を意図的に歪めて敵対感情を育ませるというもの。ただ、これは民衆に怒りの爆弾を埋めてる段階……だから次に何かしらのきっかけがあれば、この爆弾は一斉に爆発する。
ポリドリにとって、人類側の戦力が団結する事態は望ましくない。だから管理局とオーギュスト連邦が決して協力しないように仕向けてくると思う。ヒトの報復心をかき乱して、大きな争いを生み出すやり方がポリドリの嗜好らしいし。
「となると次は、オーギュスト連邦に何かちょっかい出してくる可能性があるなぁ。ただ、イモータルやアンデッドが攻撃してきた所で、管理世界への報復心の扇動にはなりにくい。きっと一目で管理世界のものだとわかる何かを使うだろうけど……」
そういえばサクラと同じ施設で誕生したフェイトのクローンが連邦のどこかにいるんだった。もしかしてその子を利用してくる可能性が? いや……確証も無いのに疑っても仕方ない。それに全然違う方法を使ってくる可能性もある。なんにせよ、重役が集まる時があれば敵にとって絶好の機会になるから、連邦の人達に会談なんかをする場合は警戒を強くするように言っておくべきかな。例えば近い内に行われる、地球と連邦の会談なんかは襲撃フラグが目に見えてるし。
「敵の襲撃タイミングに関してはここまでにしとこう。次はポリドリの分身体の力についても考察しておこうかな」
恐らく、ポリドリは超能力を基にした戦法が主軸だ。故にそれを一時的にも封じられたら戦法は成り立たなくなり、かなりの弱体化を図れる。だからシャロンの価値はまたしても跳ね上がったのだが、それについてはちょっと疑問点がある。
シャロンの月下美人としての力は歌で発揮される。なのにどうしてそんな能力が使えるのか……彼女にボク達の知らない何かが起きているのか? あるいは……こんなこと考えたくないけど、そもそも彼女の力は本当に月下美人のそれなのか? 実は全然違う何かなんじゃ?
って、それは今考えることじゃないし、話を戻そう。超能力と言っても色々あるけど、ポリドリのそれはサイコキネシス系列に当たると考えられる。超能力は大まかに二種類に分けられて、それがサイコキネシス系列とESP系列。ESP系列とは、テレパシーとか未来予知といったもので、要は時空間を超えて情報を得るようなもの。サイコキネシス系列とは、念力を始めとした目に見える超常的な現象を引き起こすもの。
サイコキネシス系列で強そうなものと言えば、例えばパイロキネシス、発火能力。要するに、火元無しでいきなり相手を燃やすというもの。ぶっちゃけた話、これは暗殺に使われると非常に厄介だと思う。だって証拠が残らないんだから、いくら捜査しても犯行を証明することは不可能なんだもの。しかも視界に入ってさえいれば発火できるんだから、戦うなら何らかの方法で見られないようにするか、もしくは燃やされないようにする必要がある。
「ん? 発火?」
そういえば報告書には、二体目のポリドリの分身体は炎を纏うレーザーブレードを使ったと書いてあった。ケイオスが一瞬で倒したから出オチみたいな感じになったけど、もしかしてそいつの持ってた超能力はパイロキネシスだったんじゃ?
「あ~うん。鎮火は早ければ早いほど、被害は少ないよね。それに火に土をかけるのも鎮火の手段としては真っ当かな、あはは……」
あまり深く考えると疲れるし、やめておこう。なんだかんだでケイオスとシャロンの即時対応があらゆる意味で適切だったのはいいけど、できれば強敵を相手にするなら事前に対策を用意してからにしてほしいなぁ、と親切心で思った。
それはそれとして、メールボックスには他にも届いている返事がある。一つはミーミルのゲートキーパーをいくら貸してくれるかの返事。結論を言うなら、1基だけ貸してくれることになった。この数はこっちの身からすれば正直残念だけど、恐らく向こうも折衷案として辛うじて融通したんだろう。
もし1基も貸さない場合、アウターヘブン社の要請を無下にすることになるから、今後の関係悪化を危惧する。かといって多く貸した場合、同盟を結んだオーギュスト連邦から離反疑惑を向けられるから、それはそれでマズい。だから1基だけ貸すことにして、両方に言い分が成り立つようにしたって訳だ。
「ふぅ、世の中ってめんどくさいことばっかり増えるなぁ」
めんどくさいことと言えば、もう一つの案件。ガンズ・オブ・ザ・パトリオット。こっちは今、ちょっとばかり手こずってる感じらしい。とりあえずリキッドの爺ちゃん達が中東でのテストを終えたという連絡は届いた。テストの結果はあまり芳しいものじゃなかったようだけど。
「SOPによる“精神の制御”……それを外せば今まで抑制、蓄積してきた感情が一気に溢れる……か。それじゃ、この計画の先には後遺症の出る兵士がたくさん現れるってことだね。後始末という言い方もアレだけど、その辺の準備も今のうちに用意しないと……」
結局の所、リキッドの爺ちゃん達が全てをゼロに戻しても、それで埋められていた部分が何とかなる訳じゃない。あるはずのものが無くなればそこは空虚なまま……むしろ今の世界の骨組み部分を失うのも同然だから、穴だらけになった世界は簡単に崩れちゃう。だから全てをゼロに戻したとしても、世界が完全に崩壊しないように補強する存在が必要になる。だからボク達は、破壊と新生を経た世界に足りないものを埋めなくちゃならない。それが、近い内に役目を終えるアウターヘブン社にいる者の務めだから。
「あ~もう! 艦長になってから考えることがたくさんあり過ぎて大変だよぉ~!」
ちょっと疲れてきたので、ぐでぇ~っと体を伸ばす。ボクとしては身体を動かす方が性に合ってるから、こういう事務作業はぶっちゃけかなり辛い。でもやらないと仲間と情報共有できないし、ミッドにいる方が大変なのにちゃんと報告書を書いてくれるシオン達にも悪い。それに作戦や策なんていうのは失敗した後の事も考えておかないと、その指揮官はちゃんと仕事が果たせていない未熟者ということになる。ハッキリ言って危機的状況下で、希望的観測なんかしてる奴はただの愚者か、もしくは現実逃避してるだけ。それじゃいつまで経っても何の改善にもならないんだから。
「さて、と……ゲートキーパーが一基だけしか使えないなら、その上で作戦を練っておかなきゃね。救助もだけど、探索もしなくちゃだし……」
一息ついた後、ボクはエルザのクルーへ2時間後に作戦会議を行うことを通達した。ミッドにいる仲間のためにも、考えうる不安要素は出来る限り洗い出し、どう対処すればいいか伝えられるように。それが現地にいないボク達にできるせいいっぱいの助力だからね。
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第1管理世界ミッドチルダ 北部
アウターヘブン社FOB シャロンの部屋
「……」
え~っと、まず今の状況をまとめますと、目の前にシャロンさんの寝顔が見えます。
いえ、フーカも同じ布団で一緒に寝ていますが、それ自体は別におかしくありません。今、この部屋にいる最もおかしな存在、それは……
この私、アインハルト・ストラトスまでこの部屋で寝ていたことです。どうして私までシャロンさんと一緒の寝床にいるのか、ちょっと昨日の記憶を思い返してみます。
昨日の夜の9時過ぎ、シャロンさん達が作戦を終えて戻ってきました。私達一般人が知る限りでは、どうやら彼女達は敵の重要施設を破壊し、味方も増えて、更に敵の首領にもある程度ダメージを与えたそうです。しかしその際、ここからでも見える巨大な爆発を引き起こしたのでシェルター内はちょっとした騒ぎになりましたが、シオンさんの口から真相を教えてくれたので、避難民はシャロンさん達の凄まじい戦績にどよめいていました。
ですがその一方で、シャロンさんは疲労困憊でした。ケイオスさんに背負われて仮眠しながら帰ってきた彼女は、ほんの少しだけ回復した体力の下、新たな仲間と共に大浴場で体の汚れを落としに行きました。その際、フーカから目を離せなかったので入浴時間を逃した私とミウラさんもご一緒させていただいたのですが……。
ディエチという方があやしていた赤子、ヴィヴィオの姿を目の当たりにした時、私の中に流れる血が凄まじい反応を示してしまったのです。記憶の濁流による自我の喪失……有り体に言えば“暴走”ですね。
そもそも私の中でその傾向は既に始まっていました。アインハルト・ストラトスのものではない過去の記憶……ベルカ戦乱期で覇王と呼ばれたクラウス・イングヴァルトの無念の記憶。その強い無念によって時々、私の自我が浸食されていました。その浸食の度合い次第では私がどこの誰で、子供なのか大人なのか、男なのか女なのか、何もかもわからなくなってしまうほど酷いものでした。
ええ、そうです。あの時、私の身に起きたのは今まであった記憶の浸食の中でも類を見ないものでした。今までは悲惨な映像を繰り返し見せられるものでしたが、今回のそれはまさしく他人が私の身体を乗っ取るべくぶつかって来たような衝撃がありました。魂が抜け出る、という表現が適切かどうかわかりませんが、身体の主導権を奪われかけた私は“アインハルト・ストラトスの魂”を失う所だったのです。
ですが、そうはならなかった。暴走した私の状態にシャロンさんは気づいたようで、月詠幻歌を歌いました。アクーナに伝わる鎮魂歌……あのファーヴニルさえ鎮めたその歌は、クラウスの記憶の浸食に対しても効果を発揮しました。そして私はアインハルトとしての自分を取り戻した所で、意識を失ったのでした。
「そうして倒れた私を看病してくれた、ということですか……」
経緯も思い出せた私は、この恩人とも言える女性の寝顔を見つつ、少し微笑む。こうして思い返したことでようやく気づきましたが、私の中に流れるクラウスの記憶は今も徐々に増えているのに、自我が浸食されるような感覚がありません。これは月詠幻歌によってクラウスの記憶との親和性が高まり、自我が浸食されずに済むようになったのでしょう。
つまり私は将来、暴力沙汰になってたかもしれない症状を治療してもらったことになります。誰にも言えなかった私の苦悩を取り除いてくれた彼女には感謝してもしきれませんが、そもそも彼女に対してはなぜか実の親以上の親しみやすさを感じています。その上、月詠幻歌には妙な懐かしさも感じるので、私と彼女にはどこか強い縁があるのかもしれませんね。
「ん……」
シャロンさんがゆっくりと目を覚まし、既に起きていた私と見つめ合って数秒後……
「……すぅ」
「あ、あの……さらっと二度寝しようとしないでください」
「……。あいたたた、断空拳で殴られたお腹が~……」
え……もしかして私、昨日かなり大暴れしちゃったんでしょうか? 実際、暴走している間の記憶は曖昧で、何をしてしまったのか全然覚えていません。もし暴走中に私が彼女を攻撃していたのであれば、今の私はあまりに恩知らずなのでは……!?
「だ、大丈夫ですか? 私のせいでしたら謝りますから、どうか……!」
「じゃあそのままじっとしてて」
「へ? は、はい? じっと……?」
訳も分からず私は布団の中で気を付けの姿勢を取ります。するとシャロンさんはすっと私の身体を両腕で抱き締め、
「よしよし……」
なぜか頭の後ろを撫でてきました。
「あ…………」
ドクン……ドクン……。
胸元に押し付けられている私の額から、シャロンさんの心臓の鼓動が伝わってきます。何故でしょう、まるで羽毛に全身を包まれているかのような居心地です。今まで感じたことのない感覚に戸惑いますが、この状況を表す言葉を思い返して気づきました。これは、母親の温もりというものではないかと。
考えてみれば私は、母親の愛情をよく知らないまま育ってきました。なんといいますか、私の両親はベルカの騎士らしい堅物と貴族主義が凝り固まった人達でしたので、親子としての時間はほとんどありませんでした。むしろストラトス家の格を維持するために女の私を利用しようとしていた節さえあります。なので私は、両親がアンデッドに殺されたと聞いても特に感情が揺れ動いたりしませんでした。親子と言えど他人、家族と言えど情は無い、私達はそんな関係でした。
だから……この暖かさは、私にとっては生まれて初めて味わうものでした。こんなに暖かいものを与えてもらっては、私の背伸びなんか、ただの児戯に過ぎません。
シャロンさんがどうしてこういうことをしてきたのか、私にはわかりません。ですが私は初めて、心の底から安心感を抱いたまま睡魔に飲まれ―――
「おっはよ~! 朝だよぉ~!!」
「あぁ……セイン、ディープダイバーでモーニングコールは心臓に悪いよ……」
「びぇええええええ!!?!?」
「ほらぁ、フーちゃんビックリして泣いちゃったじゃん」
「ご、ごめんごめん! ほ~ら、よしよ~し! 驚かしちゃってごめんね~」
「……はぁ」
……なんか妙に恥ずかしいですが、時間的にも確かに起きるべきでしょうね。ただ、それはそれとしてこの水色の髪の人にはちょっと不満げな顔は向けておきます。
「な、なんだよぉ~。そっちの子もそんなに怒らなくたっていいじゃんか~。これでもあたし、結構ビビりなんだからな!」
「それ、胸張って言うことですか?」
「好きな事や苦手な事がはっきりわかるって、結構大事だぞ~? 自分の事がわかってる証拠なんだしさ!」
「自分の事がわかってる証拠、ですか……」
考えてみれば、私はそもそも自分のことがわかっていないのかもしれません。私は何が好きなのか、何がしたいのか……そういう確たる自分を持っていなかったから、クラウスの記憶に飲まれてしまったのでしょう。少しばかり癪ですが、彼女の言ってることは忠告として受け止めておきましょう。
「自分の事……か」
シャロンさんがそう呟くと、部屋の洗面所に備え付けられてる鏡で自らの姿を眺めつつ、
「私はシャロン・クレケンスルーナ、ニダヴェリールの月下美人だ」
「なんで鏡相手に自己紹介してるんですか?」
「……」
その質問に、シャロンさんは何も答えてくれませんでした。
「ところで君、全裸グラップラーってあだ名は欲しい?」
「全力で拒否させていただきます」
後書き
剣追:ゼノギアス E・フェンリルの技。剣を手にしたアインスの技は、同じく途中で剣を使うようになるシタン先生のギア技を主体にします。
天よりふり注ぐもの:ゼノギアス デウスの技。ゼノギアスでの効果は混乱、パワーロス、防御力低下。シャロンが使える理由は作中に一応記載。
ブレイク、ダウン、ライジング、スマッシュ:ゼノブレイド2 ドライバーコンボ。シャロン一人でブレイクとダウンを行い、アインスがライジングとスマッシュを行いました。
自爆:ここまで高威力だとネクストのアサルトアーマー並み。
騎馬戦:シャロン、ケイオス、アインスが揃った時の三位一体特殊奥義。
ガイスト・ナーゲル:Vividより、ジークリンデ・エレミアの技。
レヴィ:強化有りなら斬鉄剣ができます。
ガンズ・オブ・ザ・パトリオット:現在MGS4の第一章が終わった辺り。
フ「マキナ師匠から継承したのでわしがやるぞ、マッキージムです!」
リ「いつでもどこでもフーちゃんと一緒にいます、リンネです!」
フ「さて今回、シャロンさんとアインスさんが組んだ時の戦闘があったが、ゼノブレイド2の戦術が混ざってたのう」
リ「武器は受け渡ししてないから、過去編の戦い方だったよね」
フ「チーム分けするなら彼女とケイオス、そしてアインスさんの3人で一つのチームになるんじゃろうか?」
リ「う~ん、私はあの二人は一緒のチームじゃなくて、別のチームに分かれてると思うよ」
フ「何はともあれ、いざこざがある相手との仲が改善するのは良いことじゃ」
リ「原作の私達って、色々こじらせてたもんね」
フ「ただちょっと気になっとることがあるんじゃが、シャロンさんの視点が今回無いから、今までと比べて内面がわかりにくいと思わんか?」
リ「うん。今までの話でシャロンさんは結構色々考えてる人だってわかったから、別の視点で彼女を見た場合、なんか印象が違って見えるね」
フ「だからこそ、シャロンさんの精神状態がわからないのが余計不安なんじゃが……」
リ「でもね、フーちゃん。人の考えてることがわからないのは、当たり前のことなんじゃない?」
フ「まあ、その通りなんじゃが……シャロンさんって一応準主人公ぐらいのポジションじゃろ? 内面がわからないのはどうかと思わんか?」
リ「別に彼女の視点を今後一切無くす訳じゃないから、その心配はいらないよ。ただ一度ぐらいは離れて彼女を見てみるのも、理解には必要な要素だと思うよ」
フ「一つの視点だけじゃなく、あらゆる視点で見るのが大事ってことか。アインハルトさんの視点があるのは、そういう訳だったんじゃな」
リ「でも大浴場で大乱闘全裸バトルした話は個人的に見てみたかった」
フ「どう考えても阿鼻叫喚にしかならんじゃろ」
リ「どちらにせよ、シャロンさんとアインハルトさんが昨夜はお楽しみでしたね、なシチュエーションになってることは間違いないよね」
フ「痛い理由が普通にダメージ負っただけなんじゃが」
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