MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第78話 あの人からのお招き1/3
永遠亭にて会議と紫帰還の祝いの会が行われてから少し経った頃。その日は勇美はかつてのたしなみの如く、茶屋で一服を嗜んでいる所であった。
だが、今回のお相手は今までのように依姫ではなかったのだ。
紅白の奇抜な巫女装束の人、博麗霊夢なのであった。
そのような珍しい取り合わせだが、二人は問題なく一緒にお茶を飲んで、団子を食べたりしていたのである。
無論、お茶の虜になっているのが霊夢で、団子の虜になっているのが勇美であった。
その団子に夢中になっている方が、お茶の方に話掛ける。
「霊夢さん、美味しいですよ。あなたと一緒に食べるお団子もまたいいものですねぇ~」
そう言いながら団子にありつく勇美はやはり……。
「あんた、やっぱり小動物的よねぇ……」
その霊夢の感想通りの様相をしているのであった。
「うう、みんなに言われますねぇ……」
その事を認識して、少ししょげてしまう勇美。だが、それ以上に普段会わない霊夢と団子を食べる方が魅力的であり、余り気に留めるような事はしなかった。
「まあ、それがあんたらしくていいわね。今回は気にしないでどんどん食べてね」
「むぅ、何か少し馬鹿にされたような感じですけど、折角ですから頂きますね」
そんなちょっとした皮肉の掛け合いを肴にして二人は憩いの時を過ごしていたのだった。
しかし、ここで霊夢がいつになく真剣な表情となって勇美に話し始めた。
「ところで……あんたも大変だったんだって?」
「はい、そうですね……」
霊夢が指摘に勇美も相槌を打つ。この話の方向が意味する所は一つだった。
「遠音ランティスなんて奴、とんでもないのがいたものね」
「ええ」
霊夢にしてそのような物言いになる程、あの存在は至極おぞましいという事であった。
その存在の驚異は、その力だけではないのだった。それについて霊夢は触れていく。
「弾幕ごっこを途中で踏みにじって破棄するなんて奴、私は今まで知らなかったわね」
それが霊夢の思う所であった。今まで霊夢が異変解決に臨んだ時の面々は皆余す事なく弾幕ごっこのルールの元勝負を挑んでくれたのだ。
だが、今回の元凶たるランティスは違ったのだ。彼女が自ら弾幕ごっこでの決闘を提案しておきながら、自分の面白くない展開になるとその方法を無視して卑劣な手段に出たのだから。
この事は他でもない、スペルカードルールの創始者である霊夢にとっても頭の痛い事実なのであった。
「辛い想いをしたね、勇美……」
「霊夢さん……」
優しい言葉を掛けてそっと手を握るという、普段の霊夢らしからぬ言動に、勇美はこそばゆい心地よさを感じる。
「この事は私としても放っておけない事態ね」
弾幕ごっこによる決闘のルールを土足で踏みにじられたのだ。その事を霊夢とて無碍には出来ないのだ。
「安心して勇美、このような事が二度とないように、スペルカードのルールは洗いざらい徹底するわ」
そう霊夢は言い切ったのだ。そう彼女にさせる理由はあった。
それは、かつて月で依姫と戦った時に、月人の弱みにつけ込み穢れをばら蒔くという言度同断な事を彼女は犯してしまったからである。
何も完全に月を崩壊させようと意図的に行った事ではなく、そして霊夢自身にも後ろめたさが感じられていた事もあり大事にはいたらなかったのである。しかし、その暴挙は自ら創り上げたスペルカード戦のルールを彼女自身が汚しかけた事に他ならないのであった。
だから、罪滅ぼしと反省の意味も込めて、霊夢はランティスが行ったような凶行が二度とされないようにスペルカードのルールの見直しと徹底をしなければならないと思案するのだ。
勿論、霊夢自身もこの機会に弾幕ごっこのしきたりを見直さなければならないだろう。でなければ、彼女自身もランティスと同類になりかねないのだから。
無重力と言われる性質の霊夢だが、こればかりはすべからく地に足を付けて臨まなければならないだろう。
そんな霊夢の心意気が勇美にも伝わったようで、彼女は霊夢に向き合って力強く言うのだった。
「霊夢さん、期待していますよ。私は弾幕ごっこが大好きなのですからね」
その勇美の言葉に嘘偽りはないのであった。何せ彼女をここまで成長させた一因に、弾幕ごっこは事欠けはしないのだから。
霊夢もそれを分かっているので、彼女も胸を張ってこう答えた。
「ええ、勇美の気持ちは無駄にはしないわ」
そう言い合って、気付けば二人は固い握手を交わしていたのだった。
その新たに生まれた絆の元、二人の話は話題が変わる事となる。
「ところで、あんた今夜『あいつ』の所に泊まるんだって?」
「ええ、今から楽しみにしていますよ~♪」
霊夢に振られた話題に、勇美はウキウキしながらそう答えた。
「何があるか分からないから気を付けなね。まあ、あいつがあんたを取って喰おうとはしないだろうけど」
霊夢は彼女らしくなく、そう勇美の身を案じるそ素振りを見せる。それだけ今回勇美が楽しみにしている事はイレギュラーな内容なのだから。
対して、勇美の方には安心出来る要素があるのだった。その事を彼女は口にする。
「大丈夫ですよ、霊夢さん。何たって豊姫さんが着いて来てくれるんですからね♪」
「それは心強いわねぇ」
霊夢もその名前を聞いて納得した。それなら勇美には心配要らないだろうと。豊姫の実力は霊夢とて十分に承知なのだから。
「と、いう訳で、今から楽しみな訳ですよ♪」
「ええ、存分に満喫して来なさいな」
『妖怪は基本的に人間を喰う者』。その事実は不変だろう。だが、その中で相見えぬ二つの存在に交流が生まれる時に、言葉に出来ないものが存在してくるのだ。
つまり、その交流には無限の可能性というものがあるのだ。それを幻想郷の管理者の一人たる霊夢も喜ばしく思うのだった。
こうして、二人は互いに憩いの時を過ごしたのだった。そして、暫し解散の時を迎えようとしていた。
「それじゃあね、勇美」
「はい、今日はありがとうございました。楽しかったですよ」
「それは何よりね」
そう二人が言い合い、それぞれの帰る場所へと向かおうとした時、おもむろに言葉を発したのは霊夢であった。
「あんた一人だと接しやすいわね。どうもあんたといつもいるお気に入りのあいつはね……」
霊夢らしくなく歯切れの悪いはぐらかし方で言っていたが、勇美にはすぐにそれが誰だか分かるのだった。
「あ、依姫さんの事ですねぇ……」
そう正解を言い当てた勇美は、少々苦笑いを浮かべていた。その人物は勇美にとってはかけがえのない存在であるが、やはり霊夢にとっては苦手な人なのかと。
そんなやるせなさを見せる勇美に気を遣ってか、霊夢は言葉を続けた。
「まあ、勘違いはしないでね。私はあいつの事は別に嫌いじゃない訳だからね。ただちょっと苦手なだけで」
そう、霊夢は依姫の事を別に嫌ってはいないのである。少し相性というものが馴染まないだけであるのだ。
それには色々な要因があるのだ。
まず、霊夢は基本的に優しくも厳しくもない、そのような性格をしているのだ。だが、依姫は全くといっていい程その逆なのである。
それは言わずもがな、依姫は優しさと厳しさを兼ねた人物像なのだ。その事が玉兎の人柄にもいい影響を与えているのだが、霊夢とは違うその要素に彼女は内心困惑をしてしまうという事なのであった。
次に、霊夢と依姫のスタイルの違いである。
まず、霊夢は『無重力』と称される事が示すように、何物にも囚われない自由な立ち振る舞いをモットーとしているのだ。
それに対して依姫は正に『地に足を付けている』と形容するに相応しい方針なのだ。自分に課題を課してそれをこなしていくという堅実な生き様なのが依姫というものなのである。
その方針の違い故に霊夢は自分とは違い、それでいて数少ない自分に太刀打ち……いや、今の時点では凌駕する依姫に、彼女とて戸惑いに似たものを覚えるのである。
だが、霊夢には分かっていた。そんな依姫という存在が今後、自分の成長に必要になってくると。それ故に紫はかつて月で自分が依姫と対峙する状況へと誘導しただろうという事も。
だから、霊夢は今後依姫とは積極的に接していかなければいけないだろうとも考えるのだった。
だが、いきなりそのように打ち解ける事は霊夢のみならず、依姫の方から見ても難しいだろう。
だから、焦らずに事を進めていこうと霊夢は思うのだった。なので、今回のように依姫に会う事なく勇美と一緒にお茶を出来た事が喜ばしかった訳である。
「そうだったんですか……」
霊夢の考えを聞いて理解した勇美はそう相槌を打った。そして、そのやり方はもっともだろうと彼女は思うのであった。
勇美は依姫の事を進んで求めているが、それは彼女が自ら望んでいった道なのだから。
対して霊夢が彼女と対峙したのは、霊夢にとって予期せぬ事態だったのである。いくら類いまれな勘の持ち主である霊夢とて、これは自分の意識になかった事であろう。
つまり、鈴仙と同じように霊夢と自分では依姫との関わる経緯が違うのである。その事を忘れてはいけないだろうと勇美は心に決めるのだった。
そう思っている勇美に対して、霊夢は解散の挨拶を続けていった。
「それじゃあね、勇美。お陰で有意義な時間を過ごせたわ」
「霊夢さんのお役に立てたようで光栄です」
そう言い合って二人は互いに笑みを見せ合ったのである。
そして、いよいよ二人は茶屋を後にするだけであった。
だが、物事というのは最後まで油断しないで向き合わなければいけないものである事がこの後証明される。
「ちなみに、今回のは割り勘だからね」
「ぐはぁ……」
てっきり霊夢のおごりだと思っていた勇美は面食らってしまった。
だが、心のどこかで納得もしていたのである。──あの霊夢さんがおごりなんてある訳があって堪らないよねと。
対して霊夢は今までにない位に充実した表情を浮かべていたのだった。
◇ ◇ ◇
そして霊夢と解散した勇美は暫しの間、残りの時間を過ごしたのである。そして時は経ち、約束の時間が到来しようとしていたのだ。
今は太陽が地平線へ沈み始め、辺りが橙色の芸術へと染められようとしている、黄昏時であった。
首を長くして永遠亭の自室で勇美はその時を待っていたのだった。そして、そんな勇美に対して、これまた待ちわびていた人物から声が掛かったのだ。
「勇美ちゃん、準備は出来た?」
「はい、バッチリです」
そう呼び掛けてくる豊姫に勇美はしっかりと答えるのだった。
そう、今回勇美をエスコートしてくれるのは綿月豊姫その人なのである。
それには理由があった。今回勇美が赴こうとしている場所は、普通に歩いていけるような所ではないのだ。
だから、豊姫の反則染みた瞬間移動のような手段を用いないとそこにはいけないのであった。
まあ、それでなくても勇美は空を飛べないが故に、彼女が行きたい場所を目指すなら豊姫に頼るのが一番なのであるが。
その事に勇美はとても感謝しているのだ。彼女の力により、例えば天界のような人間の足では到底辿り着けない場所へと赴く事が出来たからだ。
そして今回も、新たに絆の生まれたかけがえのない者の所へと足を踏み入れる事が出来るのだ。
だから、勇美は豊姫には感謝してもしきれない位のものを感じているのだった。
故にだろうか。勇美は今の豊姫が極めて眩しく見えたのだった。それは決して夕日の逆光によるものだけではないだろう。
そのように今勇美には、豊姫が素晴らしく映っていて気分が高揚するのだった。だからなのか、彼女は『いつもの悪い癖』を出してしまうのである。
「豊姫さん素敵です。そのノースリーブワンピースにケープの組み合わせも夕日でより映えて見えますよ」
そう、綿月姉妹は勇美が幻想郷で新たな服を手にしたのに合わせて彼女達も出で立ちを変えてから今までそれを貫き通しているのだった。
故に今も依姫は巫女装束であり、豊姫は勇美が言った通りなのである。
「お褒めの言葉、ありがとうね勇美ちゃん♪」
と、豊姫は勇美のセクハラ紛いの発言にも嫌な顔一つせず、にっこりと笑って返した。
そんな豊姫の振る舞いをいい事に、勇美は尚も悪ノリをしていく。
「やっぱり豊姫さんはそういう所分かってくれますね」
「依姫では駄目なの? あの子もあなたの趣味で『模様替え』したじゃない?」
それなのに何か落ち度があるのかと豊姫は首を傾げながら言う。
「ええ、何と言うか……依姫さんには付け入る隙がないんですよね~」
そう言って勇美は頭を抱えた。
「本当は巫女姿の依姫さんにすりすりして、その服の肌触りと白と緋のコントラストをあの人の温もりと共に、心ゆくまで堪能したいんですけどねぇ……」
「勇美ちゃん、貪欲ね……」
そんな欲望の限りを溜め息と共に吐き出す勇美に、さすがの豊姫も引き気味にならざるを得なかった。
「でも、依姫さんの振る舞いは、とてもそれを許してくれそうもないんですよ……『寄らば斬る』って感じで」
そこまで語る勇美に、豊姫は内心『まあそうなるでしょ』と思っていたりしていた。
──この子、今回の異変を解決してからますます渇望が強く大胆になってるわね、そう豊姫は思っていた。
その一方で、それも無理はないかとも考えるのだった。──あれは大それた一大事だったからである。それをこなした事で、人間の勇美は代わりにより欲しがり望むようになっても至極当然だろうと。
そう思いつつ、豊姫はこんな事を勇美に言うのだった。
「勇美ちゃん、それなら今度、私に思う存分甘えていいわよ」
「えっ? 本当ですか?」
その勇美の反応っぷりといったら凄まじかった。それはさながら、今まで『おあずけ』をくらっていた犬が餌にありつく時のようであった。
そんな勇美にも豊姫は動じなかったのである。その辺り、かつて密かに僅かな迷いを見せた依姫を嗜めた事がある程の存在である事の裏付けとなっているのだった。
「ええ、私は作戦で敵を罠には掛けるけど、嘘はつかないからね♪」
「豊姫さぁん……♪」
豊姫のその心強い言葉を受けた勇美の笑顔は、夏に咲き誇るヒマワリが如くであった。
「それじゃあ豊姫さん、今度そのケープの中から二の腕をぷにぷにしたり、腋をペロペロさせてくれますか?」
うわぁ……。そう豊姫は思わずにはいられなかった。ここまでハメを外した物言いをこの子はするのかと。
だが、勇美が今回の異変の解決に多大な労力をそうした事、それに加えて彼女の親が成長の過程で甘える事を許さなかった存在である事も踏まえて、豊姫は答えを出すのだった。
「ええ、勇美の気の済むまで好きにしていいわよ」
「やったあ!!」
その一言を受けて、勇美はここ一番で大っぴらに体でその喜びをあらわにするのだった。
「でも……」
「何ですかぁ? 豊姫さんに二言はない筈ですよぉ?」
これまた犬のようにハアハア言いながら勇美は豊姫に迫った。その態度は勿論、掲げる理屈も支離滅裂なものとなっていた。
「まあ、勇美ちゃん。少し落ち着きなさい」
言って豊姫は勇美のさらさらの髪を優しく撫でたのである。その撫で心地に撫でられている勇美のみならず、撫でている豊姫も気持ち良くなっていた。
だが、これだけは言っておかなければいけない。しかし、それにしてもこの髪は上質である。今度一緒にお風呂に入って髪を洗ってあげようかと豊姫は思ったりしていた。
「勇美ちゃん……」
「はい」
「腋ペロペロは勘弁してね。ベタベタになっちゃうから」
「分かりました」
さらっと言う豊姫に、勇美はもっともだと思い素直に言葉を返すのだった。
でも、やっぱり惜しい。何故なら腋には様々な希望が詰まっているからだ。
そんな勇美の切望が滲み出ていたのだろう。豊姫は次にこう言った。
「腋ペロペロ以外なら、好きにしていいからね♪」
「うわぁい♪」
その言葉は勇美にとって実に甘美なものであったのだった。まるで、この世を支配している何かの片鱗を得たかのような悦びがそこには存在した。
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