MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第73話 高みへの挑戦:2/3
「何をする気かしら?」
「まあ見ていて下さい」
首を傾げる紫に対して勇美は得意気に言ってのける。
「マッくん、良いものあげるよ♪」
そう言いながら勇美はマックスにまるで餌付けをするかのように、跳流の妖力を込めた彼女との友情の証を彼に与えたのである。
マックスはそれをパクリと可愛らしく口にして、その小柄な体に似つかわしくなく豪快に飲み込んだのだ。
その光景を見ながら紫は思わず呟いてしまった。
「……小動物が小動物に餌付けしてる」
「むぅ~、紫さんまでそんな事言う~☆」
そして勇美はぷくぅっと頬を膨らまして抗議するのであった。その容姿に加えて、今のような仕草をするから小動物的に捉えられる事に勇美は気付かないようだ。
それはさておき、『餌付け』をされた勇美の相棒の様子は明らかな変化を見せ始めたのである。
彼は目映い光にその体を包みながら、植物の成長の課程を早送りしたかのように急激に体を大きくしていった。
「!?」
その光景には紫であろうとも驚きを見せるのだった。このような急激な成長は、幻想郷の様々な住人を見て回ってもそう多くはないからである。
そして、その異様な成長劇も終わりを見せる。マックスの体の光が収まると、今の彼の全容が明らかとなる。
その姿は、まるで騎士を機械で造りあげたかのような、所謂アニメ等の戦闘ロボットを彷彿とさせる造型であったのだ。
ただし、そのカラーリングはマックスのそれである黒である。故にその雰囲気は主人公ヒーローよりも、ライバルや悪役が駆るかのようなイメージの機体だった。
「うん、いい感じに出来たね♪」
勿論当の勇美は自分好みの様相になってご満悦であった。『悪』を目指すと決めた自分には、このようなダークなビジュアルの方が性に合うというものであるからだ。
それを見ていた依姫ですらも驚いたようだ。まさか跳流から譲り受けた物を取り込ませる事で、このような変貌が起こるとは思っていなかったからである。
「勇美、跳流から貰った力にまさかそのような使い道があったとはね……」
「はい、実は私も驚いている位ですからね」
勇美も正直に自分の今の思いを打ち明けるのだった。だが、それ以上に依姫には言っておきたかったのだ。
「ところでこの子の名前なんですけど。私、黒銀勇美の『黒』と、皇跳流さんの『皇』を足して……」
そこで一旦勇美は区切り、一呼吸置いたのだ。誰しも我が子等への名付けの瞬間には緊張するというものであろう。
「名付けて『黒皇-ブラックカイザー-』です」
この瞬間勇美の相棒の新たなる姿、『ブラックカイザー』はこの世に生を受けたのだった。
「ええ、いい名前ね」
その名付けに依姫も賞賛していた。
何気に彼女もそういうストレートなネーミングというものには共感出来るものがあるのだろう。何せ今のイシンには最初に『レイセン』と名付けていた位だから。
意外に依姫も自分の名付けに賛同してくれたので勇美は嬉しくなるが、その余韻にはこの勝負の後にでも浸るべきだろう。
今は目の前の強敵に立ち向かう事に意識を集中するのみである。勇美はその為に奥の手を使ったのだから。
そして、勇美はこのブラックカイザーの利点を活用する為に次の行動に移る。
「まず、もう一回『クェーサースプラッシュ』を」
勇美がそう言うと、再度星と金属の力の機関銃『クェーサースプラッシュ』が顕現された。
だが、今回はそれで終わりではなかった。次に勇美は別の神に呼び掛ける。
「『愛宕様』よ、その力を!」
勇美が言うと彼女の眼前に火の神の力が集まり、火炎の渦がそこに発生した。
そして、炎の轟きが収まると、そこには深紅のバズーカ砲が精製されていたのだった。
その名前を勇美は宣言する。
「【噴符「ボルケーノランチャー」】」
お気付きだろうか。勇美は自分の機械精製能力により二種類の火器を精製している事に。
勇美は人間である為に、今まではそれの身で扱える武器しか使えなかったのだ。
だが、今はマックスに跳流の妖力の結晶体を与える事で立派な体躯を持った分身を生み出しているのだ。──それはもう、人間を遥かに凌駕する肉体を持った存在を。
そう、勇美はその存在に持たせたのだ。星と金属の機関銃と、炎のバズーカ砲を。つまりはブラックカイザーの性能を使う事で、一度に二種類の力を行使する事に成功したのだった。
これで準備は整った。後は事を続けるだけである。
「さあ紫さん、勝負を再開しましょう!」
「それでどこまでやれるかしら? 私の『動と静の均衡』はまだ終わってはいないわよ?」
互いに再開の意思は決まったようだ。両者とも十分に再び距離を取る。
その後、最初に動いたのは紫であった。彼女はまず左手に妖力を集めるとそれを素早く撃ち出したのだ。
「ブラックカイザー、まずはクェーサースプラッシュで迎え打って!」
初めて行う、変貌を遂げた相棒に指示を出す戦い方。だが勇美はそれを臆する事なく始めた。
その勇美の指令を受け、機械仕掛けの黒騎士は左手に持った機関銃の引き金を引き、紫の放った連弾に攻撃を合わせたのだ。
それにより互いの攻撃は相殺される。後には何も残らなかった。だが、当然これで終わりである筈がないのだ。
「やりますわね。でもこれでは先程とは変わりませんよ」
言うと紫は左手の迎撃の最中に溜めて置いた右手の妖力の放出を行ったのだ。そう、連射が効く左の攻撃に対して、隙が大きいが高出力の右手の攻撃である。
そして、勢いよく発射された紫の弾はみるみるうちに勇美へと肉薄していった。
だが、勇美は慌てる事はなかった。彼女は先程までは存在していなかった炎の力へと意識をする。
「迎撃して、ボルケーノランチャー!」
その指令を受けてブラックカイザーは右手に持ったバズーカ砲の引き金を引く。
すると、その砲身からマグマを凝縮したような真っ赤にたぎる高熱の弾丸が撃ち出され、紫の大弾へと向かっていき、見事にそれを飲み込んだのである。
その瞬間、そこから派手に爆炎が巻き起こり、辺りは光と熱で包まれたのだった。
その目を引く光景もやがて収まっていく。そして紫は意識を再び次の攻撃へと向けよう……そうした時だった。
「隙あり!」
その掛け声と共に、晴れ始めた視界から、小金色に輝く弾丸の数々が迫ってきたのだった。そして、紫は……反応が少し遅れてしまっていたようだ。
「しまっ……」
言い切る事も許されず、紫はその身に機関銃の一斉射撃を浴びてしまったのである。彼女の体に当たる度にバチバチとけたたましい音が鳴り響いた。
そして、その猛攻が収まると紫は床に膝を付いてしまったのだ。
「くぅ……」
ここまでやるとは。紫はそう思いながら痛みに顔を歪め、唸り声をあげる。
「決まった……」
あの八雲紫に決定的な打撃を与える事が出来た。勇美は放心的な気分となりながらそう感慨深く呟いた。
その様子を見ながら依姫も感心していた。ここまで勇美がやるようになるとは驚きだったのだ。
「よくやったわ、勇美」
故に今回依姫は、彼女には珍しく直接的に勇美を労ったのであった。
「依姫さん……」
その事に勇美も感じる所があったのか、どこか狐に摘ままれるような心持ちで依姫に返した。
そんな勇美に気を引き締めさせるべく、依姫は再び口を開く。
「ですが、気をつけなさい。あの八雲紫がこれで終わらせてくれる訳などないのですから」
「はい」
その言葉に勇美は、全くを以て異論は無かったのである。
──そう、ここからが本番。その事を勇美は再認識する。
「ええ、あなた達のご察しの通りですよ。これからがお楽しみといった所ですわ」
そう言って紫は扇子で口を隠しながら言う。それは彼女の普段通りの振る舞いである。
つまり、彼女には再び余裕が出てきたという事だ。勇美はそれを見て、逆にごくりと唾を飲み緊張に包まれる。
「これから使うスペルは未だに誰も見せた事はありませんよ」
そして、紫の口からは驚くべき事実が告げられた訳である。
「光栄ですね。この私にそこまでしてくれるなんて」
対して勇美は軽口でそれに返すが、未だに内心で緊張を保ったままであった。
その勇美を前にして、紫からは新たなるスペルカードが宣言される。
「【虹符「ワルプルギスの夜」】……」
「……」
確かに初めて聞くスペルである。勇美は引き続き気を張らせながら身構えた。
そして、宣言をした紫から、辺りに白いもやか霧のようなものが立ち込め始めたのである。
特筆すべきはその量であった。それは呆気なく今いる空間をすっぽりと覆ってしまう程のものなのだった。
気付けば辺りはその霧で包まれてしまっていた。言うまでもなく、視界は最悪で一寸先を見通す事も出来ない。
そのような状況では不安が大きくなるだろう。当然勇美も例外ではなかった。
だが、そこに勇美にとって正に救いの手となる事が起こったのである。
「勇美、大丈夫?」
そう勇美を呼び掛ける声がした。それは紛れもなく……。
「依姫さん!」
勇美はその声の主の名前を呼び、思わず安堵の気持ちで満たされてくる。
「勇美、安心しなさい。すぐ側に駆け付ける事は出来ないけれども、確かに私は近くにいるわ」
「それだけで十分心強いですよ」
勇美のその言葉に嘘偽りはなかったのだった。姿は見えないまでも、大切な人がすぐ側にいてくれる事実。これだけで勇美にとって支えとなるのである。
だから、自分は迷う事なく懸命に戦うのみである。
そう心に決めながら勇美は次なる行動をする。
「まずは武器変更ね」
そう言うと勇美は今備わっている神々に意識を送った。金山彦命と天津甕星と愛宕様の三柱である。
それら三柱に勇美は敬いの念と共に送還の意思を示したのである。
その勇美の意思に三柱は快く応えたのである。それに加えて勇美に労いの意思すら見せたのだった。
それには勇美も嬉しくなったのである。偉大な神々から応援の意思を送ってもらったのだから。
その想いを糧に、勇美は二柱を送還すると新たなる神へと呼び掛けた。
「お願いします、祗園様」
言って勇美は念じると、彼女の前にもりもりと何か力強い感覚が集まってきたのだった。
それは他でもない、荒ぶる神である祗園様の力なのだ。その感覚を前に勇美はこう思った。
……やはり自分は依姫さんの助力の元、相当大それた力を借りているのだなと。
その事を勇美は今、改めて感じる事が出来た訳であった。初心を忘れてはいけないとはこの事である。
こうして再度自分が恵まれた境遇に巡りあった事を噛み締めながら、勇美は集めた祗園様の力を自分の操る鋼の塊へと送り込んでいったのだ。
「よし、出来た!」
そう得意気に言ってのけた勇美の前には、威圧的な貫禄を見せる大刀が顕現していた。
勿論、生身の人間、それも14歳の少女である勇美が扱えるような代物ではない。
だが、今は勇美には強力な相棒が存在するのだ。その者に勇美は呼び掛ける。
「ブラックカイザー、お願い!」
そう、今の勇美には彼女を護る逞しい体躯のナイトがいるのだった。勇美に呼び掛けられた彼は、姫君の命を受けるかのように勇ましく勇美の言葉に従い、その大刀をその手に掴むのだった。
がっしりとその頑丈な手で大刀を握りしめたブラックカイザー。その様子を勇美は満足気に見届けると、それに続いてスペル宣言をするのだった。
「【裁剣「スサ・ブレード」】。ここに見参ですよ♪」
言い終えた勇美の様子は実に晴れやかなものとなっていた。何と言おうか『やり遂げた』という感じが物凄く強いのだった。
だが、相手──八雲紫は今まで誰にも見せた事のないスペルを発動し、勇美に対して勝負を仕掛けて来たのだ。その事を忘れてはいけないだろう。
故に、勇美も気を引き締めなくてはいけないのだ。彼女は『したり顔』となっていたその表情をきりりと締め直して目の前の状況へと再び意識を向けたのだった。
目の前、いや辺り一面は紫の新スペル『ワルプルギスの夜』で見渡す限り白い霧で包まれていたのだ。そして、それだけで紫が終らせるなどという事は決してないのであった。
そう踏んでいた勇美であったが、どうやらその予想は的中したようである。突如として霧の中から水色の球体がふわふわと出現したのだから。
そして、その球体は回転しながら小型のエネルギー弾を大量にばら蒔いたのだった。
やはり当然というべきか、敵は攻撃をしてくるものなのである。勇美は再度その事を認識し、それでいて冷静に黒騎士に命令を下した。
「ブラックカイザー、受け流して!」
その勇美の命令に、騎士は頷く事で了承の意を示し、その無骨な瞳を赤く輝かせて応えるのだった。
その後にブラックカイザーは行動を起こしたのだ。彼は手に持ったその剣をプロペラのように回転させ始めたのである。
しかも、その剣は分厚い大刀である。それを彼は質量や重量を無視したかのように実に軽々と振り回していったのだ。
大振りの刀がまるで扇風機のファンのように回転している。そのような所に手を入れては危険極まりないだろう。
だが、手の代わりにその凶刃の犠牲になろうとしていた者達がすぐそこまで迫っていたのだった。──他でもない、球体がばら蒔いた無数の弾達である。
それらの弾はまるで吸い込まれるかのように大刀のプロペラへと次々に向かっていき、哀れこれまた次々と切り刻まれていったのだった。
それによりバチバチともパキパキとも言えないような奇妙な音を立てて砕けていった。
見事にブラックカイザーは敵の攻撃から勇美を護ったのだった。先程紫に攻撃を当てた事といい、初陣ながら大活躍というものである。
「ありがとう、ブラックカイザー♪」
そんな生まれ変わった相棒の活躍に、勇美も嬉しくなって親指を上に立てて労う。
「それじゃあ、次は私達の番ですよ♪」
そう言うと勇美はブラックカイザーに目配せをしたのだ。それに彼は揺るぎなく応える。
彼は機械の瞳を爛々と輝かせると先程まで片手で回していた大刀を瞬時に両手持ちにしたのだった。
そして、次の瞬間事は起こったのだった。彼は大刀を自身の頭上へと持ち上げると、そこに天の裁きの如き雷が轟々と轟いたのである。
続いて彼はその天の怒りをその刃に携えながら、勢いよく振り下ろしたのだった。
それによりまるで閃光のように眩い縦筋の光がほとばしったかと思われた後──ものの見事に水色の球体は一刀両段されていた。
暫くは宙に二つに分かれた水色の物体が浮いていたのだが、やがてそれは自分の運命を悟ったかのように潔く爆発してしまった。
それに伴い爆風が起こるが、それをブラックカイザーは自らが盾となって勇美を護ったのである。どこまでも頼もしいナイトであった。
勇美がそうブラックカイザーを巧みに操っている最中にも、敵の攻撃は尚も続いていった。
二体目、三体目の水色の球体が至る所から出現し始めたのである。
だが、新たなる力を使いこなし始めた勇美は臆する事はなかったのだった。
「どんどん来なさい!」
そう勇美は勇ましく敵を迎え撃つ姿勢を見せていった。手始めに目の前に来た球体に狙いを定めて黒騎士に指令を出す。
その命令を受けて、騎士は今度は横薙ぎに大刀を振り、球体が弾を出す前に一刀両断してしまったのだった。
続いて二体目の球体である。今度はすぐには倒される事なく弾をばら蒔いたが、それを臆する事なく的確に黒騎士は切り落としていった。
目の前に迫る敵を粗方倒した二人。ここで一息つこうとした勇美だったが、咄嗟に彼女はプレアデスガンを生成して引き金を引いたのだった。
その方向は今し方勇美が背を向けていた所だ。つまり、勇美は敵の背後からの襲撃にも臆する事なく対処したという事である。
そして、球体は見事に撃ち抜かれて爆散してしまった。水色の破片が飛び散ってから水が乾くように消滅してしまう様は些か奇妙な光景であった。
後、何故勇美が敵の奇襲に気付けたのか説明しなければならないだろう。
その種明かしもブラックカイザーが関わっているのだった。今勇美は彼女自身の瞳からだけでなく、ブラックカイザーのアイセンサーからを通しても視覚の情報が送り込まれて来ている状態なのだった。
その事実に勇美はブラックカイザーを発動した時から気付いていたのである。故に利用しない手はないと咄嗟の判断から、先程彼女自身と黒騎士を背中ばさみの配置にする事であらゆる方向への視野を確保したという事だった訳なのだ。
この咄嗟の判断も、今まで勇美が弾幕ごっこで磨かれた事といえるであろう。つまり、彼女の経験は確実に自身の糧となっていると言えるのだ。
「やるわね……」
そんな新たなる相棒とのコンビネーションを見せつけられた紫は姿を見せない状態でそう呟いた。
正直敵である彼女も驚いているのだ。紫は勇美の実力に応える形でこの『ワルプルギスの夜』を発動したのだが、勇美はそれにすら対応してしまったという事なのだ。
どうやら目の前の相手の評価は再度改めなければならない。紫はそう思うとフッと哀愁を含んだ笑いをこぼしたのであった。
そこまで思ったなら善は急げである。紫はいち早く今発動しているスペルの解除を試みるのだった。
「『ワルプルギスの夜』……それは魔女達が山で行うお祭りの事。その名前のこの催し物は気に入ってくれたかしら?」
『迷い家』という山で迷った際に行き着く未知の場所に棲む者故に思いついた洒落たネーミングのスペルだといえるだろう。そんな素敵な感性の持ち主である紫に勇美は感心して言った。
「ええ、紫さんのセンス、素晴らしいですね」
「まあ……」
そう思いもしなかった感想を勇美からもらって、紫は面食らって密かに頬を紅潮させてしまったのだった。
そのように賞賛されるケースが紫には少なかったからである。紫色のドレスがうんたらかんたらとか、BBAなのに少女趣味だとか……。
うん、誰が言ったのか忘れたけど、思い出したら仕置きをしておこう、紫はそう心に誓った。
それはさておき、今は自分の事を褒めてくれた事でも株が上がった勇美に目を向けなくてはならないだろう。そう紫は思い直し、『ワルプルギスの夜』の発動を停止させた。
それにより、辺りを覆っていた霧は、まるで排水溝に吸い込まれるかのように一気に掻き消えていったのである。
そして、気付けば元の赤と紫色のグラデーションの奇妙な空間が残されていたのだった。
「戻ってきましたね……」
勇美はそう呟きながら胸を踊らせる。紫が発動しているスペルを解除したいう事は、彼女を追い詰めている状態の裏付けといえるからであった。その事を実感して勇美は気が引き締まる思いとなる。
「順調にやっているわね、勇美」
今の勇美の奮闘っぷりは、依姫にも分かるようであった。故に彼女は勇美へ労いの意思を見せたのだ。
「はい、依姫さん。この調子で行きますよ♪」
対して勇美も意気揚々と応えて見せるのだった。
「……」
その様子を見ながら紫は無言で考えを巡らすのだった。──勇美の強さの一因は、この『神霊の依り代』との絆があってこそだと実感として伝わってくるのである。
それは素晴らしい事である。人は誰かとの強い結びつきがあってこそ力を発揮出来るというものだからだ。そう、かつての自分も……。
そこまで想って紫は複雑な感情に頭の中を支配されていった。その様々な自分の想いに応えるべく、紫は次なる行動のプランを頭の中で巡らせるのだった。
「あなた達の絆……、ちょっと邪魔させてもらおうかしら……?」
「えっ?」
紫がさりげなく呟いた言葉であったが、勇美はそれを僅かにだが耳に入れた。
どういう事だろう? 紫の真意は分からないが、何か嫌な予感がする。そう思い勇美は改めて気を引き締めた。
そう勇美が身構える中、紫は次なる手を見せるのだった。
「【魔眼「ラプラスの魔」】……」
紫がそう噛み締めるようにスペル名を口にしたと同時であった。彼女の名前と同じ、紫色の瞳は瞬時に真っ赤に染まり妖しい光を放ったのであった。
「!!」
その異様な光景に勇美は驚きの感情の元身構えるのだった。
目に焼き付く様相であるが、ここで取り乱したら隙が出来てしまい、敵の思うつぼだからだ。
だが、既に勇美は敵の術中であったのだ。紫にこのスペルの発動をさせ、彼女の瞳が光るのを許してしまった時点で手遅れだったという訳だ。
『ラプラスの魔』その発動と共に辺りに異変が起きたのだ。歪なグラデーションの空間に浮かび、足場の役割をしている白い光の板。これが生きた蛇のようにウネウネと蠢き始めたのだった。
「何っ!?」
目に見えて大がかりな異変が起こった事で勇美は焦りを見せる。
そう勇美が驚愕する最中、その変化は激しさを増していったのである。まるで波打つように道はのたうち回り、みるみる内にその構造を変化させていったのだった。
今までは基本的に一本道だったその光の足場は幾重にも枝分かれして、迷路のように入り組んでしまっていった。
その大々的な戦場の変化も、じきに終わりを迎える事となる。漸く激しい足場の暴れっぷりの光景から解放された勇美は、ふと一息ついた後で辺りを見回した。
だが、次の瞬間勇美はその行為を後悔する事となる。何故なら……。
「依姫さん……?」
そう、今までこの戦いの陰の支えとなっていた依姫の姿が見えなくなっていたからである。そして、その瞬間彼女は紫の言葉を思い出すのだった。
『あなた達の絆……、ちょっと邪魔させてもらおうかしら……?』
その言葉を思い出し、勇美は合点がいったようであった。
「紫さん、これ、あなたの仕業ですね」
「ええ、いかがかしら? 私からのプレゼントは?」
勇美の指摘に、当の紫は悪びれもせずにそうのたまったのだ。
思わず勇美は不安が胸の内をよぎるような不快感に襲われそうになる。が、それを寸での所で彼女は堪える事に成功する。
そして、勇美は強気の姿勢でこう言ったのだった。
「ええ、素敵ですよ。この私に紫さんは本気だって事ですからね」
「そう言ってもらえるとこちらとしても光栄ですわ」
皮肉に皮肉のぶつけ合いに勇美は応える事を選んだのである。本当は不安で心が締め付けられそうなのだが、今はそれを飲み込み紫へ自分の意気込みをぶつける事に専念しようと思うのだった。
それこそが弾幕ごっこをする者としてのたしなみと言えるからだ。紫の手痛い餞別も彼女の想いの具現であるのだから、その気持ちに勇美は応えなくてはならないのだ。
それに、いつも依姫に背中を預けてばかりはいられないのだ。偉大な人の存在に頼らずに自分の力で立ち向かう心構えはこの先必要となってくるだろう。
故に、勇美は腹を括る事にしたのだった。ここで立ち向かわなければ、依姫の為にも、そして自分自身の為にもならないのだから。
「紫さん……行きますよ」
覚悟を決めた勇美は、凜とした表情で紫を見据えながら言ってのけた。
「ええ、どこからでもかかってきなさい」
対する紫も堂々とした貫禄で勇美を迎える態度を見せる。
そう二人が互いの心意気を見せた後、勇美は紫に視線を送って狙いを彼女に定めたのだ。
そして、再度心強い相棒の名前を口にする。
「よろしく頼むよ、ブラックカイザー!」
その勇美の言葉に、彼は言葉の代わりに行動で答えを示した。──つまり、彼は跳躍する紫目掛けてその大刀を振り降ろしたのである。
黒騎士が操る大振りの刃は、ぐんぐんと紫へと肉薄していった。だが、彼女は一切臆する態度を見せてはいなかった。
大刀が紫を捉えようとした瞬間であった。その時紫の瞳が再度目に焼き付かんばかりに真っ赤にたぎり光ったのである。
そして、結論から言うと黒騎士の刃は見事に空振りを見せてしまったのだった。
彼の振り下ろした刀の先には、既に紫の姿は無かったのだった。
そして、今回は勇美と彼との視認のコンビネーションも通用しなかったのだった。何せ紫は物理的に移動する事なく、忽然と姿を消してしまったからである。
そうなると……勇美に一抹の不安が胸をよぎった。
「まさか……」
その言葉を口にしながら辺りをキョロキョロと確認に入る勇美。だが、時既に遅しなのであった。
「ふふふ、ご名答……♪」
「!」
突如何もない空間から放たれた声に勇美は反応してしまった。咄嗟にその方向へと視線を向けようとするが、そうは問屋が卸さなかったのだった。
「『いただき』ですわ♪」
その声と共に勇美の背後の頭上に空間の裂け目が発生したかと思うと、そこから紫色のエネルギー弾が吐き出された。
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