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最弱能力者の英雄譚 ~二丁拳銃使いのFランカー~

作者:土佐牛乳
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第十七話





 剣先生と話し終えた俺は、待合室でただ時を待っていた。
 精神状態も良好であり、体調も至って悪いところはない。
 敗者復活戦ということもあり、盾田剣士の時より観客が少ないなと会場の声で推測する。
 対戦相手の発表は、敗者復活戦だからか案外遅くに発表された。


 次の対戦相手は、畑井 剛≪ハタイ ゴウ≫というB級の男とだった。
 どこかで聞いたことがある名だなと思い返してみるが、全くと浮かぶ気配がない。
 そして中堅の強さであるため、どのような攻撃をしてくるのかが、未知数であった。
 今まではトップクラスの連中たちと渡り歩いてきたおかげか、妙な自信が湧いている。
 そんな自信では足元を掬われると、幾度となく体験してきたため、一から考え方を改める。

 油断大敵油断大敵油断大敵油断大敵油断大敵油断大敵油断大敵。

 と何度も頭の中で唱えると、気合を入れるために両方のほほをビンタ。
 強く叩いたためジンジンと痛みが、両方にあるのを感じた。


 集中力がだいぶ溜まってきた。



 そしてガチャと待合室のドアが少し開かれると、担当である矢吹の声が聞こえてきた。

「佐部タスク。準備を」

 厳格な一言、終わるとドアを閉めた。

「行くか……」

 立ち上がりと同時に太ももを叩いた。
 気合も、集中力も、十分に入っていた、
 目の前のテーブルにあった、調整、設備がばっちり終わっている、愛銃のSIG SAUER P228 XXダブルクロス 改を、両わき腹にあるサムブレイクタイプのホルスターへと入れる。
 特に考えるわけでもなく、待合室を出た。

 ドアのボタンを押して、戦闘エリアにある白線へと歩いていく。
 遠くもなく、近くもない白線は、きれいに二つ描かれていた。
 そして自身が立つ線上に立った。

 静かに、真正面にある相手が出場してくるドアを見ていた。
 観客はそこまでいるわけでもなく、スカスカなほどではないが、ある程度の席は空いているようだ。

 しばらくすると、これから戦闘を開始する相手が入場してきた。
 オールバックで後ろへと流された髪は、奇抜な赤色であり、両方の耳には直径5センチほどの大きなピアス。
 身に着けている装飾品のおかげかジャラジャラとした印象が強い。
 服は黒いローブを身にまとい、背中には大剣を背負っている。
 白線に止まると、顔を上げながら見下すようにこう発言する。

「おめえがDランクに昇格したという無能力者、佐部佑かぁ……」

 奴はしたり顔で俺の素性を聞く。
 まず相手の名を聞くときは、自身の自己紹介からと相場は決まっているが、彼はそんなことはお構いなしらしい。

 無視を決め込んだ。


「って! 話聞いてんのかおめえよぉ!!」

 奴はツッコミを入れるように叫ぶ。

「……そうだよ、俺が佐部タスクだ。まずは他人の名前を聞く前に、自分の自己紹介が先だろ?」

 俺はこらえきれずに、常識を教えてあげた。

「へへっそうりゃそうだな。俺の名前は、畑井 剛≪ハタイ ゴウ≫。ランクはB級だぜぇ」

 自己紹介を発したと同時に、軽いシャドウボクシングをすると、中指を俺の方に向けてきた。
 なんともこのような人種はあまり得意ではない。得意というよりも好きではない。
 自分のことを最高にイカしてると思っているのだろう、最高に自己評価が高い人間。
 顔もあまりかっこよくはないのに、こういう自尊心が肥大化した人間はほんとうに嫌いだ。

「そういえばお前、卍城に八百長使ったんだってなぁ? いくら払ったんだよぉ?」

 ん?少し理解に遅れてしまった俺は、3秒ほどしてやっと言葉の意味が分かった。
 俺が八百長してる? 八百長をするような金があったら、コンテナハウスという住居を変えている。
 どういう思考回路なのかと考えてみたが、奴は俺が卍城に勝ったという事実が受け入れられないらしい。

「おあいにくさま、八百長する金が集まる前に、3人分の食糧費で金が尽きるもんでね。ちなみに不正する度胸すら俺には持ち合わせていないよ」

 自虐を入れながら反論する。もともとお金は使わない人間だった。
 だから今の状況が苦しいというわけでもない。

「へっへぇ…… そうかいそうかい。んじゃあ、お前の実力、この俺様に見せてみろよぉ……」

 チェケラッ!! と言いながら彼は突然と踊り出した。
 呆気にとられていた俺は、顔を振って集中力を取り戻す。
 これじゃあ始まる前に相手のペースにはまってるじゃないか。
 そんなことを考えているうちに実況が大きく叫んだ。

「皆さんきましたああああああ!! ランク祭敗者復活戦、第3戦目!! 右手に見えるのは、底辺から這い上がってきた、人気も強さも急上昇中の、不滅の魔術師ぃ! 佐部タスクだあああああああ!! 今日はどんなトリックを見せてくれるのか!?」

 うおおおと観客席から大声がまだらであるが聞こえてきた。
 自分にこんな人気があったなんて思いもしなかった。

「左手に見えるのは、その名に恥じぬ、剛力豪速暴君! 畑井ゴウだああああああああああああ!! B級トップランカーの維持を見せてくれぇ!!」

 奴は聞き終わったのか、親指で自身の鼻先を擦ると小さく笑みを漏らし、こんなことを言い出した。

「なあ? この感じゾクゾクしてこねえかぁ?」

 何を言ってるのかと思ったが……

「確かにな、これから始まるって思うと、ガーッてくるよ」

 相手の語彙力が移ったのか、大雑把な言葉になった。
 気分が高揚しているのが客観的にわかる。

「両者、準備はいいですか?」

 会場は静まり返る。
 そこには一つの呼吸もなく、言葉もない。
 空気が移動する音が、耳のすぐ近くを通り過ぎる。


「ファイッ!!」


 実況が叫んだ。

 すぐさま、奴から距離を取り、懐からSIG SAUER P228 XXダブルクロスを取り出した。
 両手の人差し指にトリガーをかけ、銃身の移動により、一回転をして両手に収まる。

 いつものように距離を取り、奴の出方をうか……
 しかし奴は、瞬く間に距離を詰めていた。

「手始めに体ごと吹き飛んで死ねぇ!! 無能野郎ぁ!!」

 早い、奴は俺の顔面へと、右手の豪拳が迫ってくる。
 反応には自信があった、しかし奴の攻撃はそれを凌駕してるほどに早かったのだ。
 視界ギリギリにその手を捉えていたため、反応は遅れたが、首を横にずらし避けきることができた。
 後ろにはコンクリートの障害物が近くにあり、当たらなかったパンチが、障害物を砕いた。

 後頭部からは衝突による爆風が襲う。

 小石の弾が後ろからあたりながらも、奴の腕をかいくぐりながら、体操選手のように体全体を使ったジャンプ回転で距離を取り、着地と同時に奴の体をめがけて射撃。



 ダッ!!



 金属と何かが衝突したのか鈍い音が鳴る。
 奴の胸の前で受け取るように握りしめた腕からは、煙が立ち込めていた。

「狙いはいい…… だが残念だなあ!!」

 そういうと彼は、何かを潰したように粉々にした。
 砂鉄が、彼の手のひらからぼろぼろと落ちていく。
 弾を潰している、その剛力、玉をキャッチするほどの反応速度に驚愕する。

 化け物だ――握力、移動速度、障害物を破壊するほどの筋力、あれは超筋力系統の能力者か?……
 怪力からはスーパーマンが連想させる。
 それほどまでに、いとも簡単に物を壊す姿は常軌を逸している。
 奴は悠々と、飄々と、とてつもない力を持て余しているかのようにその力を行使する。
 どう考えても接近戦は圧倒的に不利、しかし距離を取るにも、あの移動速度の前では不毛だ。

「お前には、わりいけどよ…… 最初から全力でいかせてもらうぜぇ」

 彼は顔の前で、左の手のひらに向けて右手をパンチしている。
 バチンと殴っているその行動に、力強さを感じさせる。


 俺の口から笑みが溢れ出る。



 ――ならば。

 ――――覚醒せし感覚《Awake Sinn》――――――。

 覚醒した視界が、映像の速度情報をスローモーションへと移行させる。
 思考と反応の境を限りのないゼロへとオーバードライブ。


 思考が、視覚が、指先が、体の一つ一つのパーツが、脊髄反応による動作へと移行。


「休む暇も与えねえよ!!」

 奴の凄まじい脚力と共に、ジェット噴射のように加速していく右手が飛んできた。
 その攻撃を膝を使って勢いよくしゃがみ、下に移動する反動を使って隙を見計らい、奴の人的急所へと弾丸をぶっぱなった。
 そのまま、闘牛士のように突っ込んできた攻撃をギリギリでかわした。



 ダヒュン!!




 至近距離の射撃。
 とっさの判断でやってみたが、奴は近すぎる距離には防ぐことはできないらしい。
 腹を抱えて、途中であった攻撃は力を無くして、両足と右腕は地に着く。
 とっさの判断で致命傷を少しの行動で回避しているのが、奴の行動を近くで見ていて分かった。

 これだけでも、奴はそれなりの手練れということがわかる。

「ッ!!」

 怯んだか!? すぐさま奴からバックステップで距離を取り、奴へと連続して弾をと放つ。
 初めの1発が奴の左足を掠り、連続して追い打ち射撃をすることに気づいたらしい。
 連続で放たれた弾を避けながら、奴は障害物へと持ち前の速さでそのを隠した。


「おいおい初めの威勢はどうしたんだよ!」


 隠れて応急手当をしているだろう奴に、大声を張り上げた。
 あの位置の傷では、もって数分だ。

 おそらく奴は短期決戦を仕掛けてくるだろう。
 奴は真正面から向かってくるとわかった。

 ――――ならば受けて立とう。



「うるせえ、無能野郎がぁよぉ!!」



 奴はピンピンしていた先ほどとは全くと変わらない様子だ。
 余裕綽々と障害物から姿を出した。
 当てられた攻撃は、止血してるのか、赤い血が固まって服についているように見える。

「元気だったか、じゃあ続きを始めるか?」

 奴に挑発をするように銃先を向ける。

「おめえ案外やるじゃねえか、俺の瞬殺爆裂のパンチを見て、受け流しながら攻撃するなんてなぁ!」

 奴は、キラキラと目を輝かせていた。
 それはワクワクしているような顔でもあったため、奴も俺と同等である


 ”戦闘狂”


 というあり方に親近感が芽生えた。
 そんな考えにニヤついてしまうのを手で隠しながら、こう言った。

「そりゃどうも」

「ほんじゃあ、力が有り余っている今のうちにいくぜぇ……」

 奴はクラウチングスタートをするように中腰になり、地面に三本の指を付ける。
 そして後ろ脚は、今にでも蹴りだしそうなブッファローのように地を強く撫でた。

「俺最強の必殺技ァ!! ブレイクスタンプゥアアアアアア!!」

 隙を見せている、その隙をすかさずに俺は弾を奴へと放った。
 同時に動いたか――いや奴の方が少しばかり早い。

「おせえ!!」

 空気にねじ込むようにして進む弾は、奴の頭部へと真っすぐに進む。
 奴はとんでもないスピードと反応で、放った弾を避けた。
 いや奴は急に重心が低くなり、加速したのだ。

 突風のように俺のミッドレンジへと近づく。
 凄まじい速度なのか。その張り手からは、空気がねじ切られているようにソニックウェーブが発生していた。

 反応ができないほどに早い攻撃に、ただ目で追いかけるだけで精一杯であった。

 これは――当たるッ!!

 その張り手が、腹部へと当たる。
 俺の腹は、水風船を思い切り張り飛ばしたように、ぺしゃんこになった。
 くの字へと体を曲げながら、俺は後方へと粗末に投げられた人形のように吹っ飛んでいく。
 そして凄まじい衝撃音とともに、フィールドに設置されている障害物に体ごとめり込んだ。



「ガッハァ!!」



 口からは、中の血肉と血が弾け飛んだように、俺の目の前を飛翔する。
 血が、血が、俺の血が、全身から吹き出てるのが分かった。

 内臓が全て潰れてしまったのか、腹の感覚が全くと無い。


 もはやそこには痛覚という概念は無く、ただ視界だけの情報を脳みそで投影されているだけ。


 咳に混じった血が口から出た。


 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。



 こんなんじゃ終われない。俺はッ……

 意識が途切れかけながらも、正面から俺の方へとゆっくりと歩いてくる奴が見える。
 体が動かなかった。言うことが聞かない体にひたすら信号を送っている。




 
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