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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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俺の名は明智小五郎

目覚めた時…否、俺に意識が芽生えた時、自分が薄暗がりに居る事に気が付いた。
同時に俺の名が、不意に脳裏をよぎった。


―――俺の名は明智小五郎。


ということは、俺の傍らに立っているこの少年は、小林少年ということになるのか。…で、今の状況はどうだ。暗がりに目を凝らして周囲を見渡す。どうも、書庫?のような場所に居るらしい。
「明智邸の敷地内にあるお蔵、という設定らしいですよ」
はきはきした声でそう云うと、少年(恐らく小林)が顔を上げた。
「………うっわ、お前『小林少年』か」
「そのようですね」
奴は利発な優等生として描かれる事が多いが、今回はまた異様に…美少年に描かれてしまっている。
俺は瞬時に察した。ここは何らかの『少女漫画的二次創作』の世界だ。
「ありゃ…これはまた、やさぐれイケメンに描かれたものですね」
「うむ…全体的なタッチから考えて、20代前半くらいの女子の手になる創作の世界ってとこか?」
曲がりなりにも『探偵』の設定で助かった。現状把握がはかどる。
「ふぅん…あまり資料とか読み込まないタイプの作者なんですかね。このお蔵の中、本と椅子ばっかりですよ」
「まじだ。個人宅にこんな椅子ばっかりあるかよ。何人座らせる気なんだよ」
普通、こんなお蔵があるんだったら夏場使わない暖房器具とか、餅でも搗く臼とか、そういう季節ものやら雑多な品々が押し込まれているものだろう。
「つまりこのお蔵は、主人公のインテリ感を演出する装置ってことですねぇ」
「本・イコール・インテリかよ…この作者自身は、あんまり本を読まないタイプかもな」
蔵はさほど広くない。本棚エリアを除けば4畳半ってとこだ。何にせよ埃っぽくてかなわない。俺は蔵の引き戸に手を掛けた。
「………??」
「どうしました明智先生?早く開けて下さいよ。僕はかよわい美少年なので蔵の引き戸を開けられない設定です」
「……どうやら俺も、かよわいやさぐれイケメンって設定らしいぜ、小林少年よ」


―――最悪だ。蔵の戸が開かない。


「それは『この蔵の戸は開かない』という設定なのでは」
「分かって云ってんだよ!…くっそ、しかも季節は晩秋、俺達は薄着って設定だ」
くそう…作者は何がしたいんだ…!どうして俺達は、こんなひたすら辛い設定の真っ只中に置かれているのだ。
「上着も毛布もない…!ランタン…も、ないのか!」
「明智先生…僕いま、すごく厭なことに思い当たったんですが…」
青ざめた小林美少年が、俺と慎重に距離をとりつつ呟いた。
「どうした、体調悪くなったか?」
「この状況、よくある『アレ』に、似てはいませんか?」
「アレ!?アレってなんだ!?」


「―――体育倉庫、閉じ込められイベントですよ」


……なに!?
「おっさんと子供が、体育倉庫に閉じ込められて、一体何をどうしろと?」
「ですから」
「そんなことより思い出せ、何故俺達はここに閉じ込められたのか!こじつけでも何かいきさつがあったんだろ?例えばそうだな、明智邸に侵入した怪人二十面相の罠にかかり、俺達はこの蔵に閉じ込められて動きを封じられた…!!」
「怪人二十面相は関係ないですよ」
あっさり却下された。
俺も、いきさつを思い出した。俺と小林少年は、何かあやふやな資料を探しに蔵に入った。そういう設定だ。ちなみに何の資料を探しに入ったのかは分からない。そこは設定されていないのだ。
「…ということは資料を探すこと自体は大した重要事項じゃないのか…」
「ほら、ほら!やっぱりそうですよ!僕たちが蔵に閉じ込められること自体が重要なんですよ!!」
「だ、脱出系かも…」
「ならもっと色々アイテムが置いてあるでしょ!?ここガチで本と椅子しかないですよ!?本を積み上げて脱出できるような密室だったらわざわざ物語にしないし!!」
「しかし俺達を閉じ込めて、一体誰が得を…」
俺から確実に距離を取った小林少年をまじまじと見つめる。そして体育倉庫イベントについて考える。
『体育倉庫閉じ込められイベント』とは!
友達以上恋人未満、的な微妙な距離感の男女が、教師の命令か何かで体育倉庫にボールだか何だかを二人で取りにいかされ、何らかの手違いで閉じ込められる、例のイベントだ。このイベントを経ない少年誌系恋愛漫画は、皆無と云われる程のメジャーイベントである。本当にこんな事が起きたら親御さんから学校に抗議がいくレベルの事故なんだが、恋愛漫画界隈では日常的なハプニングらしい。
つまりおっさんと子供の間で起きていいイベントではないのだ。
だがしかし、例えば。小林少年の整った横顔を眺めながら考える。


もし仮にこいつが小林少年ではなく『小林少女』だったとしたら!?


少年と思われた子供が実はボーイッシュな少女だった。これも少年漫画あるあるだ。現実にそんな状況あり得ないし、じゃあお前、トイレとかどうしてたんだ、それより何よりご両親のやってることは虐待なんじゃないかと不安になるシチュエーションなんだが、これもまた恋愛漫画界では日常茶飯事である。
「……おい小林君」
「……なんですか、なんで急に『少年』を省くんですか」
「これがその…なんだ、お前の云っていた『体育倉庫』なんだとしたら、そのな」
「僕が実は『少女』だとでも?」
声にイラつきが混ざり始めた。
「いやいやいや、これは俺の願望とかではない。ただそういうイベントが発生している限り、異性の可能性が高いのはほら、どちらかというとお前のほうだろ。だからな、念のため…」
「―――確認しますよ。不本意ながらね」
「おう、俺はあっち向いてるから」
目を反らしながらが、俺は内心わくわくしていた。年齢的には少し問題がないでもないし、体育倉庫パターンに則れば、いいところで邪魔が入るとは思うが…女にすれば相当な美少女だ。少し寝かせれば美女にもなろう…悪くない。
「……………大変、です」
小林君が、青ざめた顔をして戻って来た。っしゃあ、来た来た、小林少女来た―――!!!
「少女だったのか!?」



「ものすごいのが、ついてました」



なに―――!!??
「ものすごい…って、巨乳、のほう…?」
「いえ、巨根のほうです」
「……どんなのが」
「正直、こんな小さい半ズボンに収まってるのが不思議なレベルのやつが」
俺も小林少年同様、青ざめた。
「ちょっと待て、じゃあ俺が女か」
「こんな顎のジョリジョリした女性とどうにかなるんですか、僕は。さめざめと泣きますよ」
「ま、まぁ気の毒だが…一応念のためだ…確認する…」
希望はあらかた潰えた。俺は悄然とズボンのチャックを下ろす。
「………えぇ~~~!?」
「何ですか、巨乳ですか!?」
小林少年のイラついた声が飛ぶ。
「……い、いや、ついてる…ついてるんだが…」
「ついてるのが何です!?」


ダビデ像、みたいなやつが……


俺がダビデ像と発した瞬間、小林少年がバフゥ、と空気を噴いて崩れ落ちた。
「……おい、あんまりじゃないか」
「あはあっはははは…ちょ、ちょっと見せ…あははははは!!」
奴は俺のパンツを無理やり引っ張り中身を除くと、再び崩れ落ちた。…多少は聡明そうに見えるが、奴は所詮小学生である。
「しかし、笑ってる場合じゃないぜ」
これで益々、俺達が何の為に体育倉庫イベントに巻き込まれてんのか分からんようになったではないか。事の重大さに気が付いたのだろうか。小林少年の笑いがピタリと止まった。
「……そうですね、明智先生も気が付きましたか」
え?何?もう何かに気が付いたの?


「これ、所謂ホモ系の二次創作ですよ」


――――はぁあ!?
「え?え?何じゃあおっさんの俺が小学生男子と蔵に閉じ込められて何かこう、悪さを?なにそれ事案!?」
「いえ、多分逆です」
小林少年の顔が、一層青ざめて見えた。
「だって…斬馬刀持った子供とビックリナイフ持った大人が居たらどっちを加害者と見做しますか」
「ビックリナイフっつったか今」
「つまり、むしろ僕が、中年のおっさんを、巨根を用いて手籠めにするという、謎にアグレッシブな設定かと」
「わお」


すげぇマニアックな二次創作キタ――――!!


「うら若い娘がよくもまぁそんなエグい設定を思いつくなぁ…つまり何か、俺はお前に掘られるまで、この蔵から出られないってことか!?」
「魂まで穢された気分になりそうですね…僕もう死んでいいですか」
「いや待て待て早まるな。ちんこの大小は只の設定で、本筋には関係ないのかも」
「じゃあなんで『ちんこ』が設定されているんですか!!欺瞞はやめて下さい!!」
「え、いや」
「江戸川乱歩の『怪人二十面相』に!小林少年や二十面相のちんこが出てきますか!?出ないでしょう!?作者だって必要ないから設定すらしてないんですよ!!わざわざちんこが設定されているということは、出番があるってことですよ!!」
「ちんこちんこ云うな!考えがまとまらんじゃないか!!」
原作から設定済みの赤いくせ毛を掻きまわし、俺は叫んだ。
「……そうか、これは『三角関係』の物語なのだ」
「もう一人居るの!?何処に!?」
「俺には妻が居るじゃないか!!」
そう、二次創作では無視されがちな設定だが、明智小五郎には妻が居る。明智邸に頻繁に出入りしている小林少年なら、妻とも顔見知りのはずだ。
「夫のダビデ像に密かに不満を持っていた妻は、小林巨根と関係を持つ…」
「失礼な云い方すんのやめてくれますか」
「その関係に気が付いた俺は、君を蔵に呼び出し問い詰める…そして!!」
「わざわざ妻の回想にチョロっと現れるんですか、そのダビデ像」
「うるさいよ!…まぁそういう展開なら、俺達のちんこが設定されていても」
「待って下さい!明智先生の奥さんていったら何歳なんですか!?軽く三十路は過ぎてません!?」
「じゃあお前、おっさんを無理やり犯すのと熟女と不倫、どっちがマシだ!?」
「熟女です!!」
「即答だな、じゃあそれでいく!!」
俺が話をまとめかけた時、小林少年がふと顔を上げた。
「待って下さい。奥さん、どう設定されてますか」
云われてふと、俺は妻の顔を思い浮かべた。美人…といえば美人だが、なんというか適当に作られた、創作者の愛着をカケラも感じない意地の悪そうな美人が、脳裏をよぎった。
「……なんか」
「少女漫画で云えば、ライバルキャラの顔つきですね。多分、名前は『イザベラ』ですよ」
「日本人だ!俺の妻っつってんだろうが!」
「三角関係というのなら、僕らに設定されているようにその…奥さんにもほら…」
「成程、生々しいコトを聞くのは厭なので、オブラートに包んで聞いてみよう」
同じ作品に登場する同士、俺と妻はその場に居なくとも意識をやり取りできる。俺は意識を集中し、妻に飛ばした。
「……おい、今何処にいる」
『本宅の居間にいる設定です』
時報と話しているような回答だ。恐らく性格設定が甘いのだろう。
「突然だが、確認したいことがある」
『…何ですか』


「お前、乳首は設定されているか?」


「はぁ―――!?」
妻より先に、小林少年が反応した。
「ちょっ…オブラートに包むって云ったじゃないですか…!」
「え?え?包んでない?充分に。性器に言及してないだろ?」
「包み方甘いですよ!奥さんドン引きしてますよ!!」
妻からの回答はない。…時報かと思われた妻は、明確な感情をもって引いていた。俺が引かせた。
「…いや済まない。何というか…ほら、俺達、蔵から出られないだろ?」
「つまり、私の役回りが知りたいのですね」
「うんうんうん」
彼女は少し考えるような間をとり、徐にこう答えた。


「あるタイミングで、蔵を開錠するのが、私の役目です。それ以外の役目はありません」


「コトが済んだ頃に蔵を開ける人だぁ~~~!!」
小林少年が崩れ落ちた。
…心情を察するに、俺も涙が出そうだ。この年端もいかない少年は、これから『能動的に』自分より二回り以上も年上のおっさんを犯さなければいけないのだ。なんて業の深い現場だ。
「厭だぁああ!!助けてピッポちゃぁーん!!」
とうとう『探偵七つ道具』の一つ、伝書鳩の名前を叫び出した。…これも小学生のカバンの中に常に伝書鳩が押し込められているという随分無茶な設定だったなぁ。ピッポちゃんストレスで死んじゃうぞ。…まぁ、今ストレスで死にそうなのは小林少年なんだが。
それにしても…どうも何かが引っかかる。俺は再び、パンツの中を覗き込んだ。
どうにも、ムラがある気がするのだ。
「小さ過ぎる…それに…」
俺はその時、ふとあることに気が付いた。
「小林少年よ…」


「俺達、助かるかもしれない」


あっけにとられて固まっている小林少年を置き去りに、そこら辺の本を掻き集めて積み上げた。蔵の天井近くに見える嵌め殺しの窓まで積むのだ。
「……まじすか?」
「そうだ、ちんこが設定されているなら、出番を作ってやればいい」
「は!?何の脈絡もなく、突然二人でちんこを出すんですか!?」
何を云っているのか分からないといった顔をする。
「もう一度、自分のちんこを見てみろ。どう思う」
小林少年は首を傾げながら、再び半ズボンを引っ張る。
「…んー?なんか…何だろこれ」
俺も覗き込んでみた。…何というかこう、わざとピントを外してソフトフォーカスにしたような…要はマイルドにモザイクをかけたような棒っぽい何かが、不自然に広い半ズボンのなかにノッシリと存在していた。
「……眩暈してくるな。遠近感とかどうなってんだ」
「でしょ!?半ズボンの中がこんなに広いわけないんですよ!四次元空間でしょ、これ。それにどんだけマジマジと見つめても輪郭すらハッキリしないんです」
「な?そうだろ?俺のやつも『ダビデサイズ』以外の特徴が、どんなに凝視しても見えてこないのだ。どうもこの創作者…ホモ漫画を描くこと自体にまだ躊躇いというか…『照れ』がある。そうだな、この女子は恐らく…処女だ」
「処女!?」
「奴らの恋愛観は九割の幻想と一割の聞きかじりで成り立っているのだ。そうと分かればこの女子の心を折るのは容易い!」
最後の一冊を積み上げ、足場を確認する。二人掛かりで登って耐えられる強度かどうかは怪しいものだが…
「よしっ」
「ほんと何する気なんですか」
「登るんだよ、窓まで」
まだピンときていない小林少年を無理やり本の山に追い立てて窓辺に立たせると、俺は今日一番大きな声を張り上げた。


「あぁー、寒い蔵の中に長時間閉じ込められてたから小便がしたいなぁー!!」


「えっ…えぇ~!?」
「えっ何?小林君も小便がしたいと!どっちが遠くに飛ばせるか、俺と勝負がしたいと!!」
「何でですか僕まで変なことに巻き込まないでくださいよ」
えぇい、普段は無駄に利発なくせに察しの悪い奴め。
「原理はよく分からんが、与えられた設定の辻褄を合わせれば、俺達はある程度自由らしい。ならば向こう半年はホモ漫画描く気が起きなくしてやろうぜ!ていうかもう俺は辛抱たまらん!」
「処女だからだな!?名探偵・明智小五郎ともあろう人が処女にちんこ見せつけたいとかそんな低俗な!!」
「はン、俺はどうせ密室で小学生に掘られる程度の名探偵」「わあい僕も小便がしたかったんだぁ!!」
即答である。もっとも選択の余地など無かろうがな。俺達はちんこだか何だか分からない股間でモヤモヤしているものをボロンと垂らすと、狙いを遠くに定めて一斉に放尿した。


俺達の盛大な笑い声と共に、世界がフェードアウトして融けていく不思議な感覚が俺を



「……ゆいちゃん?」
ぐったりと机に覆いかぶさる若い女が、スマホの着信を確認して耳にあてた。
『描けた?』
ゆいちゃんと呼ばれた通話相手の声がする。弾むような高い声だ。
「それが……」
今しがた、くしゃくしゃに丸めたネームをノールックでゴミ箱に放り込みながら、彼女は首をもたげた。
「あたし、BL向いてないかも…」
『えー!?なに今更!もうスペースとっちゃったよ!』
「うん、描くよ。描くけど…BLはちょっとだめかも」
『サイちゃんBLデビューと思ったのにー。サイちゃんの絵キレイだから絶対向いてるのに』
「駄目なの…何度描いても立ちションになるの…」
『は!?』
「ごめん~……なんかユルいの描くからさ、8ページだけあけといて」
そう云って電話を切り、そっとスマホを伏せる。
「―――なんでじゃい」
それだけ呟いて彼女は、再び机に突っ伏した。 
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