最も恐ろしい責め
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第一章
最も恐ろしい責め
名君の筈だった。しかし熱病に倒れてからそれが一変した。
ローマ皇帝カリギュラは急に粗暴、好色、残忍になり暴虐を極める様になった。
多くの者が些細なことで暴力を受け虐待され殺されもした。
退廃的な宴が連日連夜行われそれに膨大な金が消えた。
姉や妹達にも手を出し荒淫に耽る彼を見て人々は口々に言った。
「やはり熱病でおかしくなられたのか」
「お顔立ちも変わられたしな」
温和な顔が猛獣の様になった。それにだった。
髪の毛も抜け禿頭になった。あの青年皇帝の姿は何処にもなかった。
その彼が暴虐を極めるのを見て人々は言うのだった。
「このままでは国が潰れるぞ」
「皇帝があの様な振る舞いをされては」
「今日も元老院の奥方に一人に手をおつけになられたぞ」
「公務の途中だというのに」
「兵達には裸で踊らせる」
「獣を急に崇める始末」
そこに正気を見る者はなかった。
「やはりおかしくなられたのではないか」
「一体どうすればいいのだ」
「あの方が皇帝のままでは生きた心地がしない」
「我等も何時妻や娘を陵辱されるか」
「気紛れに虐待され殺されるか」
「わかったものではないぞ」
ローマの者達は誰もがカリギュラを怯えそしてその狂気に暗いものを感じていた。だが当のカリギュラだけは別だった。
この日も爛熟と言うには程遠し退廃の極みにある宴の中にいた。そこで美食と美女に囲まれ異様な音楽と舞いを聴いて見ていた。
その彼に侍従の一人がこんなことを言った、
「皇帝、捕虜にした蛮人の一人がです」
「何かあったのか」
カリギュラはローマ風に水で割ったワインだがそれだけではない。中に胡椒といった極めて貴重なものを入れている杯を手にして侍従に問うた。
「その捕虜が何をした」
「皇帝を愚弄しておりますが」
「わしを愚弄しておるのか」
「はい、禿だの」
「何っ!?」
カリギュラは己の頭のことを言われることをことの他嫌っていた。病により髪の毛が抜けたことを気にしているのだ。
そのことを聞き血相を変えた、そしてこう侍従に言った。
「その捕虜を連れて来い」
「殺されるのですか?」
「ただ殺しはせぬ」
怒りに歪みそれと共におぞましいものを含んだ笑みのある顔だった。
その顔で侍従にこう告げたのである。
「とにかくわしの前に連れて来い」
「わかりました。では」
「さて。わしを愚弄した者がどうなるか」
酒だけでなく他の誰も口に出来ない様な馳走も口に入れながらの言葉だった。
「思い知らせてくれるわ」
「・・・・・・・・・」
周りにいる者達は内心戦慄を感じた。こうした時代カリギュラは必ずおぞましい行いに出るからだ。そしてその危惧は当たった。
捕虜が連れて来られるとカリギュラは早速彼を壁につけて動けない様にした。それからだった。
自ら鞭を以て打つ。それも何度も何度もだ。
それが終わってから捕虜の頭を打った。鈍器で何度も打ち。
頭を砕きその骨を剥ぎ取ってこう周囲に告げたのである。
「この者をこのままにしておけ」
「殺さないのですか」
「その状況で」
「そうだ。殺さぬ」
それは決してだというのだ。
「何があろうともだ」
「もう既に死のうとしていますが」
「それでもですか」
「そうだ、殺さぬ」
絶対にという言葉だった。
「そして決して手当てもするな」
「では食事は」
「それはどうされますか」
「取らせぬ」
それもないというのだ。捕虜は死にそうになったまま苦悶の顔で壁に打ちつけられ動かない。全身傷だらけになり血塗れだ。しかも割れた頭から脳が見える。
しかしそのままで殺すなという。カリギュラは酷薄な笑みで周りに告げる。
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