お母さんを待って
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第一章
お母さんを待って
この時富阪遥、黒髪を短くしていてやや面長で穏やかな顔立ちをしている初老の女性は自宅の中で愛猫のあずき、毛は黒で顔の右上と背中の左が丸く白くなっている雌猫を抱きつつ娘の椛グレーの髪の毛を後ろで束ねている自分によく似た大学を出てからOLになって四年経っている彼女に対してこういった。二人共背は一六二位で痩せたスタイルでズボンがよく似合っている。
「この前の健康診断の結果がそろそろ帰ってくるけれど」
「人間ドッグ入ったわね」
「ええ、その結果がどうなるかね」
このことがというのだ。
「どうしてもね」
「心配になるわね」
娘もこう返した。
「やっぱり」
「そうなの。糖尿病とか高血圧とかね」
「色々ね」
「引っ掛かってなかったらいいわね」
「そうだよな」
新聞を読んでいた夫の浩一も言ってきた、眼鏡をかけていて短くした髪の毛が白くなってきている初老の男だ。背は一七〇程で腹は出ているが全体的に痩せている。
「誰だってな」
「そうよね、何もなかったらいいけれど」
「けれど何でも初期発見ならな」
「大丈夫ね」
「すぐに治療出来るからな」
「去年の診断では何もなかったし」
それでというのだ。
「若し見付かっても」
「初期だろうしな」
「治療出来るわね」
「軽いうちにな」
「やっぱりこうしたことは毎年受けるべきね」
「ニャア」
あずきは自分を抱いている母に応えた、彼女は家族の中に一番懐いているのだ。その母に抱かれながら一声鳴いた。
数日経ってから結果が来た、その結果を見て母は仕事から帰って来た娘と夫に暗い顔で話した。
「お口の中に癌細胞があるってね」
「診断で書いてあったの」
「ええ、凄く小さくてすぐに取ればね」
「問題ないのね」
「そう書いてあるわ」
「そうなの」
「ええ、けれど癌だからね」
それ故にとだ、母は娘に沈んだ顔で話した。
「やっぱりね」
「そうよね、けれど入院してね」
「そんなに悪質でないものらしいし」
癌細胞は癌細胞でもというのだ。
「入院して手術受けてね」
「ええ、またお家に戻ってきてね」
「その間お家のことはお願いね」
「わかったわ」
「俺も出来ることはするからな」
夫も妻にここで言った、これまで妻の話を聞いていただけだが。
「それじゃあな」
「暫くお願いね」
「ああ、安心して手術受けて助かって来い」
こう言ってだった。
夫も娘も彼女を送った、遥は入院してそうしてだった。
手術を受けることになった、だが。
母が入院した日からだった、あずきは。
ずっと玄関にいる様になった、そこからトイレの時以外は動かなくなりそこで寝る様にもなった。それでだった。
椛は父にこう言った。
「ご飯もお水もこれまではキッチンに置いていたけれど」
「ああ、あずきはずっと玄関にいるからな」
「ご飯もお水もね」
そのどちらもというのだ。
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