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幻の月は空に輝く

作者:国見炯
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衝撃




 ふふふふふん、とリズミカルに鼻歌を歌いながら、私は天華と沢山の話しをしてた。
教えてもらった所によると、天華は狐さんらしいのですよ。
 ほぅほぅ。狐さんとな。
 私がにへら、と頬をだらしがなく下げて笑っていたら、銀の毛並みだと教えてくれた。人間の姿にも狐の姿にもなれるらしいんだけど、どちらでも色は銀になるんだって。テレビとかじゃあるけど、直接は見た事ないんだよね。綺麗なんだろうなぁって言ったら、照れたように私の頬を舐めてくれた。
 うむ。流石私の弟。私のツボを心得ておるのぉ。
 という冗談はさておき、天華は弟だったのですよ。あれ? 天華…華? まぁ、いっか。一回死んでからというもの、物事をあんまり深く考えなくなったような気がするけれど、今の所困ってないから大丈夫。
 といっても胎児だけどね。存在感のある胎児だよねも何も、胎児そのものを見た事がないからわからないけど。
 ちなみに、最近凝ってる事といえば、お母さん…の話しを聞く事。耳をすましてみると、結構色々な情報。井戸端会議レベルだけどね。仕入れられるんだ。
 なんていうか、あんまり聞きなれない単語なんかも飛び交ったりするんだけど、物語を聞いているようでそれも楽しんだりしてる。

「ふふ。アナタの所とどっちが早いかしら?」

 む。今日の会話は妊婦さん同士かな?
 私が意識を戻してからそれなりの時間は経過したと思うんだけど、流石によそ様の子と自分を比べるのは如何なものだろうかと思う。
 この状態のまま生まれて育てば、麒麟児じゃなく、ただの異端児ですよ。鬼才っつーか鬼子っつーか。まぁ、弾かれそうな赤ん坊な事は間違いなし。
 比べるというよりも、参考にさせてもらう、が正解かな。

「そうね。この感じだと…セイカの方が早いんじゃない?」

 ほぅ。私のお母さんはセイカというんだね。
 お父さんとお母さんの会話って、固有名詞がまったく出てこないからわからないんだよね。ぶっちゃけ、他者が入り込めないダーリン・ハニーの世界だし。それにランセイって単語が頻繁に混じりつつ、愛しげにお腹を撫でる感じかな。

「ランちゃんの方かしらね。でも、クシナの方も順調そうよ。ミナトさんは帰ってこれそう?」

「うーん。どうかしらね」

  へぇ。クシナとミナトっていうんだ。お母さんが話している女性と旦那さんは。

 ……………。

 少しの沈黙の後、なんとか思考を整えてみる。
 へぇ。クシナとミナトね。
 日本人っぽくないのかな。どうなのかな。

 …………………。

 さっきよりも長い沈黙だったけど、まだ諦めない。
 未来の日本だと思ってるしね。あくまでも日本だと思って思ってるからね。

「早く任務から帰ってくるといいわね」

 と、お母さんの声が聞こえて、私は無言になる所か口をぽかんと開けたまま間抜け面を天華に披露しつつ、ギギギと不自然な音をたてながら天華の方を向いた。
 ちょっと確認したい事が出来ちゃったかなぁ。
 未来の日本の割りに、やけに古風な単語が飛び交ってたような気もしたんだけど、きっと私が死んでる間に色々とあったと思ってたんだよね。寝物語を聞いているみたいだったから尚更深く考えなかったというかね。
 でも大丈夫。
 まだ胎児。
 修正ならば幾らでもオッケーなはず!
 なので天華に質問を投げかければ、ちょこんと首を傾げられた。雰囲気でそのぐらいの仕草の事はわかるのですよ。

《ここは火の国の木の葉隠れ里だ。ランは、忍を知らぬのか?》

 不思議そうに。本当に不思議そうに聞かれたんだけどね。
 まだ胎児だからね。生まれてないからね。見た事ないんだよーって言えば、天華はやっぱり不思議そうだったけど、とりあえず納得してくれたみたい。
 気持ちはわからなくもないんだけどね。これだけ喋る胎児はいないだろうし。

《……我は、長い事宵闇族の内に宿っているが、ランのような意志のある胎児には初めて出逢った。故に、知っているかと思っていたのだが》

 うん。他の胎児に会った事はないけど、私みたいな胎児はいないと思うよ。
 天華の言葉に返答しながら、私の頭の中では色々なものが総動員されての緊急会議中だったりもする。
 火の国って言ったよね。
 木の葉隠れ里って言ったよね。
 忍っていったよねー。


 ………………………。


 たっぷりと。本当にたっぷりと沈黙をかました後、私は意識的に天華を抱きしめた。

「(天華。私はね、こことは別の世界で死んで、ここに生まれてきたんだよ。何故か意識はあるし記憶は失われてないけど……ここの常識は知らないの。ここではない世界から来たからね)」

 私のいた世界の、漫画の中の世界、とは言わなかった。
 だって、私はここが漫画の中とは思えないもの。現実に皆が生きて、日々の暮らしを営んでいる。

《ふむ。宵闇族は特殊故、そういう事もあろう。それに…だからこそ…》

「(天華…?)」

 珍しく歯切れの悪い天華。 
 さっきから宵闇族って言葉も気になるんだけど、なんとなく雰囲気的にまだ聞かなくていいかなー。と思わなくもない。
 だから、今は聞かないでおく。

 だってさ。
 既に、私という存在がイレギュラーでしょ?
 本来なら在り得ないと思うし。
 私がこの世界で、通りすがりAという存在ではないだろうと思える証は、天華の存在かもしれない。
 クシナさんがいてこれから出産なら、天華は九尾じゃない。でも、天華は狐だ。意志をもった、人の身体に宿る不思議な存在。それと同時に私の大切な弟。

 NARUTOを思い出し、私はゾッとした。
 主人公のナルトに対する里の人間の対応の冷たさ。九尾の事件の後、里の英雄である四代目の息子のナルトは、父親と同じ英雄にはなれなかった。 
 多分、里を壊し多くの命を奪った九尾への嫌悪が先立ち、怒りと憎しみの矛先をただ九尾を宿らせられただけのナルトに向けた。私は漫画を読んでてそう感じてしまった。だから、小説でアンチ里の人間なんていうものは結構読んだりもした。読んでて、あの態度にはものすっごく腹がたったのだ。
 大人しく私の腕の中に収まってくれている天華を更に強く抱きしめ、深い深呼吸をして身体の中の空気を入れ替える。

 平和な現代から生まれた私が、天華を護れる強さを身につけられるだろうか。
 天華がいなかったら、ただの通行人Aの私が、強いチャクラを身につけられるだろうか。

《ラン》

「(……ん?)」

 私の不安を感じ取ったのか、天華が腕の中で身動ぎしながら私を見上げてくる。

《ランは我の姉。我が護ろう。ランは何一つ不安に思う事はないのだ》

「(………)」

 嬉しい。嬉しい天華の言葉。でも、ね。

「(天華。天華の気持ちはすごく嬉しい。でも…私も天華を護りたいんだよ。両親を護りたいんだ。そして…)」

《………》

 ナルトの親友になりたい。だなんて。
 まだ出会ってもいないのに、私の脳裏に浮かんだ言葉。
 それは言葉にしないまま、私の中へと消えていく。

 思考の渦の中へと突入した私は気付かなかった。
 天華がジッと私を伺うように、心配そうな眼差しを向けていた事に。
 そしてこの一連の会話が、何があっても、何を犠牲にしても私と私の大切な人だけは護ると、天華に決意させていた事に。
 今の私は気付けなかった。


 
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