竜の子
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プロローグ
当方は、生まれながら枯れていた。
人が喜ぶ時に笑えない。悲しむときに涙を流せない。きっと、人間らしい心と言うものを持っていなかったのだろう。
生まれ育った村では、不気味な子供だと言われた。
家族は幼くしてモンスターに喰われた。
モンスターが人間を襲うのは当たり前のことだ。親が死んだにも関わらず涙を流さない子供を周りはさらに不気味がった。引き取った剣の師でもあった養父も、少しして病で死んだ。村に居場所はなく、当方は村を出た。道中、モンスターに襲われたが家にあった剣と数本の短剣を用いて殺していった。
そして、竜に出会った。黒く巨大な竜。いままで殺してきたモンスターとは明らかに違った。身体は40Mほどはあっただろうか。圧倒的な存在感と草木を枯らす障気を撒き散らしていた。宝玉のように輝く碧眼は漆黒の体も相まって美しく、恐ろしかった。当方は逃げることはできず、結局殺し合った。
死ぬことは怖くなかったが、ただ喰われるよりは自分の全てを使いきってから死のうとした。
だが、当方は死ねなかった。
気付けば、血だらけまで黒竜の骸の上にいた。右手で掴んでいた剣は刀身が折れ、養父から譲られたミスリルの鎧は砕けていた。辺りは、竜の障気と口から放つ黒炎で草木が残らないヒドイ有り様だった。黒竜の骸は翼をもがれ、腸を裂かれと無惨な物だった。
ふと、口の中で鉄のような味がした。身体中が血にまみれているのだから口に入ったのだろうと思った。が、竜の死体を見て気付いた。他の臓物が残っているにも関わらず、心の臓がなくなっていることを。自分の体を見れば傷が何一つないことを。赤い瞳があの竜と同じ碧眼になっていることを。頭のなかに知識を流し込む眼鏡の魔具を掛けていることを。一呼吸する度に、膨大なマナが作られていくことを。
当方は、非人間になっていた。
旅の途中、いつか人ではなくあの黒竜と同じ人喰いになることを知った。体を治す方法を知るため冒険者の町 オラリオに行った。世界の中心であり、天界より数多の神々がいる都。そこには医神もいる。全知の存在なら方法を知っていると思った。
当方は、ファミリアに入りモンスターを殺し続けた。オラリオで頂点に立つファミリアなら情報を集めやすいと思った。
だが、治すことは出かなかった。
結局、当方は半人半怪。ただの化物。仲間も友もいない孤独な男。誰かを傷つけることしか出来ない男だった。
『違うわ、あなたは優しくて温かい人。自分よりも誰かを大切にできる人。ただ、少し自分を出すのが苦手なだけよ』
ベッドの上で白髪の女性が体を起こして、当方に優しく言う。腕は細く、頬も痩け生来の肌の白さも相まって生気を感じられない。それでも微笑む。
『この子だって、あなたのように強くて優しい子に育つわ』
腕に抱かれた赤ん坊をあやしながらそう言う。母親と同じく白髪で白い肌の男の子。違うのは瞳の色。かつての当方と同じ赤い瞳だった。
『後、お願いね』
いつもの優しい笑顔で当方に告げる。自分が一番苦しいにも関わらず、他人を思いやる人だった。
病の悪化と難産、生まれながらの病弱な体質。それらが重なり少しして、彼女は亡くなった。無論、彼女の周りの人間は嘆き悲しんだ。当方と違い、仲間や友、周囲の人間を愛し愛された人だった。唯一の家族である彼女の双子の姉には殺されかけた。当方が元凶なのだから当然だった。憎くて憎くて仕方なかったのだろう。静寂を愛する女が怒号をあげたのだから。
当方は、赤子と共にオラリオを出た。我がファミリアは当方が彼女の看病でいない遠征で壊滅し、オラリオの空気は陰湿なものになっていったためだった。赤子を育てるには適していなかった。当方と違い、争いとは無縁の平穏で穏やかな世界ですくすくと育って欲しかった。かつての主神も伴い、のどかな農村に移住した。手には剣ではなく桑を持ち、田畑を耕し、野菜や麦を育てる生活を始めた。かつてテイムした比翼の鴉と愛馬も手伝ってくれた。不作の年が無かったのは、オラリオにいた豊穣と慈愛の女神に色々師事した賜物だろう。
季節をいくつも巡り、オラリオも少しは落ち着きを取り戻したことをかつての同僚や主神の使いをしている神から聞いた。この村には熊や弱いモンスターくらいに危機は訪れないだろう。そう思っていた頃だ。
「お願いお父さん!僕を、オラリオに行かせてください!!」
成長した我が愛しの子は、母親譲りの白髪の頭を見せ、当方に見事な土下座をしている。
いったい何を間違えたのか。叡智の結晶は応えてくれない。
後書き
続かない
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