牛鬼淵
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第四章
「身体が大きくて丈夫そうな女がよい、それに余を見るのだ」
「殿のお身体ですか」
「そう言われるとです」
「確かに」
「この身体じゃ」
他の者よりも頭一つ高い大柄な身体だからだというのだ。
「その辺りのおなごでは小さ過ぎる」
「まさに子供ですな」
「だからですな」
「それ故に」
「殿は大きなおなごがお好きですか」
「左様、先程の牛鬼が化けたおなごが確かに美しかった」
吉宗もそのことは認めた。
だがそれでもとだ、彼はさらに言うのだった。
「しかし小さいし顔もじゃ、余にとってはどうでもよい」
「だからですな」
「お心も奪われず」
「すぐに我等に告げて頂けたのですな」
「そういうことじゃ、では一旦城に戻ろう」
ことは終わったからだ、それでだった。
吉宗は藩士達を連れて城に戻り有馬にことの全てを話した、すると有馬は吉宗に笑ってそのうえで述べた。
「化けものもですな」
「余のおなごの好みは知らなかった」
吉宗も笑って話した。
「誰もが彼もが美しいおなごを好きとはな」
「限りませぬな」
「そうじゃ、そこは抜かったな」
「化けものにしても」
「うむ、しかしな」
吉宗は顔を真剣なものに戻して述べた。
「これで終わりかというとな」
「牛鬼を成敗して」
「そうでもない様じゃ」
「といいますと」
「牛鬼は大層執念深いという」
牛鬼の気質の話もするのだった。
「これがな」
「そうなのですか」
「海に出た時は漁師を海からその家まで追いかけてくるという」
「それはまたしつこいですな」
「だからな」
それ故にというのだ。
「死んでも怨霊となるやも知れぬ」
「あの様な化けものがそうなりますと」
「厄介じゃ、だからな」
それ故にというのだ。
「牛鬼がおった淵はしかと牛鬼を祀ってな」
「その霊を鎮めますか」
「そうしようぞ」
その霊が怨霊にならぬ為にというのだ。
「これよりはな」
「それでは」
「うむ、そうしてな」
そのうえでというのだ。
「ことを終わらせようぞ」
「さすれば」
有馬も頷いた、そしてだった。
牛鬼は祀られその霊が鎮められた、これが牛鬼淵の話である。徳川吉宗にまつわる和歌山の話の一つである。将軍になる前の彼はこうしたこともしていたと思うと実に面白いと思いここに書き残した。一人でも多くの人が読んで頂けたら嬉しい限りである。
牛鬼淵 完
2020・4・14
ページ上へ戻る