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MOONDREAMER:第二章~

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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
  第45話 天上の鎧:前編

 話は依姫と衣玖が離れていった直後に戻る。
 取り残された勇美と天子は、暫し呆然としていた。
 特に依姫に思い入れがあり、かつ最近になって衣玖に入れ込んでしまった勇美は、心ここに在らずといった様子であった。
 そして、勇美はここで離れていった衣玖を想い、心の叫びをあげる。
「シェリー! ハンドバーッグ!」
「いや、誰がシェリーよ……」
 天子は頭を抱えた。
 そして、せめて「カムバック」にして欲しかったと思った。確かに昔そういうネタあったけどさ。しかもどこから持って来たそのハンドバッグ。
「天子さん、このハンドバッグどうしましょう? ノリで出してしまいましたけど」
「知らん」
「ぇー」
 天子に冷たくあしらわれて、仕方なく勇美はそれを地面に置いておく事にした。
 気を取り直して、天子は勇美に向き直る。
「まあ、あの二人は二人でうまくやってくれるわよ。だから私達は私達で楽しみましょう」
 そう勇美を宥める天子であったが、そんな彼女の思いは報われる事はなかった。
「天子さん! あなたには私が永江さんの事、どれだけ思っているのか分かりますか?」
「うん、分からない」
 修羅の如き表情でそう差し迫る勇美に、天子はさらりと返した。
「ですよね~」
「そういう訳よ。始めましょう」
「うん、そうする」
 何故か素直に従う勇美であった。

◇ ◇ ◇

 勇美と天子の二人だけになり、仕切り直しとなった勝負。
 先に動いたのは勇美であった。相手は身の守りに優れるのだ。故に攻め続けるしかないと勇美は踏んだのだった。
 まずは勇美は金山彦命の力を借りて仕掛ける。
「【鉄符「アイアンローリング」】!」
 勇美が言うと彼女の手から、回転する鉄の球が発射された。
 固い物には削岩機。そんな要領で勇美は攻撃を繰り出したのだった。
 ギュルギュルと激しく唸りながら迫る鉄の球。
「甘いわね」
 だが天子はそう言うと鉄球を軽々と素手で受け止めてしまったのだ。
 天子の手を抉りこまんと回転しながらめり込む鉄球。しかし当の天子はビクともしていない様子であった。
 やがて諦めたかのように徐々に鉄球は回転速度を緩めていき、ボトリと地面に落ちてしまった。
「ふう……」
 そして攻撃を防ぎきった天子はどこか達観した表情を見せながら言った。
「こんな所かしらね」
「くぅ……」
 やや挑発的に天子に言われて、勇美は歯噛みした。
「それじゃあ、次は私から行かせてもらうわね」
 とうとう天子が今まで見せていなかった、彼女自身の攻撃が来る。勇美は身構えた。
 そして、天子が行動する。
「【地符「不壌土壌の剣」】!」
 その宣言が行われると、天子の持つ緋想の剣が緋色から土色に変化する。心なしかそこから『震え』が感じられる。
 そして、天子はその剣を振り被りながら飛び上がった。
「させませんよ!」
 勇美は天子の動きに合わせて機械の分身を現出させる。
「【装甲「シールドパンツァー」】!」
 勇美に呼ばれ、彼女の目前に大振りの盾を持った戦車が現れた。
 そして、主と敵の間に割り込み、剣戟の攻撃をその身で受け止めたのだ。
 キィーンとなる金属音。だが、これで天子の剣戟は受け止めたのだ。
 しかし、そこで勇美に安堵する余裕は訪れなかった。
「!?」
 異変に気付く勇美だったが、時既に遅しだったようである。
「くぅ……」
 彼女はものの見事に剣から放出され、装甲をすり抜けて迫った振動に吹き飛ばされてしまったのだった。
 だが、間一髪で勇美は体勢を立て直して地面に踏み留まった。
「どうにか持ちこたえたようね」
 天子は感心したように言う。
「こうでなくちゃ、依姫さんとの修行はこなせませんよ」
 そう言って勇美は得意気に天子に返してみせた。
 それを聞いて天子は何だか良い気分となって話を続ける。
「あなたの心意気、素敵だわ。それでこそ私が見込んだだけの事はあるわよ」
「そう言ってもらえると光栄ですね」
 対する勇美もそう言われて嬉しく思ってしまう。
 だが、ここで天子は敢えて手厳しい言葉を放つ。
「でも、忍耐強さは私の方が上よ。このまま戦ったんじゃ、あなたの不利なんじゃないかしら?」
「う~ん……」
 天子に辛い指摘をされ、勇美は苦い表情を浮かべながらも納得する。
 確かにこのままのペースで戦っていたら埒が明かないだろう。
 勇美はこれに同意して、次の手を考えるのであった。
「それじゃあ、結構無茶させてもらうからね♪ まずは『大黒様』!」
「何をする気?」
 勇美の意味ありげな言葉を聞き天子は訝る。
「まあ見ていて下さい、次に『ハデス』様!」
 そして勇美は第二の神に呼び掛ける。
「そんでもって最後に『セト』様!」
 最後に勇美が呼び掛けたのは、古代エジプトに伝わる『嵐』『暴力』『暗黒』の神であった。
 闇や冥界を司る古今東西の神が三柱。これらの力で勇美は何をするつもりなのだろうか。
 その答えを今から勇美は示すのだ。
「大黒様、ハデス様、セト様。この三つの闇の力で以て、私は破壊の力を生み出す!」
 その言葉と共に勇美の翳す右手の前に、大量の闇の力が集まっていった。
「!?」
 それを見て天子は些か驚いてしまう。いくら勇美自身の力ではなく、神降ろしの力を更に借りたものであれど、これ程までの力を目の前のあどけない少女は操るのかと。
 天子すら驚かせた闇の収束。これに続いて手のひらサイズの金属の板数枚が、それに蓋をするかのようにぴったりと繋ぎ合わさった。
 見れば漆黒の三面体が勇美の手には握られていた。
「よし、完成っと♪」
 まるで苦心して組み立てたプラモデルのように、勇美はその謎の物体を愛おしげに掲げる。
「……何よ、それ」
 天子は何か得体の知れないものを感じて警戒する。
「まあ、見てのお楽しみですよ」
 そして、勇美はその物体をがしりと掴み、小石のように投げ付けた。
「そんな攻撃で……」
 天子はそれをじっくり見据えながら思った。投げ方が素人同然だと。そんなようでは『攻撃』にすらなっていないのではと。
 だから彼女は軽くみていたのだ。『こんなものは軽く斬り捨ててしまえばいい』と。
 そう思い、天子は最低限の動きで、その物体に剣を向けたのだ。
 緋想の剣が黒い三面体を捉えて、その刃をめり込ませる。
 その瞬間、勇美は目に光を灯し口角を上げながら言った。
「【冥符「ダークマターボム」】……」
 まるでその言葉を合図にしたかのように、三面体にピキピキと音を立ててヒビが入っていった。
 そして、毒ガスの如く黒い気体が吹き出し、続いて三面体は内部から押し上げる力により不気味に膨れ上がった。
「!?」
 刹那、凄まじい爆発が巻き起こり、天子を包み込んだのだ。
 しかも、その爆発は鮮やかな赤と橙色の中間ではなく、禍々しい紫と黒を混ぜたようなものだった事もその異様さに拍車を掛けていた。
 余す事なく闇の爆ぜは天子を飲み込んでしまった。これでは彼女とてひとたまりもないだろう。
「うまくいったみたいだね♪」
 ドッキリ作戦が成功したように胸をすかせながら勇美は呟いた。
 だが、そんな最中声がした。
「うん、意外性も威力も申し分なかったわ……」
「えっ?」
 未だ続く爆発の中から聞こえてきた声に、勇美は意識を集中した。
 そして、爆発が収まると、その中にいた者の様子が露になっていった。
「あ……」
 その光景を見た勇美は唖然としてしまった。
 そこには多数の要石を身に纏った天子の姿があったのだ。
「……それであの爆発から身を守っていたのですか?」
「ええ、私でも生身であれには耐えられないからね」
 生身ではないとはいえ、先程のような多少の障壁で耐えられるのか。勇美はそういった思念に見舞われる。
「それで、結論は『程遠いんだよねぇ』ですか?」
「いや、私はあんなサディストとは違うわ!」
「ですよね。やっぱ天子さんはMの方ですよね」
「それも違う」
 ああ、何時からか、天子はそう思った。かつて幻想郷で異変を起こした理由を『退治されたいから』と挙げた事が一人歩きしてしまったのは。
「……」
 対して、天子と仕様もないやり取りをしていた勇美は追い込まれていた。
 ──先程の攻撃は勇美の渾身の一撃であり、あれで勝負を決める算段だったのだ。
 耐久力の強い天子に対して、チマチマと攻撃をしても焼け石に水だと思ったからである。
 なので勇美は勝負に出る事にし、先程の爆撃を行った。
 だが、結果は今の通りである。
 勇美はその事に心の中で落胆する。
 そして、世の中というのは災難が続く事が多いものだ。気落ちする勇美に、天子はとどめを指す事となる。
「やはり、緋想の剣が見極めた通りね」
「?」
「あなたは神降ろしの力を更に借りるという不安定な戦い方の性質上、『長期戦が苦手』のようね」
「……」
 その指摘に勇美は返す言葉がなかった。
 確かにその通りだったからだ。
 自分でも無理をした戦い方をしていると勇美は感じるのだ。だから、何が何でも勝つ為に強引な攻め方をする、故に長期戦向けではない。
 そうやって今まで戦って来たのである。だが、今こうして天子に弱点を突かれる形となっているのだ。
 ──こうなっては正攻法では無理だ、是非ともあの緋想の剣の能力、私も使わせてもらいたい。
 そう勇美が思案していると天子から声が掛かる。
「そんなあなたにとっておき、見せてあげる」
 言って天子は唇に手をあて微笑を浮かべる。やはり『てんし』なのに小悪魔的な印象が出ている。
 その後、天子は構えた緋想の剣に念を送った。
 すると緋想の剣はワインレッドの輝きを放ちながら天子の眼前で静止した。
 そして、天子は宣言する。勇美にとって宣告となる、その技の名前を。
「【法魔「ケアリングコール」】」
 その指示を受けた緋想の剣はワインレッドの輝きを一層強くする。
 それに伴い、天子の体が目映く優しいエメラルドグリーンの光で包まれた。
 天子のこの様子を見ていた勇美に嫌な予感が走る。そしてそれは現実のものとなる。
「天子さん、まさか……」
「ええ、ご察しの通り──」
 そして、容赦なく伝えられる。
「──完全回復させてもらったわよ♪」
「……っ」
 勇美はその瞬間歯噛みした。──悪い予感が当たってしまったと。
 ただでさえ天子は防御力が高いのだ。それ故に勇美は彼女に満足なダメージが与えられなかったのだ。
 そんな状況の中であろう事か天子は、緋想の剣戟の力を使いその傷を瞬く間に回復してしまった。
「参ったね……」
 そう頭を掻きながら溜め息混じりに呟く勇美。そんな彼女の振る舞いが今の勇美の絶望的な状況を如実に表していたのだった。
 そのような心境の勇美に対しても、当然だが天子は躊躇しなかった。
「安心して、このスペルは緋想の剣が一日に一回しか使えないから」
 天子は言うが、それは勇美にとって大した慰めになってはいなかったのだ。
「そして、おまけに【乾●「荒々しくも母なる大地よ」】!!」
 叫びながら天子は緋想の剣を地面に勇ましく突き立てた。
 すると大地が激しく揺れる。
 本当に強力な地震というものは人が地に足を踏み締めていられなくなる程のものである。
 それ程の規模の衝撃が地を這い勇美を襲った。
 当然勇美はシールドパンツァーを繰り出して防御体勢に入っていた。だが、足元から襲う力にはいくら盾を構えても無力なのであった。
「きゃあっ……」
 敢えなく勇美はバランスを崩し、悲鳴と共に地面に倒れてしまった。
 地に体を投げ出されてしまった勇美。それはスカート丈の短さからスラリと伸びる脚部も例外ではなかったのだ。
「……」
 それを見て天子は思う──何て目のやり場に困るんだと。ぶっちゃけエロい。
 同じスカート丈での服装でも、洋服とは勝手が違った。和服には普通、脚を出さずに手堅く包み込んでいるというイメージがあるからだろう。
 天子は負けたと思った。胸が無くても色気を演出する事は可能なのだと。そんな事は当の今の勇美の知った事ではないが。
 気を取り直し、天子は勇美に向き直る。今の状況だと、正に見下ろしている形であろう。
「うぅ……」
 だが、そんな状況でも勇美は健気にも立ち上がったのだ。
 ああ、その意地らしく体を押して足を持ち上げる様も生足の魅力を引き立てているなと天子は思いかけたが、何とかその煩悩を頭の片隅へと追いやり勇美に言葉を投げ掛ける。
「まだやるつもり?」
 高飛車であるなと思いつつも天子は胸を張った。
 自分は緋想の剣の力で完全回復した。それに対して相手は力を多分に使ったのに敵を倒せなかったばかりかダメージまで無効にされ身も心も張り詰めている状態なのだ。
 故に天子の優位は揺るぎないのだ。
 天子がそのように思っていると、勇美がおもむろに言葉を発する。
「天子さん……『パンツ脱いでいいですか?』」
「んなっ?」
 この瞬間、天子は頭と目の中で何かが弾けるような体感を味わってしまった。
 そんな中彼女は一つ確信する。
 今まで勇美の和服から覗く生足が気になって仕方がなかったのは、和服を着る際には西洋の下着を着けないのが正式である事実があったからだと。
 だが、幸い彼女はパンツは穿いていたようだ。天子は一先ずそれに安堵する。
 しかし、問題は他に差し迫っていた。あろう事か勇美はそれを脱ごうとしているのだ。
 そんな危ない事をさせる訳にはいかない。ネチョもいい所だ。
「だ、ダメに決まってるでしょ! 第一パンツ脱いでも強くなったりしないわよ!」
「でも、パンツ脱げばこの状況が何とかなりそうなんですよね」
「ならん! せいぜいスースーして気持ちいいだけよ!」
 天子は完全に煩悩に捕らわれてしまった。緋想の剣は使えても、夢想は祓えなかったようだ。
 すっかり脳味噌の中がぴんく色の物で侵食されて取り乱してしまった天子。
 その様子を勇美は黄金色に光らんばかりの眼光で見据えていた。
 思考を掻き乱されている天子。そこにどこからともなく何かが素早く飛び込んで来た。
 それは天子の持つ緋想の剣を勢いよく弾き飛ばしてしまった。
「!?」
 漸く正気を取り戻した天子が見たものは、ロケットパンチの如く宙を飛ぶ『手』であった。
 そしてその手は弾き飛ばした緋想の剣を宙で見事にキャッチする。
 役目を終えた手は戦闘機が空母へ帰還するかのように元の場所へと戻っていく──緋想の剣を手に持ったまま。
 土産を携えた手が収まったのは、勇美が持つ銃の形をした機械であった。
 事態を把握出来ない天子の為に勇美は説明を始める。
「【奪符「冥府行き決定の所業」】……。『韋駄天』様と『マーキュリー』様の力を借りて、天子さんの剣を奪って見せたって訳ですよ♪」
「や やってくれたわね、あなた!」
 してやられた事に天子は歯噛みした。日本とギリシャに伝わる『盗み』の神の力を掛け合わせた事にも、彼女は悔しさを感じながらも驚きの念を覚えた。
「天子さん違いますよ、そこは『な なにをする、きさま!』じゃないと」
「言わん」
 それは避けたかった。でないと選択肢一つで殺されたりとか、リメイクされたら禿げさせられたりとか碌な事がなさそうだったからだ。 
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