竜のもうひとつの瞳
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第六十九話
浮かない表情の小十郎を連れて、再び鍛冶屋にやって来たのは七日後のこと。
六助は姿を現さず、私達は刀を受け取ってとっとと屋敷に戻ることにした。
六助に会わずに済んだ小十郎は何処かほっとしたような表情を見せていて、私も政宗様も揃って眉を顰めたものだ。
だってさ、あからさまに何かあるって顔してんだもん。そういう表情もしたくなるよ。
でも肝心の六助とは会わなかったわけだし、このまま何事も無く戻れるか、そう思っていたところで小十郎が小さく声を上げた。
「どうした、小十郎」
「……いえ、何かが当たったような気が」
後頭部を擦っている小十郎は、訝しげに振り返って辺りを伺っている。
特に怪しい様子はないと向き直ったところで、
「……痛っ!」
と、また声を上げた。
……何? もしかして誰か攻撃でもしてんの? にしちゃあ、殺気も何も……
不意に視界に何かが入り、咄嗟に重力の力を使って小十郎に当たりそうになっていたものを止める。
ふわふわと宙に浮いていたのは小石であり、これにはお市以外揃って眉を顰めた。
「誰かが石投げつけてやがんのか?」
人通りがあるこの中で、小十郎を的確に狙って当てるその腕前はなかなかのものだけど……一体何の意図があって。
政宗様とアイコンタクトを交わし、小十郎とお市の手を引っ張って人気の無い場所へと向かっていく。
こつん、と当たる石に小十郎もそろそろ苛立ってきたようで、眉間に皺を寄せて辺りを見ている。
そして、人気の無い一本道の路地裏に入ったところで、私は周りを気にしながら素早く飛び上がって屋根の上に乗った。
そして、石を持って様子を伺っている奴の背後に回り、その襟首をしっかりと掴む。
「おいコラ!! 小十郎に何さらしとんじゃ!!」
びくりと肩を震わせて振り向いたその男は六郎で、軽くそいつを叩きのめして政宗様と小十郎の前に持ってくる。
縛り上げてやりたいところではあったんだけど、縄なんか持って来てないし都合よくその辺に縛れるものなんか落ちてないし。
仕方が無いから重力の力を使って逃げられないようにふわふわ浮かせてるわけだ。
「アンタ、いい歳してまだ小十郎をいじめたいわけ? いい加減みっともないんじゃない?」
はっきりと言ってやると、六郎は怒った顔で小十郎を睨みつけている。
「仇討ちしに来たんだ!! そいつが俺の兄ちゃんを殺したから!!」
仇討ち、その言葉に私も政宗様も小十郎の顔を見た。
小十郎は何も言わずにただ悲しそうに目を伏せるだけで、言い訳をするとかそういうのも一切無い。
「……どういうことか、説明してみろ」
低く唸るような政宗様に怯むことなく、小十郎に代わって六助が口を開いた。
「二十年前、兄ちゃんが晴れの日に雷に打たれて死んだ!!
皆雲ひとつ無いのに変だって言ってたけど、不幸な事故で片付けた!
だけど俺は見てたんだ……こいつの身体から雷が発せられるのを!!」
二十年前、って言ったらまだ十歳とかそこらよね?
……待てよ、そう言えばそのくらいから小十郎が婆娑羅の力を使えるようになったんだっけ。
あの頃は覚醒したてでまだコントロールが上手く出来なくて、時折暴走させては姉が必死に止めてた覚えがあるな。
姉もそんなに強くは無いけど、雷の力持ってるし、同じ属性だと無効化させることが出来るらしくて避雷針になってたこともあったような……。
ってことは、小十郎が暴走させた時にたまたま居合わせて……?
「片倉の鬼子! テメェだけは許せない!! 絶対に殺してやる!!」
懐に仕舞いこんでいた匕首を取り出して、小十郎を傷つけようと必死にもがくものの、重力の力には逆らえず身動きが取れない。
「本当か、小十郎」
政宗様の問いに、しばらく俯いた後しっかりと顔を上げて、小十郎は静かに頷いた。
「……その通りです。その者の兄を、小十郎は雷の力で」
小十郎はとても悲しそうな顔をして目を伏せている。
まさか、小十郎が人を殺していたなんて思わなかった。
あの時のことは覚えてる。晴れていたのに雷が落ちて黒焦げになったって、聞かされたから妙なこともあるもんだって思った。
小十郎も笑って私に気をつけるように言っていたし、それが小十郎がやったなんて全く思わなかった。
……事が事実であるのならばこれは正当な仇討ち、殺してやりたいと思うのは確かだとは思うんだけど……。
私は重力の力を掛けて、六助を地面に押し付けてやる。
相撲取りが圧し掛かってるくらいの圧力を掛けられて、六助が苦しそうにもがこうとしている。
「……アンタの兄貴も、小十郎のこと散々にいじめてたじゃない。
身体中、痣ばっかり出来るくらいに殴ったり蹴ったりしてさぁ……。自業自得だったんじゃないの?」
「なっ……」
小十郎が何かを言いたそうに口を開くが、私はそれを許さなかった。ちなみに六郎にはそれに答えるだけの余裕はありません。
だって相撲取りに圧し掛かられたら、普通の人は耐えられないよ。
「小十郎のこと鬼子って言うけどさ……ここにもう一人、“鬼子”がいるのを忘れてない?」
ほんの少しだけ重力を解いて、喋れるくらいの圧力にしてみる。すると、六助は怯えた顔をして私を見た。
「化け物!! 小十郎だけじゃなくて、テメェもやっぱり化け物だったのか!!」
化け物とは言ってくれるじゃないのよ。もうちょっと圧力掛けてやろうかしら。
そう思ったところで、小十郎が何も言わずに近づいて六助の頭を思いきり踏みつける。
「……俺のことなら好きに言やぁいい。が、姉上のことを悪く言われんのは黙っちゃいられねぇ……。
……悪いが、今はテメェに討たれてやるつもりはねぇんだ」
「このっ……」
小十郎の殺気に六助が完全に竦んでいる。これはもう大丈夫か? と思って重力を解いてやれば、小十郎もまた足を退けていた。
「……今、仇を討とうと襲ってくるってんなら、ガキの頃の礼も含めて相手してやる。
……いずれ、役目も終わり俺が必要とされなくなる日が来る。仇を討つつもりなら、その時に来い。
……その時は、俺も覚悟を決めよう。だが」
軽く小十郎が雷を身体に纏わせて刀に手をかけたところで、六助は化け物と小十郎を罵って逃げていった。
完全に六助が見えなくなったところまで凄んで見せ、いなくなったのをきっちり見届けてから
殺気も構えも解いてただ悲しそうな顔をして見せた。
泣きたいのに泣けないなんて表情は、最近じゃほとんど見る機会が無くなった。
いや、一年か二年前にもこんな顔をして泣いたことがあったっけか。でも、あれ以来見てないような気がする。
「……何で黙ってたのよ。そんなこと」
「人を殺したなどと……知られるのが怖かったからです。……知られれば、もう側にはいてもらえないのではと」
それで一人で耐えて、悲しんで……そういえば、二十年前くらいから私に縋って泣かなくなったような気がする。
いや、泣くこと自体ずっと少なくなった。
成長したんだって思ってたけど、実はそうじゃなくて私に縋れないほどに傷ついて悲しんでたんだって、二十年も経ってやっと気付いた。
……もしかして、人の生死に絡むことは泣かないと決めた、っていうのは……これが原因?
「……力の暴走だったのです。あの日も、人気の無い場所に連れ込まれて手酷く殴られました。
その時に力が暴走して……抑えきれずに雷を放っていました。……ですが、小十郎は心の底で思っていたのです。
死ねば良いのに、と」
ずっとずっと溜めてきた真実、小十郎が一人でずっと心に抱えて苦しんできたことだ。
私は今にも泣きそうな顔をする小十郎をしっかりと抱きしめた。
随分と身長差は出来たけれど、あの幼い小十郎を抱いているような気がして、なんだかそれが可笑しい。
「思うわよ、私だって思う。あんな状況で、笑ってられる方がおかしいわよ。
……小十郎、たまたまだよ。小十郎だけが悪いわけじゃない……やってしまったことはもう仕方が無いけれど、
それを全て自分のせいだと思わないで。それを罪だと思って仇討ちされることを許さないで。
……アンタがアイツに殺されたら、きっと私はアイツを嬲り殺しにするわ」
ぱた、と目から落ちた涙を見て、私は柔らかく笑う。
「全部、流しちゃいなよ。二十年間流せずに溜めた分の涙。……今回の分も含めてさ。
私の前でくらい、弱くあったっていいじゃない。一から十まで全部強くなくていいよ。
夕ちゃんの前でもいいけどさ、私の前でも竜の右目である必要は無いから」
そんな私に酷く悔しそうな顔をして小十郎が口を開く。
「俺が泣いたら、姉上は何処で泣くのですか。……俺は、貴女に頼られたくて必死に強くなったのに」
その告白に、私は苦笑してしまった。
まさか“強くなった”理由がそんなんだったって、笑うしかないじゃないのよ。
全く、お姉ちゃん大好きもここまで来ると病気だよ? でもそれが嬉しい私も困っちゃうけど。
でも、泣かないことがイコール強さってわけじゃない。それを小十郎はきちんと分かってるのかしら。
「馬鹿、それとこれとは話が別でしょうが。泣く時はしっかり泣く!
……小十郎は人よりそういうところが不器用なんだから、泣ける時はしっかり泣いとかないと。
私は大丈夫よ。……小十郎が思ってる以上に、私は小十郎のこと頼ってるから」
しっかりと自分の肩に小十郎の顔を押し付けて、頭を撫でてやる。
静かに小十郎が私の背中に手を回して泣き始めたのを感じ、小十郎には気付かれないように息を吐いた。
殺した事は、正直罪だと思う。だけど、私はこの子にそれを突きつけて責めることは出来ない。
私が小十郎に言ったことは間違ってると思うけれど……でも、これほど苦しんできたんだから良いんじゃないかと思う。
小十郎にだって恨みを晴らす権利はあると思う。……都合の良い解釈だと分かってはいるけど。
普段、小十郎が政宗様にも見せようとしない内面の弱さを目の当たりにして、政宗様が少しばかり渋い顔をして口を閉ざしている。
何も言わずにただ小十郎が泣き止むまで政宗様は立っているだけだった。
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