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弥五郎

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第三章

「武内宿祢ですが」
「大和、奈良の方に」
「相撲をはじめたとされる人ですが」
「その人にもですか」
「思えますが」
「実際には何かは」
「さて、私にはです」
 どうしてもというのだ。
「わからないであります」
「そうですか」
「学者ならわかるでしょうか」
 高度な教養を持ちそれをさらに磨いている者ならというのだ。
「そうでしょうが」
「それでもですか」
「私はそうした者ではないので」
 軍人であり学者ではないからだというんのだ。
「どうしても」
「そうですか、実はです」
 宮司も児玉にどうかという顔で答えた。
「弥五郎どんがです」
「実はどういった神であるかは」
「わからないのです」
「そうですか」
「はっきりとは」
「ダイダラボッチか隼人か武内宿禰か」
「そこは」
 どうにもというのだ。
「わかりかねています」
「宮司殿も」
「何時かわかるかも知れませぬが、若しかしたら」
 宮司は児玉にこうも言った。
「最初からです」
「弥五郎どんがどういった神かは」
「わらなかったかも知れません」
 その姿が出て来た時からというのだ。
「どうにも」
「世にはそうした神や妖怪もいますな」
「そうですね」
「では」
 それではとだ、児玉は宮司に礼儀正しい声で述べた。
「このことは」
「これで宜しいですか」
「お話を聞けたので」
 それでというのだ。
「私は」
「そうですか」
「お話をお聞かせ頂き有り難うございます」
 児玉は宮司に篤く礼を述べてそのうえでだった。
 従兵と共に鎮守府に戻った、そしてその道中で従兵に問われた。
「弥五郎どんのことを聞かれましたが」
「わからなかったな」
「はい、弥五郎どんが何か」
「神仏や妖怪ではこうしたことはある」
 児玉の返事は冷静なものだった、落胆もしていなかった。
「時としてな」
「そうですか」
「そうだ、だからな」
「この度のことは」
「詳しいことを聞けた」
 弥五郎どんのそのことをというのだ。
「だからだ」
「それでいいですか」
「そうだ、では鎮守府に戻りな」
「そちらで、ですか」
「また働こう」
「それでは」
「しかし。今の弥五郎どんは」
 児玉は難しい顔になりこうも言った、馬上にいて馬の轡は従兵が持ってくれている。
「どうなるか」
「西郷殿は」
「あの人は本当にな」
「このままですね」
「何もなくな」
「いて欲しいですか」
「鹿児島ではおそらく大きなことが起こるが」
 それでもというのだ。
「あの人はな」
「出来るだけ、ですね」
「担がれないで欲しい」
「今の弥五郎どんであられるから」
「沼や川、国を築ける方だ」
「はい、あの方は」
 従兵も西郷について話した。
「天下の英傑であられ」
「そうした方だな」
「だからこそですね」
「下らない戦で死ぬなぞな」
「あってはならないですね」
「そうだ、弥五郎どんの様な方ならな」
 是非にとだ。児玉は強い声で言った。
「下らない死に方はあってはならない」
「では」
「あの人のことを願おう」
 心からとだ、児玉は従兵に話してだった。彼と共に熊本に戻った、そして西郷が乱の総大将に担がれたと聞いて今の弥五郎どんは死ぬと嘆いたという。


弥五郎   完


               2019・11・18 
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