MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第27話 レイセン一世:前編
勇美が魔理沙との激闘を繰り広げ、魔理沙にとってはレアものの『本を返す』という珍行動が見られてからしばらく経った日の事。
「う~ん、おいし~っ♪」
勇美はそう唸らにはいられなかった。
現在勇美は永遠亭の皆と一緒に食堂で夕食を食べている最中なのである。
そして、勇美が今味わっているのは、『小松菜のスープ』だった。
小松菜の噛み応えのある食感が楽しく、それの旨味が溶けたスープの味もまた格別であった。
その様子を依姫は見守りながら食事をしていた。そして、おもむろに言葉を発する。
「勇美は本当に小松菜が好きね」
そう声を掛けられた勇美は一旦小松菜とスープを飲み込み、答える。
「そ~なんですよ~、これは譲れない事です。特に楓が作ってくれる小松菜のスープは最高なんですよ♪」
「成る程……」
勇美に彼女の妹の名前を出されて、依姫は納得したようであった。
勇美が肉親で唯一気の許せる存在、それが作る物だからその味も格別に思うのだろうと。
だから依姫はこう返す事にした。
「それなら勇美、今度私が小松菜の料理を作ってあげるわ」
勇美は今、彼女に『真っ当な』愛情を注がなかった母親の代わりに依姫を求めている最中なのだ。故に自分は勇美のその気持ちに答えなければいけないと考えるのだった。
「本当ですか~っ!」
その依姫の言葉を聞いて勇美は食い付くように歓喜した。
「ええ、本当よ。約束するわ」
依姫は微笑みながら言った。
◇ ◇ ◇
「ところで勇美、今度鈴仙と弾幕ごっこをして欲しいのだけど」
「鈴仙さんとですか……?」
食事も終わり、依姫と勇美は休憩室で談笑をしていた。その最中に依姫はそう勇美に提案を始めたのだった。
鈴仙・優曇華院・イナバ。かつて依姫の元で訓練を受けた玉兎である『レイセン』の今の姿である。
依姫と彼女は上官と兵隊という関係であったものの、依姫にとっては家族にも似たものであったのだ。
なので、今回依姫が鈴仙の話題を持ち出したのは勇美に彼女の家族である楓の話をされたからかも知れない。
「でも、どうしてですか?」
対して勇美は突然の依姫の申し出に頭に疑問符を浮かべた状態となっていた。
「あの子が私の元を離れてからうまくやっているか、それを見届けたいのよ」
そう依姫は勇美に告げた。
この考えは簡単なようで実行が難しい人は多いだろう。自分のもので無くなった者に対して気づかいを見せる事が出来ない人は沢山いるのだから。
「成る程、分かりました、私に出来る事なら何でもしますよ」
「助かるわ」
勇美の快い返答に依姫は安堵した。
だが勇美とて、単に依姫の言いなりになっているのではなく、自分自身の為に決めた事でもあったのだ。
勇美は前々から鈴仙に踏み入って関わらなければいけないと思っていたのである。
勇美は依姫の元で精進すると決めたのに対して、鈴仙は依姫の元から逃げて今地上にいるのだ。
それは別に鈴仙が依姫を嫌っていた訳ではなく、戦いが始まる前にそれから逃れる為にやったのであるが。現に彼女は依姫に対して罪悪感を感じているのだ。
だが、鈴仙が依姫の元から離れるという、勇美とは逆の選択肢をした事に代わりはないのである。
だから勇美は鈴仙と深く関わらなければならないと考えていた。それは勇美が依姫を慕うからこそ依姫から離れた鈴仙とも交流を図らなければいけないのだと。
◇ ◇ ◇
そして、後日永遠亭の庭園にて。
まず立会人として依姫が、そして主役である勇美と鈴仙がそこにはいた。
最初に口を開いたのは勇美であった。
「鈴仙さん、お手柔らかにお願いします」
彼女は依姫の申し出であり、かつ自分の為でもあるので意気揚々とした気持ちである。
「え、ええ。宜しくね」
対して鈴仙は戸惑い気味であった。
だがそれは無理のない事であろう。依姫の言伝により、自らが望まない勝負をする事になったのだから。
しかし、それと同時に責任感も彼女の動力源となっていた。自分が依姫の元から逃げた罪が帳消しになる訳ではないが、少しでも罪滅ぼしになるのならと。
鈴仙がそのような思いを馳せていると、そこに依姫から声が掛かった。
「鈴仙、ごめんなさいね」
「えっ?」
依姫から掛けられた思いもよらなかった言葉に、鈴仙は意表を付かれてしまった。
「それってどういう事ですか?」
依姫の意図を計りかねて鈴仙は聞き返す。
「それはね、貴方はもう私の部下ではないのに、私のわがままを聞いてもらっているという事よ」
「あ……」
それを聞いて鈴仙は胸がドクンと高鳴るかのような感覚に陥った。
それは今正に鈴仙が考えていた事に通じるかのような内容だったからである。
そして、鈴仙は憑き物が落ちたような気分となった。
「いえ、それは依姫様が気にする事ではありませんよ。これが今の私に出来る事ですから」
鈴仙はにこりと依姫に微笑みながら言った。
「そう言って貰えると助かるわ。では……」
続いて依姫はとうとう鈴仙と勇美の勝負開始を宣言するのだった。
「始めなさい」
◇ ◇ ◇
遂に始まった鈴仙との勝負。その最中勇美は考え事をしていた。
(今回も人里で依姫さんが先生をした時と同じで、どちらかと言うと私が悪役になるね。それじゃあ……)
そう思考を巡らせた後、勇美は行動に移る。
「『天津甕星』様に、『だいだらぼっち』様、私に力を!」
そう勇美がいつも通りに力を借りる神の名前に、今まで聞いた事のないものが含まれていた。
(だいだらぼっち……一体勇美は何をするつもりかしら?)
訝りながらも依姫はどことなく期待をしてしまう。勇美は何をしでかしてくれるのかと。
そう依姫が思っている間にも、みるみる内に金属片やら部品やらが集約していったのだ。
(あれっ……?)
その最中、依姫は異変に気付いた。その異変は二つあった。
まず一つに集約する箇所が勇美の傍らではなく、彼女よりも上空であった事。
そしてもう一つは……。
(何か大きいわね……)
そう依姫が思ったように、その規模であったのだ。
勇美が形成するその鉄の塊はざっと見積もって、全長が5メートルにはなろうかとしていた。
(勇美、どうするつもりかわからないけど、見届けさせてもらうわ)
ますます依姫の期待は膨らんでいくのだった。
そして、とうとうその巨大空中建造物は完成した。
まず、第一印象は『巨大な要塞』とでも言うべきものであった。
続いての特徴は先端には砲身が四つ程あり、威圧的な貫禄を醸し出している。
その四つの砲身を隔てるかのように何やらシャッターのような物が備え付けられていた。
それを見ながら鈴仙は思った。「何かどこかで見たような気がする」と。
その予感は(主に悪い意味で)的中する事となる。
「驚きましたか鈴仙さん? どうですか、私の『戦艦 超イイ匂いビックリコア』のお味は?」
──やっぱりパクリだった。それも色々。そういえばさっきからいい匂いがするが戦艦に香りなんていらないし。
「……ノーコメントでお願いします」
「分かってませんねぇ~鈴仙さん。そこは『ノーコメもアリや』じゃないと♪」
「……」
もはやそれ以上突っ込む意欲すら鈴仙には残っていなかった。
「ふぅ……取り敢えず始めましょう」
だが、気を取り直して勇美との勝負に臨む事にしたようだ。
「そうですね」
対して今までふざけていた勇美も、ここで気を引き締める。──そう、抜かりなく自分はこの場で『悪役』を務め切らなければならないのだから。
なので勇美は悪役らしく、まず自分から仕掛ける事にしたのだ。
「『ビックリコア』ちゃん、やっておしまい!」
……どうやらまだ悪ノリが抜けきっていないようだ。悪役も悪役だが、よりにもよってとある三悪玉のリーダーの紅一点というチョイスであった。
「勇美さん、それだと負けた際にポロリ(死語)になりますよ」
「大丈夫ですよ鈴仙さん、私にはこぼれる程のものなんて……うっ」
やってしまった。勇美は自ら盛大に地雷を踏んでしまったのだった。
「とっ、とにかく……砲撃開始ーっ! 【光符「宙を彩る青き線」!】」
「……何かそれ、八つ当たりっぽくないですか?」
理不尽な怒りをぶつけながらスペル宣言をする勇美に鈴仙は呆れてしまうが、それも一瞬の事。すぐに自分に迫り来る攻撃に目を向けて気を引き締めた。
その辺りはさすが依姫の元で訓練を受けただけの事はあるだろう。
まず一発目のレーザー。これを難なくかわす。続いて二発目も同じ要領で回避した。
「やっぱり鈴仙さんは強い……」
今の状況から勇美はそう痛感した。やはり戦いに備えて長い間依姫の元で鍛練したが故に実力は高いのだろうと。自分も依姫の元で修行を始めているのだが、何せまだ鈴仙と比べてその期間は短いのだ。
「だけど!」
その事実を言い訳にして逃げに回るつもりは勇美にはなかったのだ。
確かにこの勝負では自分は悪役を務める事にしたが、だからといってむざむざ勝ちを譲る気はないのである。
勇美が戦艦から放ったレーザーは一発目と二発目は軽くかわされてしまったが、まだ二発残っている。
そして三発目が鈴仙を捉えた。
「!!」
避けるタイミングを見誤ってしまった鈴仙であったが咄嗟に迫るレーザーに、指で銃の形を作り向けた。
そして指の銃口から無数の弾丸が発射された。
「あ、これが噂の『座薬』ですね♪」
「座薬言うな!」
と、しょうもないやり取りがなされている間にも、弾丸は次々に繰り出されていった。
矢継ぎ早にレーザーに特攻を仕掛けていく弾丸の兵団。それにより立て続けに小規模の爆発を起こしていく。
そして、見事に弾丸の群れはレーザーを相殺したのだった。
「そんな……」
通ると思った攻撃が防がれ、勇美は落胆してしまう。
だがすぐに彼女は気を持ち直した。
「だけど、最後の一本は残っていますよ!」
勇美のその言葉通り、四発目のレーザーが鈴仙目掛けて迫っていたのだ。
このままでは鈴仙は攻撃を受けてしまうだろう。
だが彼女は慌てる事はなかった。
「【懶符「生神停止」】」
鈴仙のスペルカード発動である。この勝負が始まってから初めての鈴仙のスペル宣言であった。
すると今まで鈴仙目掛けて直進していたレーザーがピタリと停止したのだ。エネルギーであるレーザーがまるで固形物のように固定されているのは目を引くものがあった。
「レーザーが止まった!?」
驚く勇美。だが異変はそれだけには留まらなかったのである。
レーザーが横に動き始めたのだ。それもレーザーが棒のような形状を保ったままずらされるかのように。
そしてひとしきりレーザーは移動させられたのを見計らって鈴仙は指をパチンと鳴らした。
するとそれを合図にしたかのようにレーザーは再び直進したのだ。ただし今度は鈴仙のいない、あらぬ方向であったが。
そしてレーザーは地面に突き刺さり穴を開けて消滅した。
それはまるで……。
「レーザーが……催眠術に掛かったかのよう」
「ご名答ですよ」
驚き呟く勇美に、鈴仙はいつになく得意気にのたまった。
「勇美さん、聞いていませんでしたか? 私の能力を」
「ええ、聞いていますよ。確か狂気を操る能力だと。でも……」
勇美は鈴仙の能力の事は聞いていた。だがそれで今の現象は納得出来なかったのだ。
「腑に落ちないみたいですね。ならば教えてあげるわ」
そう言って鈴仙は言葉を続けた。
「私の操る狂気は『生物以外にも効く』という事よ」
「そんな事って……?」
鈴仙に告げられて勇美は驚愕してしまった。生き物以外にも通じてしまう催眠術、そんなの規格外だと。
「でも安心して。何でもかんでも通用する訳ではないわ。通用するのは『波状のもの』だけよ」
そう鈴仙は言った。レーザーもエネルギーの粒が波状に集まったものとして扱えたために今のような芸当が出来たという事である。
「でも、取り敢えず……」
鈴仙はそう言って未来の世界のデザインのような銃をどこからともなく取り出した。
「反撃させてもらうわよ!」
そして、彼女は勇美の操る機械の要塞目掛けて引き金を引いたのだ。
すると、銃口から稲妻のようなエネルギーが射出される。それが向けられた先には、要塞の中心に存在するシャッターのような部分であった。
「!!」
勇美は思わず息を飲んだ。何故ならその部分は紛れもなく……。
「その様子だと『正解』だったようね」
「……うっ」
鈴仙に指摘され、勇美は言葉を濁すしかなかった。
そうこうしている内にシャッターは稲妻に貫かれながら派手に火花を散らし──そして粉々に吹き飛んだのだった。
「お見事ですよ鈴仙さん……」
少し悔しそうに勇美は口を尖らせた。
「でも、まだ第一段階をクリアしただけみたいね」
「はい、その通りですよ♪」
鈴仙に言われて、勇美は少し元気付いたような振るまいを見せた。
そう、鈴仙が砕いたシャッターの先には更にシャッターが存在していたのだ。つまりまだ勝負は着いていない訳である。
「それじゃあ、次の手を打たせてもらいますよ!」
言って勇美は新たなるスペルカードを取り出す。
「【侵略「スキッドテンタクラー」!】」
その宣言により、要塞に変化が起きた。その身体から次々と機械の触手が生えてきたのだった。
「触手……。まるでイカみたいねっ……って」
言ってる途中で鈴仙は気付いてしまった。『スキッド』は英語で『イカ』の意味であったと。
「そして『侵略』。これもパクリな訳ですか!」
「まあ、カタい事は言いっこなしですよ」
「カタくないわよ! 色々とマズいわ!」
と、そんな不毛なやり取りをする二人だったが、やがて両者とも気を引き締め直す。
「ともあれ行きますよ。果たして私の触手の包囲網を攻略出来るでしょうか?」
「望むところよ」
言い合ってから先に仕掛けたのは勇美であった。
「マッくん、お願いね♪」
勇美の呼び掛けを受けると、要塞は十本の触手を鞭のように振り回し始めた。その様子は機械でありながら、まるで得体の知れない生物であるかのようであった。
そして、暴れまわる触手の一本が鈴仙を襲ったのだ。
「くっ、そう簡単に攻撃はくらいませんよ」
言いながら鈴仙は銃口を迫る触手に向けて引き金をを引いた。
それにより触手は稲妻状のエネルギーの直撃を受ける事となった。
激しくほとばしる稲光に甲高い音。これにより触手は致命的な損傷を受けた、そう思われたが。
「これで自慢の触手も焼きゲソになったわね……っ!?」
得意気に宣う鈴仙だったが、直ぐに異変に気付く。
そして直ぐ様回避行動を取るのだが、どうやら間に合わなかったようだ。
──結論から言うと彼女は撃破したと思われた触手の一撃を見事にもらってしまったのだった。
パァンと弾けるような音が鳴り響いたかと思うと、鈴仙は衝撃により弾き飛ばされてしまった。
「きゃあっ……!」
当然ダメージによる苦痛に悲鳴をあげる鈴仙。
(うまく攻撃が入ったみたいだね♪)
その様子を見て、自分の取った戦法は効果覿面だったと勇美は思った。
対して鈴仙はダメージを受けながらも、直ぐに体勢を立て直した。そして事の真相が如何なるものなのか勇美に聞く。
「どうして私に攻撃が届いたのよ」
その疑問に対して勇美は口角を上げながら答える。
「それはですね、この触手は破壊不可能なんですよ。ゲーム通りでしょ」
「いや、『ゲーム』って何さ?」
勇美の聞き捨てならない言葉に鈴仙は突っ込みを入れた。
「それはさておき、破壊不可能なんて厄介ね……」
「でしょう」
愚痴をこぼす鈴仙に、勇美は得意気になる。
そうしている間に要塞の触手はぶんぶんと勢いよく振り回されて、容易には突破出来そうもなかったのだった。
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