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ドラゴンクエストⅤ〜イレギュラーな冒険譚〜

作者:むぎちゃ
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第六十八話 戴冠

 
前書き
ユアストーリーのオチが奇しくもこの小説の没にしたオチと似通っていた事実。




 

 
 次の目的地が決まったところで、物資の補充や情報の共有のためにも一度グランバニアに帰還する。
「タバサ、ルーラをお願い」
「はい、先生」
 ほんの一瞬の浮遊感の後世界が暗転し、気付いた時に目の前にあったのは荒れ果てた塔ではなく懐かしのグランバニアの城だった。
 ここ最近魔物の凶暴化などが深刻だけれど旅立った時と何一つ変わらない事に安心した。
「相変わらずタバサのルーラは上手ね」
 今までは何気無しにポンポン使えてたからイマイチ実感が湧かなかったけれど、ルーラというのは失われた古代呪文の中でもかなり難易度の高い呪文に位置する。目的地までの距離や転移させる物の数などが色々と絡んでくるからだ。
 しかしタバサは遠く離れたグランバニアまで、少なくない人数や荷物を寸分の位置の誤差もなく正確に転移させる事に成功している。
 その事実がタバサの魔法の腕の高さを端的に証明していた。
「ありがとうございますっ」
 嬉しさを隠しきれていなくて、はにかむタバサのその様子がとても可愛らしい。
「僕が大臣に報告してくるから皆先に休んでていいよ」
「おとうさんありがとう!」
「お先に失礼します」
 双子が真っ先に城に駆け込んで、モンスター達が後に続く。
 その後を歩きながら、私はアベルに話しかけた。
「私も一緒に行こうか?」
 これまでの冒険はそれこそ一冊の本に纏められそうなほど長い。そんな報告を彼一人にさせるのは気が引ける。
「ありがとうミレイ」
 アベルはそう言って微笑んだ後に、
「けど大丈夫だ。今まで王様らしい事は何一つ出来てないんだからそれぐらいやらなきゃな」
 臣下を頼ってこその王様だと思うけど、これ以上は言っても聞きそうにない。
「わかった。じゃあお言葉に甘えて先に休ませてもらうわ。また後でね」
「ああ、また後で」
 アベルは執務室の方へ向かい、私は自室に向かう。
 久々の自室は以前よりも清潔だった。床には塵一つ落ちておらずベッドには皺一つも無い。
 部屋の管理をしてくれたメイドに感謝しつつ、私は清潔な床に旅の汚れが付着した装備は衣服を脱ぎ捨てた。
 そして箪笥から湯浴みの道具を一式取り出して、ローブを纏い浴場に向かう。この時間帯ならまだ開いているはず。
 期待に胸を弾ませながら久々の浴槽に浸かった。熱い湯が凝り固まった身体中に染み渡る。
 この幸せな感覚に身を委ねつつ、夕暮れに染まる窓を見つめながらこれまでについて考えた。
 今まで私は『影響』を解決するために戦ってきた。そうする事で自分のおかしくなった運命を直し、元の世界に帰れるのだと信じてきたから。
 だけど今まで戦ってきて長い年月を費やしても手がかりにすら私は掴めていないのに状況はどんどん進んでいる。
 もしこのまま世界を救っても『影響』を解決できなかったら。どうしてもそんな不安が頭から離れない。
 自分がやっている事が実は全然見当違いだったら、私は役目すら果たせずただ流れに従って戦うだけの存在になっているのでは。
 …………私はそれが怖い。
 唯一確かなのは自分が行動を起こしているという事実だけで、私が正しかったかどうかはその積み重ねが証明すると思う事しか気持ちを落ち着かせられなかった。
 最初は心地よかった熱気は今はとても暑苦しくなったから、のぼせないうちに浴槽から上がって水を浴びた。
 自室に戻ってベッドに体を預ける。このまま寝ちゃいたかったけどやけに目が冴えて眠れない。
 何か食べに行こう。そうしたら眠くなるかもしれない。
 食堂に行くために廊下を歩いているとふとアベルと出くわした。
「あら、お疲れ様」
 全体的に生気がない。相当疲れたんだろう。
「ミレイか……。やっと終わったよ……」
「随分と報告に時間かかったわね」
 いくらこれまでが長いと言っても報告に行ってからこれまで結構間があったはずだ。
「報告だけじゃなくてこれからの方針の打ち合わせやルドマンさんの所との話し合いもあったから……」
 グランバニアとルドマン商会は協力関係を結んでいるがそれについて予算とかアベルがこれまでに経験したことがない話し合いをさせられたらしい。
「前言撤回する?」
「まさか。これぐらいで根を上げるわけには」
 生気を使い果たした顔に笑みを浮かべるがぶっちゃけ無理してるようにしか見えない。
「あまり無理しすぎないようにね」
 アベルは忍耐強い分無理をしすぎてしまう傾向があるからさりげなく注意しておく。
「これから私ご飯食べに行くんだけれど良かったらアベルも一緒にどう?」
「ありがとう、けど大丈夫だよ。これから剣の鍛錬をしに行くから」
 たった今無理しすぎるなと言ったのをもう忘れたのか。いや、彼の中ではあくまで剣の鍛錬は気分転換で無理をして行うものではないのだろう。
 きっとそうに違いない。
「訓練に熱が入りすぎないようにね。それじゃあ、また明日」
「また明日」
 一応念押ししといて私とアベルは別れた。
 

 翌日。
 私とレックスとタバサ、そしてアベルは今後の方針について話し合う為に執務室に集まっていた。
「当初予定していた方針はこの世界のどこかに堕ちた天空城の捜索だった。けれど一旦僕達の旅の本来の目的に立ち戻る必要がある」
「もくてき?」
 レックスが怪訝そうな声をあげる。決してレックス自身も無関係な話ではないのだが、思い当たらないらしい。
「元々私達は天空の勇者とその装備の探索の旅をしていたーーそうよね?」
「そうだ。天空の剣と盾は今この場にある」
 まだ手元にないのは鎧と兜で、その内の兜はどこにあるのかは既にわかっている。
「’天空城捜索の旅に向かう前に一度テルパドールに向かう。そこで天空の兜を譲ってもらう」
「でも目的は兜だけじゃないんですよね?」
 内心タバサの聡明さに舌を巻く。
 テルパドールという国がどのような国なのか予め理解していたに違いない。
「そうだ。兜だけでなく鎧ーーそして天空城がどこにあるのかも予言してもらう。それが今回の目的だ」
「やった!これで旅が楽になるや!」
「お兄ちゃん、遊びに行くんじゃないんだから」
 はしゃぐレックスをタバサが嗜める。
 その光景を微笑ましく思いつつ、
「旅を楽しむのも大切よ。旅を楽しんでたらいつの間にか世界を救っちゃってたぐらいの心構えでなきゃ」
 世界を救う使命を背負っていても2人が幼い子供である事には変わりない。
 使命を意識しすぎるあまり彼らが旅を苦痛に満ちたモノとしか認識出来なかったのなら、それはきっと彼らの心を砕く。
 だからその為にも2人の肩の力を抜けるだけ抜いておきたい。
「じゃあ、行こうか。テルパドールへ」

 私とアベル、レックスとタバサはルーラでテルパドールに訪れた。
 ここに訪れるのは何年振りだろうか。最後に来たのがだいぶ前だから記憶は薄れているけれどそれでも全体的な城下町の平穏さは以前来た時と変わっていない。
 最近の魔物の凶暴化にも関わらず平穏を保てているのは、ここの女王であるアイシスが結界を張っているからだろう。
「よくぞいらっしゃいました。アベル様達」
 私達の姿を見るなり、アイシス女王は笑顔で歓迎してくれた。
 唐突な来訪だったにも関わらず驚いている様子が何一つ無い事から事前に予知していたのだろう。
「そしてそちらにいらっしゃるのが当代の勇者様でございますね」
 レックスを、そして彼が携えている天空の剣と盾を見るとアイシス女王は恭しく頭を下げた。
「はい、僕が勇者です」
「では天空の兜をお持ちいたしますので少々お待ちを」
 アイシス女王はしばらく宝物庫へと消えていたが、天空の兜と共に戻ってきた。
「勇者様、頭を垂れてくださいまし」
 レックスは言われた通り、アイシス女王に傅く。
「ああ……。歴代テルパドール王家に受け継がれていた悲願、当代で果たせる歓びを何と言い表しましょうか。勇者よ。今こそ貴方にこの冠を還します。どうか闇に覆われしこの世界を照らす光に貴方がならん事を……」
 アイシス女王はそっとレックスの頭に兜を載せる。
 最初はサイズが合っていなかった兜は瞬時にレックスの頭に合うように縮んだ。
 そして兜は金色の光を淡く、弱く放つ。それに呼応して剣と盾も金色の光を放った。まるでその様子は同胞との再会を喜んでいるように見えた。
「アイシスさん、ありがとう!」
 レックスは勢いよく立ち上がるとアイシス女王に深々とお辞儀をした。
「いえ、私は王家の使命を果たしただけですから……。そしてタバサさん、どうぞこちらに」
「はい、アイシス陛下」
 タバサはアイシス女王に近寄る。
「勇者の片割れとして貴女は生を受けました。貴女自身は天空の勇者ではないにせよ生まれてきたからには必ず意味があるはず。せめて私からお力添えを」
 アイシス女王はタバサの肩に手を載せると、掠れた声で何やら呪文を唱える。それはまるで歌を歌っているかのようだった。
 女王が歌うのと同時にタバサの足元から燐光が生じ、彼女の胸元に吸い寄せられる。
 しばらくの間誰もが黙ってそれを見守っていたが、歌が止まった途端燐光も消え、幻想的な時間は終わりを告げた。
「貴女に眠っている魔法の力を今目覚めさせました。貴女は励めば今以上に強大な力を振るえるでしょう」
「ありがとうございます、陛下。新たに目覚めたこの力で必ず世界を救います」
「天空の兜だけでなく新たな力まで本当にありがとうございます、更にお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
「構いません、アベル王。今は世界そのものが闇に覆われつつある時。私に出来る事ならなんだっていたしましょう」
「ありがとうございます。それではお聞きしたいのですが天空の鎧、地に落ちた天空城、そして拐かされた我が妻の行方は何処に」
 しばらくアイシス女王は目を閉じていたが、ゆっくりと瞼を開いた。
「申し訳ございません。鎧と貴方の妻……ビアンカ様の行方は闇の力に遮られていてわかりません。しかし闇の力に遮られているということは逆に闇の力が濃い場所が鎧とビアンカ様の行方かと思われます。そして天空城ですが森と渓谷に隠された秘境、その南に天空の武具に近い気を感知しました。おそらくはそこに」
 ビアンカと天空の鎧は光の教団の本拠地、即ちセントべレス山だろう。
 そして天空城の手がかりが見つかったのも大きい。森と渓谷に隠された秘境……きっとエルヘブンだろうからそこの南をあたれば天空城、あるいはその手がかりを掴めるはずだ。
「最後に貴方達の助言を。まずはアベル様に」
 アイシス女王はアベルの方に顔を向けた。
「貴方にはきっと耐え難い決別が待ち受けているでしょう。しかしそれは苦しみに満ちているだけではなく新たな希望への始まりです」
「胸に、刻みます」
 続いて女王はレックスに微笑みかけて、
「レックス様に言う事は、勇者であろうと乗り越え難い試練が訪れるでしょう。しかし貴方には如何なる時も消えない輝きがある。それを忘れないで」
「勇者として精一杯頑張ります!」
 そしてタバサに女王は優しく、
「私は貴女の力を目覚めさせました。しかし見誤ってはいけません。貴女の本質は知恵と慈愛なのだと」
「必ず忘れません」
 最後に私の方を女王は向いた。
 どんな言葉が私には投げかけられるのだろうか。
「ミレイ様……、貴女はきっと自らの役目を全うするでしょう。そして…………」
 他の人には聞こえないようにアイシス女王は小さく囁く。
 それは私に衝撃をもたらすには小声でも十分すぎる内容だった。

 今日一日アイシス女王には大変お世話になったので、私達はお礼をしたかったのだけれどアイシス女王はそれを丁重に断った。
 ただその代わりに私達は必ず世界を救うと約束してグランバニアに帰還した。
 皆が希望に湧き立ってそれぞれ報告に向かう中私は一人自室に籠り机に突っ伏す。
 どうしてもアイシス女王の言葉が頭から離れず、納得させたはずの不安が止まらない。
『ミレイ様……、貴女はきっと自らの役目を全うするでしょう。そして…………貴女は暗い運命を辿り、沈んだままそこで『終わる』でしょう』
 女王の言ってることが何をどう指しているのか、私にはわからない。
 ただ女王の予言の内容が示している事は一つだけわかる。
 私は役目を果たすーーつまり『影響』を消す事には成功するだろう。
 けれどそれと同時に私は悲惨な末路を遂げるだろう、それだけわかれば十分だった。
「ーーーーーーーーーー!」
 言葉にならない叫びを上げる。
 私に困難しか与えない世界を、そして運命をここまで憎悪した事はなかった。  
 

 
後書き
明らかにバッドエンドを辿りそうなミレイですがそこは頑張っていただきたいなと思っています。 
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