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普通の人

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第一章

               普通の人
 不忍茂樹は外見はよくはあるがあえて言うと普通である。
 背は一七五程で背は高く黒髪は奇麗に整えていてやや皺が目立ってきた顔はまだ端整である。三十代半ばにしてはスタイルもよくもてると言えばもてるレベルだ。だがあくまでそれ位であり。
 仕事は課長としてそつなく部下にも公平で所謂よく出来た中間管理職だ。趣味は酒に読書に水泳にバスケの鑑賞といったものだ。市井にいるごく普通のサラリーマンと言って過言ではない、これが彼の一般的な評価であり。
 社内でも同じだ、面倒見がよく仕事もそれなりに出来る中間管理職である。
 そして家でもやはり普通の父親であり夫だ、悪いところもあるがいいところもある。
 それで近所の評判も普通だ、古い言葉になるが小市民と言うべきか。
 会社でも部下達は不忍についてこう言った。
「まあ悪い人じゃないな」
「普通の人だよな」
「それなりに出来てな」
「それなりに面倒見てくれてな」
「意地悪もしないでな」
「自分の仕事はちゃんとしてくれてな」
「不正はしないし」
 そうしたこともなく、というのだ。
「責任も取ってくれるしな」
「手柄も独り占めしない」
「案外そうした人少ないけれどな」
「そこまで普通の人ってな」
「けれど普通って言うとな」
「本当に普通だな」
 こう彼について言うのだった、それは同僚や上司からも同じだ、とにかくよくも悪くもない人間だというのだ。
 普通に働いて普通に家にいて普通に趣味を楽しむ、あくまでそうした人物だ。だがそれは表のことだ。
 彼は子供達が寝るといつもだった、妻の美菜子に言うのだった。
「今夜もな」
「今夜もなの?」
 美菜子は夫に嫌そうというかあからさまにそうした感情を出した顔で応えた。
「あれするの?」
「ああ、しような」
「全く、変な趣味してるわ」
 三十代後半だがまだ二十代に見える顔を顰めさせての言葉だった、整った目に奇麗な形の眉と烏の濡れ羽色の長い髪の毛が艶やかである。
「結婚した時から思うけれど」
「そうか?」
「そうよ、コスプレ好きなんて」
 美菜子は二人の寝室のクローゼットからチャイナドレスを出しながら言った、見れば他にはボディコンや競泳水着やバニーガール、ナース、ブルマに体操服、フライトアテンダント等がある。セーラー服もある。
「それで夜がって」
「普通だろ」
「普通じゃないわよ」
「ああ、今日はブレザーがいいな」
 不忍は妻に笑って話した。
「チャイナじゃなくてな」
「どうしてのよ」
「主婦の制服姿っていいだろ」
 誰にも見せない締まりのない顔でだ、彼は妻に言った。
「そうだろ」
「そうかしら」
「ああ、だからな」
「それでなのね」
「ブレザーな」
「そっちね」
「そして脚はな」 
 妻にその締まりのない好色な笑みでさらに言った。
「黒のハイソックスな」
「アニメみたいね」
「ああ、俺は今日は後輩になるからな」
「後輩って」
「お前は先輩になってくれ」
「イメージプレイも好きだし」
 美菜子は余計にやれやれという顔になった、そのうえでの言葉だった。 
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