犬からの救い

　　　　　　　　　　　　　　　　犬からの救い
　大江健は茶色地毛のそれをショートにしている、きりっとした目鼻立ちをしていて背は一七六位ありすらりとしている、仕事は実家の大きな寺を継いで大学を卒業して暫くして住職にもなった。
　檀家も多く寺の仕事だけで充分以上に暮らしていけて修行にも学問にも打ち込めた、寺の地位も高く僧職として恵まれていた。
　だが彼はこの時酷く塞ぎ込んでいた、それは檀家の家庭の幾つかにとんでもない不幸が続いて僧職として相談を聞いたり仲裁に立ったりする中で人の様々な面を見たからだ。
　檀家の人達の前では明るい顔だった、だが。
　寺つまり家に帰ると酷く塞ぎ込むばかりだった、妹の夏奈はその兄に言った。
「お兄ちゃんやっぱり」
「しんどいな」
　僧衣のまま妹に答えた。
「最近」
「岡田さんのところも吉村さんのところも」
「あと加藤さんのところもな」
　こちらもとだ、茶色の髪の毛を短くしていて上のところにあるアホ毛が目立つ妹に話した、明るいはっきりとした顔立ちで小柄な彼女に。妹の服装はジーンズにシャツとラフだ。
「不倫にヤミ金にＤＶに」
「色々あるわね」
「他のお家の幾つかもな」
「ゴタゴタしているわね」
「話を聞いて仲裁とかしてるとな」
　どうしてもというのだ。
「人のな」
「嫌な部分を見て」
「もうやたらと。それでだよ」
　その塞ぎ込んだ顔で言うのだった。
「疲れたよ」
「人の醜い部分ばかり見聞きしてると」
「ああ、住職はこうした仕事もあるってな」
「お父さんに聞いてたわよね」
「それでわかっていてもな」
　それでもというのだ。
「特に酷いのがこうも同時に起こると」
「疲れるわね」
「全くだよ、どうしたものだよ」
「疲れるならね」
　それならとだ、妹は兄に話した。
「癒したら？」
「何でだよ」
「漫画読んだりゲームしたり」
　兄の趣味から話した。
「あと泳いだり」
「全部いつもしててこれだよ」
　自分でもこれでは参ると思ってストレス解消にも励んでいるのだ、だがそれでもというのだ。
「正直ある程度もな」
「癒されてないの」
「漫画とか読んでたらその時もな」
「泳いでいても？」
「頭の中にそうしたことが浮かんでな」
　それでというのだ。
「完全には忘れられなくて」
「癒されてないのね」
「最近はな、坊さんも辛いな」
「世の中楽なお仕事ないっていうけれど」
　コンビニの店員の妹は自分のことを言った、今度店を任されることになっている。
「コンビニより辛いみたいね、住職さん」
「人の嫌な面容赦なく見せられることもあるしな」
「それがお兄ちゃんの今で」
「今は本当にしんどいな、飲みたくもなるけれどな」　
　これはというと。
「俺飲めないしな」
「般若湯も駄目ね」
「そっちもな、本当にどうしたものだよ」
　とにかく今の彼は精神的にかなり疲れていた、その為不眠症にもなり疲れはさらに溜まっていった。その中で。
　彼のところに一匹の犬が来た、焦げ茶色の耳が尖った痩せた子犬を見て彼は父に問うた。
「この犬何だよ」
「何だって野良犬でな」
　前住職だった父の隼人が答えた、健をそのまま歳を取った様な外見だ。