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戦国異伝供書

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第八十六話 紫から緑へその十

「最早何の意味もありません」
「民あっての我等ですね」
「そうです、ですから」
 それ故にというのだ、杉大方の言葉は続いていく。そうしてさらに話すのだった。
「決してです」
「民への仁愛もです」
「忘れてはならない」
「そのことはです」
「さもないとですね」
「毛利家はないとです」
 そこまでというのだ。
「思うことです」
「そこまでのものですね」
「そうです、またどういった苦境でもです」
「諦めないことですね」
「そうです、挫けずに」
 杉大方は言葉を言い加えた。
「前を見ることです」
「例え何があってもですか」
「命があれば必ず機は来ます」
「その機をですね」
「待つのです」
 どれだけ苦しい状況に陥ってもというのだ。
「宜しいですね」
「はい、そうなっても」
 松壽丸は頷いた、そして。
 そのすぐ後に家臣に居城を奪われ彼は義母そして家臣達と共に里に住んだ、この時家臣達は口々に項垂れて言った。
「何ということか」
「松壽丸様と杉大方様はお守り出来たが」
「しかし城を奪われるとは」
「何ということか」
「項垂れることはない」 
 松壽丸はその彼等に落ち着いた声で告げた。
「我等は生きておるではないか」
「そう言われますが」
「しかしです」
「城を追われました」
「この様な屈辱を松壽丸様に味あわせてしまいました」
「まことに申し訳ありませぬ」
「このことは必ず雪辱を」
「お主達はお主達の出来ることを十分以上に果たしておる」
 松壽丸は謝る彼等にこうも告げた。
「罰するには及ばぬ」
「そう言われますが」
「これは明らかに我等の失態」
「弁明の仕様がありませぬ」
「城には殆ど兵がおらなかった、父上の上洛で兵の多くを都に送っておってじゃ」
 それでというのだ。
「我等の居城には殆ど兵がおらなかった」
「だからですか」
「それで、ですか」
「我等については」
「そう言って頂けますか」
「左様、あれだけの兵では我等をこまで逃がすので精一杯であった」
 そうだったというのだ。
「だからじゃ」
「我等はですか」
「充分な働きをした」
「そう言われますか」
「そうじゃ、それで何故罰する必要がある。それにこれは井上家の所業であるが」
 それでもというのだ。 
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