後追い小僧
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第一章
後追い小僧
平賀源内が江戸から箱根まで湯治に行った時のことだ、彼は共に向かっている高山彦九郎に対して話した。
「こうしてあんたと一緒になるのも奇遇だね」
「左様ですな」
高山はその大柄の身体で旅姿も洒落ている源内に応えた、面長で武骨な顔立ちがその身体によく合っている。
「拙者実はこのままです」
「都の方にだね」
「上がろうと思っているでござるが」
「そこで丁度江戸を発つおいらと一緒になるなんてね」
「まことに奇遇でありますな」
「そうだね、しかしね」
ここでだ、源内はこんなことを言った。
「おいら達は箱根に向かうだろ」
「平賀殿の目的はそうですな」
「最近どうも身体の節々が痛くてねえ」
それでとだ、源内は高山に話した。
「その養生にな」
「箱根に行かれて」
「暫く湯に浸かってな」
「その痛みを抑えるのですな」
「そう考えてるんだよ」
「それはよいことですが」
ここでだ、高山は源内にどうかという顔で述べた。
「平賀殿おなごは」
「おう、それなりに好きだよ」
源内はあっさりと答えた。
「そっちはな」
「では箱根では」
「そっちも楽しむつもりさ」
「それはいいのですが」
「節々の痛みはかい」
「花柳の方では」
「ああ、幸いおいらはそっちの病気にはなってねえさ」
源内は高山に笑って答えた。
「そうしたことにはこれでもな」
「気をつけておられますか」
「やっぱりああした病気はなると怖いだろ」
「はい、実に」
「それがわかってるからな」
源内にしてもというのだ。
「だからな」
「遊ぶにしても」
「気をつけてるんだよ」
「では箱根でも」
「気をつけてるさ、じゃあな」
「これからでござるな」
「箱根に行こうな」
源内は明るく話してだ、そのうえで。
高山と共に道中を進んでいった、江戸のある武蔵から相模に入る。そうして相模の山中を歩いていると。
ふとだ、高山が眉を顰めさせこんなことを言った。
「そういえばここは」
「どうしたい」
「はい、相模でしたな」
「ああ、ここはな」
「相模の山といえば」
「この気配かい?まだ日も高いってのにな」
源内も感じていた、上を見上げるとだ。
枝と葉の間に日差しが見える、木々の匂いの中そういったものに遮られている日差しを歩きつつ浴びるのも気持ちがいい。
その気持ちよさを感じつつだ、源内も言うのだった。
「怪しい気配を感じるな」
「この国の山中ではよく感じます」
「あんたは天下を巡ってるから何かは知ってるだろ」
「後追い小僧ですな」
高山は源内に答えた。
「これは」
「ああ、そういう名前の妖怪でな」
「日中山道を進む者にですな」
「後ろからついてくるんだよ」
「そうした妖怪でありますな」
「ああ、ただな」
ここでだ、源内はこうも話した。
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