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fate/vacant zero

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免避れし者たち




 その日ひもお姫様ひめさまは憂鬱ゆううつでした。


 昨日きのうも今日きょうも一昨日おとといも。

 母君ははぎみの誕生会たんじょうかいに託かこつけて。

 同おなじような顔かおした狸たぬきや狐きつねや魑魅魍魎もののけが。

 来くる日来ひきたる日ひを狙ねろうては、実も失みなき飾かざりの言葉ことのはを。

 賤あさましくも彼女おひめさまに添そえようとするのです。


 きっと明日あしたも来くるのでしょう。


 一日二日いちにちふつかなら我慢がまんだってしていられましたが、はや既すでに時ときは七日なのか過すぎ。

 この園遊会えんゆうかいは十四じゅうしの夜よるを過すごすのです。


 昼間ひるま、虎とらと女豹めひょうに連つれられた友達ともだちも。

 一日四度いちにちよんどの催もよおしの間あいだは傍そばに居いることもままなりません。


 今日きょうまではなんとか堪こらえました。

 夜よるの間あいだは、二人ふたりして楽たのしく過すごせていました。

 ですが今宵こよいは一人ひとりきり。

 友達ともだちの女おんなの子こは、家族水入かぞくみずいらずで過すごしている事ことでしょう。


 一人ひとりぼっちのお姫様ひめさま。


 それはとても退屈たいくつで、けれど人ひとを呼よぶ気きにもなりません。


 彼女かのじょは気晴きばらしに気紛きまぐれに。

 この夜よるは、会場かいじょうからも良よく見みえていた、大おおきな湖みずうみを目指めざすことにしたようです……。









Fate/vacant Zero

第三十一章 免避まのがれし者たち







「……ぬ……ぶ」

 目蓋に降る強い眩しさと、開いた口に有無々なくぶち込まれた甘みと旨みと仄ほのかな塩気を感じ、ジャンはようやく目を覚ました。

 すっと目を開けば天井が映り、口の中のものを舐ねぶればそれが木の匙さじであることに気付いた。


 ……匙?


 そういえば、ここはどこだろうか。

 ついさっきまで、トリステインの空に居て、憎々しい小僧と戦っていたような気がするのだが。


「ん? 意識が戻ったみたいだね」


 見知った声がした。


「その声。土塊つちくれか?」


 声のした方に首を傾けると、匙を持つ手と緑色の髪が見え、


「ッ――」

 捻ひねった首を中心に、全身を内からしこたま殴られたような痛みが襲う。


「ああ、まだ動かない方がいいよ。
 随分とくまなく全身がガタついてたんでね。
 『治療ケア』と『治癒ヒール』を使える連中をかき集めるのは骨が折れたよ」

「、そうか」


 再び天井に向きなおると、匙が口から抜き取られた。

 痛みも少し引いてきて、段々と現在に至るまでの状況を思い出す。

 あの戦場で、確かにあの因敵こぞうと殺やりあったことを。

 確かに自分があの瞬間、継戦力を失っていたことを。

 そして、意識を失う直前に見た、天地貫あまねくつらぬく光条を。


 思い出す限り、自分はあの場に限っては、小僧の主たるルイズの姿を目撃せず。

 しかし、あの光の出元は明らかにあの小僧や騎士とは外れていた。



 ならば、あれが。

 あの光こそが、ルイズに眠っていた“力”なのか。

 だが、あの力は一体――

「むぐ」



 ……またしても匙を捩ねじ込まれた。

 人が考え事をしていると言うのに、


「…………うむ。何をしている?」

「しっかり噛んで飲み込んでから言う台詞じゃあないやね。
 見ればわかるだろ?」


 見れないから訊いているのだが。


「毒でも盛って――まぁ待て、冗談だ。
 だから皿を振り被るな」


 動けない身には非常にマズイ気配を感じて、言い繕った。


「どんだけ失礼なんだいアンタは。で、答えは?」

「見舞いだろう。シチューを持って」

「看病って言いな。後、これは弩牛グレートオックスの煮凝り汁スープだよ」


 そうか、と答えて少しでも食べやすくなるよう、首を固めたまま軽く身を起こそうと……出来なかった。

 正しくは、


「……おい。一つ、いいか」

「なんだい?」

「俺の……俺の、腕はどうなってる?」


 極普通にベッドにつこうとした片腕の、肘から先の感覚がまるで無い。

 いやそれどころか、これは。

 この、肘の外でも内でもなく、奥に感じる布の感触は、まさか――




「……いいかい、落ち着いて聞きな。
 あんたの腕についてだが……墜ちてきたアンタを竜から下ろした時、竜の背中に何本か木材が――多分だけど、艦ふねに使われてたヤツだ――それが刺さっててね。
 その内の一本が、千切れかけてたアンタの片腕を打ぶち抜いてたんだ。
 流石に、あれだけ混ざっちまっちゃあ・・・・・・・・・いかに魔法でももう無理だったから――」



「そうか」



 その先は、聴くまでも無い。

 それだけわかれば、もう充分だ。

 充分すぎた。



「……まだ途中だよ」

「いらん。ああいや、スープは欲しい。腹が減った」

「はぁ……ったく。ああ、そうそう」


 つまるところ、どう言い繕えども、


「義手は一週間も有れば出来るそうだけど、金属質と生体質のどっちがいい? ――ほら」

「むぐ。…………。……金属質で頼もうか」


 この腕ては、既に失われているのだから。


「…………。…………。……ああ、そういえば……ここはどこだ?」

「や、ようやくかい。あんまりにも平然としてるから、ずっと意識があったのかと思ってたよ。

 ……ここはアルビオン。ロンディニウム郊外の寺院だよ。
 昔の伝手つてを伝ってたら、ここに行き着いたのさ」


「……アルビオン、か。侵攻作戦は結局どうなった?」

「蓋を開けてみれば、モノの見事な失敗さ。

 ……ほら。

 あんたが墜とされて間もなくになるが、綺麗さっぱりと艦隊が全滅してね。
 そのまま、降下部隊の多くはラ・ロシェールとタルブの森からトリステイン兵に挟撃されて御用。

 ……ほい。

 無事に戻ってこれたのはわたしみたく攪乱かくらんに廻ってた、ごく少数の連中だけさ」


 聖地再興の夢レコン・キスタは、その一歩を外へと踏み出した途端、沼に突っ込んでしまったらしい。

 つまるところは。


「やれやれ、というわけだ。……むぐ」

 ……ん?


 もくもくと飲みこんでいると、何やら胸元が落ちつかない気がした。

 残っている方の腕で軽く胸の辺りを探り、違和感の正体に思い至る。


「……いかん、落としたか?」


 ロケットが無い。

 さっと血の気が引いた音がした。

 屋敷を押さえられた以上、既にあれは代えが効かない一品なのだ。


「うん? これをお探しかい?」


 内心の慌てに気付かれたのか、フーケはそういうとスープの器を置き、丁度そこに置いてあった銀細工を差し出す。


 そう、それだ。

 この瞬間だけは痛みを捨て置き、半ば奪い取るようにしてそれを首に掛けた。

 ……うむ。落ち着く。


「慌てなくたって、ペンダントは逃げやしないって。

 そんなにその人が大事なのかい?
 えらく綺麗な人だったけど」


 ぴしり、と空気が固まった。

 気がする、ではなく全力で体が固体。

 ぎぎぎと首を軋ませ、目の奥を見るように合わせ、問う。


「………………見たのか?」

「さあて?

 これは例え話だけど、意識を失っても離そうとしないものを持っている人間が目の前に居たら、アンタならどうする?」


 なるほど、よく分かった。


「盗賊心とは不可思議なものだな」

「なんだいそりゃ。
 ……それよりさ、誰なんだい? 恋人?」


 ぎしぎしと首を振るい、脳裏を掠めたあの日の姿に心を軋ませて答える。


「母だ。形見という奴だな」


 一瞬眉を顰めたフーケは、だがすぐに顔を逸らしてスープを手にした。

 そうかい、と呟く声が微かに聞こえた。

 自分でもあまり触れたくはない傷だ。

 聞かなかったことにしようとするのは非常に有り難いと――



 コンコンとドアノックの音がして、誰かが部屋に入ってきた。



「おお、子爵。意識が戻ったようだね」


 つと聞き覚えのある声に視線を移せば、秘書シェフィールドを従えた見覚えのある笑みを湛えたクロムウェル皇帝の姿が見えた。

 あれだけの敗戦の後でも普段通り笑んでいられるとは、大物なのか余程の馬鹿なのか。

 はたまた。



「……見苦しい姿をお見せします、閣下。
 申し訳ございません、一度ならず二度までも失態いたしました」

「よい。君の失敗が敗戦の原因ではないだろう?」


 傍らの秘書シェフィールドが頷き、何処か癇かんに障さわる声で報告書を読み上げる。


「なにやら、空に現れた膨れあがる光に、我らが艦隊は風石を砕き散らされたとか」

「つまり、未知の魔法を敵に使われた。
 これは計算違いというものだよ、子爵。
 誰の責任でもないことだ。
 強いて挙げるにしても、戦力差に驕おごり、劣勢に至った場合の方針を考えていなかった我々指導部の責任だ。
 少なくとも現場の責任ではないと余は考える。

 今はゆっくり傷を癒したまえ、子爵。
 腕の方も、生身と相違無く使える精巧な代物を作らせておるのでな」

「閣下の、慈悲の御心に感謝します」


 差し出された手に唇を落としながら、ワルドは気に掛かっていたことを問う。

 今も話題に挙がった、あの未知の光の魔法についてだ。

 水や土では考えられず、火の熱さも風の動きも感じなかったあの光の一筋。

 あれは……あれもまた――


「あれも……『虚無』なのでしょうか。
 閣下の仰られた『虚無』とは相容れませぬが、あの光、他の四系統では考えられませぬ」


「余とて、かの始祖ほどに『虚無』を理解している訳ではないよ。『虚無』は、いまだ数多の謎に覆われておる」

「歴史の衣が、その全貌を闇の彼方へ葬り去ろうとしております故」


 控えた秘書が、苦笑するクロムウェルを補足する。

 何か、何処か引っかかる物言いだ。


「歴史。ああ、歴史はいい。
有り余る謎は時間と退屈を奪ってくれる。

余は、それに深い興味を抱いておってな。
たまに暇を見つけては、古の書物を紐解いておるのだ。

初代トリステイン王の謎のベール。

 このアルビオンは如何にして浮遊大陸となったか。

 ガリア王家の象徴たる青髪の由来。

 始祖の盾と呼ばれし聖者エイジスの用いし『槍』」



 唐突に零れた槍と言う単語に眉を呻かせ、



「――そういえば、始祖の息子と伝えられる初代ガリア王、アトスの手記の内に、興味深い記述があったな。
 兄弟マジ喧嘩していたら始祖が突然掌に小さな光る星を生み出し、気付いた時には見渡せる限りの範囲にあった武器という武器が灰になっていたそうな」


 一瞬後には後頭を枕に叩きつける羽目になった。


「……確かにアレは流星のようにも見えましたが……本当に始祖の息子の著作ですかそれは。
 えらく率直というか庶民的というか威厳が無いというか」

「変わり者だったらしいからね、アトス王は。
 王の后も出自が知れぬ身だったそうだし、らしいと言えばらしいだろう?」


 そういうものだろうかと頭を抱えつつ、また少し始祖への印象を愉快な形に歪ませる。


「とにかく、謎を謎のままにしておくのはよろしくない。
 気分も良くないが寝覚めが最悪だ。
 そうだろう、子爵」


 言われてみれば、クロムウェルの目周りにはかなりくっきりとした隈取りが出来ている。

 なるほど。


「仰る通りですな」


 実際問題として、あの魔法は使い手が一人居るだけでも軍隊にとっては死活問題となるのだ。

 アレほどの才能がごろごろ居ることは考えられないが、それでももし、万が一もう一人使い手が居るなどということになれば。


 ……ぎしりと、失われた腕が軋んだ気がした。

 そんな悪夢、考えたくも無い。


「聞けばトリステイン軍を率いていたのは、アンリエッタ姫だそうだね。
 トリステインの嫁入り道具の一つかと思っていたが、どうしてこうしてやるではないか。
 かの魔法のことといい、白い姫君は王室に眠る秘宝の正体を暴いたのやもしれぬな」


「王室の……秘宝、ですか?」

「そう、秘宝だ。
 先の話題にも出したが、始祖の子らはこのハルケギニアに王室を築いた。
 ガリア。フランク――今のトリステインだな。そしてこのアルビオン。
 この三王家ともう一つに、始祖の秘密は分けられた。

 ……だったな、ミス・シェフィールド」

「はい、閣下。
 今は亡きアルビオン王家には、『風の宝珠ルビー』ともう一つ、始祖の秘宝が眠っておりました。
 しかし、王子が持っているはずの『風の宝珠ルビー』は何処へ消えたか行方も知れず。
 もう一つの秘宝も、未だ解析の途中で詳細までは判明しておりませんわ」


 秘書は淀みなくクロムウェルに答えると、陶然とした捉えどころのない笑みのまま一歩を下がった。

 惹きつけられるほどの美貌、というわけではない。

 強い魔力を感じるわけでもなく、そもそもメイジですら有る様でもない。

 そんな女が、クロムウェルの秘書を務めている理由を垣間見た気がして……ふと、自分の感じていた心の棘に得心がいった。

 この女は、どこか、あの小僧に――


「今やアンリエッタは『聖女』と崇められ、なんとトリステイン久方ぶりの女王に即位するという。
 だが、つまりはそれも我らの好機」


 いつの間にか思考に嵌っていた視線をさっとクロムウェルに戻せば、何やら秘書に目配せをしている所。


「王国にとって、王は国と等価です。
 女王を手中の物とすれば、自然と国も秘宝もこの同盟レコン・キスタとできるでしょう」


 クロムウェルはにこりとした笑みで頷くと、踵を返しながらこちらを見た。


「それではワルド君、ゆるりと養生してくれたまえ。
 君の義手が出来上がる頃には、決着がついているだろう。
 その時は、君も晩餐会に出席してくれたまえよ?
 なにせ――この聖邦復興同盟レコン・キスタに『聖女』を迎え入れる、婚姻祝賀会なのだから」


 それだけ言い残し部屋を立ち去るクロムウェルと秘書の背を見やりながら、軽く頭を揺らしておく。

 ……ああ、身を起こすだけでも疲れるとは。


「婚姻祝賀? 誰と結婚させようってのさ、あの男は」


 ある種で珍しく苛立たしげに、フーケが吐き捨てている。

 いや、考えるまでもないだろうそれは。


「あの男の手駒に誰が居るのか忘れたか?
 案外、前回の奇襲より遥かに楽にことは進むやもしれんな」


 あの王女……もとい、女王か?

 あの女王には、“私”が聊いささか多すぎる。

 考える旗は、さぞかし振り難かろうが。

 ……まあ、俺には。もう、どうでもいいことか。


「どうしたんだい?」

「? 何がだ」


「そんなに震えて。布団が足りなかった?」


 ……気付けば、生地端を握る手が、小刻みに揺れていた。


「……そうかもしれんな。すまんが、スープを  ん?」

「……空だね。
ちょっと待ってな、すぐ持ってくるよ」


 かちゃりと皿を掴み、フーケは急ぎ足で部屋を出ていった。

 と、と響く木を踏む音が次第に遠くなるにつれ、手の震えは小刻みに大きくなっていき……やがて音が聞こえなくなると同時に、爪が掌の皮を食い破った。


「……れ。

 ――のれ、おのれおのれおのれぇええ!

 まだ、まだ足りぬのか!

 スクウェアでは、ただのメイジの身では、あの“槍”に一矢報いることすらままならぬというのか!

 どこまでだ!?

 いったいどこまで強くなれば、俺はあの“槍”を討ち滅ぼせる!!」


 力が足りない。


 幾ら数多の雑兵を掻き集めようとも、スクウェアに至ろうとも、あの槍を砕き折るにはどうしようもなく地力が違いすぎるのだ。

 だが、何が足りないのか。

 地力でも技巧でも数でもないならば、あとは何を継ぎ足せばいい。


「俺は。どうすれば、いいんだ」


 答が空から。湧き出して来るはずはない。


 それはいつだって、自分自身で探さなければ見つからないものなのだから。







「……ふぅん。“槍”、か。
 あの口ぶりだと、あの日に空を飛んでた鳥モドキのことかねぇ?」


 足音を殺して移動しつつ、フーケは口の中でそう呟いた。


「“槍”とやらと、死んだ母親と。
 あいつが強く執着してる物はその辺か。
 結んで探れば、何か出てくるかもしれないね」


 やれやれ、と一つ溜め息いく。

 まったく、自分からは何も話さない男ってのは本当に厄介だ。

 厄介だが。


「だがまぁ……、とりあえず、義手に何かしら仕込ませてみようかね。
 覚悟しときな『閃光』。
 その執着心プライド、この『土塊』の栗鼠フーケが必ず貰い受けてみせるわ。
 未だかつて稼業において、わたしに盗めなかったものは――あんまり無いんだよ」


 やはり盗みの前には、不敵に笑うに限るものだ。

 声を上げずに笑う彼女は、何気も無くそう思った。







 さて、時は同じくしてこちらはトリステイン。

 王宮の一室にて、アンリエッタはその客の来訪を珍しく待ち望んでいた。

 そのはずだった。


 戴冠式以来、こうして国内外の客に会うことは格段に増えた。

 王の主要な仕事は謁見と接待である。

 1に要求、2に嘆願、3・4が報告で5が単なるご機嫌伺いといった調子で、アンリエッタは日がな一日、常に誰かと顔を合わせていなければならなかった。


 今は戦時中ということもあり、常時と比べれば格段に客も多い。

 その上、女王という立場である以上、威厳の火を絶やしてはならない。

 マザリーニの補佐こそあるものの、受け答えに揺らぎ一つ許してはならないとあっては、つい先日までただの王女であった身には莫大な負担と心労がのしかかってしまうのも仕方ないだろう。


 その点、今日の客の来訪が決まった時は本当に喜ばしく思ったものだ。

 その様な威厳など、彼女との間にあっては邪魔にしかならないのだから。



 だが。

 だが、しかし。


 これはちょっとばかり、あんまりではないだろうか。




「まさか、まさかルイズ。

 だめよ、いけないわ!
 その道は茨の道よ!
お願い、引き返してちょうだい!」

「何の話ですか姫さま!?」



 アンリエッタの目には、拘束具を縛り付けられたルイズの使い魔ヒラガサイトの姿が映っていた。

 それに気付いたルイズは、ああ、と一つ頷いて。



「いけませんわ姫さま……いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね。先ほどは」

「それ以上を申したら承知しませんよ、ルイズ・フランソワーズ。
 あなたはわたくしから、最愛のおともだちまで取り上げてしまうつもりなの?」

「ならば、いつもどおりにお呼びいたしますわ。姫さま」

「そうしてちょうだい。

 ……ああ、話を遮ってしまったわね。
 それで、何がいけないと言うのかしら、ルイズ。
 少なくともわたくしは、あなたが一介の殿方を縛って悦に浸っているなど思いたくもないのだけれど」

「その心配はございませんといいますか姫さまから見たわたくしのイメージというものをねっとりと聞き出したいところですが、まあそれは後にするとして」


 ルイズのこめかみに血管が浮いているのを見た気がしたが、アンリエッタは冷や汗を背中で垂らしつつそれも後にすることにした。

 顔には出ていないのはさすが女王とでも言うべきだろうか。


「あれは、淫獣ケダモノという動物ですわ姫さま。
 野放しにしていると世の女性が押し並なべて危険ですから、ああして拘束具で縛っているのです」

「はあ……」


 まじまじともう一度使い魔を見やり、ルイズに向き直るアンリエッタ。


 ……うん、普通の男性だ。

 そのケダモノとかいう種族は、人間とどの辺りが違うのだろう?


 などと激しくズレた方向にアンリエッタは考えをめぐらせた。

 ふざけんな、とぼそぼそした声がしたが、こちらは二人ともスルーした。


 そうして、微笑んだまましばし時が進む。

 しばらくは笑みを浮かべていたルイズも、次第に困惑の色を隠せなくなってきた。

 まあ、それはそうだろう。

 無言のままじっと目を覗き込まれ続けていて動揺しない方がどうかしているのだ。


 そうしてついに耐え切れなくなったルイズは、当たり障りの無い話題でお茶を濁すことにした。


「この度の戦勝のお祝いを、言上させてくださいまし」


 動揺のせいかやや言葉が愉快に硬いが、まあ、それはそれだ。

 アンリエッタはやや笑みを深くし、きゅぴーん、とか音が聞こえてきそうな具合に目を緩く細めた。

 そうですわね、と一つ置いて。



「わたくしからも、お祝いを述べさせていただきますわ――使い魔さん」



 びくりと面白いくらいルイズの体が跳ねた。



「……え、俺?

 ……あ、ですか?」


 才人は才人で、がちがちになりながら尋ねている。

 固体化の主な成分は道中にルイズからアンリエッタが就いたと聞いていた、初めて目にする『女王』という職ジョブへの畏怖だろう。

 現代日本人の性さがなのか、ゲームの知識にだいぶ毒されている感はあるが。



「はい。
 なんでも、異国の飛行船を手繰たぐり、敵の竜騎士隊を撃滅していただいたとか。
 この国を代表し、アンリエッタ・ド・トリスタニアが厚く御礼を申し上げさせていただきますわ。
 ――本当に、ありがとうございました。あの突破口が無ければ、この国の歴史は途絶えていたことでしょう」

「いえ、その……そんなに、大したことじゃ」


 途中より真面目な気配を取り、『女王』としての顔で礼を述懐するアンリエッタ。

 いや大したことあるか、国が。と自己完結する才人。

 そして、面白いほどに慌てまくるルイズ。

 Оуオウ,барэтэрлаバレテーラ。


「貴方には後ほど、お礼の品を贈らせていただきますので、しばらくお待ちくださいね。
 できることなら、貴方には爵位を授けても良いくらいなのですけれど――」

「それはいけませんわ! ケダモノに爵位を与えたりなんかしたら――」

「落ち着いてちょうだい、ルイズ。
 あと、話は最後まで聞いてちょうだい?
 ――残念ながら少々事情があって、貴方に爵位を授けるわけにも参りませんの」



 途中ルイズが慌てたまま乱入したりするのを眺めつつ、才人は目を白黒させていた。

 確か前、キュルケはトリステインでは平民は貴族になれないと言っていたような気がするんだが。


 というか、俺が貴族とか似合わねえだろう、どう考えても。

 図書館の出入り権はすっげえ惜しいけど。

 いや、なれねぇんだけどさ。


「それに、あなたにも。
 ありがとう、ね? ルイズ」

「わ、わわわわたくし、なんにょことだか……」


 ぎっくぅ、と口元をひくつかせつつ、ルイズはしらばっくれようともがいてみた。

 無茶苦茶噛んでて、わたくし何かやりましたと書いてるような顔で、だが。


「わたくしに隠し事はしなくても結構よ、ルイズ。
 ……そういえば、使い魔さん」

「は、はい?」

「あの時の風竜と仮面の傭兵さんは元気にしていますか?
 一度撃墜されたと聴きましたが」


「あ、それはもう。今朝見たときはピンp「Vasla裁け」ぃびびびぃばあばばばば!?」


 ルイズが何事か呟いた直後、どさっと顔からぶっ倒れた才人。

 すぐさま跳ね起きると、ルイズに怒鳴った。


「いきなり何しやがる!?」

「あんたとりあえず発言禁止ね。犬。
出る時に念入りに言ったでしょうが、その辺りは誤魔化せって。この馬鹿犬」

「……犬?
 いえ、それよりも。誤魔化せ、とは?」

「あ。

 ……い、いえ、なんでもありませんわ」


 ほほ、と誤魔化すように笑うルイズに、アンリエッタは軽く溜め息をついた。


「まあ、ルイズのその方針は間違いではないからよいのですが……。
 つまり、傭兵さんは事情あって、正体を知られるわけにはいかない、ということでよいのですね? ルイズ」


 なんで今のやりとりでそこまで解るんだろう。

 首をかしげていると、アンリエッタは「お忍びの心得ですわよ」と申された。

 そんなもんかなぁ、と思いながらも、ルイズは頷いた。


「それで、ルイズ」

「はい」

「艦隊を落としたのは、あなたの魔法なのね?」

「は……ぃ……ぁ。」


 流れで思わず頷いたルイズは、床を目に移した段階でその意味に気付いて青くなった。


「言ったでしょう?
 隠し事はしないでいいのよ、ルイズ。
 というより、所属不明の者がこれだけ大きな戦果を挙げておいて、存在を隠し通せるはずがないじゃないの」


 そういうとアンリエッタは報告書をルイズに手渡す。


「これは……」

「あなたたちのことが記載されていた報告書よ。
 半分くらいはわたくし自ら探らせたものだけれど、もう半分は自然と上がってきたものです。
 上げてきた者には、関係した者全員に緘口令かんこうれいを布しかせましたが」


 ぱらぱらと中身を流し読んでいたルイズは、最後の一枚を詠み終えると頭痛を堪えるように天を仰いだ。

 才人の“使い魔”発言に気付いたらしい。

 これでは関与を否定することすらままならないのだからそりゃ頭痛に苛さいなまれもするだろう。


 もはやこれまで、とばかりに、ルイズはこれまでの経緯を語り始めた。

 いいのか?と才人が袖を引いたが、ルイズはその頭をしばくことでそれを無視して。


 この馬鹿を追ってあの戦場に向かったこと。

 戦場で墜ちた拍子に、偶然祈祷書に古代文字が浮かび上がったこと。

 そして詳細は省くが、その古代魔法語を詠み終えた時、あの光が生まれていたことを。


 その全てを語り、ルイズは自らの思考を固く歪めていた何かが、いつの間にやら自然と溶けていることに気付いた。

 ここに才人が居なければ、その心情の変化までを微に入り細を穿って説明していたかもしれないほどに。

 それが出来なかったことに才人を連れてきた自分を恨みつつ、ルイズはついにその疑問を口にする。


「祈祷書には、いくつかの似通った単語と共にそれが『虚無』であると示唆するような記述がございました。
 姫さま、あれは、本当に……それ・・、なのでしょうか?」


  今に至ってもなお自ら信じ切れないその情報に、アンリエッタは目を閉じたかと思うと、肩に手を置き瞳を重ねた。


「ルイズ。始祖ブリミルの三人の御子らが三つの王家をこの地に打ちたて、形見となった指輪と秘宝、つまりこのトリステインであれば『水の宝珠ルビー』と『始祖の祈祷書』を代々伝えてきたことは――もうご存知ですわね」


 はい、と頷くルイズを確認し、さらにアンリエッタは言葉を紡ぐ。

 ルイズに、確証を持たせるための秘密を。


「実はもう一つ、始祖の代より受け継ぎし物がこの王家にはあるのです。
 綴っても、三行に満たないような短い『言葉』です。
『血を絶やすな。縁えにしこそ我が願いの揺り篭である』と」


 吾わが願い。

 ルイズは聞き覚えのある単語に、その正体をおぼろげながら掴んだ。


「始祖の血。始祖の縁。

 それ即ち……私わたくしたち三王家の血筋にこそ始祖の願い、始祖の業を継ぐ者は誕生するのだと。

 そう伝えられているのです」

「ですが姫さま。わたしには王家の血など」

「脈々と流れていますわ、ルイズ。
 ラ・ヴァリエール家の祖は、王の庶子。
 なればこその公爵家ducではありませぬか」


 あ、と口元を押さえるルイズは、明らかに動揺している。

 それはつまり。

「あなたも、このトリステイン王家の血族なのですよルイズ。
 祖その資格は充分にあるのです」


 そして、とアンリエッタは才人の手を、ルーンの刻まれた左手を取る。


「このルーンは、『神の盾ガンダールヴ』の証でしたわね?
 始祖ブリミル・ヴァルトリの用いし印。
 その無防備な詠唱時間を稼ぎきるために生まれた使い魔ルーン」


 ならば、とルイズは己の内を見据えながら、震える唇で事実を紡ぐ。


「わたしは、確かに……『虚無』の担にない手なのですね」

「そう考えるのが自然、というべきですわね。
 ……これで、あなたたちの功績を公に称えることが出来なくなった理由もわかったわね? ルイズ」


 険しく、真剣な目で見つめあい、頷きあう二人。

 ……をよそに、ハブられながらもとんとん進んでいく話を理解しようとしていた才人が根を上げた。


「えーと、あの、マジですんません。
 なんで公表できないのか、このバカイヌめに教えてくださいませんか」

 つまり、と眉根を寄せたアンリエッタが答える。


「ルイズの力は大きすぎるのです。
 それこそ、一国でさえ持て余してしまうほどに……。

 もしもこの事実が味方で無いものに知られてしまえば、その者たちは躍起になってルイズを手に入れようと画策するでしょう。
 それが危険だということは、ご理解いただけますか?」


 なるほど、と才人は大きく頷いた。

 それを確認して、アンリエッタは久方ぶりの溜め息を吐いた。


「わたくしはこうして王となって、少しずつ見えてくるその敵の多さに目眩を感じておりますわ。
 空の上はもはや当然のこと、同盟を結んだ隣国も、味方のはずの宮廷貴族も、果ては中立を謳う旅商人でさえも……。
 何もかもが、その力を知れば牙を剥くでしょう。
 ハルケギニアの民にとって、『虚無』とはそれほどの価値を意味するのです。
 ですから……ルイズ」

 ルイズは、震えている。

 彼女自身が感じていた悪寒などより、遥かに物差しがデカイ危険度の話に、歯の根が上手くかみ合わず。

 それでもどうにか首を軋ませ、蚊細い声でアンリエッタに返事を返した。


「決して……私たち以外の誰にも、その力の正体を口にしてはなりません。
 的まとになるのは、わたくしだけで充分よ」


 ぴたりと、ルイズの震えが止まった。

 見れば――アンリエッタは、果敢はかなげに笑んでいる。


 そう。そうだった。

 今は、彼女こそが……『聖女』の錦にしきを掲げているのだ。

 本来なら、ルイズが背負うであろうそれを。

 掲げて、それでもアンリエッタは笑っている。

 庇おうとしてくれている。


 ああ、強いな、と。

 ルイズはこの時たしかにアンリエッタに、ともすれば初めてだったかもしれない羨望を抱いた。

 だからこそルイズは。


「姫さま。
 わたくしは姫さまに、この微力を捧げたく思います」


 少しでも、その荷を自らの背で負いたいと思った。

 アンリエッタは、だがそれを拒むように首を振る。



「いけませんわ、ルイズ。
 あなたのするべきことは、その力のことを一刻でも早く忘れることです。
 使うことは二度となりません」


「姫さま!」

「母が申しておりました。
 過ぎたる力は、人を狂わせるのだと。
 貴女の協力を得たわたくしが道を誤らぬと、誰が定められるでしょうか」


 そうして自重するようなアンリエッタは、ルイズを見据えた。



「姫さま。わたしは」



 その顔は決意に塗れ、己の使命を噛み締めるように歯を食いしばり。


「わたしは祖国のために、他ならぬ姫さまのためにこの身の全てを捧げたいと、常より考えておりました。
 そうあるべきと躾しつけられ、自らもまたそうであるのだと信じて育って参りました」


 それなのにどこか、何故か危うい。それはまるで、


「それなのに、わたしの力は、わたしの魔法はその殆どが失敗の連続でした。
 ご存知のように、その徒名は『ゼロ』。
 嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに身を震わせておりました」


拾われたばかりの子犬が、捨てられるまいと足を震わせながら見栄立っているさまでも見ているような。


「ですが、始祖はそんなわたしに力を遺してくださいました。
 わたしはわたしが信じるもののために、この力を使いとうございます。
 それでも陛下がいらぬとおっしゃられるのであれば」


そんな生暖かい印象が目を合わせた途端に弾けとび、背筋を泡立つような悪寒れいきが襲った。


「わたしはこの杖を、陛下にお返しせねばなりません」


 餓狼ジャッカルの眼前におかれた餌に手を伸ばしたような。

 そんな錯覚を一瞬感じ、そしてアンリエッタは声を掛けた。


 これ以上を話させてはいけないということだけは、とてもよく分かったから。

 それに何より。


 それほどまでに自分を信じてくれていることは――とても、嬉しかったから。


「そこまで言うのなら、わたくしからはもう何も言いませんわ。

――ありがとう、ルイズ」




 本当に、と付け足したアンリエッタがルイズをかき抱いだくと、ルイズもまたそれに応じた。


 ……そして友情と銘打ちたくなる3D絵画を目の前にしながら、才人は天(井)を仰いでいた。

 この馬鹿、安売りしやがってからに、と。

 ほんの一ヶ月ほど前の安請け合いの結果を思い起こすだに、厭いやな予感しかしないのである。

 おまけに、と自らの体に付けられた拘束具を見やる。


 この呪文一言で忌々しくも早懐かしい記憶に浸らされるでんげきをはっする魔法具アーティファクトは、『使い魔が勝手に女の子を襲わないように(襲うか!)』と付けられた物であるが……うん。


 前にも増して拒否権が無いこの状態。

 この場で何か頼まれたりしたら、また自由性の無いオートマチックな冒険活劇ミッションに繰り出さねばならんのだろう。

 それくらいならいつかみたいに宝探しクエストやりてえなあ、なんて考えていると、ふと脳裏に疑念が湧いた。



 そういえば、自分は何か探し物をしていたんじゃぁなかったか?



 おお、と手を打つまでたっぷり五秒。

 そうだよ、帰る手段を探しに行くつもりだったんだよ、色々在り過ぎてすっかり棚上げしてたけど。

 そうだったそうだったってこれつけたままとかありえねえだろなにその羞恥プレイ。むしろ周知プレイ。


 NWOOとか唸りながら一人芝居する才人を他所に、抱き合っていた二人の時が動きだす。


「ルイズ。あの『祈祷書』は、あなたに授けましょう。
 必要な時に必要なだけあなたの力としてください。
 でもルイズ、これだけは約束して。
 その力を使う時は、決してその正体を悟らせてはなりません。
 また、濫みだりな使用も禁じます」

「かしこまりました」

「よろしい。
 それでは、これよりあなたをわたくし直属の女官と致しましょう。
 しばしお待ちなさい」


 アンリエッタは懐から羊皮紙を取り開き上から下までつぁっと読み流すと、杖を一振り蝋を落とした。

 見れば紙面はつらつらと簡潔な文でびっしり埋まっており、先ほど落とされた蝋の花押が端の方に引っかかるように乗っている。


「これは許可証、端的に言い表すならば身分証明書とでも言いましょうか。
 王宮を含む国内外問わぬあらゆる国営機関の使用許可と通行手形、それらへの警察権含む公権力までを一纏めにしたものです。
 軽々しく発行するものではありませんが、これくらいの自由はこの先必要でしょう。
 ルイズになら、安心して預けられる程度の物ですわ」


 つまり、女王アンリエッタが持つ権威の譲渡というか分権というか挿し木というか、そんな感じである。

 そんな差し出された皮に膝真衝ひざまづき、臆面することもなく恭うやうやしげにルイズは書面を賜る

 その力の大きさも、今の彼女には気にならぬようだ。


 ただ、アンリエッタの為に。

 ルイズはその為なら、何だって出来るような気がするのである。


「何かあなたにしか頼めないような事件が起こった時は、必ずや連絡致します。
 普段はこれまで通り、魔法学院の一生徒として――まあ、あなたならこれ以上は言わずとも大丈夫かしらね」


 はい、と返事を見届けると、アンリエッタは未だ顎を抱える才人の方を向きおもむろに上着の裾を弄る。

 暫しばしてさらされた掌には、一目では数え切れない程度の金貨エキューと、原色々げんしょくいろした幾許かの透いた宝石が盛られており。

 そしてそれは、そっくりそのまま才人に差し出された。


「これからもルイズを……わたくしの大切なおともだちを、よろしくお願いしますわね?
 優しい、使い魔さん」


 呆気にとられた才人は、だが咄嗟に差し出された宝の山へと掌を突き出してたじろいだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、じゃない、待ってください。
 こんなに沢山、受け取れませんよ」


 悲しきかな貧乏性。

 宝探しをしてきたりもした身ではあるが、実際に大金を目の前にすると、これまでの平穏だった日常生活で培われた感性が邪魔をするらしい。

 だがアンリエッタはそう仰らずに、と才人の突き出された手を返し、そっとその掌のものを握りこませた。


「ぜひ受け取ってくださいな。
 本来ならば『士爵シュヴァリエ』に叙さねばならぬところを、適えられぬ無力な女王からのせめてもの感謝の気持ちです。
 受け取りにくいなら、傭兵さんへの報酬とでも思ってくださいまし。
 あなた方には、こればかりでも全く足りないほどの忠誠を示していただきました。
 酬いるところがないのであれば、直にわたくしもこの職を辞さねばならなくなるでしょう」


 真摯にからかっているような、若干脅してきているような調子のアンリエッタに才人は怯む。

 つまりはこれを受け取らないとお姫さまは困るわけだ。


 見たい。


 なんて思えるほどには才人は鬼畜ではなく、結果として声に出すのも憚りたい。

 だが、これを受け取ってしまうとまたしばらく帰り道を探せなくなってしまうような気がして。


 むぅ、と一瞬才人は悩み。


 渋々と、パーカーのポケットへそれを仕舞い込むことにした。

 よく考えると、帰り道を探しに旅立つにせよ、使い魔生活を続けるにせよ、先立つものがあるに越したことはないのである。

 当て所も無い旅に出るためには、そりゃ猶のこと何としても金は要るのだ。

 なら、ここで断るべきではない。

 それだけの判断である。


 どういう形にしてこれをタバサに送るか、考えながら帰るとしようか。


 なんて心の声は発声されていない。

 ないったらない。







「たく、安売りしやがって……お前、あの場でお姫さんに何か相談事持ち掛けられたらどうするつもりだったんだよ?」


 揃って城を出てすぐ緊張を呆れ顔に崩した才人は、ルイズに問い質した。

 ルイズはそれに胸を張り指を立て、何を当然のことをと答えた。


「当然、伺うに決まってるじゃないの。
 それに、安売りとは心外ね。
 これは貴族の義務でもあるの。
 国家こっかに尽くさない貴族なんて、なんの意義も無いんだから」

「あのな、それに俺を付き合わせるんじゃないよ。
 俺は貴族でも何でもねえんだぞ」

「誰も付き合えなんて言ってないわよ」


 そういうとルイズはまた正面を向き、話は終いとばかりに歩き出した。

 ぴき、と才人の口元がアゴの付け根辺りから軋む。

 少し早足になりながらも、体に付けられた拘束具を摘つまんで詰め問す。


「だったら、わざわざこんなもん付けてまで曳き連れてくること無かっただろうが!」

「仕方ないじゃない、姫さまがアンタも連れて来いって言うんだから!
 あんたが使い魔じゃなかったらわたしだってあんたなんか連れてこないわよ、姫さまが危なすぎて!
 だいたいその拘束具はあんたが節操無しだからでしょうが! 」

「まだ引っ張るかそのネタ!?」

「事実でしょ!?」


 がるるるるる、とばかりに一言置きに浮かぶ青筋を増やす二人はしばらく睨み合っていたが、やがて揃って溜め息を落とした。



「やめよやめ。
 こんな不毛な言い争い、日に何度も繰り返してたら身がもたないもの」

「そこだけは同意してやるよ。
 てか、いい加減これ外してくれ。
 これ着けてまた街中歩くの恥ずかしいんだよ」

「もう何日かは我慢なさい。
 わたしだって恥ずかしいんだから」


 じゃあやんなし。
 黙んなさい節操なし。

 もう何度目か数えるのもあほらしい遣り取りを踏まえて黙り、二人は穏やかな午後の至城九十九坂ゆきしろつづらざかをゆったり降る。

 言葉を交わさなくなればそれだけで、この段々壁は静かな沢山の音に溢れかえった。


 鳥とりたちの囀さえずり唄。

 蟲どものがなるざわめき。

 騎士隊乗騎と思しき幻獣たちの呼吸音。


 命の音が、はっきり聞こえる木の葉の擦れ合いをBGMにして遠雷のごとく響いている。

 以前と違うのは連なる崖と橋の向こうやや遠く、ブルドンネ街の方からも、一際賑やかな雑踏と喧騒と楽しげな笑声が流れてきていることくらいか。


 その声に浸かり、街の方を眺めやり。

 才人は来る途中通り抜けた賑やかな通りの情景を浮かべ。

 それは遠く幼い日、軽い囃子が響く夜路の行灯と交わり重なって……



「ちょっと、サイト!」



 空に溶けた。

 気付けば、正面の視界が一面の空と遠景になっているではないか。

 地面はどこだ、と思う隙も無く首根っこを引っ掴まれた。



「っのおバカ! 前ぐらいちゃんと見て歩きなさい!」

「 あ、 ああ。わりぃ、助かった」


 もう一歩踏み出せば崖の下かと思うと、背中が嫌な汗で一斉に湿りきる。

 そっとささっとかさかさと後ずさり、先を歩くルイズの背を追う。

 いや、それにしても。


「祭りか。懐かしいなぁ」


 夏祭りには毎年家族で出ていたから、その日程までよく覚えている。

 確か、こっちに来たのが春の頭だったから……ちょうどあと四ヶ月くらいか。

 そう考えて初めて、ハルケギニアに来てからまだ二ヶ月と経っていないことに気付いた。

 どれだけこちらで過ごす毎日が濃かったのか、よく分かるというものだが。


「二ヶ月経っても、まだロクな手がかりがねえんだもんなぁ。
 いったい、いつになったら帰れるんだか」


 誰にとも無くぼやいていると、不審げな顔で振り向くルイズと目が合った。


「なによ。あんた、まだ帰りたかったの?」

「当たり前だろが。
 だってのにお前ときたらこんなもんまで着けやがって……いや、今の無し。
 無限ループはどっかのお姫様の告白だけで充分だ」


 危うく坂の上からの会話の最初に戻りかけて、慌てて両手を突き出した。

 まあ、それだけ拘束具が嫌なわけだが。食い込む食い込む。

 ソレをスルーして「どこの話よ?」とルイズは頭上に?を飛ばし、だがすぐに前を向くと少し雰囲気を和らげて言う。


「でもまあ、そうよね。
 アンタにだって親は居るんでしょうし。
 ちょくちょく帰省するくらいなら許すわよ」

「だからその帰る手段を探しにいけないんだっつー…………まてまてまて。
 だから、何で俺がこっちに定住するみたいな言い方になってんだよ?」

「あら、違うの?
 なんだか、あんたが淋しそうにしてる姿を最近見た覚えが無かったから、そのつもりになったのかと思ってたわ」


 え。


 ルイズの背に追いつきかけた辺りで、才人は綺麗に凍りついた。

 三、四、五歩進んだ辺りで再起動し、慌てて横に並ぶ。


「ちょ、ちょっと待ってくれルイズ。なあ、それっていつくらいからだ?」

「はぁ? ……そうね。だいたい、一ヶ月くらい前かしら?」


 そうかとだけ返して、才人は腕組み考える。

 一ヶ月前と言うと、アルビオンから帰ってきた頃だろうか。

 ということは、勉強やら冒険やら整備やらで顔を合わせる機会が減っただけってわけでもないんだろうか。

 いやでもそういえば、文字やら魔法やらを教わるのが思った以上に楽しくて、時間がすっげえ早く過ぎてたような……。

 あれそういえば魔法を教わるようになった理由って……

――

 ……なんだったっけ?

 なんだか、タバサが居たような。

――

 ……あと、細めの月があったような。

 …………それから……なんか、思いっきり恥ずかしいことしちまったような。

――

 ………………で……なん、だっ、たっ、け?

 思考の言葉とは裏腹に、その瞬間の悔しさを才人は思い出し、

疑問を持った。

――

 ちょっと待て、なんだよ。

 なんでルイズを守れなくなったことが悔しかったんだよ。

 なんで、こいつの、傍にいたい、だなんて思ったんだよ。

 どうして、そこでまず歓ばなかったんだよ、俺は。

 帰る手段、探しに行ける絶好のチャンスだったじゃねえか。

 確かに後で、あのヤロウが裏切ったせいで不可能事になったけどさ。

――

 なんでだ。

 なんで俺は……帰りたいと、考えもしなかった・・・・・んだ?

 なんで、こいつを……………………ん?



 ふと、思考を止めて周りを見渡す。

 ここは雑踏、人ごみの中。



 こいつ………………あれ?



 周りは路行く人で溢れ、路には露店があぶれているブルトンネ街。


「あれ? ルイズ?」


 周りをきょろきょろ見回してみるが、あの特徴的な髪の色は少なくとも見える範囲のどこにもなかった。


「………………………………………………迷子か!?」


 お前だ。







雨だ。

雨が、降っている。

赤い雨と白い雹が、絶え間なく頬を打っている。

なんだろうか。

とても生暖かく、とても気持ち悪く、とても腹が立つのに。

とても悲しい。

これ以上濡れたくは無い。

もっと多く、少しでも多く、この雨をこの身に浴びておきたい。

そんな相反しまくる心のまま、どんどん大きくなってくる雨粒を受け止めていると。

雨に紛れて落ちてきた一際大きな水晶が、打たれ見あげるこの目を喰らい込んで――



「……ааааАааАААРХ――――!!!――――ッ、?

 ……あ? へ?」



 この日、とある竜騎士だった男が、ようやく悪夢から飛び起きた。





「あー。……それじゃなんだ?

 我らが連盟空軍は俺が気絶してる間に負けて、それで生き残った連中は薄情にも揃いも揃ってトリステイン軍に仕官しちまったってのか?

 俺だけ残して」


 ここはブルドンネ街民宿『錫すずの翼』亭二階の一室。

 一週間ばかりの長い眠りから目覚めた男は、突然の絶叫に慌てて部屋に飛び込んできた“トリステインの”軍服に身を包んだ竜騎士隊の元同僚へと、起きて早々散々な悪態を垂れ流していた。


「まあ、そう言わないでくれよ"先鉾長"。

 もともと、あの空軍に居た連中は上司が参加していたって理由だけで参加してた連中が多かったし、トリステインに"協力"してアルビオンへの帰郷を急ぐか、いつ出るともわからない恩赦を頼りに異国の地での強制労働するかの二択だったんだ。
 分かってくれとは言わないが、君が君自身で処遇を決められるように期限を待ってくれるよう担当官に頼み込んでいた僕の行為は評価してくれないかな?」

「うっせぇ馬鹿、病み上がりに長ったらしい話聞かせんじゃねえよ」

「いや、説明を頼んだのは君だろう?」


 男の機嫌はかなり悪い様に見えるが、その半分くらいは元同僚が部屋に飛び込んで来た時、敵襲かと心臓裏返らせながら跳ね起きて傷の痛みに悶え転げたことへの趣旨返し……というか、八つ当たりのイヤガラセであることは秘密だ。

 まあ、知り合いが敵(と男はまだ思っている)の軍服着ていたら裏切ったと勘違いしてもおかしくはないが、それで咄嗟に思うことが『殺される!?』である辺りにこの男の普段の言動が垣間見える。


「わかったわかった、わかったからもう寝かせてくれ。
 お前の長話は傷に障る」

「はいはい、それじゃあまた食事時に戻ってくるよ。
ゆっくり休んで怪我を治してくれ」


 元同僚の対応ももはや慣れたもので、追い払うような悪態に堪えた様子も見せず、部屋から退出するべく扉へと歩き。


「あ、そうそう」


 取っ手に手を掛けて振り返った。


「んだよ、まだなんかあんのか?」

「ああ。
 君の今後の身の振りについてだけど、強制労働にしろ仕官にしろ、歩けるようになり次第王宮に出向くように、だってさ」



「……は? オーキュー?」



 唐突に出てきた単語が上手く既知の物件に思い結べず、しばしマヌケな顔をさらす男。

 そのだらしない口元がなんともおかしく、元同僚は軽く噴きだすと、扉の向こうへ身を滑らせて部屋男の方を窺った。

 そうするうち、男の表情も独楽回しのようにめくるめき、苛いらつき見開き戦慄わなないて、最終的にはがたがた震え始めた。


 王宮。


 要は『敵の本拠地に単身乗り込んで玉砕してこい』と言われた気がしたらしい。

 というか、男にとってはマジにそう聞こえた。

 その勘違い(むしろ見当違い)に気付いてもう一度噴出すと、同僚は補足を追加でサービスした。


「本当は担当の士官がこのところ毎日来ていたんだが、どうも君の処遇それを自身の仕事をサボる口実にしていたみたいでね。
 つい昨日、溜まりに溜まった書類に辟易した同僚が拉致していった。
 去り際に『“きみ”が起きたら城の屯所に寄越してくれ』とか言い残してね」


 まあ頑張ってくれ、また君と働けることを願ってるよ。

 それだけ言い残すと、元同僚は今度こそ閉まるドアの向こうに姿を消した。


 呆けた『不運』な男はしばらくそのまま焦点をドアの向こうに重ねていたが、やがて窓の方に体ごと傾き枠に突っ伏した。

 鼻から上だけが窓の外に突き出され、男は丁度、見知らぬ街の人でごった返した表通りを眺め下ろす形となった。


 重苦しさも裸足で飛び上がりそうなほど藹々あいあいと歓びあう、敵だった国の王都の街人の姿があった。


 所狭しと小路みちのそこかしこに居座り、高らかに声を張り上げては客を奪いあう、商魂逞たくましい露店の主たちの姿が聞こえた。


 景気よく酒を喰らい、時には浴びせあいながら互いの命を喜びあう、つい先ほどまで戦っていたはずの傭兵の姿が映った。


 遠くぽっかりあいた人の穴で、その酔っ払い傭兵ゴロツキに絡まれたらしい連れの少女を庇い、一歩も引かずに睨みあっている長剣を背負った青年が見えた。


 そんな青年に怯み、踵を返す傭兵の姿を、遠目に見ながらいいザマだと吐き笑い。



 男は体ごと上下をひっくり返して、活気のある街路から目を逸らした。

 賑やかな声が、喧やかましい騒ぎが、無邪気な笑いが、苛立たしげな悪態さえもが。

 憎たらしくも容赦なく、過日の思い出を掘り起こす。



「……けッ。いっそ、雨でも、降っちまえってんだ」



 雲を溶かすほど眩しい太陽に、青々しく霞かすんだ初夏の空に手を翳かざし。

 目標も過去も崩れ去り、笑う戦友ともすら空の向こうに去ってしまった男は、弱弱しい雨を街へ溢し。

 そんなささやかな反抗さえ、夏風に吹かれて空に奪われた。


 男の傷は、未まだ癒えない。







 さて。

 つい先ほどまで酔っ払いに絡まれていた少女=すなわちルイズは、ちまちま割られていく人ごみに沿って、手を曳かれていた。


「ちょ、ちょっとサイト?」


 なんだか久しぶりに感じる硬くなってきた暖かい手に戸惑いながらも、先を行き人波を割る衝角サイトに声をかける。


「なんだよ?」

「も、もういいでしょ?
 だからその、て、手ぇ、放しなさいよ」


 片眉を寄せ、何を言ってるんだこいつは、とばかりに才人は肩越しに一瞥をくれ、なお歩く。


「バカ言え、んな事できるわけねぇだろ危なっかしい」

「え」


 ルイズの耳に、やけに大きく鼓動が響き、


「そんなことしたら、またさっきみたいにはぐれて誰ぞに突っかかって絡まれるのがオヂぎィッ!?」


 そのまま力強く指の内の手を握りシメる。


「ア・ン・タ・は……い・っ・た・いィイィイイイ……誰の、せいだと、思って、んのよ!?

 はぐれたのは、アンタが、ぼっと、したまま、ひらひら、人ごみ、すり抜けて、ったから、でしょう、がぁ!!」

「ぁイタタタタタタィたいたいぃたいいたい!
 ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイマヂスンマセンカッタァッ!?」


 ぐきぐきと指付け根の関節を擦り潰すように握り締められ、悲鳴のような謝罪を垂れ流す才人。

 ルイズはとっても怒っていた。

 情けなく垂れ流される悲鳴に、怒りに張り詰めさせた肋をすっと空かすくらいにはお怒りだった。

 実際、絡まれたのだってするする人波を縫う才人を慌てて追いかける途中、肩が酔っ払いに引っ掛かったからだから才人のせいと言えなくもないかもしれないが。


 ともあれ空かせた怒りをため息に乗せたルイズは手を少し緩めると、息を追って歩みを再び進ませた。

 先に巻き込まれたエンカウントした騒ぎの空白地帯を後にすれば、そこはもうお祭り騒ぎのど真ん中である。

 地方領主の息女たるルイズにとって、こんな華々しい騒々しさの中を自ら歩くなど初めての体験であった。

 溜め込んでいた鬱屈した感情も城に降ろし、民人たちが発する壮快な活気を浴びた今、ようやく彼女は思うのだ。


 ああ、私たちは勝ち延びたのだと。


 そう実感するにつれて周りの空気に中てられたのか、ルイズの気分は随分と高揚してきた。

 なんせ見るもの 々~みるもの 、初めてみるものばかりなのだ。


 彼女の興味は散逸しながらどんどん移り、やがて煌やかな小物の並ぶ一つの露店に行き着いた。


 茣蓙ござ奥に居座るは、髪の色もわからないほど布をぐるぐる巻き着けた、見覚えある気がしないでもない胡散臭い風貌の店主。

 その膝元に散りばめられるは、全体的にごってりと宝石で装飾された指輪リングや耳飾りイヤリング、首飾りネックレス、袖結びカフリンクスに髪留めバレッタやカチューシャから踝飾りアンクレットまでと節操のない──よく言えば品揃えのよい、飾り物と呼び名のつく何かの大群。

 見れば見るほど、どうやって大人三人が並び座るのも一苦労な四方幅よもはばに収まっているのか不思議になる、ここはそんな露店だった。


 店主の首にさげられたプレートには、"どれでも一ヶ 2金貨/220銀貨 銅貨お断り"と刻まれている……祭りで商売していい値ではないと思う。

 使われている宝石の量の割には(ルイズ感覚で)えらく安いが、並ぶ装飾品の質があまりよろしくないのか、はたまたただ単に値札を作るのが面倒なのか。

 土の魔法石たる宝石がふんだんに使われているわりに圧迫感というか威圧感というか、存在感が全体的に薄いところを見る限り、おそらくは前者だ。

 あるいは祭りにかこつけた在庫処分である可能性も否めないが──まあ、今のルイズには、そんなことなど纏めてどうでもいいことである。


 安かろうが陳腐だろうが不相応だろうが、彼女は既にその輝きに心奪われていたのだから。



「んぁ? どした、ルイズ?」


 才人は不意に離された手をぷらぷらさせつつ、足を止めたルイズを見た。

 ルイズは明らかに声をかけられたことに気付いておらず、視線を茣蓙の一点に向けたまま静止している。

 視線を追おうと試み、色んな小物から伸びた紐やら鎖やらの混ざり絡まり詰んだあんまりな光景に即時断念し、


「……見てくか?」


 とりあえず本人に問うと、ようやく意識がこちらに向いたのか。

 ルイズは頬を軽く染め、恥ずかしげに一つ頷くと、ふらりと茣蓙の隅にしゃがみこんだ。


「おや、いらっしゃい!
 さぁさお嬢さま、ご覧ください!
 小珍しくも美しい、特に頑丈な石を取り揃えておりますよ!
 野暮ったい魔法は一切ヌキ、当店の小物は合切総じて天然モノでございます!」


 店主の言葉を聞き流しながら、才人もルイズに倣って茣蓙の品々を覗き込む。

 遠めに見たときはごっちゃりしているようにしか感じなかったが、一応似たような形のモノごとに区画のようなものが作ってある……ように見えなくもなかった。


 ……輝きで目が痛い。

 というわけではないが、才人はぱっと眺めるだけで即刻飽きてしまった。

 確かに綺麗ではある。

 あるのだが、才人はもともと平々凡々の小男子でもある。


 ごてごての腕輪やら指輪やらを見ても、重たそう、とか、疲れそう、とか、打撃力はありそうだけどリーチが、とか。

 そういう、なんというか実用性重視?な感想が二口目には出てくる上、ついでに好奇心もあんまり沸き立たないときた。


 ルビーとサファイアとエメラルドの区別? 色じゃねぇの?

 ……程度の興味しか持っていないモンに対して、即好奇心を抱けるはずもない。

 とはいえルイズもしばらく動きそうにはない。

 仕方ないので、この店の周りの店にも何かないか、と辺りをきょろきょろと眺め回すことにして。



 それを、見つけた。




 機を同じくし、ルイズもその品に目を留めた。

 雪を溶いて固めたような、綿しなやかに伸びる鮮緑青の涙滴ヒティタス。

 それを、生い茂る蔦に抱いだかせたような意匠の胸飾りブローチだ。

 縁取る蔦には粉のような多種多様な屑石が塗され、角度ごとにその色を変えてゆく。

 煌びやかな大粒の石に周りを囲まれていながらも、いや輝きに群がられているからこそ、その鮮烈な碧さとさりげない瞬きがルイズの目をより一層惹きつけた。


「おお、これはお目が高い。
 そのブローチは遥か南東、ガリアの中でもサハラに程近い地域でしか取れない石を使わせて戴きました。
 幾分割高でしたが、それもお嬢さまを飾らせていただけるなら本望にございましょう。
 これこの通り、首の値通りで差し上げいたします」


 首の値通り。

 そこでようやく、ルイズははたとそれに気がついた。

『どれでも一ヶ 2金貨/220銀貨 銅貨お断り』

 手にしたブローチを慌てて膝元に確保すると、懐中から財布袋を取り出ししゅっと紐解く。

 ころころ、かしゃかしゃ。

 滴り落ちる貨幣を見やり、ルイズは凍りついた。

転がり落ちたその数を見やり、店主は気づかれない程度に引き攣った。

 銀貨をざっと見で数えてみる。

店主の日頃の研摩で見切った枚数、銅貨53枚、銀貨22枚。

 どう希望的に見ても、足りてない。

そして金貨は1枚きり。

 半分にも満ちそうにない銀の山の上、誇らしげに輝きを見せ付ける金色が、今はただ恨めしい。

こういう素朴なのを欲しがるお人は珍しい。ここで売り損ねては、このブローチがまず間違いなく売れ残るだろう。

どうしたものかと考える店主は、ふと妙な圧力を感じて貨幣から顔を上げる。

 じっとこちらを潤み見つめる瞳と、ぶつかった。

 口元がきゅっと結ばれ、やや上目遣いのその視線に、何の罪もない店主は重苦しい罪悪感に追い詰められてゆく。

 じっと。じっと。じ~~っと見つめられ、決して視線は逸らされない。

 そうしてついに、

「に、兄さん。お連れの兄さん! お嬢さまが困ってらっしゃいますよ!」

 良心の呵責のような何かに耐えかねた店主は、脇見して固まっている才人へ助けを請うた。


「……ん? どした、ルイズ。何か欲しいものでもあったか?」


 体は脇見していた方を向いたまま、視線と首だけ回して尋ねる才人。

 何を見つけたのか、またあの遠い目をしていたように感じたルイズは、ちょっとむくれて視線で刺した。


「足りないのよ、お金。ちょっとばかりね」


 ちょっと? などと疑問は才人も店主も挟まない。

 才人はまだ何かの方が気になっているし、店主はせっかくの珍しい客を逃がしてはたまらないからだが。

 ともかく、その多少が気になった才人は値段を見やった。


「あー、っと……?
 『なんでも1個、2Экюえきゅーか220Днеどにぇ。Суすぅはご遠慮下さい』

 ………………」

「な、なによ?
 しょうがないじゃない、アンタの治療費とやかましい剣のお代に今期のおこづかい、ほとんど使っちゃったんだから!」


 半眼で見くれる才人に、えらく恥ずかしさのこみ上げてきたルイズは、慌てて理由を言いつくろう。

 そう言われちゃしょうがないかと才人、頬を掻き、腹の物入れに手を突っ込むと。



「220、枚か。……足りるか?」



 無造作にわしづかまれた金貨の塊を店主へ差し出した。


 綺麗に固まるルイズに店主。

 あと才人にガン見されていたのが不気味だったのかこちらへ視線を向けていた、ガタイのいい隣の露店の主。


 才人はそんな様子に気づいた様子もなく、また頬を掻いている。

 結構無理に掴んだ金貨が3枚ほど指の隙間からすりぬけ、茣蓙の端っこへと音を立てて落ち。


「そ、そりゃ金貨エキューじゃないですか!
 2枚、今さっき落ちてきた2枚だけで結構でございますです!
 ま、毎度あり!」

「ちょ、こら早く仕舞いなさい!
 そんな大金街中で堂々と見せびらかすんじゃないの!」


 固まっていたルイズと店主は解凍された。


「あ、えきゅーって金貨だったか。
 そういや、デルフを買った時にそんなこと聞いたような聞かなかったような」

「御託はいいから! 礼儀マナー悪いわよ!」


 失敗失敗、と才人は服に金貨束を仕舞いこんだ。

 ほっと息をつき、ブローチを身につけるルイズ。

 ほっと妙な焦りから立ち直り、よくお似合いですよと愛想する店主。

 あの男がこれからこの店に来るのかと、戦々恐々しながら背中で冷や汗を掻き顔で笑う隣の露店の店主。


 不思議な安堵感漂う中、ルイズはそれじゃ、と立ち上がる。

 お礼をいう機会も満足につかめない自分自身が少し情けなく思わないでもないが、贈り物をされるのはやはり嬉しいのだ。

 楽しい気分のまま、ルイズは先へと歩き出し。

 二三歩々にさんほあるいて、また戻ってきた。


「何見てるの?」


 才人は先ほどと同じほうを向いたまま、微動だにしていなかった。

 ルイズも何を見ているんだろうと同じほうを見やり。


 眉根も寄るほど、えらく場に不釣合いな品物を見つけた。







 才人の見つけたそれは、どこか、どころか物凄く見覚えのある、幾着かの上着だった。

 風を軽やかに纏いそうな、七つ色の縞に縁取られた幅広い真白の襟と、首周りの赤紫っぽいタイスカーフ。

 特徴的な二つの装飾を持つ、やや厚手の生地を縫い合わせた長袖のそれは、若干の違いはあれど間違いなく。


「おう、アンちゃん珍しいモンに目ぇ付けたなぁ!
 その辺に並んでんのは、アルビオンの連中から二束三文に買い漁ったり、タルブの戦場跡で掻き集めたりした分捕り品でぇ。
 いまアンちゃんが熱心に見てんのは、空軍連中の軍服だぜ」


 紛れもない、水兵セーラー服。いや風兵セーラー服か?

 どっちでもフネを繰る人のセイラー服であることには変わりないが。


「実用一辺倒の割りには見栄えするんで売りに出してんだ。
 ほれ、こうやって襟を立てれば風を観ることだって出来る。
 タイ留めには窪みと爪がついてて、ここに魔法石の類をはめ込むことが出来る様になってる。
 今あるヤツは、風石か宝石のどっちかだな」


 電池みたいだな、なんてことを表で考えつつ。

 才人は脳内でネオンするとある事実に意識の大半をやっていた。


 そう、これがいわゆるつまるところの、女子学生の、上制服になるわけだ。

 実家の近郊や通った学校はことごとくブレザーであったため、実物を見るのはこれが初めてである才人。

 風を見る、と店主が話したこともあって、タバサにプレゼントしてみるかと思う。

 無駄に想像力を働かせた才人は、ためしに脳内でタバサがこれを着ている姿を創造してみた。


──ぶかぶかだ。


 まあ、男物の服なのだから、小柄なタバサでは服に着られて当然である。

 才人の脳内では、膝まで届きそうなセーラー服を羽織り・・・女の子座りして杖を掴むタバサが、大きいとかなんとか抗議をしていた。


……だがそれがイイッ!


 ごくりと唾を飲もうとして変なところに入った才人は、必死にむせ返りながらそう叫んだ。心で。

 いろんな意味で悶える才人をヘンなモノのように見つめ、ルイズはその背を引っ叩いた。


「何やってんのよ、アンタは。
 服が欲しいんなら、そんな中古じゃなくたってもっといいのがそこら辺で売ってるでしょうに」


 いや、そんなものよりもこれの方がずっといい。

 そう反射的に口に仕掛けて、そういえば自分の服も半袖オンリーになっているなぁ、と思い直す。


 これを買ったら、見て回ろうかと。

 既に買うことは規定事項なのか、セーラー服の襟首をがっしり引っつかむと、店主に尋ねた。


「これ、お幾ら?」

「あいよ。中古だし折角の纏め買いだ、三着1金貨でいいぜ」


 ルイズの頬がひくついた。


 高い。

 極小サイズの魔法石付きとはいえ、一着換算でもいまルイズが着ているシャツの買値よりちょい高いくらいだ。

 というか何故さりげなく店主は三着もセットで買わせようとしているのかと。


 正直とても中古とは思えないその値段だったが。



「ほいほい、これだっけ?」

「おぉう、気前いいなぁアンちゃん!
 おまけだ、換えの風石(小)3個1セットもついでにつけとくぜ!」

「え、いいの?」

「いいってことよ! 毎度ありぃ!」


 刹那の躊躇ちゅうちょすらなく、才人は白服三着を購入し。

 ルイズは軽い目眩を感じた。





 日は、未だ高く。

 トリスタニアの熱狂は、なおも半ばの知らせなし。

 つまり、しかして、今日の世界は平和である。






 
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