MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第16話 十六夜再び:前編
阿求との一風変わった弾幕ごっこを繰り広げてから数日が経っていた。
そして勇美と依姫の二人は人里の茶屋で、憩いの時を過ごしながら話していたのだ。
「平和っていいですね~♪」
勇美は団子をたしなみながらほっこりした表情で呟いた。
「ええ、全くその通りね」
依姫もそれに同意する。
そういった感じに穏やかな時間を噛み締める……もとい、貪る二人であった。
だが勇美はふと思い、口を開いた。
「でも、最近ちょっと退屈ですね~」
それが今彼女が思う事なのであった。
──最近刺激がないのである。
確かに毎日依姫に稽古をつけてもらったり、彼女と色々話をしたりして充実した毎日を過ごしてはいるが、何かこう『イベント』と言えるようなものが欠けているのであった。
「何か面白い事はありませんか~」
完全に気の緩んだ表情でのたまう勇美であった。
それに対して依姫は意外な事を口にする。
「その退屈、もうじき晴れそうよ」
「えっ? それってどういう……?」
『どういう事ですか?』と勇美は言おうとしたが、それはとある事情により遮られる事となる。
二人が今いる茶屋に意外な来客があったのだ。
「あ、あの人は……?」
その人物は、鮮やかな銀髪に白と青が基調の丈の短いメイド服を纏った女性。
「紅魔館のメイド長の、十六夜咲夜さんですね」
「ご名答」
誰かを察した勇美に対して依姫は言う。
「でも、あの人がどうかしたんですか?」
誰だか分かった所で依姫の意図が掴めずに勇美は聞いた。
「私は彼女とは一度、月で弾幕ごっこをした事は知っていますよね?」
「はい」
そして、依姫はその弾幕ごっこの内容に触れていったのだ。
特殊な力で瞬間移動をやってのけて見せた咲夜。だが、依姫は自身の持つ洞察力でそれは瞬間移動ではなく何らかの方法で空間を一瞬で通過するもので、ワープとは別物であると察したのだ。
そこで依姫は隙間のない弾幕を展開する事で、この『瞬時に行われる空間移動』の弱点を付き勝利するに至った訳である。
だが、それは弾幕ごっこにおいて反則行為だったのだ。この勝負のルールの一つに『隙間のない攻撃をしてはいけない』というものがある。それを不本意ながら依姫は破る事となってしまったのだ。
「だから、私は彼女とはもう一度反則勝ちでない形で決着を着けたかった……という訳よ」
そう依姫は説明し終えたのだった。
その話を聞いていた勇美は……。
「や、やっぱり依姫さんは素晴らしいですぅ~!!」
「うわっ!?」
突然大っぴらなリアクションをした勇美に対して依姫は引いてしまう。
「勇美、落ち着きなさい。びっくりするから」
「あっ、ごめんなさい。でも、素晴らしい事ですよ。自分の勝ち方に納得がいかないからやり直したいなんて」
その言葉に続けて勇美は「私なら勝ちは勝ちって事で受け止めてしまいます」と締め括ったのだ。
それを聞いていた依姫はニコリと微笑んで言う。
「これは人それぞれの問題だから、貴方はそれでいいのよ。価値観は他人に押し付けるものではありませんからね」
「依姫さん……」
勇美は依姫にそう言われて、肩の荷が降りるような心持ちとなった。──あくまで自分のやり方でやればいいのだと。依姫の考え方は素晴らしくても、それを自分が真似る必要はないのだ。
勇美がそんな思いを馳せていると、話題の発端である咲夜が自分達の側にやって来たのだ。
「咲夜さん?」
それに対して勇美が反応する。
「あら、あなたは最近変わった弾幕ごっこを始め出した……黒銀勇美さんね」
「えっ?」
思わず勇美は驚いてしまった。幻想郷でも上位の実力を持つ咲夜に自分の事を知られていた事に。
「私の事を知っているんですか?」
「ええ、最近のあなた、ちょっとした有名人よ」
「そうなんですか~」
咲夜にそう言われて勇美は嬉しくなった。幻想郷でちょっとした有名人になる、即ち自分の憧れる幻想郷と渡り合っている裏付けとなるからであった。
「ありがとうございます咲夜さん。それで私達に何かご用ですか?」
「いえ、大した事ではございませんわ」
そして咲夜は説明を始めた。自分は人里に買い出しをしに来た所で、その途中で息抜きに茶屋に寄った所、目を引く人達を見付けた──それが勇美達であったという訳である。
そして咲夜は勇美の隣にいる人物、依姫と視線が合う。
「……」
「……」
そして起こる沈黙。
この状況を勇美は不謹慎ながらも面白い事になったと心の中で喜んでいた。互いに「ここで会ったか百年目」といったような修羅場になるのではとワクワクしてしまっていたのだ。
「月ではお世話になりましたわ」
「こちらこそ」
だが生まれたのは穏やかな空気であり、一触即発の事態とはかけ離れたものであった。
「あれ?」
思わず勇美は首を傾げてしまう。
「何でお二人は朗らかに話しているんですか?」
納得いかない様子の勇美。
「それは、月で会った時は侵略する側とされる側の関係であったからで、今は別にそんな事ないからよ」
「そういう事ですわ」
そんな勇美に対して説明する依姫と、それに対して相槌を打つ咲夜。
「確かにそうですけど……」
未だ納得いかない勇美であったが、二人に言いくるめられて返す言葉がなくなってしまった。
「もう、お二人がそれでいいなら私は何も言いませんよ」
そして勇美は潔くとはいかないまでも、この場は二人に譲る事にしたのだった。
そんな勇美の事は一先ず置いておいて、依姫は咲夜に話を切り出した。
「丁度良い機会です。貴方、私ともう一回弾幕ごっこをしてくれないかしら?」
「あら、それは何でですの?」
咲夜にそう言われて、依姫は先程勇美に話していた話題を咲夜に伝えた。
「あら、そんな事でしたの?」
「そんな事……」
あっけらかんと返す咲夜に対して依姫は言葉を詰まらせる。
「あの勝負はあなたの勝ちという事でよろしいではありませんか? 第一あの時降参したのは私なのですから」
「それでは私の気が済まないのでね」
だが依姫もここは譲れないものがあるのであった。そういう所が依姫が意外に根に持つタイプである事の所以であるのだ。
「まあいいですわ、ものの感じ方は人それぞれですし。分かりましたわ……」
咲夜はそこで一旦言葉を区切り、そして続けた。
「では、今夜我が主が治める紅魔館にご招待しましょう」
と、咲夜から意外な申し出が出る事となったのだ。
「恩に着るわ。でも、貴方の独断で決めていいのかしら?」
願ってもいない申し出に依姫は歓喜する一方で、頭に浮かんだ疑問も投げ掛けた。
「その事なら恐らく大丈夫ですわ。お嬢様も楽しい催しものは喜んで受けるでしょうから」
「それならいいわ」
咲夜の主張に納得する依姫。
「良かったですね依姫さん。それじゃあ今夜は楽しんで下さいね」
願いが叶った依姫を応援する勇美。だが依姫から返ってきた言葉は勇美が予想しなかったものであった。
「何言っているの勇美、貴方も来るのよ」
「えっ……?」
勇美は思わず絶句してしまった。
「何か問題あるかしら?」
「大有りです、だって紅魔館は人間にとって危険な所じゃないですか!?」
勇美は首を横にぶんぶん振って抗議する。
「あら、幻想郷では巫女や魔法使いは普通に出入りしているらしいわよ?」
「あんな人間離れした人達を基準にしないで下さい!」
勇美はさりげなく失礼な、だが的確に的を得た内容で抗議した。
「これは例が悪かったわね。でも大丈夫よ、私が付いているのだから」
「あ、確かにそうですね」
この依姫の一言に勇美は納得するのだった。下手に言えば自惚れになるような台詞も、依姫ともなればとても頼もしい言葉となるのだ。
「勇美、今夜の勝負は貴方にとっても勉強となるかも知れないから、見ておいて損はないわ」
「はい、お願いします」
勇美の考えもここに纏まったようだ。
「では、お二人さん。今夜は是非楽しんでいって下さいね」
こうして咲夜による紅魔館招待の話は決まったのであった。
◇ ◇ ◇
ここは森の中にある、湖の近くに居を構える屋敷──紅魔館──。
外観からして真っ赤なカラーリングのその館は禍々しさすら感じる。ましてや今は夜であるからその威圧感はなお一入であった。
その館の敷地内の庭に、テントやらテーブルやらが並べられて賑わっていた。
その内訳は多数の妖精メイド、館の門番の妖怪紅美鈴、紅魔館の主の少女吸血鬼レミリア・スカーレットにメイド長の十六夜咲夜、レミリアの友人の魔法使いパチュリー・ノーレッジに、彼女の使いの小悪魔といった面子に、客人である綿月依姫に黒銀勇美という構成であった。
尚、この中で人間は咲夜と勇美の二人という事実は最早笑い話になるような域であった。
そんな中、咲夜とレミリアがこんな会話をしていた。
「お嬢様、妹様を呼べなくて残念ですわ」
「仕方無いわ、あの子はこの場に呼んだらどんな事態になるか分からないからね」
妹様、それはレミリアの妹のフランドール・スカーレットの事である。
彼女は姉であるレミリア以上の力を持ち、かつそれを自分で制御出来ていないのだ。更に彼女は少々気が触れていて情緒不安定であり尚の事気を付けなくてはいけない存在であるのだった。
それでも依姫ならフランドールが問題を起こしても対処出来るだろうとレミリアは思っていた──月で彼女と戦ったが故に実感が容易な事であった。
だが、それでもレミリアはこの場にフランドールを呼ぶ事は避けたのだ。
まず第一に、曲りなりにも依姫は客人なのだ。だからその彼女の前で問題が起きれば失礼に値し、それではおもてなし失格である。
そして第二に勇美の存在があった。フランドールに依姫は対処出来ても、勇美はそうはいかないだろうと懸念したのだ。
レミリアは吸血鬼であるから人間に対する情は薄い。しかし、自分で開催した催しもので勇美に危害が及べば後味が悪く、寝覚めが良くないのである。
だからレミリアは心を鬼にしてこの場にフランドールを呼ばない事にしたのだった。
そんな事をレミリアが思っている中で依姫と咲夜が話をしていた。
「あなたのご主人様は随分と派手好きなのね」
それが依姫が抱いた率直な感想であった。
だが、それによりレミリアを軽蔑する事はなかったのだ。月での彼女の一連の行動から、本当は彼女は部下や友達を大切にする律儀な人だと分かっていたからだ。
寧ろ、必要とあらば派手に決める彼女の振る舞いは堅実に物事を進める依姫にない持ち味なのである。
だから、依姫はこれからもレミリアと接して彼女から参考になる事を色々吸収していこうと密かな野望を持つのだった。
「それがお嬢様らしさですわ」
依姫に返す咲夜。そう、レミリアに興味があれど今の依姫の目的は咲夜との再戦であった。その事を再認識すると依姫は口を開いた。
「では、そろそろ始めませんか?」
「そうですわね」
言い合って二人は、庭の開けた空間に足を運んだのだった。
◇ ◇ ◇
「では行きますよ」
「ちょっと待って下さいませんか?」
意気込む依姫に対して、咲夜は突然待ったを掛けた。
「何かしら? 今更怖じ気づいたとは言わないわよね」
そんな彼女に訝る依姫。
「いいえ、とんでもありませんわ。勝負の前にあなたに言っておきたい事がありましてね」
「と、言うと?」
咲夜の言わんとする事を読めずに依姫は首を傾げる。
「他でもない、私の能力に付いてですわ。あなたの卑怯な事を嫌う、『武士道』とやらに免じてタネ明かししようと思いましてね」
「『武士道とやら』って咲夜、お前はジョルジュ・ド・サンドかい!?」
思わず横からレミリアは無粋な突っ込みを入れてしまった。
「お嬢様、少し黙っていて下さい」
「……うん、ごめん。ちょっと悪ノリしてしまったわ」
咲夜に嗜められて、レミリアは素直に謝った。この突っ込みを許してしまったら、咲夜は騎士は騎士でも凄い前髪の騎士になってしまうからだ。
「……話を元に戻しましょうか」
気を取り直して咲夜は仕切り直す。
「ええ、そうしてもらえると私も助かるわ」
「では……」
ここで咲夜は一息置く。やはり自分の内なるものを曝け出す事は誰しも覚悟がいるもので、咲夜とてそれは例外ではないのだ。
だが、それでも咲夜は依姫には教えなくてはいけないと思うのだった。
そして意を決する咲夜。
「私の能力は『時間を操る』力ですよ」
「それはまた大層な力ね……」
咲夜に能力を明かされ、素直に驚く依姫。はっきり言って厄介たな力だと思った。時間を操るという事は誰しもが一度は渇望する力である。それを目の前の咲夜はあっさりと手にしているのだ。
「どうりですんなりと教えてくれる訳ね」
「ええ、知られてもそう簡単には対処出来ないでしょうから」
それを聞いていた勇美は不安になり始めた。
(うわあ、咲夜さんの能力ってそんなとんでもないものだったんですか。依姫さんはどう戦うんでしょう?)
そして咲夜は口を開く。
「どうしますか。作戦を練る時間が必要でしょうか?」
「いえ、すぐにやってもらって結構よ」
咲夜の申し出に依姫はそう答えた。幻想郷での異変解決では基本相手と行き当たりばったりだと聞く。だから依姫はそれを想定して敢えて作戦を練る時間を取らずに受けて立つ事にしたのだ。
「では行きますわ」
「ええ」
そしてここに因縁の再戦の火蓋が落とされたのだ。
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