MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第13話 人里の守護者との再会
妹紅との一件があってから、勇美と依姫は時々彼女に会いに行っていたのだ。
何をするのかと言えば、例えば三人で何気ない話をしたりとか、勇美が妹紅に稽古をつけてもらったりとか、そういう内容であった。
そして、今日は前者の方であったようだ。
「それで、慧音は元気にしてる?」
そう問うてきたのは妹紅であった。彼女の気にする上白沢慧音は彼女にとってかけがえのない保護者的な存在なのだから。
「う~ん、そう言われても……」
その妹紅の問いに勇美は困ったように渋ってみせた。
「どうしたんだい? 何か問題でも……?」
そんな勇美の態度に業を煮やした妹紅は、やや勇美に対して食い入るように迫って来たのだ。これには勇美は慌ててしまう。
「そ、そんな形相で迫らないで下さいって……」
ちょっと冷や汗を流しながら勇美は言いながら、次の言葉を脳内で纏めてから紡ぎ出した。
「別に慧音さんに何かあった訳じゃないですよ。ただ最近私は人里に行っていないから彼女がどうしているか分からないだけですって」
「そうか……」
そう言って妹紅は勇美から身を引き、落ち着きを取り戻した。
そして、彼女は何か考え事を始めたのだ。
「どうしたんですか、妹紅さん?」
そんな妹紅の様子に勇美は訝ってしまう。
「そうだ、いい事思いついた!」
そして突拍子もなく叫びだす妹紅。
「うわっ!」
当然勇美は驚いてしまう。
「どうしたんですか、妹紅さん? まさかケツにションベンしろなんて言いませんよね」
そんな問題発言をしてしまった勇美の頭上に、すかさず依姫は無慈悲なチョップを降り下ろしたのだった。そして地味な打撃音が鳴り響いた。
「あだ~~~~っ!」
当然痛みに悶える勇美。
「女の子がそんな発言するのはやめなさい」
「ですよね~……」
依姫の当然の突っ込みに、勇美は納得して引き下がるしかなかったのだ。悔しいが、彼女の負けである。
そんなコントじみたやり取りをしていた二人の間に、妹紅が入ってきた。
「ケツにションベンじゃないけど、寧ろそれは満月の夜の慧音のポジションだよな。まさに『CAVED!!!!』って言わされる訳だし」
「貴方、普段彼女と何をしているのよ……」
取り敢えず依姫はそう突っ込んだが、言いたい事は他にもあった。例えば『!』や『?』は連続して使えるのは二つまででないといけないと文章を書く上で決まっているとか。ちなみに『──』や『……』といったようにこれらは必ず偶数でなければならないのだ。
閑話休題。
普段の妹紅が何をしているのかを訝るのをさておいて、依姫は彼女にその思いついた事とやらを聞く事にしたのだ。
「ところで、いい事って何かしら?」
「よく聞いてくれました!」
そう妹紅は得意気に言ってのける。
「いい事ってのは他でもない、慧音の事だよ」
「つまり、どういう事なんですか?」
そこに勇美が入り込む。
「簡単な話さ、お前達が慧音に会いにいけばいいだけの話さ」
所謂『ドヤ顔』とでもいうような表情を浮かべて妹紅が言う。
「私達が……ですか?」
そう言って一瞬は迷う勇美であったが、すぐに爽やかな表情となっていった。
「そうですね、それが最良だと私も思います!」
勇美は極めて明るく妹紅の考えに同意したのだった。
それは、勇美が慧音に恩がある事に他ならなかったからである。
勇美が永遠亭に住む事になってから久しいが、幻想郷に迷い込んだ勇美に最初に住む場所を与えてくれたのは言うまでもなく慧音なのだから。
その事を勇美は忘れてはいなかった。今までお世話になった恩人にいつ顔を再びだそうかと思っていた所であった。
それが今回の件でいい機会を得られたと言えよう。妹紅がその事を見透かしていた節もあるかも知れない。
「そうね、勇美がお世話になっていた者には私も顔を見せておくのが礼儀というものですね」
依姫も妹紅の提案に同意する形となった。
「決まりのようだね」
妹紅は自分の思うように事を進ませるのに成功して、大変満足気のようであった。
だが、勇美はそこに引っ掛かりを感じたのだ。それを言葉にする。
「でも、妹紅さんが直接人里に行って慧音さんに会えばいいんじゃないですか?」
勇美のその気持ちは当然の摂理といえるだろう。自分が大切な人なら自分で様子を確かめるのが効率的にも道徳的にも理にかなっているのではないか。
だが、妹紅は首を横に振った。
「そうしたいのは山々だけどね、私が何たるか……忘れていないかい?」
「あっ……」
妹紅のその言葉を聞いて勇美ははっとなってしまった。
そう──彼女、藤原妹紅は不老不死となった『蓬莱人』である事を失念してしまっていたのだ。
今はまだ人里の者に勘付かれてはいない。だが、何十年と歳を取らずに不変の存在である事を村人に悟られたら迫害されるのは目に見えているだろう。
だから、妹紅は必要以上に人里の者とは関わるのを避けているのである。
「ごめんなさい……」
勇美は自分のミスを認めて素直に謝った。
「何、失敗は誰にでもあるさ、気にする事はないよ」
「ありがとう妹紅さん……」
ありきたりな宥めの言葉ではあったが、妹紅のその気遣いが勇美は嬉しかった。妹紅が不老不死になって色々苦しんできただろう事を考えると尚の事であったのだ。
「それじゃあ、慧音に会いに行ってくれるかい?」
もう一度、妹紅は勇美達に確認をするのであった。
「はい!」
「私は約束を破るような事はしないわ」
それに対して、勇美と依姫は快く返した。
◇ ◇ ◇
そして、勇美にとっては永遠亭に引越して以来の、依姫にとっては初の人里へ出向く日がやってきたのである。
「勇美、準備は出来たかしら?」
依姫はそう勇美に呼び掛ける。
「はい、ちょっと待って下さい、今大事な所ですから!」
「……わかったわ」
何やらいつになく勇美の言葉から必死な様子を感じ取った依姫は、彼女にとって大事な事なのだろうと見守る事としたのであった。
そして、暫しの間待った。
「お待たせしました~」
時の停滞を破るべく、勇美は颯爽と依姫の前に現れたのだった。
「一体何にそんなに時間が掛かったの? ってグアッ……!」
思わず依姫ははしたない声を吐いて、思い切り仰け反った。
「どうですか~依姫さん♪」
「……」
勇美に問われても、依姫は一瞬声が出なかったが、何とか声を振り絞って言葉を紡いだ。
「まず結論から言うわ……却下!」
「ええ~……」
依姫の無慈悲な宣告を受けて、勇美は項垂れてしまった。
だが、依姫のその対応も無理ない事だろう。
何故なら、余りにも今の勇美は酷過ぎたのだから。
まず顔はおしろいを塗ったと見紛う真っ白な化粧が施されていた。一時期ガングロメイクが流行った時代に、まるでその波に逆らうかのように『美白』を追求した時の人を彷彿させる程であった。
そして目にはアイシャドーが過剰にあしらわれていたのだった。適度なものなら妖艶さや美麗さを引き立てる役割を果たすそれも、今の勇美程やってしまってはもはや『目で人を物理的に殺せる』ような状態であった。
極め付きは真っ赤な口紅である。勿論過剰に口に──ぶちまけられるといった表現が合う程であった。さながら妖怪人間ベラ、もしくは何故かこの部分を抜粋して紹介されたイラストが多く出回った『もののけ姫』のサンのとある状況と時さながらであったのだった。
そう、はっきり言って。
「化け物よ、貴方」
それが依姫の包み隠さない、ありのままの答えであった。
「そこまで言いますか……」
それに対して、しょげながら勇美は呻いた。
「そもそも何で化粧なんてしているのよ」
「え~、だってぇ……」
当然の疑問をぶつける依姫に対して、勇美はふてくされたようにのたまいながら言う。
「久しぶりに慧音さんに会いに行くんだから、これ位しないと礼儀がなってないじゃないですか」
「寧ろ無礼よそれは。それに……」
そこで依姫は一息置いて、そして続けた。
「それに、着飾らない貴方の方が素敵の筈よ」
「!」
それを聞いて、勇美は頭に電気が走るような心持ちとなった。
思えば慧音もそういう考えの人だったのだ、やはり慧音と依姫はどことなく人格面で似ているなと勇美は思った。
「そうですね、今の言葉で目が覚めました」
「でしょう、ならその化粧を今すぐ落としてきなさい」
「はい、でもこれはこれで私の自信作なんですけどねぇ~」
「そんな事に自信を持っては駄目ですって……」
依姫は呆れた。確かに自分に自信を持つ事は大切だが、あらぬ方向に自信を持って暴走するのは論外だと、彼女は思うのだった。
そして、勇美は洗面台に戻っていき、また暫し時が過ぎた。
「またまたお待たせしました~」
そして再び舞い戻って来た勇美。今度はいつも通りの爽やかな少年然とした姿であった。先程の悪魔は去ったのであった。
「やっぱり貴方は素のままが一番よ」
「そうですね。でも私だって女の子ですから、おめかしには興味ありますよ」
依姫に言われて、勇美は少しばかりの反論をしてみる。
「ええ、その気持ちは分かります。しかし、貴方はおめかしのセンスを勉強した方がいいですよ」
「はい、精進します」
未だに心の中では先程のメイクには自信がある勇美だったが、依姫からのアドバイスを素直に聞いて活かしていこうと思うのだった。
「では、人里に行きましょうか」
「はい」
◇ ◇ ◇
てゐの案内を頼りに迷いの竹林を抜け、そのまま道なりに進み人里にたどり着いた勇美と依姫であった。
「人里も久しぶりだなぁ~」
感慨に耽る勇美。幻想郷の外の出身の物には目を引くものとなる、日本古来の様相の建物が立ち並ぶ光景は永遠亭に引っ越す前と変わらない様子だ。
「幻想郷に来てから、勇美はここで過ごしたのよね」
「はい」
「いい所だと思うわ」
依姫はそう感想を述べた。
確かに住み慣れて技術も発達した月の都の方が彼女にとっては物理面で過ごし易い所ではある。
だが、住むのに苦痛にならない行き届いた管理が、人里から感じられたのだ。それは、勇美が決して嫌がらずに人里に再び顔を出すのに賛同した事からも伺えるだろう。
さすがは人里を管理する上白沢慧音という者の配慮が行き渡っている事の証明となりそうだ。
「では、慧音さんに会いに行きましょうか」
「ええ、そうね」
勇美の意見に、依姫も同意した。
◇ ◇ ◇
そして勇美は一際大きな屋敷の前に来ていた。
「ここが慧音という者の住処ですか」
依姫は感心していた。月の都にある、自分と姉が住む綿月邸には及ばないが、他の人里の家屋の造りから判断してとても立派な建物であると判断出来たのだ。
「はい、そうですよ。いいお屋敷でしょう」
勇美は、まるで自分の事のように自慢気に言ってみせる。その事からも、勇美がいかに慧音の事を慕っているかが伺えるなと依姫は思いを馳せた。
「ええ、いい所ね」
「じゃあ、行きましょうか」
勇美にそう言われて、依姫はこの流れに疑問符を浮かべてしまった。
──このような立派な建物に住む、重役に会うのがそんな容易な事なのかと。
以前レイセンが永琳の手紙を預かり綿月邸に向かった時は門番に差し止められて揉めていた時があったのだ。あの時自分と豊姫がいなければ事は捩れていたに違いないであろう。
つまり、勇美のような一般人が重役にそう易々と会う事が出来るのかという懸念が依姫には生まれていたのだった。
そんな依姫をよそに勇美は屋敷の前まで来ると声を掛けたのだった。
「すみませ~ん、慧音さんいますか?」
「うわあ……! 何やっているんですか勇美!」
「うわあ」等という身も蓋もないような叫び声をあげてしまったのを心の中でかすかに後悔しつつも、依姫は勇美の行動を咎めたのだ。
「何って? 慧音さんに会うために決まっているじゃないですか?」
「それは分かっているわ。私が言いたいのは、村の重役の人にそんな堂々とした態度で接していいのかって事よ!」
二人がそうやんややんやともめていた所で、屋敷の扉が開いたのだ。
「勇美ちゃんじゃない? お久しぶりね」
扉を開けてそう言葉を発したのは、茶髪のロングヘアーで和服を来た女性であった。
「お久しぶりです明菜さん」
「……」
そのやり取りを見ながら、依姫は呆気に取られていた。
──レイセンの時と違い、スムーズ過ぎる流れであったからだ。
そんな依姫の思惑をよそに、勇美は明菜と呼ばれた女性と話を進めていった。
「何の御用かしら、勇美ちゃん?」
「明菜さん、慧音さんに会いに来たんですが、いますか?」
そう勇美は明菜に尋ねた。その間に依姫が入り込んでくる。
「貴方、重役とそんな気軽に接する事が出来るなんてどういう事?」
「そう言われてもですね~、慧音さんとは接しやすい仲にいつの間にかなっていたんですよ」
「そう……」
勇美に言われ、もはや依姫はそれ以上の詮索をするのを放棄したようであった。
「ええ、いますよ。ただ……」
そこに再び明菜が話し始めた。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと今、お客さんが来ていらしてね。それで勇美ちゃんに会わせるのはどうかって思っているのよ」
「お客さんですか」
そう勇美は反復し、考える。慧音に客人が来ているのなら、それを邪魔してはいけないだろうと。
「分かりました。時間を空けてまた来ます」
「はい、それがいいと思うわ」
勇美の提案に、明菜も同意する。
「依姫さん、すみません。そういう訳ですから、しばらくしてからまたここに来ましょう」
「そういう事なら仕方ないわね」
そう返しながら依姫は考えを巡らせていた。寧ろ例えば自分にとって初めての人里を見て回るのに丁度いいのではなかろうかと。多少厚かましいかとは思いつつも勇美に案内役を務めてもらおうかという結論に達しようとしていた、その時。
「私に会いに来たのなら構わないぞ」
そう明菜の後ろから声がした。どこか中性的な声と喋りであった。
「慧音さん!」
その声に反応して勇美は感極まって言った。
そう。その声の主こそ今まで妹紅を始めとした者達から話題に上がっていた、上白沢慧音その人であった。
容姿は銀のロングヘアーに青と白の服であり、胸元は少し大胆に開いている。
しかし、断じて彼女が『見せたがり』などではない事が、彼女のキリッとした表情から伺えた。
そして胸元以上に目を引いたのが、どうやって頭に固定されているのか分からない、まるで弁当箱のような形状の帽子であった。
「勇美か、久しぶりだな。永遠亭でも元気でやっているか?」
そう慧音は再会を果たした勇美を労うように話しかけた。
「ええ、お陰様で」
勇美は笑顔で答えた。
その様子を見て慧音は安堵した。決して無理矢理言わされているのではないと心から伝わって来たからだ。
「それで、そなたが勇美の面倒を見てくれている者か」
続いて慧音は勇美の側に立っていた依姫に対して呼び掛けた。
「はい、そうですよ」
依姫は正直に答えた。嘘をつく必要はないし、第一この者の前ではそのようなものはナンセンスに感じられたからだ。
「かたじけないな」
それに対して、慧音はそう返した。
「勇美が世話になっているようで何よりだ、これからも頼む」
「……」
その慧音の言葉を聞きながら、依姫は想いを馳せていた。
──この者は出来る者であると。
『普通の場合』という表現は完全に適切ではないにしろ、今まで自分の元にいて大切にしていた者をかっさらう形になった相手には嫉妬や憎しみの念を抱くのが少なくはないだろう。
だがこの慧音という者はそんな素振りを見せずに、丁寧に依姫に初対面の挨拶を行ったのだ。その事は称賛に値するだろう。
「貴方の今の振る舞いから、貴方は素晴らしい方だと感じられましたよ」
依姫はそう慧音を褒めてみせた。
「そうか、そう言われるのは悪くない」
そして言われた慧音の方も、満更ではない様子を見せた。
「私は綿月依姫と言います。以後お見知りおきを」
「改めて名乗らせてもらおう、私は上白沢慧音だ。人里の守護者をやっている。こちらこそこれからもよろしく頼むぞ」
そう言って二人は互いに近付き合って、さりげなく、それでいて抜かりなく握手をしたのだった。
「うわあ~、素敵です慧音さんも依姫さんも。まるでマジンガーとゲッターの握手シーンみたいです!」
そこに二人の間に入った勇美は突拍子もない例えで二人の様子を喜んだ。
「何よ、そのダイナミックな例えは」
すかさず突っ込みを入れる依姫。
「ふふっ、そなたは勇美と息もピッタリではないか」
「いや、そんな所で褒められても嬉しくないですよ」
微笑みながら茶化すようにも振舞う慧音に対して、依姫は首を横に振る。
そんな風にペースを慧音に握られた依姫は、流れを自分に持っていくべく話題を変える。
「ところで、今客人が来ているのなら、勇美の言う通り時を改めた方がよろしいでしょうか?」
「いや、さっきそれを言いかけようとした所であったのだよ。その客人とそなた達を会わせてみたいと思っているのでな」
「私達をですか?」
思いがけない慧音の提案に首を傾げる勇美と依姫であった。
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