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牛方山姥

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第一章

        牛方山姥
 五兵衛は若狭から都まで牛の一太を連れて魚を運ぶ仕事をしている、その彼が若狭の港で漁師にこんなことを言われた。
「何、山姥がか」
「ああ、都に行くまでの道で出てな」
 そしてとだ、猟師は港で肴を売る時に五兵衛に話した。
「そうして魚をせびってくるらしい」
「魚を、馬鹿を言え」
 五兵衛は漁師の話を聞いてすぐに言った。
「わしはここの魚を買って都で売ってだ」
「そうして飯を食ってるな」
「魚は大切な商売道具だ」
「その魚を食われたらな」
「たまったものではないわ」
 こう言うのだった。
「まことにな」
「しかしな」
「それでもか」
「山姥は肴をせびってきてな」
「一匹一匹か」
「食ってな」
 そうしてというのだ。
「桶一杯の魚をだ」
「全部食ってしますか」
「人ならとても食えぬが」
 桶一杯の魚なぞというのだ。
「頭から骨まで尻尾までな」
「全部食ってしまうか」
「そうらしい、しかもな」 
 魚だけでなくとだ、漁師は五兵衛にさらに話した。
「牛までな」
「一太までか」
 五兵衛は桶を運ばせているその牛を見た、大切な仕事仲間でもあり大事にしている可愛い牛である。
「食ってしまうか」
「それもあっという間にらしいぞ」
「桶一杯の魚を食っただけで足りないのか」
「うむ、牛までな」
 大きなこの生きものでさえというのだ。
「食ってしまうらしい」
「どれだけ食うのだ」
「それもぺろりとな」
「やはり骨までか」
「跡形もなく残さぬまでな」 
 そこまでというのだ。
「食ってしまうらしい」
「まさに化けものだな」
「山姥は化けものだぞ」 
 そもそもだ、漁師は五兵衛に腕を組んで告げた。
「鬼や土蜘蛛と変わらない」
「それもそうだな」
「だからな」
「まさに鬼や土蜘蛛みたいにか」
「婆さんの姿をしていてもな」
 それは一見弱そうでもというのだ。
「そこまで食うぞ」
「とんでもないものだな、一太を食われたら」 
 魚だけでもたまったものではないがとだ、五兵衛は漁師に困った顔で話した。
「もうわしは完全にお手上げだ」
「仕事自体が出来ないな」
「家にはまだ牛がいるが」
「そっちはそっちでだな」
「畑仕事に使っているからな」
 家の者がそうしているのだ、牛は家には欠かせない存在であるのだ。
「だからだ」
「そのべこがいなくなると」
「わしはお手上げだぞ」
「そうだな、しかも牛も食ってな」
「まだ食うのか」
「今度は人までもな」
「何っ、人もか」
 五兵衛はこのことに最も驚いた、そうして仰天して漁師に聞き返した。 
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