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提督「……辞めたい」

作者:水源
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第一話 提督の決断

 
前書き
※注意
この作品は艦これ2次創作です。

作者は表現力が皆無です。

作者は艦これをプレイしたことがないです。

シリアス多めかもです。

たまにへんな文章が有ると思うので、誤字報告などで教えてくれれば幸いです。

それと、作者は高校生なので、部活で忙しく、あまり執筆に時間が取れません。なので、不定期更新という形を取らせていただきます。(出来るだけ早めに投稿します)

※ハーメルン様から転載しました。
 

 
「……辞めたい」

 不意に、そんな弱音を病室のベッドの上で吐き出してしまった。
 これまで色々なことを、見舞いに来てくれた一人の艦娘である大和と話し込んでいたが、俺は一通り会話が終わると、自然と口からそんな弱音を溢していたのだ。

 何かにすがるような思いだった。会話が終わった後に訪れた静寂が、元々疲弊しきって極限まで心細くなった心をさらに寂しくさせたのだろうか。

「……提督」

 俺の言葉に、大和が先程までの会話で淑やかに微笑んでいた表情を暗くさせる。

「……いや。ごめん。今のは、ちょっとした冗談って奴だ。……まだ二十二才という若輩者が、しかも提督というの立場にあるというのに、こんな弱音を吐くわけにはいかない。……だから、今の言葉は無かったことにしてくれ」

 やはり病室に居ると心細くなるのだろう。普段はこんな弱音は吐かなかった筈なのに、こうして無意識に吐いてしまった。気も滅入っている。

 普段の大和は俺のことを凄く思いやってくれる艦娘だ。だから、そんな俺のちっぽけな命令もいつも通り聞き入れ、俺が弱音を吐いたことを流してくれるだろう──そう思ったが、

「……無理です」
「──」

 今日の──いや、今の大和はそうではなかった。

「……提督は私達艦娘の為に、もの凄く頑張ってくれました。あれほど前任によって落ちぶれていた横須賀鎮守府は、提督の尽力によって今はすっかり以前の横須賀鎮守府に復興を遂げています」
「……そうらしいな」
「なのに、なのに……私や武蔵、陸奥さん、翔鶴さん以外の艦娘達は……提督に酷い扱いをしました」

 沸々と湧いてくる怒りを、その腹に抑え込んでいるかのような話し方で、静かに大和は語る。

「……誰も見向きもしませんでした。誰も提督の努力を認めませんでした……そして──」
「お、おい大和」







「──誰もが……提督の存在を否定しましたっ!」

 これまで怒りを遂に抑えきれなくなったのだろうか。普段、俺の前ではこれほど声を荒らげることはなかった、あの淑やかな大和撫子のような子が、初めてその感情を露にした。

「提督は無茶しすぎですっ! 今まで無視を始めとした酷い扱いをされているにも関わらずにっ……提督は何も言わずに甘んじて受け続けています! しかも今回のような人間の力の数倍はある艦娘達から暴力を振るわれても執務を続け、挙げ句には懲りずに交友を持とうと近付いて……また暴力を受けて!」
「……すまん」
「しかも……今回に至っては暴力の範疇を超えて階段から突き落とされたんですよ!? 頭を打って死んでも……こうして助かった今でも後遺症があってもおかしくなかったんですよッ……!?」
「……」
「……私は。そして武蔵や陸奥さんや翔鶴さんだって今回のことを知ったとき……どんなに、どんなに心配したかっ……」

 気付けば、そこで大和の瞳が潤んでいた。

「や、大和……本当に申し訳ない。あ、ああ……ここにティッシュが」
「私がこうして涙を流してるのは誰のせいなんですかっ……ティッシュなんて取らなくて良いんです! 今は私の話に集中してください!」
「……分かった」

 そこで、それまで張り上げていた自分を落ち着かせようと深呼吸をした大和。表情はこれまで見たことがない程に、悲痛そうで、悩みに悩んでいる。


「……先程、提督が私に本音を呟いてくれる前、正直迷っていました。鎮守府にこのまま残り私達と共に護国の鬼として戦って欲しいと言うか。それとも、鎮守府から出て、戦いということから距離を置いて、穏やかな違う余生を送って欲しいと言うのかを」
「……俺は、提督だ。だからこれからも戦k「ですがもうひとつの考えが浮かびました」……ぇ」
「──もう私は……あなたに無理をさせたくありませんっ」
「大和……」
「思えば、着任から今までで、初めて提督の本音を聞けることが出来ました。……普段から私達が心配して声をかけても、苦笑するだけで、詳しくは話してくれなかったのですから」

 そこで依然として眦に溜めていた涙を初めて流しながら、大和は淋しく微笑する。

「初めて……この私に溢してくれた本音が……なんでこのようなものなのでしょうか。なんでこんなにも、互いを心苦しくさせるものになってしまったのでしょうか……?」
「……それは、」

 大和は、動揺して言い淀んだ提督の反応を一瞥した後、その涙をハンカチで拭い、普段のような確りとした雰囲気になった。

「……提督。もう良いのです。提督は何も悪くないのです。提督は、あの娘達が過去から脱け出せるように尽力しました。そして、その結果が今の状態なのです。全てはあの娘達をあのようにしてしまった前任のせいもありますが、多くはそれらの暗い過去にすがり付いて脱け出せない、弱いままのあの娘達のせいです──自分達の自己満足が為に、目に余る行為を犯してきた、そんな娘達だったのですよ。軍人として。誇りある日本海軍の軍艦としての風上にも置けません……ですから私は、そんなあの娘達の解体処分を希望します」
「っ……や、大和。自分が今何を言っているのか理解できてるのか?」
「はい。味方を……戦友を、死刑に処して下さい。……今回を含めて今までのようなあの娘達の行いは、上官に対する暴力や命令違反という、立派な軍規違反であると同時に、法律上裁かれるべき犯罪行為にもなります。それに……もしも他の方が今の提督のような立場になったとしたら、精神的な疾患に必ずと言っていいほど陥り、即刻自殺もしてしまうことでしょう。今の提督はそれほど酷い扱いを受けているのです……前任の後に着任したのがあなたでなくもしも違う誰かだったのならば、その他の方が今のような状況になり、犠牲になっていたことも容易に想像が出来ます。……私でも毎日あのように扱われれば気が狂いそうになると思います。正直提督がいつか自殺してしまうのではないかと気が気でありませんでした」

「……いや、それは結果論で他の奴でも自殺はしn「提督ッ!!」──っ」

「……提督。どうか自覚してください。これまでの提督は他から見れば、どれほどの酷い扱いを受けていたという事実を……そして、提督の自己犠牲を見て心が張り裂けそうになるほど心配している人がいるということをっ……」
「……」
「もっと御自愛下さい。提督は少々自己評価が低すぎます。世間から見てもあなたはとても素晴らしい提督です。そして尊重に値する人間でもあるのです。確かに指揮した多くの艦娘があなたの力を認めませんでした。しかし、少なくとも私──大和。武蔵、陸奥さんや翔鶴さんはあなたのことを誰よりも認めています」
「そう、か」
「そうです」

「……」
「提督は軍を辞めますか?」
「──いや、まだ続けたいと思っている」
「ではもう一度やり直しましょう。現在の横須賀鎮守府の多くの艦娘を解体処分で一新して、新生横須賀鎮守府に生まれ変わらせましょう」

 強い意志を持った瞳で告げてくる大和の言葉に心が揺れた。

 「……」




 確かに。大和の言う通りかもしれない。今のままでは、今回の階段から突き落とされた以上のことをされ、どんどんとエスカレートしていくと思う。挙げ句には俺の命も……


 なれば、現在横須賀鎮守府に所属していて、俺へ反抗的な態度を取る多くの艦娘達を解体処分して、新しい艦娘を建造で増やし、艦隊を一新すれば良いのではないか。
 今まで俺にして来たような目に余る態度をする艦娘が他の鎮守府に異動させたとしても上手くやっていけるわけがない。
 実際、今横須賀鎮守府に所属している艦娘の多くが一緒に前任の悪虐非道な振る舞いを耐え抜いたことで生まれた仲間意識による強い絆で結ばれている。その為絶対に離れたがらないので、他の鎮守府での戦闘で連携がとれずに力を発揮できないとも予想がつく。

 だからこそ解体処分して、新規に着任した艦娘を最初から育成すれば良いのではないだろうか。

 
 大和からの提案に、今まで散々揺れ動いてきた心が融解し始める。

──何をしたって又、裏切られるだけだ

(……そんなことはない。いつか、きっと)


──もう疲れただろ? あいつらがお前に死んでほしいと思ってるように、きっとお前も心の底ではあいつらに死んでほしいと思い始めてるはずだ

(違っ……)

──なんでそこまであいつらに拘るんだ。あんな奴等、唯のバケモノだ。お前も散々身を以て体験したじゃねえか。そうだろう?

(……うるさい)

──お前がいくら手を差し伸べたって変わろうともせずに悲劇のヒロインぶってるクソアマ達を救う義理なんてあんのか?

(……黙れ)

──お前がこれまで頑張ってきても、結局何も過去から進展してねぇ。大和が言った通り、あいつらは弱いんだ。そんな奴等に、重要拠点である横須賀鎮守府を守らせるのか?

(……)

──もう諦めろ。横須賀鎮守府はここ一年間、ほぼお前だけの力で立て直してきたんだ。対して勝手に出撃して、勝手に遠征して、資材も勝手に減らし、報告書さえ出さずにお前と妖精さん達が苦労して直した入渠場で暢気に傷と汗を流してるような奴等だぞ?

(…………)







──あいつらを解体しろ。そうすればお前の功績も認められるようになって、昇進すr

(──黙れッ!)





 これまで艦娘にされてきたことが一瞬のうちに、走馬灯のように流れた。
 溜め込んできた怒りや哀しみ、妬み等で蝕んでいた心の闇がここに来て大きくなっている。

 
(俺は……あいつらを)






「……大和の言いたいことは分かった」
「……提督!」

 やっと分かってくれた。そのような嬉々とした表情を浮かべたが、次の俺の言葉で、大和は又その顔を涼しくする。

 「──だがダメだ。解体処分は受け入れられない」

 そう。確かに解体をすれば、今の状態は解決するのかもしれない。

 しかし、それが根本的な解決になるのかと言われれば違う。俺を無視し、俺へ暴力をしてきた彼女達の目はいつも、深い闇に濁っていた。死んでいるのだ。この世界に絶望し、何もかも捨てようとしている。しかも、前任という勝手なやつに良いようにされ、心も体も汚されたからというとても可哀想な理由で。

 俺はそんな彼女達を。過去に絶望し、今を葛藤する狭間を行ったり来たりしている彼女達を見捨てることは出来ない。

 正直、解体したら清々はするだろう。だがそれ止まりで、俺の勝手なエゴを解体という行動で示しているだけなのだ。

 そんな行動をしてみろ。必ず未来の俺は、後悔するに決まっている。そもそも、彼女達がこうなってしまったのは大袈裟に言えば俺達人間側のせいだ。勝手に呼び出して、自分達のために戦わせて、挙げ句には非人道的な扱いをして、前任は居なくなりやっと自由を得たと思えば、後任である俺が着任し、又命令される。

 そして、一年間という彼女達にとって見れば短い間、反抗的な態度を取っていただけなのに、命令違反その他諸々で解体される。



 ……そんなこと、幾らなんでも酷すぎではないだろうか。これまで、なんやかんや俺へ反抗していたが、横須賀の近海を守り続けていたのは彼女達なのだ。それに比べ、俺達人間はどうだろうか。いや、俺はどうだったんだろうか。出来る限りの事はしてきたつもりだ。しかし、彼女達の深く刻まれた傷を取り除けないでいる。

 こう言い出したらキリがない。だからこそ、俺は彼女達を解体出来ない。いや、したくない。

 例えその心の殆どが艦娘への憎悪に蝕んでしまっていても、俺の一番大事な心の根っこは生き続けている。それは人としての道義だ。感謝の心だ。そしてそんな感情たちも、彼女達にもあるはずなのだ。

「……何故ですか」

 表情は驚きに染まっていた。それはそうだろう。ここまで怪我をしておいて、身の危険を感じない人間が居るわけがない。やられる前にやる。それを戦いの中で散々実行してきた大和が、ここで対処をしない俺を、今どんな目で見ているのだろう。無能な提督だと。いや大和は優しいので、理由次第で怒ってくれるのかもしれない。

「俺は横須賀鎮守府に着任する前に元帥から、ある命令を仰せつかっていた」
「それは、一体?」
「横須賀鎮守府を救ってやってくれ。とな」
「……しかし!」
「ああ! わかってる……そうした結果がこの有り様だ」
「ではどうして「俺がバカだからだ」……え?」
「あいつらは、心にそれはそれは深い傷を負っている。前任の独裁的な統制によって身も心も汚された」
「はい」
「勿論、お前だってそうだ」
「……はい」
「あいつらは来る日も来る日も俺なんかがされているような生温いものなんか目じゃないほどのことをされ続けた。俺は……ここ一年間ずっと耐え忍んで来て、あいつらの痛みを充分に理解できたんだ。いや、そう簡単に理解できたなんて言ってはいけない。それほどのことをあいつらは俺と同じように耐え忍んできたから、今日まで俺も耐え忍んだんだと思う」
「……」
「憎悪の対象が目の前に無抵抗で突然現れたとしたら、やり場のない怒りを俺もあいつらと同じようにしてぶつけていたと思う。……大和」
「……はい」
「……俺が憎いか?」
「提督」
「なんだ?」
「金輪際そのようなことを言葉にしないで下さい。流石に私も……怒ります」

 やはり大和は優しく、そして強い女性だと再確認した。

「……そうか。ごめん。でもこれだけは分かってほしい。大和」
「……はい」
「誰もがお前のように心を切り替えられるわけじゃないんだ。……お前のように強くなんかない」
「わ、私は弱いですよ……提督があの時来なければ、私の精神は今のように立ち直ってません」
「そうだ。俺もこれまで耐え忍んでこれたのはお前が居たお陰なんだ。お前が俺を精神的な支柱とするように、俺もお前を精神的な支柱とした。だからお前はここまで立ち直り、俺もここまで頑張ってこれた。だがあいつらの場合は違う。俺たちのように精神的な支柱が姉妹に居たとしても、その精神的な支柱が今にも崩れそうになってるんだ。──つまり、あいつらには希望を持てる存在が近くに居ない、生きる意味も見出だせてないでいるんだ」
「──!」
「さっきお前が話した、暗い過去から脱け出せない弱いあいつらが悪いという話だが、確かにお前の言う通りだとは思う。だが、一番の原因はあいつらの周辺に希望をもてるきっかけがないことだと、俺は思う」
「……」
「だから俺は……あいつらを解体処分したくない。生きる希望を持たせてやりたいんだ。救いたいんだ。大和、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だ。これからも俺は横須賀鎮守府の為に尽力したいと思っている。これは元帥からの命令であり、一年間を通しても変わらない、彼女達とぶつかり合って益々叶えたいと思った俺の夢でもある」
「提督の、夢」
「そうだ。俺の夢だ。だからこれからもよろしく頼む。こんな懲りないバカ野郎だがな」
「……そんなバカ野郎だなんて」
「それに、もう心を鬼にして仲間を解体処分して下さいなんて言うな。お前が傷付くだけだろうが」
「っ! ……もしかして、気付いてたん……ですか?」
「バカ。一年間も一緒に居るんだ。お前が心優しい性格してるのは重々理解してる」
「…………てい、とくっ……」

 俺の言葉に明らかに身を跳ねさせて反応し、それまで本心ではまだ生きていてほしいという思いが、図星を突かれたことで一気に防波堤が融解したのだろう。
「ほら。泣くなよ実際俺の方が今骨折して泣きたいっていうのに」

 「ですが…………です、が……っ」

 大和は本当に心を鬼にしていたんだろう。本当はまだ信じていたいあいつらのことを思い、葛藤しながら、俺へ解体をしようと進言してきた。本当に心優しい。素晴らしい艦娘だ。

 「……はは。たまに子供っぽくなるよな」

 だが泣いている姿は一番似合わない艦娘でもある。いつもの通りに、淑やかに微笑を浮かべて欲しい。

 顔を俯かせて、肩を震わせ泣いている彼女の頭に、思わず手を置いた。
 
「! 提督だっていつでも子供っぽいじゃないですか!」
「撫でられながら言われても説得力がないぞ」
「……な、なっ! 離してください」
「おっと」
「ぁ」
「ん? どうした」
「っ……なんでもありません」
「そうか。……まあ、とはいっても現状が危険なままなのは変わりないな」
「そうですね。ですからこれからは交代制で提督の護衛に付くことにしました」

 涙をハンカチで拭いながらも、そう告げてきた大和に思わず聞き返す。

「え? いつ決まったんだ?」
「もしも提督が解体処分もせずに又鎮守府に戻ってくるケースも考えて、事前に私と武蔵、陸奥さん、翔鶴さんで取り決めたことです。……ですがもしものケースではなく本当に適用することになりそうですね」
「そうなのか……俺としても、今まではお前らも側に付かせようとはしなかったが今回のことを考えると付けざるを得ない状況だと思うが、……迷惑じゃないか?」
「ですから提督は自己評価が低過ぎます! これは個人的な理由を外したとしても提督をお守りするという艦娘としては当たり前の対応ですからね? 私達に迷惑だとか迷惑じゃないとかそういう次元の話では無いんですよ!?」
「……そうか。すまん」

「それで提督。これからも今までのようにあの娘達と接していくんですか?」
「……いや。流石にもう無理だと思ってる。不必要に親しみを持って接していくことはもうしない。実際、生きる希望は自分で見つけるものだし、無理に俺がお前みたくあいつらの精神的な支柱にならなくても良いと思う。突き落とされる少し前の鎮守府は俺が居ないところでは、頼み込んで支給した娯楽品を楽しんで居たようだったし、料理も美味そうに食べていたようだ。だから皆の心で徐々に鎮守府に帰ってくる理由も出来ていると思っている」
「ではどうするおつもりで?」
「それはもう決まってるだろう──」














「基本不干渉。要は仕事以外の会話はしない。流石に俺も、あいつらには愛想が尽きかけている。あいつらに何か生きる希望を持たせて真っ当な人生を送らせるという夢は達成するが、もう友好関係を結ぶのは諦める」







◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 横須賀鎮守府




「ハア……なんでワタシが執務室に行かないとならないノヨ」

 執務室へと続く廊下を、一人の艦娘が幾分か不貞腐れながら歩いていた。

 (高級な紅茶カップなんて本当にあるでしょうカネ?)
 
 妹たちとのじゃんけんに負けて、霧島が目撃したという高級なカップを探しに、金剛は執務室に来たのだ。
 早速目の前にたどり着き、勿論ノックもせずに扉を開けた。

 「……そういえば確か、誰かに階段で突き落とされて入院中デシタネ」

 (まあ、ワタシ的にはどうでも良いことネ。さっさと妹達と更にゴージャスなティーパーティーするために見つけないとデスネ)

 好都合だ。金剛はそう思ったのと同時に、執務室を物色し始める。

 「棚には何も置いてナイ……」

 (だとしたら机かもしれないネ)

 「この大きな引き出しに……あ、あったネ。──?」

 目的の物を提督の机の棚から見つけ、持ち上げた時、棚に何か違和感を感じた。ガコッ、という音と触れてみればその板の先に不自然な空間があるのに気が付いたのだ。

 「ここ、なんかおかしいデスネ」

 棚の底の怪しい板を取り外してみると、そこには



 「……ダイアリー?」

 (日記……よネ?)

 『日誌』と達筆で書かれたタイトルのノートが置いてあった。

 「……」

 (……もしかしたらシークレットシートかもしれないネ)

 日誌と書かれているものの、極秘書類を隠すためのカモフラージュかもしれない。でなければ、態々隠し棚という隠し方はしないと金剛は思ったのだ。

 そこで、恐る恐る、金剛は頁を捲った。





 「──」

 その時、瞠目する。










○月△日 天気は曇り

 今日は曇りで、近くの泊地から嵐の恐れありという連絡を受けたので、大事を取って休みにした。朝礼では相変わらず嫌われているようだ。着任してから二ヶ月経つが未だに俺と艦娘達との関係の間に深い溝がある。どうにかしなければならない問題だが、皆はそれほどのことを前任されたのだろう。ここは俺が耐えなければならない時だ。

 皆に今日の活動は休みだということを知らせると、皿やコップなどが投げつけられた。どうやら皆は働きすぎると手当てを支払わなければならないので、態と手当てを減らすために短い間隔で休日を強要していると思っているらしい。

 短い間隔で休日を設けてるのは皆の体の疲弊を癒してもらうためと英気を養ってもらうためという意図があるのだが、皆は必要ないのだろうか。特に潜水艦達の疲弊は相当だと思うのだが。

 それは置いておこう。
 投げられた皿等が頭に当たり、少したんこぶが出来て朝礼は終了した。執務室で大和に心配されたが、これからこのようなことがエスカレートすると思うので今のうちにある程度の耐性は付けておかないと体が持たない。と返したら微妙な顔をされた。いつも心配をかけてすまない大和。

 そういえば金剛姉妹は紅茶好きとか大和に話されたことがあった。それもお茶会を開いて和気藹々としているのだそうだ。艦娘達との関係を進ませる為にも、これを利用する……というのは言い方が悪いが、良好な上下関係を成立させる為にも、この話を聞き流すことは出来ない。そう考えて、俺は先ず早々に執務を終わらせて金剛姉妹と仲良くなるために紅茶カップを買いに出掛けた。
 が、しかし。高級な紅茶カップを買ったら財布が随分と寂しくなってしまった。そういえば艦娘達の給料に俺の給料の三割くらい当ててた気がする。所得税もなんやかんやあるので、これは結構痛手だったが、金剛姉妹と仲良くなれるのなら問題ない出費だと思う。











 ──これは……

 「……なんデスカこれは。こんなのまるで……ウソっ」

 (しかもこの紅茶カップ……それに)

 「ウソデス! こんなの、絶対にアイツじゃない! ……違う! ワタシは……っ」

 

 






 ○月×日 天気は雨


 天気は雨。土砂降りだ。朝礼ではまた休日と伝え、やはりいろんなものを投げつけられた反応だったが、心のなかではやっぱり昨日休日にして遠征しなくてよかったと思った。

 彼女達が沈むことはあってはならない。彼女達には前任によって潰されてきた喜怒哀楽が出来る人生を歩んでもらはなければならない。仲間達と清々しい朝を迎え、仲間達と一緒に美味い飯を食って下らない話をして、共に目標を達成して、時に喜び、ぶつかり合い、哀しみ、そして生きていて楽しいと思ってほしい。だからそれまで、俺は絶対に誰も轟沈させやしない。

 終戦まで、絶対誰も死なせない





 ──嘘に


 「……ウソデス。ぜったいありえないデスっ。アイツがこんなこと書くわけが……っ」

 
 頁を捲る度に、目に入ってくる、提督が記した当時の心境と活動記録。

 口では思わず否定してしまうが、心の奥底でどんどんと蘇ってくる記憶と共に、当時の落ちぶれていた鎮守府が改善されていった事と辻褄が合っていく。





○月△×日 天気は晴れ

 

 早速、金剛姉妹の噂のお茶会を覗いてみた。扉の隙間から覗いて見ると本当に和気藹々としていた。

 そして同時に羨ましいと思った。俺には兄弟が居ない。小さい頃からこういう家族ながらの温かな雰囲気を感じられるのは父や母、お祖父さん、お祖母さんと一緒に居るときぐらいなものだった。しかし、その全員が深海の奴等の襲撃によって亡くなり、今や天涯孤独の身だ。
 だから、この雰囲気が羨ましかった。本当に輝いて見えた。

 あの後は結局覗いていたのが見つかり、主に金剛と比叡から殴られたり蹴られたりした。まあ覗いてたのが悪かったし、別にここで愚痴を書くつもりもないが、毎日こういう理由もなくサンドバッグにされるのは理不尽でならないと俺は思う。

 それでも俺は例え上官への暴力という軍規違反を犯しているあいつらを本部には報告しない。あいつらは真っ当な人生を歩むべきだ。

 そういえばもうすぐで監察官が来るんだった。明日の朝礼では厳しく監察官のいる間は暴力をしないように言っておこう。でないとやらかしかねないからな。

 いつか俺もあのお茶会に参加したいな。でも今のままでは叶わない夢。

 願わくば、艦娘と良好な関係を結べるように。ここで神に静かに願っておこう。 




 ──ワ、タシは……


「……っ」


(──!)



 最後の文章を読んだ瞬間、気付いたら金剛はその提督の日誌を両手で大事に抱え、執務室を飛び出していった。

 
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