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黒魔術師松本沙耶香 糸師篇

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第十九章

「そうね」
「はい、可愛い娘だったので」
「手に入れてどうするつもりなのかしら」
「愛でるつもりです、永遠に」
「他の娘達と同じく」
「いや、日本は素晴らしい」
 声はまるで最初から日本にいない様に語った。
「美少女が実に多いので」
「だからですか」
「はい、ですから」
 それでというのだ。
「この国に来て満足しています、生まれ育ったプラハもいい街ですが」
「美人が多く街並も実にね」
「まことに。ですがこの東京はそのプラハとは違う繁栄と退廃、神聖と背徳の相反する顔を無数に持ち」
「聖都と魔都の二つの顔があるわね」
「この様な妖しい美しさを持っている街はなく」
「可愛い娘もなのね」
「多いです、そしてその中から私の眼鏡に適った娘達を」
 声は紗耶香に実に楽し気に語りかけ続ける、まだ自分の方を振り向かない彼女に対して。
「私のものとし心を閉じ込め愛しい傀儡にして」
「愛でているのかしら」
「見て、そして時折私の力で動かし楽しんでいます」
「あの娘達は殺しても傷付けもしてないのね」
「その様なことはしません、宝石は見て楽しむものですね」 
 男は狂気はある、だがそれでいて彼なりの美学を感じさせる言葉を出してきた。
「そうですね」
「可愛い娘は宝石ね」
「はい、ですが貴女は」
「ええ、宝石は愛でるものよ」
 紗耶香は男に微笑んで答えた、だがその微笑みは見せていない。
「私自身がね」
「あの娘と同じよ」
「そうよ。心も身体もね」
「それが貴女ですか」
「私の楽しみ方よ、けれど安心したわ」
 紗耶香は前を進み続けている、その間声は紗耶香との距離は拡げていないが縮めてもいない。そのうえでのやり取りだった。
「貴女は捕まえた娘達の命を奪っておらず傷付けてもいない。そうだろうと思っていたけれど」
「その考えが当たって」
「嬉しく思っているわ、そして魂は」
「私の手の中に。私が命を失えば」
「その時になのね」
「愛しき娘達の心はその身体に戻ります」
「そのこともわかったわ、ではね」
 ここでだった、紗耶香は。
 足を止めた、そして振り向いて声の主に告げた。
「はじめましょう」
「それでは」
 声も応えた、そうしてその姿を現した。
 それは白いブラウスに赤と緑のストライブのズボン、えんじ色の直帰に黒い靴を履いた中年男だった、口髭はチャップリンを思わせ黒髪はストレートで伸ばし肩まである。顔は彫があり黒い目には得体の知れぬ光がある。
 その彼がだ、両手を何かを上から操る様に動かしつつ紗耶香に言ってきた。
「モナコから来ました」
「モナコで何をしていたのかしら」
「マリオネットの見世物を」
「表向きはなのね」
「よくおわかりですね」
「わかるわ、魔人は隠れ蓑に何でもない場所にいるものよ」
 それでというのだ。
「だからね」
「それで、ですか」
「わかるわ、マリオネットの見世物は欧州では多いわ」
「はい、街での光景の一部です」
「そう、光景になるまで溶け込んでいればね」
 それこそというのだ。 
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