レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission1 カッサンドラ
(3) 特別列車スカリボルグ号~線路~???駅前ターミナル
前書き
お人好しなとこは兄弟そっくりね
ユティは骸殻を解く。必要以上に使いたくない。父がいない今、骸殻使用の負荷はユティ自身が受けなければならないのだ。
「とりあえずこの列車降りない? このままだと自爆テロで心中になっちゃう」
ユティはショートスピアを分解して三脚ケースに納めると、後方車両に向けて歩き出した。もうそろそろかなり後ろの車両まで来ているはずだから――
ドアを開ける。あった。連結器。
「何してるんだ」
「連結部分を切り離すの。そしたら自然に止まるから安全に降りられるってよくドラマでやってた」
とは言うものの外し方が分からない。無表情で困っていると、ユリウスが双剣を抜いた。
「下がってろ」
ユリウスが高速で双剣を揮った。斬と突の合わせ技。一瞬間後には、軽やかな音を立てて連結器が壊れていた。
「すごーい。写真撮ればよかった」
「地味に喜んでないで早くこっちに移れ」
ユリウスが差し出す手に掴まってユティも後続車両に飛び移る。
前の車両とどんどん距離が空いていく。ユティはカメラを構え、死のレールをひた走る車両に向けてシャッターを切った。
「何でもかんでも撮って。本当にどうするつもりなんだ」
ユティはカメラを抱いた。
「これはね、タイムマシンなの」
「タイムマシン?」
「そう。とーさまがいつかとーさまになった日に開いて、こんなことあったな、って笑ってもらうためのアルバム。楽しいこともちゃんとあったよってメッセージ」
ユリウスを見上げる。――本人に届けられるまでまだ道のりは遠い。
慣性で走る車両が停まるのを待つ間に、ユティは本題を切り出した。
「ユリウス・ウィル・クルスニク。ワタシと手を組んでくれませんか?」
訝るユリウスを笑い、ユティは客室に入る。客室にはアルクノアに殺された乗客の死体がゴロゴロ転がっている。その中でユティは血で汚れていない座席に座り、ユリウスを手招きした。
ユリウスは間を置いたが、歩いてきてユティの正面に座った。
「見ての通り、ワタシも骸殻能力者。でもワタシは自分が非力だってよーく知ってる。きっとカナンの地に至るまでもなく脱落しちゃう。だからね、クラウンと謳われるエージェント・ユリウスの助けがほしいの」
「それは個人的なお願い事か? それともクランスピア社エージェントへの依頼か?」
「どっちでもいいよ。助けてくれるなら。――交換利益として、ワタシはアナタの弟くんを助ける。そばにいられないアナタに弟くんの状況を報告する。何なら写真付きで」
「答える前に一つ聞く。ユティといったか。君はカナンの地に行く意思があるのか?」
「ない」
ユティは迷いなく即答した。
もちろんユティにはやりたいことがたくさんある。新しいフィルムが欲しいだとか、人工でない食材の料理を食べたいとか、海を見たいとか。物欲もりもりだ。だが、そんな願い事をカナンの地で叶えては大精霊オリジンも泣くに泣けまい。
「なら、何故この審判に参加するんだ?」
「目的はあるけど、それはカナンの地に入るんじゃない。強いて言うなら、カナンの地を目指す上で避けて通れないモノ。それに出会うのがワタシの目的――ユースティアの生まれた理由」
ユリウスは口元を隠して長考に入った。信用に値するか、受諾したとしてメリットはあるか、時折ユティを窺いながら計算しているのが手に取るように分かる。
「――いいだろう。その契約、受けた」
よし――ユティは内心で大きく安堵した。ここで全盛期のユリウスに敵対されれば、ユティの目的達成はひどく困難なものになっていただろう。
契約受諾の返事を最後に、ユリウスはユティと口を利かなかった。列車のスピードが緩やかになり、自然停車するまでにやっておきたいことがある。
GHSを取り出してキーを高速で叩く。分史世界観測装置「クドラクの爪」から、分史世界の座標分析データをハッキングするのだ。
開発者こそ別だが、装置は分史対策室の所管だった。室長のユリウスが侵入するのは容易い。これでしばらくはクランスピア側の道標探索を遅らせられる。操作ログにユリウスの痕跡が残るが、その程度なら構うまい。
作業を終えてふと前を見ると、こちらを見ていたユティと目が合った。
「……まさかずっと見ていたのか?」
「見てた」
「楽しかったか?」
「退屈だった」
「なら見なければよかったのに」
「見ていたかったの」
声のトーンが変わった。
「すぐそばで見ていたいって思ったの」
今までのズレた返しとは異なる、真摯な言葉。赤ん坊のような蒼いまなざしがユリウスを射抜く。
「……そういう台詞は惚れた相手にでも言いなさい」
「言っちゃいけなかった?」
「俺個人としては、な」
――列車から二人が降りて、線路の上を最寄り駅目指して歩く間、会話はなかった。
ただし、ユティは夜景や線路の写真を撮りまくっていた。撮影のたびに止まるユティを待って、かなりのタイムロスを強いられた。
小さな駅に着いてから、駅員の巡視を潜って改札を超える。駅前のこれまた小さなターミナルに出てから、ようよう彼らは口を開いた。
「ユリウスはこれからどうするの?」
「しばらくは身を潜める。それから探し物だ」
「ワーカホリック」
金茶のゆるふわヘアーをわしゃわしゃとかき混ぜてやった。きゃー、と下から悲鳴が聞こえたが無視だ。
「そういう君は。宛てはあるのか」
「ルドガーたちの様子見に行く。ルドガーにはこのあとまだ面倒事が待ってるから。契約通りお助けします」
面倒事――それはビズリーの前でルドガーが骸殻に変身したゆえに降りかかる艱難辛苦。
返す返すも悔やまれる。もっと強く拒絶して、あの場から去らせていれば。ビズリーの挑発に乗って懐中時計を出さなければ――
ずくん。
思考を遮ったのは左腕の痛みだった。
ユリウスは右手で左腕を押さえる。時歪の因子化が進んだ体は時折こうして痛む。
前のめりになった体を支える手があった。
「――んなさ――さま――」
項垂れるユティの表情は窺えない。ユリウスは胸板に当てられたユティの手を自ら外した。
「もういい。大丈夫だ」
口に出して自身に言い聞かせる。まだ大丈夫、時間はある。ルドガーがこちら側を知る前に終わらせる。
「もう行きなさい。――あいつを、頼む」
ユティは項垂れたまま、それでも肯いた。
ユリウスは踵を返して歩き出した。すると、数歩行ったところで、背後からシャッター音が聞こえた。
顧みる。案の定、ユティがカメラを構え――憫笑していた。
「いってらっしゃい」
毎日当たり前にルドガーから聞いていた挨拶。しばらく聞けなくなる。
挨拶だけではない。あいつの手料理やあいつのいる家。どれもこれからは遠すぎる。余人にはどうでもいいことでも、ユリウスには生命線を切断されたに等しかった。
それでも自分がやらねば、誰がルドガーを守ってやれるという自負がある。
ユリウスは背筋を正し、再びユティに背を向けて歩き出した。
「がんばってね――とーさま」
呟きは夜風に溶けて消えた。
後書き
ようやく第一話が終わりました。つ、疲れた…orz
思った以上にユリウスと絡んでくれたオリ主ちゃん。助かりました。ユリウスとの関係は今作の軸なんで。
というか。
今回ネタばらし回です。オリ主はユリウスの未来の娘でしたー(どんどんぱふぱふー)
ルドガーの娘がありならユリウスの娘もありだろ! と変な方向に滾った結果がこれです。ご覧のザマだよ!
よってルドガーは叔父、エルは従姉妹に当たります。その辺も書けるといいなあー(遠い目)
【カッサンドラ】
トロイアの王女。太陽神アポロンから予言の術を授かるも、アポロンを拒んだせいで「お前の予言は誰も信じない」という呪いをかけられた。
トロイアの滅亡を予言するが、呪いのせいで誰にも信じてもらえなかった。
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