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緋弾のアリア 〜Side Shuya〜

作者:希望光
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第2章(原作2巻) 堕ちし刃(デュエル・バウト)
  第18弾 新たなるスタート(ネクストステージ) その名は『晞(ホープフル)』

 
前書き
お待たせしました。
第18話です。 

 
 聞き覚えのある機械音で目が醒める。若干ぼやけ気味の視界に映ったのは———天井? 
 漠然と天井と思しきところを見つめていた俺の視界へ、俺の顔を覗き込むような体勢の人影が映り込んだ。

「先輩、気がつきましたか?」

 聞き覚えのあるこの声は———

「……璃野?」

 徐々に俺の視点が定まり、その人物が璃野であることを認識した。

「良かった、意識ははっきりしてるみたいですね」

 そういうと璃野は部屋を出て行った。璃野を見送った俺は、上体を起こそうとした。

「……ッ」

 その際、上半身と両腕に激しい痛みが走った。
 俺はその痛みを堪えながら上体を起こした。
 そして、窓の外へと視線を向けた。

 そこには———お台場の景色が広がっていた。
 それを見てここが武偵病院である事を理解した。
 暫くボーッと窓の外を眺めていると、不意に部屋の扉が開いた。
 そこには、マキ、凛音、歳那が立っていた。

「———大丈夫、なの?」

 扉付近で佇んだままのマキが、そっと口を開いた。

「まあ、ね。あちこち痛むけど……」
「そっか……」

 そう俺に尋ねたマキは不安そうな顔をしていたが、でもと言って話を続けた。

「気がついて良かった……ッ……シュウ君が……もしいなくなっちゃったら……わたし……ッ」

 そこまで言ったマキは泣き始めてしまい、言葉が続かなかった。

「マキ……」
「マキさん……」

 凛音と歳那がマキの側へと行き、マキを慰めていた。

「2人とも……ありがとう」

 それにより落ち着いたらしいマキは、涙を拭うと凛音と歳那の方を向いた。

「ごめん、私、シュウ君と2人っきりで話したいことがあるから1回この部屋を出てもらっても良い?」
「わかったわ。歳那も構わないよね?」
「はい」

 ……俺と2人っきりで話? どんな話だ? 
 そんなことを考えている俺を他所に、凛音と歳那は病室を出た。

「……話って?」
「……うん、あの時言ってたパートナーの件」

 俺の言葉にマキはそっと答えてくれた。

「……本当に私なんかで良いの?」
「当たり前だろ。寧ろお前程俺と連携できる奴は居ない。それに———俺はお前にパートナーになって欲しいんだ。もしかして嫌だったか?」

 俺の言葉にマキはフリフリと首を横に振った。

「嫌じゃないよ。私もシュウ君が良い。私のパートナーは、シュウ君じゃなきゃ……嫌だ」

 そう言ってマキは、そっとベットの上に顔を埋めた。
 俺は、マキのライトブラウンの髪越しに頭をそっと撫でた。
 俺が触れた瞬間、ビクッとなったマキだが、それ以降は何事もなく、なされるがままといった感じで俺に頭を撫でられていた。

 そのマキの表情は、凄く気持ちが良いと言った感じである。
 俺はそっと手をマキから離した。
 これ以上続けると自分の理性がおかしくなる可能性があったからだ。
 ……今更だけど、サラッとやばいことしたよね。うん。

「ごめん……なんか勢いで……」

 俺の言葉にマキはフリフリと首を横に振った。
 その顔は、目元は伏せていてどういう表情なのかは分からないが、耳まで真っ赤になるほど赤面している。

「あ、えと、『/(スラッシュ)』の事後報告を聞きたいんだけど」

 しどろもどろになりながらも、なんとか出てきた言葉でマキに伝えた。

「……うん、ちょっと……待ってて」

 そう言葉を残し、ぎこちない動きでマキは病室を出た。
 ハァ……。我ながらなんという愚行だ……。
 いきなり女子の頭撫でるとか最早セクハラで訴えられるレベルだよね。
 ほんの数分前のことを思い出して肩を落としていると、病室の扉が開かれた。

 扉の向こうにいたのは、無論マキ達だ。先程まで赤面していたマキの顔は、元に戻っていた。
 マキさん一体何をしたんだ? 

「これ、今回の事件の調査書。そこに被害とか書いてあるよ」

 そう言って凛音が、調査書を手渡して来た。

「ん。えっとなになに……」

 俺は調査書に目を通した。そして、思ったことが1つあった。

「なんか被害総額が低くない?」
「水蜜桃が使った武装が、人相手じゃないと威力を発揮しないものだったみたいなのよね」

 凛音が補足をくれた。

「ふーん。で、肝心の水蜜桃(アイツ)は?」

「水蜜桃は現在、尋問科(ダギュラ)にて綴先生が尋問しています」

 歳那の言葉に頷きながら調査書を置いた。

「じゃあ、まだ尋問してると」
「はい」

 それじゃあ暫くは終わらないかな……? いや、綴だから逆に早く終わる可能性も……。
 そんなことを考えていると、再び病室の扉が開かれた。
 俺を含めた一同は、そちらを向いた。

「シュウヤ、生きてる?」
「……アリア?」

 病人にかける言葉ではないことを言いながら入って来たのは———アリアだ。

「無事みたいね」

 そう言いながら、何事もなかったかのように病室に入って来た。
 何もなかったかのように入ってくんなよ。
 こっちはお前の一言めで硬直(フリーズ)してたんだよ。
 というかレキもいたのかよ。
 全く気づかなかったわ。だって影薄いもん。

「……どうしたんだ?」

 なんとか出た言葉でアリアに尋ねた。

「お見舞いがてらこれを渡しに来たの」

 そう言いながら何やら束になった書類を渡して来た。

「これは?」
「水蜜桃の尋問結果よ」

 尋問終わるの早くない? まあ、綴だからかもしれないけど……。

「それはどうも」
「いいわよ」
「あの……」

 俺とアリアが会話していると、マキが声をかけて来た。

「何?」
「協力してもらってこういうのは悪いんですけど……貴女は一体誰なの?」
「そう言えば———まだ自己紹介してなかったわね」

 そう言ってアリアは、3人の方を向いた。

「あたしは神崎・H・アリアよ。私のことはアリアでいいわ。宜しく」

 相変わらずの自己紹介だな。まあ、アリアらしくて良いと思うけどさ。

「私は沖田凛音。で、こっちが———」
「———土方歳那です」

 アリアの自己紹介に続いて、凛音と歳那が自己紹介をした。

「凛音に歳那ね。で、あんたは———」
「私は大岡マキ」

 マキの名前を聞いたアリアは首を傾げた。

「大岡マキ……何処かで聞いたことあるわ」
「それ多分、ロンドン武偵局(ロン武)じゃないか?」
「どういう事?」

 アリアは、俺の言葉に再び首を傾げた。

「マキは二つ名持ちなんだ」
「どんな?」

 俺とアリアは揃ってマキを見た。

「———『死角無し(ゼロホール)』。それが私の二つ名」
「『死角無し』?! あんたが?!」

 それを聞いたアリアはかなり驚いていた。

「うん。私が『死角無しのマキ』だよ」

 それを聞いたアリアは何かに納得していたようで頷いていた。

「どうした?」
「『死角無き戦車(ノンホールチャリオット)』って呼ばれるコンビを聞いたことがあったけど、あんた達のことだったのね」

 アリアの言った、『死角無き戦車』は俺とマキ、それぞれの二つ名、通り名から文字を取られてつけられた謂わば異名だ。

「そんな風に呼ばれてた時もあったね」
「……そうだな」

 俺としてはあまりにも嫌な名前だから忘れてたかったんだけど……。

「まあ、そういうことだ」
「ということはマキ、あんたの実力も相当なものね」
「それに関しては俺が保証する」
「あんたに言ってない」
「スミマセン……」

 マキの代わりに保証すると言ったらこの有様。もう樋熊さん泣くよ? 

「後ここにいる全員、もしかしたら頼る時があるかもしれないから……その時は宜しくね」

 まさかそんな言葉がアリアから飛び出すとはな。ビックリだね。

「わかった。宜しくね、アリア!」

 マキは笑顔で答えた。コミュ力高いなぁ……。
 コミュ力云々の前にコイツらは、自己紹介無しで、お互いの素性を知らずに共闘してたんだよな。中々出来ることじゃないよな。

 作戦(オペレーション)コード『/』の前にも、アリアは作戦会議に参加して無くて自己紹介する暇なかったしな。
 まあ、これにてお互い面識があることになったみたいだし良かった。

「で、アリア用事は済んだのか?」

 そんなことを考えつつアリアに聞いた。

「まだあるわよ」
「……え?」

 不意打ちをかまされた気分の俺は素っ頓狂な声をあげた。

「ど、どんな」
「あたしとキンジで白雪の護衛任務に就いたの」
「は、はぁ……。まさか……!」
「多分あんたが思ってるそのまさかよ」
「シュウ君、それって?」

 え、まって、病み上がりに手伝わせる気? 

「シュウヤ、あんたもこの依頼(クエスト)手伝って貰うわよ!」
「嘘だぁ!!」

 その日、武偵病院には俺の声が響き渡ったそうだ———





 翌日、右腕を釣ったままの状態で、俺は退院した。
 因みに白雪護衛の件については———引き受けた。
 と言っても、後方支援だけどな。
 それは置いておいて、やっぱ見た目がもろ怪我人だよな。

 まあ、釣ってると言っても安静にしてろってだけで、とっても問題ないと言われてる。……学校ついたら外そ。
 そんな感じで、完璧病み上がりの樋熊さんは何食わぬ顔で2年C組の教室へと向かった。

 教室に入ったところで、俺の怪我に特段注目する奴はいない。これが日常茶飯事ですから。
 自身の席に着くと、三角巾を外した。

 こんな調子で、いつも通りHR(ホームルーム)から始まるのだが、何やら今日は教室内が騒がしい。なんかあるのか? 
 そう思っていると時間になり蘭豹が入ってきた。

「ガキども、席付けや!」

 その一声だけで教室内は静かになる。……恐るべし。

「今日は転入生が来るで」

 ……転入生? マジかよ。
 どうりで教室の中が騒がしいと思ったよ。
 どんな奴が来るのかな。

「入って来い」

 蘭豹がそういうと、前の入り口から1人の少女……ん、アレってもしかして、いやもしかしなくても……! 

「自己紹介せいや」
「はい」

 そう言ってこちらを向いた彼女は———

「初めましての人は初めまして、久しぶりの人はお久しぶりです。ロンドン武偵局から戻ってきました、大岡マキ(・・・・)です」

 そう名乗ったマキはニッコリと微笑んだ。
 すると、教室内を静寂が支配した。
 そして数瞬の後、その静寂は断ち切られた。

『『『『『ウォォォッ!!』』』』』

 クラス(うち)の男子の一部が歓声を上げたのだ。
 なんか変なスイッチ入ってるぞあれ。
 そしてそれは、連鎖的に教室内すべてに拡散していく。

「あの子初めて見たけど可愛くない?」
「わかるわかる!」

 女子もこの始末。さてさてどうしたものか。
 というかこいつらは命知らずだな。だってうちの担任は……あの暴力教師(蘭豹)だぜ? 

「———ガキども! 静かにせんか! 死にたいなら喋ってても良いぞ!」

 ほーら、言わんこっちゃない。
 蘭豹が『M500(象殺し)』を取り出し発砲した。
 それにより、教室内は再び静かになった。
 流石にあれ聞くと静かになるもんか。
 因みに俺は、いつでもぶっ倒れ(熟睡)モードに移行できるようにした状態でまともにHRを受けている。

「話を戻すが、大岡の席は———」

 さてと、そろそろ突っ伏せ状態にでも移るかな。

「樋熊の隣や」

 蘭豹の言葉と同時に、クラス内の殺気のこもった視線が俺に集まった。
 オイオイ勘弁してくれよ……。
 あまりの展開に力が抜けきってしまった俺の事などつゆ知らずといった感じのマキは、『わかりました』と言って俺の隣の席へと歩いてくる。

 マキの様子を見るに、俺の内心には気づいていないようだ。
 俺はマキが着席するのと入れ替わるかのような机に突っ伏せるのであった———





「———起きて」

 言葉とともに伝わる揺さぶられる感覚で、俺は目を覚ました。

「んー……」

 ボケーッとする頭で、腕時計を見ると……昼休みになってた。

「シュウ君」

 呼ばれた俺はそちらを向いた。

「……マキか」
「寝たらダメでしょ?」

 マキさんは軽いお説教のように言った。

「今日の一般教科(ノルマーレ)は全部復習で、俺はやり終わってるから良いんだよ」

 俺は立ち上がりながら言った。

「ふーん……」

 何かを疑う目で、マキは俺の方を見ていた。

「んで、要件は?」
「あ、そうそう。一緒にお昼食べよ」

 マキのその言葉で、教室内の空気がピリピリとし始めた。
 ……ああ、他の男子たちが殺気を込めた目で俺の事を恨めしそうに見てる。
 まあ、そんなのもう関係ないんですけどね! 

「良いよ。だが、食べるとしたら学食だぞ?」
「私も今日お弁当持ってないからそのつもりだったよ」

 そっかそっか。じゃあ利害の一致ですね。

「じゃあ、行くか」

 そう言って教室を出ると、放送が入った。

『2年C組樋熊! 今すぐ校長室前まで来いや!』

 ブツンという音ともに、蘭豹の声で入った放送は終わった。

「……え?」

 あまりの状況に、俺は戸惑っていた。

「……何かしたの?」

 マキも不安そうに俺に尋ねてきた。

「記憶にないな……。とりあえず行ってくる。うん。悪いけど先に言ってて」
「わかった」

 そう言い残して、マキは学食へと向かった。
 俺は反対に、校長室へと向かった。
 そして急ぎ足で移動し、校長室の前へとたどり着いた。
 そこには腕を組んで立っている蘭豹の姿があった。

「すいません、遅くなりました」

 俺が話しかけた事で初めて俺の事を認識したらしい蘭豹は言った。

「お前にしては早い方だな」
「只ならぬ予感がしたので」

 俺は、嘘偽りなく答えた。

「そうか。ほな行くで」

 そう言って蘭豹は校長室の扉をノックして開いた。

「失礼します」

 俺はそう言って蘭豹に続いて校長室に入った。

「はいはいはい。待っていましたよ。蘭豹先生に樋熊君」

 そう言ったのは、この東京武偵高の校長を務める『緑松武尊(みどりまつたける)』校長だ。

「ご無沙汰しております。校長」

 俺は軽く挨拶した。

「はいはいはい。久し振りですかね、君がここに来るのは」

 言葉の通り、1年の時はよくここに来てた。
 理由は……まあ、色々。

「で、早速ですが、君を今日ここに呼んだ理由をお教えしましょう」

 そう言って校長は、机の中を漁り始めた。
 そして1枚の紙を取り出した。

「おめでとう樋熊君。君には国際武偵連盟から二つ名が贈られました」

 ……ん、今なんて。

「校長……」
「はいはいはい、何でしょうか?」
「申し訳ないのですがも一度だけ言ってもらってもよろしいでしょうか?」
「樋熊、教務科(マスターズ)では質問禁止や」

 蘭豹にそう言われた。

「構いませんよ蘭豹先生。もう一度だけ言いましょう。君には二つ名がつけられました」

 ……駄目か。聞き間違いだと思ったけどガチらしいな。

「二つ名……ですか」
「ええそうです。君につけられた二つ名は———『ホープフル』です」

 そう言った校長は、紙を広げてこちらに見せてきた。

「因みに漢字で書くと『晞』です。これは朝『日』が昇るような『(のぞみ)』という意味ですね。いやー、めでたいめでたい。これも全て1年生の時からの努力の賜物ですね」

 流石武偵連盟、中二病全開だよね。ネーミングセンスが。
 というかあれ、常用外漢字じゃね? 

「そして、蘭豹先生。貴女の担当のクラスの生徒が二つ名を贈られたのは貴女の教えが良かったからということもあるでしょう。よって、臨時賞与を与えたいと思います」

 あ、俺が直感的に感じたイヤな予感はこれかな。
 対する蘭豹は、顔に出してないけどめちゃくちゃ喜んでるな。

「これにて用件はお終いです。はい」
「樋熊、行くで」
「はい。失礼しました」

 そう言って、俺と蘭豹は校長室を出て、学食へと向かった。
 学食にたどり着くと、俺はマキを探した。というか今日も混んでるな。
 見渡していると、こちらに手を振ってる人物が見えた。
 アレは、マキですね。うん。
 俺はそちらへと歩いて行った。

「お待たせ」
「早かったね。で、結局何だったの?」
「あー、えと、実はだな……俺、二つ名がついたらしいんだよね」
「え、二つフグッ……?!」

 俺は慌ててマキの口を抑えた。何のために小声で言ったのかわかんなくなりそうだよ。

「声がでかいぞ。小声で言った意味が無くなるだろうが」
「あ、ごめん……。でも二つ名貰ったの?」
「ああ。俺はいらないんだがだな」
「でも凄いことだよ。ちなみになんて二つ名?」
「確か———『(ホープフル)』だったかな」

 先程の校長室での会話を思い返しながら言った。
 しかし、俺の頭の中ではしっかりとした校長室での会話を再現できなかった。
 理由は緑松校長にある。
 校長は武偵高の中で最も危険な人物だと言われている。

 何故かと言えば記憶に残らない(・・・・・・・)からである。
 なんでも校長は、容姿や声が全て日本人の平均的特徴を取っているらしく、特徴という特徴が無いため記憶に残らないのだという。
 実際、俺は1年の時も含めてかなりの数会っているが、今まで一度も記憶に残ったことがない。

 だが、そんなことよりももっと恐ろしいことがあの人にはある。
 それは、物理的に見えなくなる(・・・・・・)のである。
 俺も去年一度だけ見たが、周囲に一体化してしまい、探そうとすればするほど見失っていくという恐ろしい物だった。故に教師陣も恐れているとか。
 とか思ってたら目の前のマキが何やら頷いていた。

「何頷いてるんだ?」
「いや、シュウ君らしいと思ってね」

 マキは笑ってそう言った。……いや、どの辺が俺らしいんだよ。

「何処がだよ。寧ろ俺は絶望(ホープレス)の方だぞ?」
「そんなことないよ。あ、シュウ君は何食べるの?」
「そうか……? まあ、そういうことにしておこう。で、何食べるかな……。ちょっと見てくる」
「うん」

 俺は立ち上がると、未だに列のできてるカウンターへと向かった———





 午後、専門科目の時間。今日の俺は鑑識科(レピア)へと来ていた。

「久方ぶりでーす」
「おう、久しぶり」
「樋熊君、久しぶり」

 などと言った感じで、俺に対して返事してくれる。ここの人達優しいよね。……偶にバカになるけど。
 そんな感じのやり取りをしながら、俺はある人物に話しかけた。

「よう、久し振りだな。周一」
「……なんだ、お前か。通りで周りが騒がしいと思った」

 コイツは、千葉周一。鑑識科のAランクで、2年B組に在籍してる奴だ。

「相変わらず冷たいな」
「うっさい……」

 こんな感じで冷たいのだが、本当は優しいんだよ。
 基本的に感情が表に出てこないんだよね。

「冷やかしなら帰ってくれ。忙しいんだ」
「違えよ。今日はお礼を言いに来たんだ」
「礼?」
「そ。俺のハヤブサ回収したり、現場の後始末とかお前の指揮でやってくれたんだろ?」
「ああ……そのことか。それなら別に礼を言われるほどのことじゃないな」
「もう素直じゃないな。本当は嬉しいくせに」

 俺がそういうと、周一は睨んできた。

「悪かった、冗談だから。とりあえずそういうことだ」
「……あっそう。で、お前のことだし……どうせここで今日は授業受けるんだろ?」
「察しがいいね。そういうわけですのでよろしく」

 そう言った直後、校内放送が入った。

『あー、2年樋熊ー。至急ー、教務科の綴のところまでー。後、2年大岡もー教務科綴のところまでー』

 ええ……。

「お前、今日2回目の呼び出しだな」
「昼休みの聞いてたんかい」
「校内放送だから」
「あー……。まあ、そういうわけでした。はい」
「気をつけろよ」
「ありがとう」

 そう言って俺は鑑識科棟を後にし、本日2度目となる教務科訪問を行った。
 綴の部屋の前に行くと、既にマキがいた。

「あ、シュウ君」
「もういたのか」
「元々教務科(ここ)にいたし」
「なるほど」

 短い会話を交わした俺とマキは扉をノックした。

「入れー」
「「失礼します」」

 扉を開けると中には綴と———

「……凛音?」

 何故か凛音がいた。

「早速だけど説明するぞ」

 何処と無くラリってるような口調で綴は言った。

「はい」
「この前のお前らが捕まえてきた奴……あー、えと、なんって言ったっけ?」
「水蜜桃のことですか?」

 マキの言葉に綴は頷いた。

「あー、そうそう。その水蜜桃を取り調べしたら、あいつらの目的に沖田の拉致がはいってたらしくてな」

 ……は? 凛音の拉致? 

「誰が?! 目的は?!」
「誰が……確か『妖刀(クラウ・ソラス)』とか言ってたかな。目的までは水蜜桃も知らないらしいけどな」

 マジか……。『妖刀』が来るのか。凛音を拉致しに。それは厄介だ。
『妖刀』は数々の失踪事件において、度々出現しているのではないかと謳われている者を指したものである。

魔剣(デュランダル)』と呼ばれる奴もいたけど、アイツら共犯だって話も聞いたことあるな。
 つまり、『妖刀』は『魔剣』と同時に襲来する可能性があるわけだ。
 コイツは厄介だな……! 

「で、それを伝えたら、沖田がお前ら2人を護衛につけて欲しいって」
「そうなのか?」

 凛音に問いかけると、無言のままコクリと頷いた。

「と、いうわけだから引き受けてくれるか?」

 なるほど、そういう理由で俺たちを呼び出したのか。
 護衛の依頼とか久々だな。

「マキは?」
「私は構わないよ」
「自分も構いません」

 逆にこの件、断る理由が見当たらない。
 凛音の頼みだからということもあるし、イ・ウーが絡むというなら余計に、な。

「そういうことらしいぞ沖田ぁ」

 綴はそう凛音に言った。
 対する凛音は何故か俯いたままである。

「先生、凛音に話があるのですが退席してもよろしいでしょうか?」
「あ〜、私としてはもう要件済んだから構わないんだけど〜」
「わかりました」
「凛音、いこ」

 マキにそう言われた凛音は立ち上がった。
 俺とマキは凛音を連れて綴の部屋を後にした———





 教務科棟を出た俺たちは、探偵科(インケスタ)棟の屋上に来ていた。

「本当に引き受けてもらってよかったの?」

 凛音の言葉に俺とマキは頷いた。

「当たり前だろ。それに、この件は『イ・ウー』絡みの事柄だ。それは俺の対応すべきことでもある」
「それに、大切な友達の頼みだから断る理由もないよ」

 俺、マキの順に凛音へと伝えた。

「でも……やっぱり指名は悪い気がしてしょうがない」

 凛音は食い下がった。

「そんなことないって。凛音は俺たちを信用して指名してくれたんだろ?」
「う、うん……」
「そうだよ。それは私達にとっては『信頼』っていうことそのものなんだよ。だから、呼んでくれたからには、絶対に遂行するよ」

 マキの言葉を聞いた凛音は、泣き始めてしまった。

「……ありがとう……グスッ……2人とも……グスッ」
「そんな、泣くほどのことじゃないだろ。俺たち———チーム『(エッジ)』の仲間だろ」
「泣かないで凛音。私たちがついてるから」

 俺とマキで凛音を慰めた。
 補足だが、チーム『刃』とは、1年の時の4対4(カルテット)のチームの名前だ。
 命名したのは俺とマキ。今思うと酷いネーミングセンスだと思う……主に自分。
 というか……俺の慰めになってなくね? 
 そして3分ほどで凛音は泣き止んだ。

「2人とも、本当にありがとう」
「そんな改まらなくても」

 俺の言葉に凛音は首を横に振った。

「まだ、しっかりとした依頼をしていないもの」

 そういった凛音はキリッとして、こちらへと向き直った。
 そして、こう告げた。

「樋熊シュウヤ、並びに大岡マキ。両名に私、沖田凛音の護衛を依頼します」

 俺はマキと顔を見合わせるとお互いに頷いた。

「了解した。樋熊シュウヤと———」
「並びに大岡マキ、全力で護衛にあたりその任を遂行します」

 そう言い切ると、しばらくの間静寂が屋上を支配した。
 そんな静寂を断ち切るかのように、凛音があはははと笑い始めた。

「———可笑しい。なんかぎこちない」

 それにつられて、俺とマキも同じように笑い始めた。

「そうかもな、実際に慣れてないしな、こういうのは」
「そうだね。慣れないことはしないに限るのかもね」

 そう言ってお互いに笑っていた。
 5分ほどしてようやく落ち着いた。ふぅ、笑い疲れた……。

「そういえば凛音、歳那はどうした? 今日は姿を見てないが」

 まだ若干ツボにハマってるらしい凛音に尋ねた。
 そんなにハマったんですかね? 

「あー、えっとね、歳那は今実家に帰ってるの」
「実家? なんでまた」
「親に呼ばれたんだって」
「マジか……」
「なんで?」

 マキが首を傾げた。

「歳那がいるんだったら、一緒に護衛頼もうかなと思ったんだけどね……」
「アドシアードまでには帰ってくるって言ってたけど」
「アドシアード……。そっか、もうすぐか」

 この前、アリアがチアの格好をしていたのを思い出しながら言った。
 アドシアードとは、武偵の武偵による武偵のための競技大会のことである。
 種目は射撃だの徒手格闘だのと、完全に武偵向けのものしかないと言った感じである。

 これだけであれば、俺は懸念したりはしない。
 だが、アドシアード期間中は一般人も武偵高に入ることができる。
 これにより期間中に襲撃される可能性が高まると言うことと、『妖刀』を見つけに出しにくくなると言うデメリットが発生する。

「何かあるの」

 マキが不安そうに尋ねてきた。

「俺の予想だが、アドシアード期間中に『妖刀』は現れるはず」
「その理由は?」
「強いて言うなら、アドシアード期間中なら一般人も入れるから、怪しまれることがないって言う理由からかな」

 凛音の質問にそう答えた。

「まあ、飽く迄も予想の域を脱していないけどな」

 と、補足を加えて。

「そっか。でも、それよりも前から警戒しておかないとだよね?」
「もちろん。で、どうやって護衛しようかなぁと思ってたんだよ」
「いっそ凛音にシュウ君の部屋に来てもらうとか?」
「うーん、それもありかな……」

 ……ん、ちょっと待てよ? 

「マキ、今なんて言った?」
「シュウ君の部屋で一緒に過ごせば良いんじゃないのかな?」

 はぁ……冗談だろ? 

「あのー、マキさん?」
「どうしたの?」
「男子寮に女子がいるのはかなりイレギュラーなんですけど……」
「この前私たち泊まったけど?」

 そ、そう来たか……。

「泊まるのと生活するのは別物だろ?」

 俺は必死になって説得しようとした。

「でも、アリアはキンジ君の部屋に住んでるって話だよ?」
「アレは本人の意思が1mmも反映されてないからノーカンだろ」

 あ、でもとマキは続けていった。

「雪ちゃんもキンジ君の部屋に住むらしいけど?」

 その一言で俺の心は折れた。
 ……駄目だ、これ以上抵抗することができない。

「わかった……分かりましたよ! もう護衛任務の間中俺の部屋で生活すれば良いだろ!」

 ヤケクソになった俺はそう叫んだ。
 そんな俺の目の前で、2人は笑顔でハイタッチをしていた。
 お前らな……。

「……そういえばマキ、お前どこに住むんだ?」

 俺の言葉に『何いってるの?』といった感じで首を傾げたマキが答えた。

「え、シュウ君の部屋だけど」

 ……んん? 

「嘘でしょ?」
「もう荷物運んじゃったよ」
「え、見つかったら即アウトじゃ……」
「だから今日ね、教務科に行って許可貰ったの」

 お終いだ……俺にはもう抵抗する術がない……。
 項垂れている俺に、凛音が追い討ちをかけるかのように言った。

「明日、私の荷物運ぶからね」

 俺のメンタルは音を立てて倒れた。もうやめて! 
 樋熊のSAN値はとっくにゼロよ! 

「……はい」

 立ち直れなそうな状況の俺は、頭を押さえたまま返事した。
 もう駄目だ、お終いだ……! 

「そういうことだから、私は1度寮の部屋に戻ってきた荷物をまとめるわ」
「わかった。じゃあシュウ君、私たちも帰ろっか」

 2人は俺のことなど御構い無しだ。泣くよ? 

「……先に帰っててくれ……じゃなくてマキ、凛音を女子寮の部屋まで送ってやってくれ」
「うん、わかったけど……シュウ君は?」
「俺は色々と整理がつかなくて気分悪くなってきたから……暫くここで風に当たってく」
「わかった。じゃあ、お先に」
「おう。頼んだぞ」

 そう言って2人を見送った俺は、自身の武装を確認した。

「———他の奴らは帰したんだから、そろそろでてきたらどうだ?」

 俺は、この場にいるであろう何者かに声をかけた。

「……よく分かりましたね」
「伊達に探偵科のSランクはやってないよ。で、どういうつもりだ佐々木(・・・)

 俺は振り返った。
 予想でわかっていたので、答え合わせといった感じで。
 そこに立っていたのは、探偵科の1年、佐々木志乃だ。
 確かランクはCだったはず。

「……」

 佐々木は無言だった。

「なんか言ったらどうなんだ」
「……さい」

 佐々木が何かを呟いたが、聞き取ることができなかった。

「悪い、もう一度言ってくれ」
「私と、闘って下さい。佐々木小次郎の子孫(・・・・・・・・・)として、宮本武蔵の血縁(・・・・・・・)にあたる貴方に勝負を挑みます」

 コイツ、知っているのか。まさか……。

「……お前か、あの時盗み聞きしてたのは」

 マキ達に真相を打ち明けた時に、誰かに聞かれていた気がしたがまさかこいつだったとは。

「ここで第2回巌流島でもやるつもりか?」

 皮肉を込めてそう伝えた。

「元よりそのつもりです。逃げる事は許されません。これは、歴とした血脈に基づいたものです」

 そう言った佐々木は、左手に持っていた太刀を抜いた。

「……『物干し竿』か」

 物干し竿とは佐々木小次郎の使っていた大太刀のこと。
 その刃渡りは3尺余(約1m)と言われている代物だ。
 あれを抜いたって事は……もう逃げる事はできそうにないな。

「わかった、相手するよ。宮本の人間として(・・・・・・・・)

 俺はそう言って、背面の『霧雨』と『雷鳴』を抜いた。

「さて、始めようか。ここ東京で、第2回巌流島の戦いを!」 
 

 
後書き
今回はここまで。 
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