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戦闘携帯のラストリゾート

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怪盗乱麻、リゾートへ発つ

“ラディへ。疲れてると思うから栄養のつくものを用意しておきます。好きな時に食べてください。昨日もかっこよかったです。アネモネ”
「……いただきます、姉さん」

 テーブルの上にメモ書きに感謝を込めて、わたし、アッシュ・グラディウスは手を合わせた。
 目の前のテーブルにはベーコンエッグ、ピザトースト、サラダ、ヨーグルトが置かれている。朝ごはんには多いだけど、時間は11時。もう昼食を兼ねるような時間だ。作った姉さんも、わたしが遅めに起きることは承知の上だったのだろう。

「うん、美味しい」

 一人暮らしだから自分も料理はできるけど、アネモネ姉さんの腕前にはとても叶わない。ピザトーストなんて誰でも作れる簡単な料理だけど、調味料の加減や焼き加減が違うのか、パリッと香ばしく味も全然違う。
 わたしの好みに合わせてくれた固ゆでの黄身にたっぷりソースをかけながら、空いた手でテレビをつける。アローラのニュースにチャンネルを合わせると、想像通り『怪盗乱麻、またも現る』という見出しとともにVTRが流れていた。
 十人以上の警備員が黒い衣装をまとった金髪の女の子を包囲し、にらみつけている。
 女の子が傍らに浮かぶ立方体に声をかけると同時、警備員たちは取り押さえにかかる……が。

『ご覧ください、この不思議な光景を。全速力で挑みかからんとする警備員の動きは、決してスロー再生されていません。無加工の映像です』

 ニュースキャスターの言う通り、VTRの端に移るデジタル時計はしっかりと一秒ずつ時を刻んでいる。にもかかわらず、警備隊の訓練された動きはまるでヤドンの散歩のように遅い。
 そして女の子の動きはただ歩くだけだ。まるで普通に買い物にでもきたみたいな足取りで、水平のエスカレーターを歩くようにぐんぐんと進んでいく。
 最初はトリック映像だーなんて思われることもあったけど、画面の一部だけスローにして一部だけ早回しにするなんてそんなことができるはずもない。
 そしてそのまま宝まで歩いていき、歯噛みする警部さんを無表情であしらってあれよあれよという間に宝は怪盗の手の中へ。

「金剛玉、もっときれいなダイヤみたいなものだと思ってたんだけどなー」

 VTRから視線をはずし、ポケットに手を入れて。
 わたしは昨日盗んだ宝石を取り出した。真ん丸で淡く銀色に輝くそれはキレイといえばキレイだけど、ジュエリーショップにあるダイヤの美しさには程遠い。

『一体どういう性質の技なのでしょうか、怪盗を止めにやってきた島キャプテンの技も、速度や威力が捻じ曲げられているとしか思えない光景が広がっていました。一年前アローラに現れた怪盗乱麻を名乗る少女、そして元祖の怪盗である模犯怪盗の今後一層の活躍に島民たちは胸を躍らせる反面、警察にはより厳重な対策が求められます。続きまして──』

 テレビを切る。お察しの通り……あるいは言うまでもなく、わたしが『怪盗乱麻』本人である。
 予告状を出して、盗みに入って、それを止めにきた島キャプテンや島キングとポケモンバトルをして。勝ったら宝を持っていくし、負けたら置いて逃げる。昨日はなんとか勝った。
 ひとのものをとったらどろぼう!というのは小学生でも習う常識だけど……わたしの場合はそうじゃない。
 アローラでの“怪盗”とは、世界たくさんの地方の中でも輪をかけて平和なアローラに刺激を与えるアウトローにしてエンターテイナー。
 ポケモンバトルが禁止されて久しいこの世界で、せめてポケモンバトルという文化、その楽しさだけでも残そうと考えた偉い人達によって必要とされた『役割』だ。警察に捕まったら何十年も刑務所に入れられる本当の犯罪者じゃない。
 だから、怪盗といってもそんなに気負うようなことじゃない……怪盗になる前は、わたしもそう思っていた。

「“模犯怪盗”は……何年も前から、これをずっと平気で、笑ってやってたんだね」

 全力で掴みかかってくる警備員。容赦なく銃を向けてくる警部さん。宝を盗む悪党を懲らしめに遠慮なく言葉とポケモンの技をぶつけてくる島キャプテンや島キング。
 本当の犯罪者じゃなくても、怪盗として町に現れる以上、みんな本気でわたしを捕まえに来る。
 それは、とてもわたしには笑って受け止めるなんてできなくて。
 回数を重ねても、慣れるどころかむしろその本気と島のみんなの期待が、より強く感じて。それはとても、身がすくむような……

【アローラ、ラディ!昨日も怜悧にクールに犯行お疲れさまでした!!】
「……うわぁ!?」

 食事を終え、しばらくよくない思考に囚われていたその時に。リモコンを触ってないのに突然テレビから響いた声に、わたしは不意を突かれて驚いてしまった。

【ふっふっふー。この程度で驚くとは修行が足りませんね!】
「テレビが突然ついて喋りだしたらびっくりするでしょ!?」
【いえいえ、これくらいポケモンの本気の力を使えば簡単ですよ?一般的な電子機器など、スマートフォンから炊飯器までロトムの力でちょちょいのちょいです】
「人の家に変ないたずらしないでよ……というか、この前わたしにもアネモネ姉さんにも覚えがないのに炊飯器でパンが焼けてたのは」
【はい、スズがテストがてら良かれと思ってやっておきました!美味しかったでしょう?】

 この神出鬼没おせっかい焼きのスズは、わたしが怪盗として動く間のナビゲーターを務めてくれてて……島キャプテンや島キングを決定したり、ポケモンバトルを行う日取りや場所を決めたりする立場にある。
 要するにアローラのお偉いさんなのだが本人の性格がこうした茶々を入れてひたすら他人の反応を楽しむタイプなので、周りからはわたし含め呆れた態度を取られることが多い。
 丁寧に話している分には、仕事のできる大人の女性って感じなんだけど、本人曰くただ仕事をこなすだけの関係なんてつまらないじゃないですか。とのことだ。

「で!何の用? 昨日は忙しかったし休みたいんだけど」

 つまらない用事だったら怒るよ──そんな意思を籠めてスズに言う。
 スズもそれは察してか、コホン、と咳払いをして答えた。

【ではそろそろ真面目に。あなた宛てに手紙が届きました】
「この家のポストじゃなくて、スズのところに?」

 わたしはアーカラ島のコニコシティに住んでいて、スズはウラウラのラナキラマウンテンにいる。間違えて届くことはあり得ない。

【ええ、宛名も『怪盗乱麻』様へとありました】
「……誰から?」

 わたしが怪盗をしていることはアローラの人たちには秘密だ。スズ以外にそれを知っているのは島キャプテンに島キング、それともう一人の怪盗だけ。

【それがですね……なんとはるばるホウエンの方からなんですよ」

 ホウエン地方。日差しの厳しいアローラとは違った意味で温かい気候で知られる大陸、ということくらいしかアローラから出たことのない私は知らない。怪盗としての行動も、ほかの地方の人はあまり知らないはずだ。

【内容は簡単です。今度ホウエンが誇るポケモンバトルの聖地、バトルリゾートに来ていただけませんか?とのお誘いですね。アローラで華々しく活躍する貴女へ、ぜひこちらのリゾートを楽しんでほしいとのことです。招待券も添付されていますね】
「バトルリゾート……!」

 でも、バトルリゾートについては聞いたことがある。ホウエンから離れた孤島にある、さまざまなポケモンバトルが楽しめるバトルシャトーをはじめ、スパやレストラン、専用コテージなどの娯楽施設がたくさんある場所だ。
 すごいのは、島全体に人を守るためのセーフティ機能が張り巡らされていること。ポケモンバトルをする人が集まる以上、ポケモンの技で人が傷つく可能性はあるものだけど……あの島では人に害をなすポケモンの力が働くと、自動的に念力のような力で守ってくれるそうだ。守り神、と呼ばれるポケモンのおかげらしい。
 極めて安全な、ポケモンバトル集合施設にして楽園……ということ。
 
【ラディも一年間よく頑張ってくれましたし、もうすぐ十四歳の誕生日でしたからね。プレゼントも兼ねてちょうどいいかとスズも思いまして……あなたの意見を聞こうと思ったんですよ】
「行きたい!」

 即答する。ポケモンたちも退屈しないリゾート地に向こうから招待してくれる。願ってもない話だ。

【では、快諾の返事をしておきますね。ラディが素直で嬉しいです】
「……でも、わたしだけ?『模犯怪盗』には来てないの?」

 その人は何年も前から怪盗として活動していて、わたしよりも怪盗らしい怪盗……まるで本の中に出てくるような、どんなピンチでも余裕たっぷりに宝を盗み出す人だ。
 わたしが怪盗になったのも、その人に憧れたのが大本の理由と言っていい。

【彼には来ていませんね。向こうが指定しているのはあなただけです。彼と一緒に行きたいですか?リゾート」
「そういうのじゃなくて!……わたしに来ててあの人には来てないって変だなって」
【彼がこの一年で仕事をしたのは二度だけです。周りからはあなたの方が活躍しているように見えるのでしょう」
「……そう、なのかな」

 彼よりわたしのほうが怪盗として活躍している。それはわたしの目標でもあり、嬉しいことのはずなのに。胸がもやもやする。自分より、あの人の方がもっとすごい……そんな風に思ってしまうのは、卑屈かな。

【いいじゃありませんか。ちょうど、バトルリゾートではバトルの大会も開かれるそうです。アローラだけでなくホウエンのポケモンバトルを見ることでもっと強く、もっと人々を楽しませる怪盗になれるかもしれない。これはチャンスですよ】
「うん……そうする。返事はお願い、スズ」

 さっきの自分への不安も放り捨てて、わたしはさっそくご飯を済ませてリゾートへ行くための準備を始めた。着ていく洋服や、ポケリフレの道具の用意。
 一年近く頑張ったことへのご褒美、言葉に甘えてしっかり楽しもう。招待してくれた人にはお礼も言おう。アネモネ姉さんともう一人の怪盗には、お土産を買ってもいいかもしれない。

「レイ、それにみんなも。旅先でも、よろしくね」

 手持ちのポケモンたちにも話を伝えると、みんな喜んでくれた。
 しかし、わたしはまだ知らなかったんだ。
 楽しいはずのリゾートが、わたしに、怪盗乱麻にとっての大きな試練になることを。
 
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