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土方最期

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第一章

                土方最期
 幕府軍は薩長を中心とした新政府軍の攻撃を受け続け遂に函館の五稜郭にまで追い詰められた。その西洋式の城郭の中に榎本武明他幕府の残り僅かな家臣達が集まっていた。もう仕える将軍もいないがそれでもだった。
 彼等は戦うことを決意していた、その為五稜郭の中で連日軍議を開き懸命に戦の用意をしていた。
 その中にかつて新選組の副長を務めていた土方歳三の姿もあった。彼は長身を洋装の服で覆っていた。
 細目で凛々しい顔立ちであり黒髪も整っている、彼は函館の向こうにある本州の方を見てこんなことを言った。
「あの向こう側にはだ」
「もう朝廷の軍勢がですね」
「そうだ、いてだ」
 まだ十代の幼さが残る整った顔立ちの者に言った、この者の名を市村鉄之助という。今の土方の傍にいつもついている浪士組の者だ。
「今にもだ」
「この五稜郭に攻め寄せてきますね」
「わしはこれまで多くの戦いを経てきた」
 新選組の中でというのだ。
「色々と人も切ったし銃で撃たれもした」
「そしてここまでですね」
「戦ってきた、勝っていたのは少しでな」
 ここで自嘲が入った、新選組の者として都で幅を利かせる様にまでなっていたのは少しの間であったというのだ。
「気付けばこの通り、近藤さんも総司も山南さんも斎藤君も永倉君もおらん」
「今五稜郭におられるのはですか」
「わし一人じゃ、そしてじゃ」
 市村にさらに言うのだった。
「この度の戦でじゃ」
「この度の」
「そうじゃ、この戦でじゃ」
 朝廷の軍が五稜郭に攻めてきたらというのだ。
「この五稜郭も、そしてわしも」
「そう言われますか」
「近藤さんも総司もあっちにおる」
 死んだ後に行く世界、そこにというのだ。
「それで何で寂しい、だからな」
「最後まで戦われてですか」
「そして死ぬ、武士らしくな」
 そうするというのだ。
「悔いなくな、最後まで戦うぞ」
「先に乙部に来ましたが」
「二股口で戦ったな」
 四月九日のことだ、彼は戦の前に部下達に水から酒を振る舞ったりもしている。
「あの時だな」
「はい、そしてですか」
「奴等は必ずまた来る」
「だからですか」
「わしは最後まで戦いな」
 そのうえでというのだ。
「死ぬ」
「ですか」
「それでだ、市村君」
 新選組の言い方でだった、土方は市村に顔を向けて声をかけた。
「君に頼みがある」
「何でしょうか」
「わしの部屋に来てくれ」
 今自分達がいる五稜郭の城壁の上からというのだ、向かい側の海に今にも新政府軍の軍艦達が見えそうである。
「いいか」
「土方さんが言われるなら」
 市村は土方の言葉に素直に頷いた、そしてだった。
 彼は土方に彼の部屋に連れられた、寝る場所以外には何もないまさに死を前にした武士の部屋の中でだ。
 土方は市村に自身の髪の毛と写真を渡してだ、穏やかな声で言った。
「今から日野に行ってくれるか」
「あちらにですか」
「わしの家族がいるな」
 そこにというのだ、彼にとっては懐かしいその場所に。 
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