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木の葉詰め合わせ=IF=

作者:半月
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IF 完全平和ルート
偽装結婚シリーズ
  偽装結婚最後の話

 
前書き
これで最後の話です。 

 


【禄】
 多分、切欠はほんの些細な一言だったのだ。

「ねーねー、お祖母さま。お祖母さまはどうしてお祖父さまと結婚したの?」

 少女の他愛無いその言葉を耳にしたその人は、白い湯気を上げる湯のみからそっと口を外して、好奇心に満たされた栗色の瞳に視線を合わせた。

「ん? どうしてそんな事を聞きたいんだ、つーちゃん?」
「アカデミーの宿題で、自分の身近な人について調べて来なさいって言われたの!」

 にぱ、と笑いながらの返答に、その人は優しく眦を緩める。
 愛しくて仕方が無いと言わんばかりの表情を浮かべられ、少女は照れくさそうに笑った。

「それでクラスの友達とお話しして、プロポーズについて作文を書こうってなったの!」

 恋に恋するお年頃――と言う訳でもないが、多感な少女の常としてやっぱりそう言う事は気になるのだろう。でもお父様とお母様は忙しそうだったから……と消沈する可愛い孫娘の言葉に、その人は僅かに考え込む仕草を取る。

「他ならぬつーちゃんの頼みだもの。いいよ、なんでも聞くといい」
「本当!? じゃ、じゃあ、どこでプロポーズしたか教えて!」

 結局、二人は東側の空が群青色に染まるまで仲良くお喋りに興じたのであった。



 ――そうしてその数日後。
 孫娘と心和やかに会話していたのと同じ場所で、その人は意外な客をもてなしていた。

「やあ、ヒルゼン君。君が私の屋敷にやって来るのは久しぶりだね」
「自分としては出来ればあんまり来たくなかったんですけど、ね」

 肩を落とし項垂れた態度の年嵩の青年に不思議そうに首を傾げながらも、その人は手にした急須で茶を注ぐ。そうしてなみなみと茶が注がれた湯のみを青年の方へと差し出した。

「随分と元気が無いな。去年から君の強い希望でアカデミーの教師として赴任したと聞いたんだけど、子供達の世話に疲れたのか? だとしたら体力が落ちたんじゃないか、ヒルゼン君」
「だ、れ、の! 誰のせいだと、思っているんですか!!」

 それまでの悄然とした態度を豹変させて、怒りの表情を浮かべてみせた青年の剣幕にその人は驚いた様に目を瞬かせる。
 初めて相見えた時と同じままの老いる事のないその容姿を見つめ、青年は疲れた様に溜め息を吐いた。

「そうでした……、貴方はそういう人でしたね……」
「だ、大丈夫なのか? ヒルゼン君」
「取り敢えず、これを見て下さい……」

 そうして差し出された一枚の作文用紙。
 そこには少女らしい丸い筆跡で文章が記されていた。

『わたしのお祖母さま
 わたしのお祖母さまは初代火影です。
 つよくてカッコいい、わたしのあこがれのくのいちです』

「何これ、全然文句の付けどころが無いじゃないか」
「孫馬鹿もいい加減にして下さい。俺が言いたいのはその先です」

 蕩ける様な微笑みを浮かべて言い切ったその人に、青年はきっぱりと先を促した。
 つれない返答に唇を尖らせながらも、その人は素直に文章の中程にまで視線を動かした。

『お祖母さまは木の葉の里が出来てしばらくして、自分が女であると発表されました。
 そうしたらおおぜいの人達がお祖母さまに結婚してくれと言ってきたそうです。
 お祖母さまは、その当時のことは思い出したくない黒歴史っていっていました。
 黒歴史ってよくわかんないけど、とりあえずメイワクだったそうです』

 少女の幼い筆跡で書かれた文字は尚も続く。

『お祖母さまは結婚する気はなかったので、とても困りきっていました。
 そんなある日のことです。
 お祖母さまは居酒屋にいってはやけ酒を飲んでウップンを晴らしていましたが、その時に名案を思いつかれました』

 一枚目はそこで終わって、その人の手は続きの二枚目を捲る。

『自分が結婚を申し込まれているのは、結婚していないから。
 だったら結婚してしまえば一件落着じゃないか、と思われたそうです。
 そこで、お祖母さまはとなりでやけ酒に付き合わせていたお祖父さまに……――』

 青年が目元を押さえて大きく嘆息する。
 青年の脳裏では彼が未だに少年と呼ばれても可笑しくなかった年頃に目撃した、あの晩の光景が色彩鮮やかに甦っていた。

『そもそもこんな七面倒な事態に陥ったのはオレ――じゃなかった、私が未だに独り身なせいだ!
 となれば話は簡単! マダラ頼む、私と結婚してくれ!! そうすれば万事解決!
 なに、少なくても、最短で三年――いや、二年間私に付き合ってくれるだけで良い!
 愛人だろうと側室だろうと何人持っても別に文句言わないし、寧ろ持ってくれと推奨もするし、家も別居で構わないし、まともな旦那の振りもしなくていいから!
 あと何だったら結納金代わりに、この間開発したばかりのお前が欲しがっていた新術について詳しく書かれた巻物も進呈する!
 だからどうか、私に数年だけでいいからお前の時間を頂戴!
 ――……いや。まどろっこしい言い方はやめて、もっと率直に言った方がいいか。
 マダラ、一生のお願いだ! 私と偽装結婚として下さい!!

 ――と、この様にプロポーズしたそうです。
 正直意味はさっぱりわかんないけど、それを聞いた居酒屋の人達はみんな固まって動かなくなったってお祖母さまが言っていたから、きっと凄いプロポーズだったんだなあと思いました』

「……………」
「……………」
「……………因みに、この発表を聞いた他のアカデミーの教員達は皆、笑顔のまま硬直。たまたま室外で年少組の発表を聞いていた年長の子供達は将来の結婚生活に夢も希望も持てなくなり、よく分かっていない年少組の子供達もなんか違うと泣き出しました」
「へ、へぇ……。可笑しいな、つーちゃんは“よく分かんないけど、お祖母さまなんかカッコイイ!”って誉めてくれたんだけど」
「敬愛する祖母に対してだけ間違ったフィルターを張っているあの子の反応が変わってるんです。世間一般の反応は前者ですから」
「…………ほら、若い頃の過ちって誰にでもあるじゃん」
「――……殴っても良いですか、柱間様?」
「ごめんなさい、ヒルゼン君。私が悪かったです。だからその拳を下ろして下さい」

 深々と頭を下げたその人に、青年は握り拳を下ろす。そうしてそれまで手をつけていなかった湯のみへと手を伸ばした。

「――まあ、火影様に悪気はなかったって事は分かっていますよ。どうせ貴方のことだから、綱手に可愛くせがまれてデレデレと教えてやったんでしょ?」
「……凄いな、ヒルゼン君。実は超能力者か?」

 新茶の香りに口元を綻ばせ、そっと口に含む。口ではなんと言っても、なんだかんだでこの人を敬愛している青年としては、久方ぶりに尊敬する人物との世間話をする事が出来て嬉しそうだった。

 しかし、彼の上機嫌な気分に水を差す様に無感情な声音が刺々しく響いた。

「――――貴様、人の屋敷で何をしている」
「――……ごふっ!!」
「あ。お帰り、マダラ」

 茶を吹いた青年とは対照的にその気配に勘付いていたのか、その人はさしたる動揺を見せる事無く笑顔を見せた。

「それにしても早かったな。暫くは帰って来ないんじゃなかったのか?」
「……気が変わった」
「あっそ。相変わらずだな」
「それで……? 貴様はいつまで人の屋敷に居座るつもりだ?」

 ギロリ、と赤い写輪眼で睨みつけて来る男に威圧されて、青年が慌ただしく立ち上がる。

「じゃあ柱間様、自分はここで!」
「はいはい。また暇ができたら遊びにおいで」

 にこにこと青年の後ろ姿を見送っていたその人は青年の姿が見えなくなってから、呆れた様な表情を浮かべながら背後の男の方を振り返った。

「何の話をしていた?」
「んー、ちょっと私の可愛いつーちゃんの武勇伝を一つばかり、かな?」
「アレの話か……」

 夕焼け色に染まりつつある空に面した縁側に、腰を下ろして呆れた様に鼻を鳴らした男の隣に、白木の柱を挟む形で座り込んだその人が頭を傾げる。
 何処となく不機嫌……というよりも不愉快そうな男の横顔に視線を這わせれば、苛立った様に眉根が顰められた。

「オレが……」
「ん?」
「……お前に対して結婚を申し込んでいないと言ったら、信じられないと罵られた」
「は、ははっははは! そりゃそうだな! 結婚と言うか、偽装結婚を申し込んだ事自体私の方だったからな! っぷ、くふふふ……!」

 腹を抱えて笑い狂うその人の姿を憎々し気に睨むと、男は明後日の方向へと視線を向ける。拗ねた様にも見える動作に、その人の笑いの発作はますます悪化した。

「っは、ははは、あははは! あーもう、笑い過ぎて腹筋が痛い……!」
「……一度黄泉路を歩いてみるか、貴様」
「それは御免被る。私は孫娘が大きくなった姿を目にしてから死ぬつもりだから」

 眦には涙をたたえながらも、真剣な表情でそう宣言してのけたその言葉に男は面白く無さそうな顔をする。仕舞いには間に挟んだ柱に凭れ掛かる様にして完全にそっぽを向いた。

「いーね、マダラ! オレ、お前のそーいう人間じみたところ大好きだ」
「ほざけ、ウスラトンカチ」

 男のそんな態度を目にして、ますます楽しそうに板張りの床をバンバンと手の平で叩きながらその人は腹を抑える。
 一頻り笑い転げてから、その人もまた柱を間に挟む形で男の背に自分の背を合わせ、膝を抱え込む姿勢を取った。

「……なあ、マダラ」
「何だ」
「今まで、色々とありがとうな。お前がなんだかんだ文句こそ言いつつも、これまでずっと協力して来てくれたお蔭で、私は私の願いを――“夢”を叶える事が出来た。……感謝してる」
「……貴様のやり方があまりにも間抜けすぎて見ていられなかっただけだ。生ぬるいにも程がある」
「そーだよな。――そうやって私が馬鹿な事をしたらお前がぶん殴って止めてくれて、お前が行き過ぎたら私が止めて……。たまにそれが行き過ぎて殺し合いにまで発展しちゃった時もあったりしたけど、そう言う時は……里の皆が止めてくれたよなぁ。……考えてみれば、私達ほどおかしな付き合い方をした人間はそういないよな」

 ふふふ、と愉快そうにその体が震える。
 膝を抱え込んでいた両手をそっと外して、男同様に柱へと凭れ掛かる。解放された両手が気だるげな動きで床板へと添えられた。

「――昔は何度もぶん殴ってやりたいと思う事も多かったし、正直今でも時折思ったりはするけども」
「…………」
「けど、まあ、なんだ――……お前に出会えて本当に良かったよ」
「…………」
「おい。返事がないと、なんだかつまらんのだが」
「…………」
「あのさ、なんか反応でもしてくれよ」
「聞きたい事があるならさっさと聞け、気色悪い」

 男が無愛想にそう告げれば、柱を挟んだ背中合わせに相手が軽く息を飲んだ気配がした。
 どこか恐れている様な、怖がっている様な、そんな空気が一瞬だけ漂う。

「――……なぁ、マダラ」

 ぽつり、と風が吹けば直ちに紛れて消えてしまいそうな声音が零れた。

「……お前は、後悔していないか?」
「貴様にしては珍しいな。――これまで人の都合なんて気にせず、好き勝手して来たくせに」
「そう言うな。今だからこそ聞けるんだ」

 はは、と顔を合わせる事無くその人は儚く笑う。
 一方、滅多に無い弱音を聞かされた男は腕を組んで軽く瞳を伏せるだけに留まった。

「――ならば、オレもこの際だから色々と言わせてもらうとするか」
「へぇ“色々と”……ねぇ」

 飄々とした声音に含まれているどこか揶揄する響きに応じる事無く、男は淡々と言葉を続ける。

「貴様と付き合い始めて既に数十年経ったが、その間、両手足の指だけでは到底足りない程度には、そのへらへらした顔面に風穴を空けてやろうかと思っていた」
「…………わぁ、なんか物凄い事を告白し出したな」
「付け加えるなら、先程だってそうだ」

 それまでどのような戯れ言を聞かされても平然とした態度を崩さなかった男が、初めて苛立った空気を露にする。
 男が発した肌を刺激する様な怒りの気配には軽く首を竦めるだけに終わったものの、男の次の言葉にその人は目を瞬かせた。

「――……貴様は一つ思い違いをしている」
「……思い違い?」
「ああそうだ」

 空気が揺れて、背中越しの男が軽く嘆息したのが伝わる。

「オレが気に食わん奴と長年付き合っていられる程、気の長い性格だと勘違いしていないか? ――本当に貴様が言う様にオレが思っていたのなら、とっくの昔にクーデターでも起こして貴様の寝首を掻いているに決まっているだろう」

 憮然と――それこそ呆れを多分に含んだ声音で告げられて、その人は驚いた様に目を見張る。
 ――そうして。

「……そっか、そうだよなぁ」

 唇が綻んで、白い歯が覗く。
 色素の薄い肌がうっすらと赤く染まって――。

「そうなるに決まっているよなぁ……」

 ――――ふんわりと、童女の様に笑った。

 緑色の輝きを帯びた黒瞳が柔らかく細められ、張りつめていた頬が緩む。
 無意識のうちに張っていた肩からは力が抜け、恥ずかしそうに膝頭を両腕で抱え込んでその間に頭を埋めた。

「そう、だよな。お前、冷静に見えて結構気が短いし、それに嫌な相手と長年付き合える程、器用で慎み深い性格じゃないよな」

 ふふふ、と愉快そうに、それでいて照れくさそうに、その人は微笑を浮かべる。
 ちらりと伏せた頭が少しだけ動いて、仏頂面で自分の方を見つめていた相手の双眸と視線を合わした。

「…………ありがと、マダラ」
「礼には及ばん」

 ふい、と交差した視線は外されて、男がそっぽを向く。
 逆方向を向いたままのその横顔がどのような表情を浮かべているのかは分からないが、僅かに除く両耳が赤く染まっているのに気付いて、その人は優しい表情で微笑んだ。

 なぁ、と柔らかな声が男の耳朶をくすぐった。

「……なあ、我が夫。今度一緒にさ、ちょっとばかし遠出しないか?」
「――どこに向かうつもりだ?」
「どこにでも。久しぶりに九尾に会うのもいいし、岩隠れの里へオオノキ君に息子さんが生まれたお祝いを持って行くのだっていいし、湯隠れに観光に行っても悪くないね」
「……相も変わらず、行き当たりばったりだな」
「臨機応変と言ってくれ。それになにより……――」

 ――――お前と一緒になら、きっとどこだって面白いよ。
 
 

 
後書き
個人的に、彼らに取って最も理想的な関係は互いが互いのストッパーになる事だと思います。
対立するのではなく、相手が行き過ぎた場合に「やりすぎだ」と臆せずに言い合える存在でいること。
そのためには互いに対等な状態でいなければいけないと思うので、そういう意味では本編も原作もそうなれなかったからこそ、失敗してしまうんですよね。
どちらか片方が女性であれば、このシリーズみたいに対等のままでいられたんでしょうね(結婚と言う手段で)。
そうでもしなければ頭領の性格上、誰かの下につく事は(例え千手柱間であれ、それまで対等なライバル関係にあったからこそ)出来なさそうですし。全く難儀なお人だわ……。
 
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