『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み
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死闘
前書き
ぶっ飛ばせ常識を~♪
「あ~あ、見てられないよぉ。カートのやつ、なんであんな弱っちい魔物一匹倒せないんだろう。イライラするなぁ、もう」
特等席で観ていた黒髪の男子生徒が心底あきれた表情で肩をすくめた。
賢者の孫、新たな世代の英雄、Sクラス筆頭、シン=ウォルフォードだ。
「まぁ、おまえから見たら極めて低レベルなゲームだろうな」
「あれでも頑張ってるんですから、もう少し彼のことを信じてあげましょう」
「シシリーは優しいなぁ」
「でももう限界なんじゃない? シン、もうあんたが出ていって魔物を瞬殺しちゃいなさいよ」
「ええ~、俺、あんまり目立つことしたくないんだよなぁ……」
「なら、私が……」
「やめろリン! 闘技場を吹き飛ばすつもりか!」
「よ~し、それなら私が出ていって――」
「ダメよマリア、もう少しカート君に見せ場を作ってあげましょう」
「見せ場って魔物に食べられちゃうこと?」
HAHAHAHAHA!
眼下で行われている死闘とはあまりにも場違いな笑いの声が起こる。
懸命に戦う者を嘲笑う、下卑た笑いが。
「……一生懸命な人を笑うな」
「は?」
シンをはじめとしたSクラスの面々は法眼の発した言葉にはじめて彼の存在を認識した。
「あんた誰? ここ、俺らSクラスの席なんだけど」
「ああ、だからこうして座らずに立ち見をしている。おまえさんらの観劇の邪魔にならないようにな。試験会場の案内板の前にわざと後ろの人に見えないようにして立って、嫌がらせした誰かさんとはちがうぞ」
「はぁ?」
「持てる力のすべてを出して必死に戦う人の姿がそんなにおかしいのか? 滑稽なのか? 嬉しいのか? 楽しいのか? おもしろいのか? 満足なのか?」
「……」
「もう一度言う。一生懸命な人を笑うな」
「あ~、もう。そんなに熱くならないでよ、熱血なノリって苦手なんだよね。今時流行らないよ、そういうの」
「流行る流行らんの問題ではない、是非善悪の問題だ」
「君はカートの友人かい? ならそろそろ止めてあげたらどうだ。彼の実力であの魔物を倒すのはむずかしいと思うよ」
「そうよ、さっきから逃げ回ってばかりじゃない。こんなの戦いとはいえないわ」
「たしかに今は押されている。だが退くことも戦いには必要さ。それにカートのあの顔を見ろ、まだ完全に折れてはいない」
「え~、そうかなぁ? もう逃げ回るのに精一杯て感じだけど」
たしかにそうだった。
今のカートを動かしているのは熱い闘志でも冷静な判断力でもない、魔物に威圧され、恐怖に支配された心に唯一残った矜持。
男の意地がかろうじて彼を動かしていた。
だが意地では戦いに勝てない。このままでは敗北は必至。
(これは俺の戦い、だれの助けもあてにできない。いや、助けてもらってはいけないんだ。ここで棄権したり、だれかの助力があれば俺はただの愚者。一生笑われることになる。いや、それだけじゃない。Zクラスを、Sクラスに威圧される生徒たちを奮起させる機会が永遠に失われる。負けられない、負けるわけにはいかない。勝てないのならいっそ魔物の牙にかけられ果てたほうがましだ! たとえ愚かでも戦って死ねば挑戦者としての尊厳を保つことが――)
「喝ーッ!!」
闘技場を揺るがすほどの大音声が響いた。
声の主は法眼だ。
観覧席の一画、Sクラスの陣取る場所に立っている。
「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし! 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし!」
「ハッ!」
「目的を見失うな、カート。おまえは強大な力に萎えた人々を奮い立たせるために魔物と戦い、勝つのだろう。捨て身や死中に活を求めるような戦いかたで散ったところで無駄死にだぞ。生きろ。勝って生きろ。生きて勝て。勝つんだ!」
(そうだ、なにを恐れる。俺には成すべきことがある。やるべきことをやらずに死んでたまるか!)
魔物の前肢を寸前で身を翻してかわすと同時に手にした剣を一閃。法眼より授けられた【神雕回嘴】の絶技が魔物の剛毛を削り、血を散らす。
(もう逃げはしない、負けはしない。恐れ怯え、怒り憎しみ、あきらめ……。魔人となったような過ちを二度と犯すものか! 法眼は俺を信じて技を伝授した。その心を裏切れるものか!)
浅傷とはいえ手傷を負った魔物がいきり立って襲いかかる。
(怯まずに視ろ! 魔物の、虎の動きを……っ!! 肩の激痛を怒りに変えろ! 恐怖するおのれの心に怒れ! 痛みも怒りも恐れも、すべての感情感覚を魔物を倒す思考の一点に集中。 点滴穿石、とく心を細くせよ。水滴のみが石に穴を穿つ!」
魔物の猛攻を右に避け、左にかわす。だがそれは相手の攻撃に恐れおののき、がむしゃらに逃げていた先ほどの動きとは別だ。
あたれば致命傷となる牙や爪の攻撃を寸前で見切り、受け流す。
尾による横殴りの打撃をわずかに跳んで避ける。
冷静な防御。
「お~、カートのやつ動きが変わったぞ。あんたが檄を飛ばしたからかな」
「……『檄を飛ばす』とは遠くにいる同志に決起を呼びかけるという意味で、相手を叱咤激励するという意味はまったくない」
「あ、そうなの?」
この無学者め!
法眼は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。相手はまだ一〇代の子どもだ。十は歳上の自分が本気になるのも大人げない。
(獣は強い、魔物はもっと強い! 速さも力も体格も体重も人は魔物に劣る。だが人の持つ知恵と技には限界などない!)
魔物相手に一進一退の攻防が繰り広げられる。
逃げ回る様から一転、互角の勝負に観客らは盛り上がり、歓声があがった。
(この魔物は数多の人を喰らってきた。人を狩ることに慣れている。やつの動きは人の行動を予測して攻撃してくる――だがその予測こそがこいつの弱点!)
SYAッ! SYAッ!
爪による連続攻撃を大きく跳んでかわす。だがそれによってカートは壁の隅に追い込まれた。
「おいっ、追い詰められたぞ!」
「ああっ、ダメだ!」
「あれじゃあ逃げ場がない!」
「……死ぬぞ」
だれの目にも窮地。だがカートの心に恐怖はなく、魔物の動きを頭から尻尾の先まで冷静に観察する。
(逃げ場のない隅に追い詰めたにも関わらず、すぐには襲ってはこない。こちらの動向を探っているな。獲物の逃げ道をふさいでなぶり弱らせて確実にしとめる。猫科の猛獣の性に魔物の狡猾さと凶悪さがそうさせる。こいつが次にとる行動は先ほどのように飛び込んでの体当たりではなく――)
SYAAAッ!
魔物の前肢が伸びる。
(やはり前肢での攻撃か! 剛力よりも俊敏さを、攻撃力よりも命中率を優先して剣の間合いの外から、致命傷を負わせるよりも傷つけ弱らせるのが目的! だが獣も人とおなじで踏み込みの浅い攻撃は見切りやすくなる)
カートはわずかに身体を揺らすだけで前肢による攻撃をことごとく避ける。
(……たとえ訓練でもホーゲンの攻撃はもっと強く、速かった! それに予測もつかなかった! それにくらべたらこの魔物の攻撃など、どうということはない。ホーゲンの鍛練を思い出せ!)
「知己知彼、百戰不殆。個人の戦闘も集団の戦争も、相手を知ることがなにより肝要だ。相手がどんな武器を持ち、どれだけの技術なのか、なにが得意でなにが不得手なのか、なにを喜び、なにを恐れるのか――。相手のすべてを把握しろ。歩き方、重心のかけ方、目線の動き、体格や身長からは筋肉のつき方、骨格、間接の稼働域、体長による間合い。肉眼で見える範囲だけでもここまでわかる。気を読めばさらに知ることが可能だ。相手が発する敵意や憎悪、怒りや憎しみ、焦りや恐れ、喜び、悲しみ、妬み、慢心などの感情を把握し、利用することができればいかなる戦いを制することができる」
カートの目には表情なき魔物の顔に喜悦を見た。
(魔物は俺を追い詰めたと思って慢心している。俺をなぶり殺すための攻撃がその証左、それゆえ攻撃が単調になり読みやすい)
「お、おい 。見ろよ!」
「なんだあの動きは!?」
「魔物の攻撃がまったく当たらない」
「爪をすべてかわしている!」
上体を柳のように揺らして力を抜き、相手の攻撃が起こす風圧によって自然に避ける絶技【柳葉逍体】
小さい円を描くような素早い足捌きで相手の間合いにとどまったまま攻撃をかわし続けることができる【無歩連環腿】
複数の絶技を組み合わせ、カートは戦いの中で自分なりの【円空圈】を見い出した。
「すごい! すごいぞ!」
「なんて体術だ」
「道化なんかじゃない」
「最初に言っていたよな、俺達を奮起させるために魔物と戦うって」
「がんばれ!」
「たったひとりで、魔物と戦えるまで修行して」
「がんばれ!」
「負けるな!」
「がんばれ!」
「がんばれ!」
「がんばれ!」
カートの闘志が大衆を動かした。
魔物という強大な相手に追い詰められ、なおかつ果敢に戦うその姿に、Sクラスに圧倒されつつもいまだ克己心を忘れないみずからの姿が重なったからだ。
「人の叫びが気になるのか、密林の王よ。だが目の前の相手以外に苛立っていては勝機を失うぞ」
GUGAAAッ!
その言葉に反応し、ふたたび前肢を伸ばしてくるが、カートはそれに剣を走らせ逆に手傷を負わせる。
(深くは斬り込まず、刃を当てるだけでいい。わすがな傷を負わせて苛立たせ、焦らせ、怒らす。魔物の感情を俺が制御するんだ! そうすればこいつは必ず身を乗り出しての攻撃を仕掛けてくる)
SYAAAAAッ!
魔物が勢いよく前肢を振るい、鉤爪が走る。
カートの硬革鎧が切り裂かれ、さらに魔物が飛びつく。――が、カートは後ろに跳んで壁の三角隅に足をかけて張りついた。
「あ、あの傷で動けるのか!?」
「いや、最初から傷なんかない。魔物の爪を受ける瞬間にわずかに後方に動いて見切ったんだ!」
「避けたのは鎧だけ、まさに紙一重!」
「だが壁に張りついていては逃げ場がないぞ、魔物の体格と俊敏さなら壁の上まで追いかけてくる!」
SYUッ!
事実、魔物はカート向かって跳躍した。カートはそこに盾を投げつけ、意識がそれた隙を狙い、素早く上へと移動した。
「か、壁の上に立っている!?」
「なんであの体勢で落ちないんだ?」
「いったいどんな魔法を!?」
否。
魔法ではない。カートは法眼より教えられた壁虎功をもちいて壁の上を二本の足で移動したのだ。
(目前の動く物に飛びつく、魔物とはいえ獣の習性からは逃れられないようだな。盾を構えた時も俺自身ではなく盾に攻撃してきた。俺が鎧を裂かれて紙一重で避けたのは傷を受けたと思わせ、獣の習性を利用してあえてこちらに跳び込ませるため。狙い通り壁の隅に跳び込ませて自由に動けない狭い場所に誘い込んだうえ、壁に沿って身体を伸ばした。背伸びをして骨が伸びきったこの瞬間が勝機!)
獣の俊敏さも鋭い牙も爪も封じた、その隙を見逃すカートではなかった。
壁から飛び上がり縦に構えた剣が魔物の眉間に深々と突き刺さり、後頭部から剣尖がのぞく。
魔物は大きくのけぞると大地に倒れた。
「……た、倒した」
「倒したぞ!」
「あの大虎を! 人喰いの魔物を!」
「カートが!」
「Zクラスの生徒が!」
「災害級の魔物をたったひとりで!」
うおおおおおぉぉぉぉぉッッッ!!
「カート!」「カート!」「カート!」
大歓声がカートの身に降り注ぐ。
だがカートは滝のような歓声に手を振るなどして応えようとはせず、地面に横たわった魔物の巨体を じっと見つめていた。
(残心を怠るな……。こいつからはまだ生気が感じられる!)
カートの予測通り魔物は生きていた。
怒りと苦痛に満ちた唸り声を喉の奥から響かせて巨体を起こす。
歓声はかき消え、その鬼気迫る姿に恐怖した。
「あ、頭をやられてまだ生きているのかよ!?」
眉間に刺さった剣は頭骨をえぐり、脳を貫いた。人ならば、いや、いかなる生き物であっても脳がここまで損傷しては生きてはいないだろう。だがこの魔物は絶命することなく起き上がった。
自然の法則を外れた生命力。これが魔物だ。
それだけではない。
「あ! 魔物の姿が……」
「消えた!?」
ムスタール森林で法眼が捕獲する際にも見せた擬態迷彩(カメレオン・カモフラージュ)によって姿をくらませたのだ。
「い、いったいどこにいるんだ!?」
「そこだ!」
「こっちだ!」
「いや、そっち!」
初めて目にする魔物の特殊能力に、まるで自身が魔物と対峙しているかのように興奮と困惑をおぼえ、周章狼狽する観客たち。
それとは対照的にカートはいたって冷静だった。
擬態迷彩の力は法眼から聞いている。その隠蔽能力は木々の生い茂る広大な密林で最大の効果を発揮する。闘技場のような遮蔽物のない閉ざされた場所では完全に隠れることも逃げることも不可能だ。
とはいえ周囲の景色に同化することで目視が困難になることは確かだ。ぼやけた輪郭しか見えないのでは、相手の正確な動きがわからない。牙で噛みつこうとしているのか、それとも爪で引き裂くつもりなのか、または尾で打ちかかってくるのか、あるいは体当たりをしてくるのか、その予測がつかない。
「瀑布よ、大河よ、荒れ狂え!」
カートの唱えた呪文によって闘技場の中央に激しい水飛沫が生じる。対称を押し流す激流の魔法は姿をくらませた魔物ではなく地面を穿ち、茶色く濁った泥水を周囲に撒き散らした。
泥の豪雨がカートを茶褐色に染める。
茶褐色に染まったのはカートだけではない。おなじ闘技場にいる魔物もだ。
四肢を持った獣の形をした泥塊が現れる。
泥水で着色することで擬態迷彩を無力化させたのだ。
魔物は最後の力を振り絞ってカートに向かって突進。人と獣の姿が交差すると、なにかが中空に弧を描いて地面に落ちる。
泥にまみれた虎の首だ。
尋常ではない生命力を持った魔物だが、さすがに首と体を断たれては生きてはいない。
Zクラスの生徒と災害級の魔物の一騎討ちは生徒の勝利によって幕を下ろした。
先程よりもいっそう大きな歓声が闘技場を揺らし、カートは手を振ってそれに応えた。
後書き
未知の世界へ行こう~♪
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