『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み
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運命改変
前書き
ぶっ飛ばせ常識を~♪
魔力が暴走して大爆発を起こす前に倒さなければ!
シンは無我夢中で剣を振るい、カートにとどめの一撃を与えた。
「…………」
魔人と化してしまったとはいえ同じ学院に通う生徒を手にかけてしまったことに茫然自失するシンに級友達から称賛の声がかけられた。
「ウォルフォード君、凄かった」
「そうだよね! 何あれ? 魔法も凄かったけど、剣で魔人の腕をスッパリ切り落としちゃったよね!」
「あれは見事な剣筋で御座った。騎士養成士官学院でも首席を狙えるのでは御座らんか?」
「そうだね。あれ程綺麗な剣筋は父や兄でも見た事無いねえ」
「ウォルフォード君ってぇ、やっぱり凄い人?」
やがて学院の教師や衛士達も集まり、彼らは魔人カートの襲撃の場を離れ、カートの遺体は学院内の一室へと運び込まれた。
ベッドの上に横たわるカートのはシンとの戦いで受けた損傷が激しく残って――いなかった。
切り落とされたはずの首と腕が、繋がっている。全身に受けた大火傷がない。
先ほどまでは満身創痍だったにも関わらず。
目が開き、ゆっくりと身を起こす。
「助かった、のか……?」
「カート!」
「カート、カートなのよね?」
「父上、母上!」
「おお、カート!」
部屋に入ってきたラッセルとその妻はカートを、我が子を強く抱きしめた。
それより少し前。
リッツバーグ邸にある部屋の中では供物の捧げられた祭壇が設けられ、乳香や没薬の煙が充満していた。
「これなる陰陽師鬼一法眼。謹んで泰山府君、天曹、地府、水官、北帝大王、五道大王、司命、司禄、六曹判官、南斗、北斗、家親丈人。冥道の諸神に申し上げ奉る――。謹請泰山府君蘇生カート=フォン=リッツバーグ。急々如律令――天逢貪狼、一陽星君、天内巨門、地声星君、天衝禄存――」
呪を唱え、鈴を鳴らし、また呪を唱えて鈴を鳴らす。
法眼と祭壇の間に人形が横たえられていた。
その人形の片腕が、ひとりでに断たれた。
全身に裂傷が生じ、首が切られた。
「――ご子息の身に降りかかった災厄はすべてこの人形が引き受け、身代わりとなりました。早く本人の無事を確認しに行ってください」
その言葉にカートの両親はすぐさま邸を飛び出し、学院へ急行した。
「……ありあわせの品だけの泰山府君祭だったが、我ながら良くいったものだ」
泰山府君祭。あるいは六道冥官祭や天曺地府祭とも。
長寿や延命祈願の祭祀であり、かつて安倍晴明はこの泰山府君祭を用いて、重病に罹り死の床にあった三井寺の高僧智興を、その弟子證空の命と引き換えに延命したという説話が残されている。
命を移す儀式――。
法眼はこれに厭魅の術によるアレンジを加え、カートに降りかかる災厄を、『死』の運命を人形に移したのだ。
類似したものはお互いに影響しあい、ひとつのものに起こったものは、似たもうひとつにも起こる。
かつてひとつだったものはいつまでも目に見えないどこかでつながっており、たがいに影響をおよぼしあう。
似ているものはよく似た力をもっている。
丑の刻参りを例にあげると、人形は人間に似ている。そこにもとは人間に生えていた髪の毛を埋め込む。人形は人間に似ているので、傷つければ人間と同じように痛みを感じ苦しみをおぼえる。そこに髪の毛を入れることによって人間とのつながりが生まれる。
もともと人体の一部であった髪はまだもとの身体ともつながっており、髪を入れた人形を傷つければ髪の持ち主も傷つく――というわけだ。
このような考えは類感呪術と呼ばれ、世界中に存在する。
宿命は変えられないが、運命は変えられる。
カートは魔人になり、死ぬ運命から逃れることができたのだった。
それから――。
王都の警備局捜査官であるオルト=リッカーマンの卓越した推理力によってカートを洗脳、魔人化させた真犯人は帝国からの亡命者であり学院の教師でもあったオリバー=シュトロームと判明。
『賢者の孫』シン=ウォルフォードの協力もあり逮捕まであと一歩というところまで追いつめたのだが、惜しくも逃げられてしまう。
世間には『高等魔法学院で魔人が出現し、偶々居合わせた英雄の孫、シン=ウォルフォードが魔人を討伐した』とだけ公表され、シュトロームの正体やカートが魔人になったことを知る者は少ない。
そのカートも事情を知る人々からは被害者としてあつかわれ、彼や彼の家が咎められることはなかった。
罪を問われるのならやすやすと魔人の侵入をゆるし、あまつさえ魔法学院の教師にまでしてしまった国の責任である。
下手な追求をしては自分の首が飛ぶことになりかねないと、上層部も諸々の事を不問にふすことにした。
とはいえすべてが元通りとなったわけではない。
洗脳されていたとはいえ学院内で数々の問題を起こし、一時的であっても魔人化してしまったカートの処遇である。
退学させるべきとの意見もあったが、『不完全な術で魔人になりかけた』者を野放しにするのは危険であり、しばらく学院で保護観察するという名目で在籍をゆるされた。
しかし事情が事情である。元のAクラスに戻り、他の生徒達と同様のあつかいというわけにもいかなかった。
「Zクラス?」
「うむ。様々な事情で一般のクラスに編入することができない生徒達のために置かれた特殊学級だ。君はそこに移ってもらうことになった」
「…………」
Zクラスなど聞いたことがない。
調べてみると性格や人格に問題があるが、なまじ家柄や才能があるせいで落とすに落とせない問題児を寄せ集めた隔離クラスだの、魔法の才は皆無だが魔法学院卒業の肩書きは欲しい富裕層の子息が集められた道楽クラスだの、ろくでもない噂ばかりが出てくる。
一抹の不安を感じるも、カートは新たな学院生活に前向きに望むことにした。
魔人になることや死ぬことにくらべたら、大抵のことはどうということはない。
カート=フォン=リッツバーグは新たな一歩を踏み出した。
後書き
未知の世界へ行こう~♪
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